1 / 2
前編
しおりを挟む
「父上! 俺は、あんなつまらない女とは結婚できません!」
「……ほう」
王はため息をついた。
謁見の間に飛び込んできたのは、何かと騒がしい息子のエイビルだ。幼い頃はそれも元気の証と考えていたが、昨今では甘やかしすぎたと反省している。
彼の母親である現王妃は後妻であり、この王子が初めての子であった。そして次期王は先妻の子のいずれかがなるであろうため、厳しい教育はむしろ混乱の元だ。
そのような状況で、王妃も周囲も、エイビルを義務のないただの「大事な子」として育ててしまった。平民ならそれでよかったのかもしれないが、王子という、誰に叱られるはずもない立場は彼をひたすらわがままにしてしまったのだ。
「ロシュナ侯爵令嬢は優秀で美しい女性だ。決してつまらない女などではない」
「いいえ! 父上はあの女と二人きりで話したことがありますか? 嫌味っぽく笑って、こちらが何を言っても、そうですわね、そのとおりでございます、なんてさ!」
「エイビル、口を慎みなさい」
頭が痛い。
謁見の合間であり、今この場に客はいないが、それでも兵士たちはいるのだ。まるで平民のような話しぶりでは、王家の威信も何もあったものではない。
「外に遊びに誘ってやっても断るんですよ!? あんな女と結婚したら、ずーっと部屋で黙ったまんま。そんな人生は嫌です!」
「エイビル。庭を連れ回してドレスを汚したのをもう忘れたのか? 令嬢を連れ出すことは禁止したはずだ」
「でもっ! じっとしてたらつまらないんです。本当につまらない女なんです。会話が続かないし、僕が話を振ってやっても、面白い返事のひとつもしない!」
王はため息をついた。
しかし、良いきっかけだとも思った。ちょうど先日、侯爵側からも「エイビル王子とは相性が悪いのではないか」と婚約の解消を打診されている。
「……では婚約を解消するか」
「できるのですか!?」
エイビルの顔がぱっと輝いた。
それがどんな意味を持つのか、さっぱりわかってもいないようだ。
王の後妻である現王妃はさほど高い身分ではない。前王妃の子が王となることが決まっていたので、高位貴族を娶ることは避けたのだ。
しかし外交のさいに王の隣が空いていては色々とやりづらい。そのために行われた政略的な結婚なので、王妃は身分こそ高くないが賢い女性である。
(であるのになあ。王妃も、子供には甘くなってしまうのだな)
しかし王妃にほとんど任せてしまった自分の責任でもあるだろう。
「侯爵も、おまえとロシュナ嬢では相性がよくないと考えている」
「相性って! あんなつまらない女と相性がいいなんて、死ぬほどつまらない男でしょうね」
「黙りなさい。婚約を解消するならなおさら、侯爵家を侮辱するのは罪である。いくらおまえが王子でも、なんの咎めもなしとはいかない」
「……わかっています。言い過ぎました」
エイビルは凄まじく嫌そうに唇を尖らせている。
はあ、とまた王はため息をついた。
そしてちらりと、玉座の隣にいるグレイドルを見た。彼はエイビルの弟だが、勉強熱心で、謁見の場によく同席している。
兄より理知的だと評価されるそのグレイドルが、そわそわしている。王は思わず笑ってしまいそうになりながら聞いた。
「グレイドル、ロシュナ嬢のことはどう思う」
「はい! とても素晴らしい女性です。この国についてはもちろん、他国の流行りごとにまで理解が深い方ですよ。兄上が欠席された席でお話することがありましたが、得難い女性です」
「ふん! おまえらしいおべっかだなグレイドル。そう思うならおまえがあの女と婚約したらどうだ」
王は、エイビルはだめかもしれないなあ、と考えた。
空気を読み、察することができないのだ。それでも自分が愚鈍であることを理解していればなんとかなるが、これではとても上に立つ仕事は任せられないだろう。
一度、王家から引き離し、留学でもさせてみるべきかもしれない。王家の中でぬくぬくしていては、才能も見つけづらいだろう。
「グレイドル、どうだ。おまえがよければ打診してみるが」
「お願いいたします!」
グレイドルは嬉しそうだ。
それについてはまあ、よかったのだろう。エイビルとロシュナ嬢の茶会について、王にも報告がいっている。全く会話はなく、ロシュナ嬢は困ったように微笑み続け、エイビルはイライラし続けているようだ。
一方でグレイドルとの席は、法律から美味しいお菓子の話まで、実に楽しげだったという。
もともとロシュナ嬢との婚約は二人のどちらでもよかった。侯爵家を継ぐのはロシュナ嬢であるから、王家から婿を迎え、縁ができればそれでよかったのだ。
兄の方を選んだのは、グレイドルはロシュナ嬢よりひとつ年下だからというだけだ。
本人たちがそれを気にしないなら、全く問題ではないだろう。
「エイビル、では、おまえは妻は自分で探さなければならない。身を立てる術もだ。それはわかっているのだろうね?」
「もちろんです!」
「……そうか、ならば良かろう」
現王妃の子である王子たちは、いずれ王家を出ることになるだろう。
ある程度のものは渡すつもりだが、ひとりで身を立てねばならないのだ。次期王たる兄たちと上手くやっているグレイドルはともかく、エイビルはほとんど何の頼りもなくなる。
だからこそ、侯爵家の一人娘であるロシュナとの縁を結んだ。婚約当初はエイビルも歓迎していたはずなのだが。
(そもそも侯爵家に入るのだから、選ぶのは向こうなのだ)
エイビルは嬉しそうにしている。
彼にしてみれば、自分がロシュナを切り捨てたのだろう。
選ばれなかったのは自分だと気づきもしていない。あるいはそれは幸せなことなのかもしれない。
「……ほう」
王はため息をついた。
謁見の間に飛び込んできたのは、何かと騒がしい息子のエイビルだ。幼い頃はそれも元気の証と考えていたが、昨今では甘やかしすぎたと反省している。
彼の母親である現王妃は後妻であり、この王子が初めての子であった。そして次期王は先妻の子のいずれかがなるであろうため、厳しい教育はむしろ混乱の元だ。
そのような状況で、王妃も周囲も、エイビルを義務のないただの「大事な子」として育ててしまった。平民ならそれでよかったのかもしれないが、王子という、誰に叱られるはずもない立場は彼をひたすらわがままにしてしまったのだ。
「ロシュナ侯爵令嬢は優秀で美しい女性だ。決してつまらない女などではない」
「いいえ! 父上はあの女と二人きりで話したことがありますか? 嫌味っぽく笑って、こちらが何を言っても、そうですわね、そのとおりでございます、なんてさ!」
「エイビル、口を慎みなさい」
頭が痛い。
謁見の合間であり、今この場に客はいないが、それでも兵士たちはいるのだ。まるで平民のような話しぶりでは、王家の威信も何もあったものではない。
「外に遊びに誘ってやっても断るんですよ!? あんな女と結婚したら、ずーっと部屋で黙ったまんま。そんな人生は嫌です!」
「エイビル。庭を連れ回してドレスを汚したのをもう忘れたのか? 令嬢を連れ出すことは禁止したはずだ」
「でもっ! じっとしてたらつまらないんです。本当につまらない女なんです。会話が続かないし、僕が話を振ってやっても、面白い返事のひとつもしない!」
王はため息をついた。
しかし、良いきっかけだとも思った。ちょうど先日、侯爵側からも「エイビル王子とは相性が悪いのではないか」と婚約の解消を打診されている。
「……では婚約を解消するか」
「できるのですか!?」
エイビルの顔がぱっと輝いた。
それがどんな意味を持つのか、さっぱりわかってもいないようだ。
王の後妻である現王妃はさほど高い身分ではない。前王妃の子が王となることが決まっていたので、高位貴族を娶ることは避けたのだ。
しかし外交のさいに王の隣が空いていては色々とやりづらい。そのために行われた政略的な結婚なので、王妃は身分こそ高くないが賢い女性である。
(であるのになあ。王妃も、子供には甘くなってしまうのだな)
しかし王妃にほとんど任せてしまった自分の責任でもあるだろう。
「侯爵も、おまえとロシュナ嬢では相性がよくないと考えている」
「相性って! あんなつまらない女と相性がいいなんて、死ぬほどつまらない男でしょうね」
「黙りなさい。婚約を解消するならなおさら、侯爵家を侮辱するのは罪である。いくらおまえが王子でも、なんの咎めもなしとはいかない」
「……わかっています。言い過ぎました」
エイビルは凄まじく嫌そうに唇を尖らせている。
はあ、とまた王はため息をついた。
そしてちらりと、玉座の隣にいるグレイドルを見た。彼はエイビルの弟だが、勉強熱心で、謁見の場によく同席している。
兄より理知的だと評価されるそのグレイドルが、そわそわしている。王は思わず笑ってしまいそうになりながら聞いた。
「グレイドル、ロシュナ嬢のことはどう思う」
「はい! とても素晴らしい女性です。この国についてはもちろん、他国の流行りごとにまで理解が深い方ですよ。兄上が欠席された席でお話することがありましたが、得難い女性です」
「ふん! おまえらしいおべっかだなグレイドル。そう思うならおまえがあの女と婚約したらどうだ」
王は、エイビルはだめかもしれないなあ、と考えた。
空気を読み、察することができないのだ。それでも自分が愚鈍であることを理解していればなんとかなるが、これではとても上に立つ仕事は任せられないだろう。
一度、王家から引き離し、留学でもさせてみるべきかもしれない。王家の中でぬくぬくしていては、才能も見つけづらいだろう。
「グレイドル、どうだ。おまえがよければ打診してみるが」
「お願いいたします!」
グレイドルは嬉しそうだ。
それについてはまあ、よかったのだろう。エイビルとロシュナ嬢の茶会について、王にも報告がいっている。全く会話はなく、ロシュナ嬢は困ったように微笑み続け、エイビルはイライラし続けているようだ。
一方でグレイドルとの席は、法律から美味しいお菓子の話まで、実に楽しげだったという。
もともとロシュナ嬢との婚約は二人のどちらでもよかった。侯爵家を継ぐのはロシュナ嬢であるから、王家から婿を迎え、縁ができればそれでよかったのだ。
兄の方を選んだのは、グレイドルはロシュナ嬢よりひとつ年下だからというだけだ。
本人たちがそれを気にしないなら、全く問題ではないだろう。
「エイビル、では、おまえは妻は自分で探さなければならない。身を立てる術もだ。それはわかっているのだろうね?」
「もちろんです!」
「……そうか、ならば良かろう」
現王妃の子である王子たちは、いずれ王家を出ることになるだろう。
ある程度のものは渡すつもりだが、ひとりで身を立てねばならないのだ。次期王たる兄たちと上手くやっているグレイドルはともかく、エイビルはほとんど何の頼りもなくなる。
だからこそ、侯爵家の一人娘であるロシュナとの縁を結んだ。婚約当初はエイビルも歓迎していたはずなのだが。
(そもそも侯爵家に入るのだから、選ぶのは向こうなのだ)
エイビルは嬉しそうにしている。
彼にしてみれば、自分がロシュナを切り捨てたのだろう。
選ばれなかったのは自分だと気づきもしていない。あるいはそれは幸せなことなのかもしれない。
2,454
あなたにおすすめの小説
王子の婚約者は逃げた
ましろ
恋愛
王太子殿下の婚約者が逃亡した。
13歳で婚約し、順調に王太子妃教育も進み、あと半年で結婚するという時期になってのことだった。
「内密に頼む。少し不安になっただけだろう」
マクシミリアン王子は周囲をそう説得し、秘密裏にジュリエットの捜索を命じた。
彼女はなぜ逃げたのか?
それは───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?
miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」
2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。
そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね?
最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが
なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが
彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に
投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。
お読みいただければ幸いです。
【完結】私の小さな復讐~愛し合う幼馴染みを婚約させてあげましょう~
山葵
恋愛
突然、幼馴染みのハリーとシルビアが屋敷を訪ねて来た。
2人とは距離を取っていたから、こうして会うのは久し振りだ。
「先触れも無く、突然訪問してくるなんて、そんなに急用なの?」
相変わらずベッタリとくっ付きソファに座る2人を見ても早急な用事が有るとは思えない。
「キャロル。俺達、良い事を思い付いたんだよ!お前にも悪い話ではない事だ」
ハリーの思い付いた事で私に良かった事なんて合ったかしら?
もう悪い話にしか思えないけれど、取り合えずハリーの話を聞いてみる事にした。
知りませんでした?私再婚して公爵夫人になりました。
京月
恋愛
学生時代、家の事情で士爵に嫁がされたコリン。
他国への訪問で伯爵を射止めた幼馴染のミーザが帰ってきた。
「コリン、士爵も大変よね。領地なんてもらえないし、貴族も名前だけ」
「あらミーザ、知りませんでした?私再婚して公爵夫人になったのよ」
「え?」
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?
京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。
顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。
貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。
「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」
毒を盛られ、体中に走る激痛。
痛みが引いた後起きてみると…。
「あれ?私綺麗になってない?」
※前編、中編、後編の3話完結
作成済み。
お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。
四季
恋愛
お前は要らない、ですか。
そうですか、分かりました。
では私は去りますね。
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる