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しょうがない
「あら、サラじゃない。どうしたの、死んだみたいな顔して」
「……」
「まあまだ死んでないみたいねえ。だったらこれでも食べなさいな」
「……」
無意識のうちに、いつもの店に入っていた。
いつもの席に座らされる。見えるのは、いつものママの顔だ。けれどサラは現実を感じられなかった。
「いらっしゃーい!」
目の前に置かれた「いつもの」料理を見ていると、ママは新しい客を迎えに行く。
研究所で働くようになってから、慣れ親しんだ帰り道にある店だ。ママとの付き合いも長い。
最初にこの店に入ったとき、サラは研究所に勤め始めたばかりで、食堂と接客付きの店の区別もついていなかった。
食堂があまりに騒がしいので入れず、静かな雰囲気のこの店にたどり着いたのだ。
ママの接客と酒の出る店。男性客が多かったが、女性客はお断りというわけではない。ママの手料理も出る。サラとしては実に満足して、ママに「変わった子ねえ」と言われながら常連になったのだ。
(なつかしい……)
五年前。
つまり五年の付き合いだ。自分にはジャストしかいないと思っていたが、他の人との関係が全くないわけではなかった。
(でもそれも終わりなのかな……)
研究所をくびになったのだから、収入がない。自分にどれだけの貯金があるかも把握していない。ママの店で食事ができるのも、あと少しなのだろうか。
「やだ、まだ食べてないの? そんな塩辛くしちゃってさ」
「あ」
戻ってきたママが、上品なハンカチでさっとサラの目の端をつついた。サラには真似できない、遠慮がないのにスマートなやり方だった。
サラは自分が泣いていることさえ気づかなかった。
こういうところなのだろう。
サラは考えてくよくよする。サラだってバカではないので、自分が気が利かず、人間関係が上手くいっていないのはわかっている。そのせいでジャストの気持ちだってわからなかったのだ。
「ぐすっ」
「で、何があったのよ」
「婚約……解消、で……っ」
「うんうん」
「仕事……気が利かない、お金……」
「それで?」
何があったかを話すだけでずいぶん時間がかかった。ママは怒らずに聞いてくれる。
サラはだんだんお腹が減ってきて、料理に口をつけた。確かに塩辛い。
「むぐ」
「あんたね、自分の性格なんてどうにもできやしないわよ。間違いだったのは、さっさと結婚しておかなかったことだけね」
「わ、私とジャストはそういうのじゃなくて……」
「そういうのじゃないからよ。結婚さえしときゃ、簡単に離れられないんだから。大事なものは縛り付けておくべきよ」
「でも」
「あんたにとって大事なのって、魔道具作りなんでしょ」
「……うん」
そうだった。
信頼していたジャストに突き放されて辛くても、サラは魔道具づくりを諦める気がない。ジャストに受け取ってもらえなかった回路図も、結局持って帰ってきてしまった。
「でも、もう、だめかも……雇ってくれるとこなんて、なさそう……」
「そうよ。あんた、正念場よ。男のことなんて気にしてる場合じゃないわ」
「う……」
「だいたいねえ、いくら言ってる内容が真っ当に聞こえても、そいつらのご都合でしかないわよ。仕事中に逢引してたクソどもなんだから」
「あいびき……逢引だったんだ」
ようやく気づいてサラは苦笑した。
本当に自分は何もわかっていない。ジャストとローズは仲良くしていたのだ。そういったことはサラには理解外すぎる。
サラは魔道具のことだけ考えて生きてきたのだ。
「そうよ。それで、仕事は遊びじゃないはあんまりに的外れよ、自分たちに言ってやりなって話よ」
「あはは」
サラは乾いた笑い声をあげた。
自分が魔道具に必死だったように、彼らも別のことに必死だったのだろう。自分が正しかったとも、彼らが間違っていたとも思わない。だってサラには知らないことが多すぎる。
でも、ママにそう言われて嬉しかった。
「そうだよね、ジャストにも好きな人がいるんだ。魔道具じゃなくて」
「まあ……それが普通よ」
「そっか……」
じゃあしょうがないか、とサラは思った。
研究所をくびになったのはつらい。信頼していたジャストに捨てられたのはつらい。魔道具がつくれなくなるのは耐えられない。
でもジャストにも、サラにとっての魔道具のような相手がいたのだろう。
だったらしょうがない。
「しょうがないけど……これから……どうしよう……」
「……」
「まあまだ死んでないみたいねえ。だったらこれでも食べなさいな」
「……」
無意識のうちに、いつもの店に入っていた。
いつもの席に座らされる。見えるのは、いつものママの顔だ。けれどサラは現実を感じられなかった。
「いらっしゃーい!」
目の前に置かれた「いつもの」料理を見ていると、ママは新しい客を迎えに行く。
研究所で働くようになってから、慣れ親しんだ帰り道にある店だ。ママとの付き合いも長い。
最初にこの店に入ったとき、サラは研究所に勤め始めたばかりで、食堂と接客付きの店の区別もついていなかった。
食堂があまりに騒がしいので入れず、静かな雰囲気のこの店にたどり着いたのだ。
ママの接客と酒の出る店。男性客が多かったが、女性客はお断りというわけではない。ママの手料理も出る。サラとしては実に満足して、ママに「変わった子ねえ」と言われながら常連になったのだ。
(なつかしい……)
五年前。
つまり五年の付き合いだ。自分にはジャストしかいないと思っていたが、他の人との関係が全くないわけではなかった。
(でもそれも終わりなのかな……)
研究所をくびになったのだから、収入がない。自分にどれだけの貯金があるかも把握していない。ママの店で食事ができるのも、あと少しなのだろうか。
「やだ、まだ食べてないの? そんな塩辛くしちゃってさ」
「あ」
戻ってきたママが、上品なハンカチでさっとサラの目の端をつついた。サラには真似できない、遠慮がないのにスマートなやり方だった。
サラは自分が泣いていることさえ気づかなかった。
こういうところなのだろう。
サラは考えてくよくよする。サラだってバカではないので、自分が気が利かず、人間関係が上手くいっていないのはわかっている。そのせいでジャストの気持ちだってわからなかったのだ。
「ぐすっ」
「で、何があったのよ」
「婚約……解消、で……っ」
「うんうん」
「仕事……気が利かない、お金……」
「それで?」
何があったかを話すだけでずいぶん時間がかかった。ママは怒らずに聞いてくれる。
サラはだんだんお腹が減ってきて、料理に口をつけた。確かに塩辛い。
「むぐ」
「あんたね、自分の性格なんてどうにもできやしないわよ。間違いだったのは、さっさと結婚しておかなかったことだけね」
「わ、私とジャストはそういうのじゃなくて……」
「そういうのじゃないからよ。結婚さえしときゃ、簡単に離れられないんだから。大事なものは縛り付けておくべきよ」
「でも」
「あんたにとって大事なのって、魔道具作りなんでしょ」
「……うん」
そうだった。
信頼していたジャストに突き放されて辛くても、サラは魔道具づくりを諦める気がない。ジャストに受け取ってもらえなかった回路図も、結局持って帰ってきてしまった。
「でも、もう、だめかも……雇ってくれるとこなんて、なさそう……」
「そうよ。あんた、正念場よ。男のことなんて気にしてる場合じゃないわ」
「う……」
「だいたいねえ、いくら言ってる内容が真っ当に聞こえても、そいつらのご都合でしかないわよ。仕事中に逢引してたクソどもなんだから」
「あいびき……逢引だったんだ」
ようやく気づいてサラは苦笑した。
本当に自分は何もわかっていない。ジャストとローズは仲良くしていたのだ。そういったことはサラには理解外すぎる。
サラは魔道具のことだけ考えて生きてきたのだ。
「そうよ。それで、仕事は遊びじゃないはあんまりに的外れよ、自分たちに言ってやりなって話よ」
「あはは」
サラは乾いた笑い声をあげた。
自分が魔道具に必死だったように、彼らも別のことに必死だったのだろう。自分が正しかったとも、彼らが間違っていたとも思わない。だってサラには知らないことが多すぎる。
でも、ママにそう言われて嬉しかった。
「そうだよね、ジャストにも好きな人がいるんだ。魔道具じゃなくて」
「まあ……それが普通よ」
「そっか……」
じゃあしょうがないか、とサラは思った。
研究所をくびになったのはつらい。信頼していたジャストに捨てられたのはつらい。魔道具がつくれなくなるのは耐えられない。
でもジャストにも、サラにとっての魔道具のような相手がいたのだろう。
だったらしょうがない。
「しょうがないけど……これから……どうしよう……」
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