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希望
「なんだかんだであんた、五年は魔道具作ってきたんでしょ。雇ってくれるところあるんじゃないの」
「でも、ジャストの手伝いしてきただけで……回路図を書いて試作はしてたけど、他のことは全部ジャストがして」
「あの」
「……?」
その時、声をかけてきた男がいた。
一見ずいぶん年配に見えるが、顔に深いシワはなく、疲れ切った働き盛りの男だ。
「失礼、ジャストというと、まさかあの、ジャスト研究所の?」
「そうですが……?」
「なんてことだ! あそこで雇われていたのですか?」
「え、いえ、雇われていたというか、婚約者として」
サラはあのジャストの研究所で働いていたが、労働者として契約はしていない。
ジャストとともに新しい魔道具の案を出し、回路図を書き、試作を作り、魔道具の権利が売れればそのつど金をもらっていた。サラが生活するには不足のない額だ。
「……ああ」
男ははっきりと肩を落とした。
「そう、ですよね、あなたのようなお嬢さんが魔道具師なんて……。いえ、すみません。魔道具師を緊急で探しているものですから」
「えっ?」
「はは、今や魔道具師は花形の職だ。そう簡単に見つかるわけがない……」
離れていこうという様子の彼を、サラは勢いこんで引き止めた。
「ま、待ってください! 試用からで構わないので使ってもらえないでしょうか?」
「えっ、いや」
「魔道具に関われる仕事なら、やれるだけのことをやりますから!」
サラとっては降って湧いたチャンスだ。魔道具制作にはとにかく金がかかり、どこかに所属していなければ何もできない。
幼い頃から魔道具に関わってきたサラは、他の仕事を知らない。したいとも思えない。なにより、魔道具づくりを心から愛していた。
「申し訳ないが、難しい仕事で……」
「なんでもやりますから!」
「頑張ればできるというものでもないでしょう。おかしな仕事をされても困る」
「まあまあ」
そこで割って入ったのはママだった。
「まずよ、あなた、どうして魔道具師が必要なの? 確かおもちゃ屋の社長さんだったわよね。お貴族様にも人気の商品を作ってるって聞いたわよ」
「ああ……それが……」
「最近じゃ、おもちゃにも魔道具技術が使われるのかしら?」
「……」
「ほら、聞かせて頂戴、奢るから」
男は少し迷っていたようだったが、テーブルにグラスが乗せられたのを見て、ため息をついて席についた。
勢いをつけるように酒を飲む。
「はぁ……ママ、ここだけの話だよ。そのお貴族様からの発注なんだ。魔道具を組み込んで、会話のできるぬいぐるみを十体」
「会話のできるぬいぐるみ? 別に珍しくないんじゃない」
ママが首をかしげる。
録音、再生のできる魔道具はずいぶん前から普及している。それを使用して、腹部を押せば話し出すぬいぐるみが大人気になったのも少し前のことだ。
「話すだけじゃない。会話する、つまり……子供の言ったことに反応して返答を変えるんだ」
「え……えっ、本当に? そんなことできるの」
「といっても、数種類のセリフの中から選ばれるだけなんだが、それでも画期的だろう。うちの魔道具師が設計して、試作が上手くいったので展示会に出したところ、受注できたんだ」
「へえ、すごいじゃない。大儲け間違いなしって匂いがするわ」
「だが、その魔道具師が急に辞めた」
「……あらあ」
「試作品と回路図も持っていってしまった」
「大変じゃないの」
「業務で作らせたものなのだから、本来ならうちに権利があるはずなんだ。しかし、探しても見つからないものを訴えることもできないし……どうにか技師と思い出しながら再現しようとしたが、まともに動かない」
サラはその魔道具の回路図を頭の端で考えながら、首を傾げた。
魔道具技師とは、魔道具の設計を行わず、設計図に従って魔道具を組み立てる仕事人だ。設計はしないが、魔道具の回路がどういうものかはわかっている。
一度組み立てたものなら、再現できそうなものだ。
「そんなに複雑な回路だったんですか?」
「ああ、なにしろ画期的な品だ。技師が言うには、分岐がこんがらかって、意味のわからない部分も多く……」
「再現した回路図ってあります?」
「い、いや」
「核は何を使っていますか? ぬいぐるみに入れるんだから発熱の低いカザル型……だとサイズ的に厳しいから、ファナイー型に冷却装置を積んだのかな」
男が目を見開いて驚き、自分を納得させるように頷いた。
「……さすがに詳しいですな、お嬢さん」
「実寸どのくらいですか?」
「あ、ああ……七十三、二十、七十三」
「縦長で……けっこう余裕ありますね。いや、どうかな。声の再生装置、聞き取るためのマイク……うーん、冷却装置とは離さなきゃ……」
サラは鞄からメモとペンを取り出した。
いつでも思いつきを書き留められるよう持ち歩いている。忘れないためであるし、書いているうちに考えがまとまることもある。
「マイク、もしかして最新のやつですか? 隣国で開発されたっていう」
「……」
「まあ、廉価版でもいけるかな。増幅が必要になるけど、冷却装置の下に空間ができるはずだからここにいれて、スピーカーと兼用にするならここに分岐置いて……うん? ちょっと汚いか」
回路図はぐちゃぐちゃと線を重ねられ、確かに綺麗とは言えないだろう。しかしどの線も驚くほど揺れが少ない。直線はおろか、カーブした線も同じ曲がり方であちこちに繰り返されている。
サラは急いで次の紙を取り出し、清書を始めた。ためらいも間違いもない線が引かれていく。
「……」
それを見ていた男は、サラのペンを握った手を、その上から握った。
「え? あっ、すみません、夢中になっちゃった。なんのお話でしたっけ」
「お嬢さん、お名前は?」
「サラですが……?」
「サラさん、どうかうちに来ていただきたい!」
「えっ、ほ、本当ですか!?」
ママからすれば急に求婚が始まって動揺したのだが、二人は真面目だ。
もちろん仕事の話だ。
「ぜひ、明日から、いえ、今からでも!」
「ももももちろんです! 伺います、すぐにでもこの子を作らせてください!」
「参りましょう!」
「はい!」
二人が意気揚々と立ち去ったあと、ママはため息をつく。
「いい子なんだけど、色々抜けてるのよねえ」
まあ、どうせ明日も来るので、そのときに代金は貰えばいいだろう。明日来なかったら、たぶん徹夜したということで、消化にいい栄養のある食事が必要だ。
「でも、ジャストの手伝いしてきただけで……回路図を書いて試作はしてたけど、他のことは全部ジャストがして」
「あの」
「……?」
その時、声をかけてきた男がいた。
一見ずいぶん年配に見えるが、顔に深いシワはなく、疲れ切った働き盛りの男だ。
「失礼、ジャストというと、まさかあの、ジャスト研究所の?」
「そうですが……?」
「なんてことだ! あそこで雇われていたのですか?」
「え、いえ、雇われていたというか、婚約者として」
サラはあのジャストの研究所で働いていたが、労働者として契約はしていない。
ジャストとともに新しい魔道具の案を出し、回路図を書き、試作を作り、魔道具の権利が売れればそのつど金をもらっていた。サラが生活するには不足のない額だ。
「……ああ」
男ははっきりと肩を落とした。
「そう、ですよね、あなたのようなお嬢さんが魔道具師なんて……。いえ、すみません。魔道具師を緊急で探しているものですから」
「えっ?」
「はは、今や魔道具師は花形の職だ。そう簡単に見つかるわけがない……」
離れていこうという様子の彼を、サラは勢いこんで引き止めた。
「ま、待ってください! 試用からで構わないので使ってもらえないでしょうか?」
「えっ、いや」
「魔道具に関われる仕事なら、やれるだけのことをやりますから!」
サラとっては降って湧いたチャンスだ。魔道具制作にはとにかく金がかかり、どこかに所属していなければ何もできない。
幼い頃から魔道具に関わってきたサラは、他の仕事を知らない。したいとも思えない。なにより、魔道具づくりを心から愛していた。
「申し訳ないが、難しい仕事で……」
「なんでもやりますから!」
「頑張ればできるというものでもないでしょう。おかしな仕事をされても困る」
「まあまあ」
そこで割って入ったのはママだった。
「まずよ、あなた、どうして魔道具師が必要なの? 確かおもちゃ屋の社長さんだったわよね。お貴族様にも人気の商品を作ってるって聞いたわよ」
「ああ……それが……」
「最近じゃ、おもちゃにも魔道具技術が使われるのかしら?」
「……」
「ほら、聞かせて頂戴、奢るから」
男は少し迷っていたようだったが、テーブルにグラスが乗せられたのを見て、ため息をついて席についた。
勢いをつけるように酒を飲む。
「はぁ……ママ、ここだけの話だよ。そのお貴族様からの発注なんだ。魔道具を組み込んで、会話のできるぬいぐるみを十体」
「会話のできるぬいぐるみ? 別に珍しくないんじゃない」
ママが首をかしげる。
録音、再生のできる魔道具はずいぶん前から普及している。それを使用して、腹部を押せば話し出すぬいぐるみが大人気になったのも少し前のことだ。
「話すだけじゃない。会話する、つまり……子供の言ったことに反応して返答を変えるんだ」
「え……えっ、本当に? そんなことできるの」
「といっても、数種類のセリフの中から選ばれるだけなんだが、それでも画期的だろう。うちの魔道具師が設計して、試作が上手くいったので展示会に出したところ、受注できたんだ」
「へえ、すごいじゃない。大儲け間違いなしって匂いがするわ」
「だが、その魔道具師が急に辞めた」
「……あらあ」
「試作品と回路図も持っていってしまった」
「大変じゃないの」
「業務で作らせたものなのだから、本来ならうちに権利があるはずなんだ。しかし、探しても見つからないものを訴えることもできないし……どうにか技師と思い出しながら再現しようとしたが、まともに動かない」
サラはその魔道具の回路図を頭の端で考えながら、首を傾げた。
魔道具技師とは、魔道具の設計を行わず、設計図に従って魔道具を組み立てる仕事人だ。設計はしないが、魔道具の回路がどういうものかはわかっている。
一度組み立てたものなら、再現できそうなものだ。
「そんなに複雑な回路だったんですか?」
「ああ、なにしろ画期的な品だ。技師が言うには、分岐がこんがらかって、意味のわからない部分も多く……」
「再現した回路図ってあります?」
「い、いや」
「核は何を使っていますか? ぬいぐるみに入れるんだから発熱の低いカザル型……だとサイズ的に厳しいから、ファナイー型に冷却装置を積んだのかな」
男が目を見開いて驚き、自分を納得させるように頷いた。
「……さすがに詳しいですな、お嬢さん」
「実寸どのくらいですか?」
「あ、ああ……七十三、二十、七十三」
「縦長で……けっこう余裕ありますね。いや、どうかな。声の再生装置、聞き取るためのマイク……うーん、冷却装置とは離さなきゃ……」
サラは鞄からメモとペンを取り出した。
いつでも思いつきを書き留められるよう持ち歩いている。忘れないためであるし、書いているうちに考えがまとまることもある。
「マイク、もしかして最新のやつですか? 隣国で開発されたっていう」
「……」
「まあ、廉価版でもいけるかな。増幅が必要になるけど、冷却装置の下に空間ができるはずだからここにいれて、スピーカーと兼用にするならここに分岐置いて……うん? ちょっと汚いか」
回路図はぐちゃぐちゃと線を重ねられ、確かに綺麗とは言えないだろう。しかしどの線も驚くほど揺れが少ない。直線はおろか、カーブした線も同じ曲がり方であちこちに繰り返されている。
サラは急いで次の紙を取り出し、清書を始めた。ためらいも間違いもない線が引かれていく。
「……」
それを見ていた男は、サラのペンを握った手を、その上から握った。
「え? あっ、すみません、夢中になっちゃった。なんのお話でしたっけ」
「お嬢さん、お名前は?」
「サラですが……?」
「サラさん、どうかうちに来ていただきたい!」
「えっ、ほ、本当ですか!?」
ママからすれば急に求婚が始まって動揺したのだが、二人は真面目だ。
もちろん仕事の話だ。
「ぜひ、明日から、いえ、今からでも!」
「ももももちろんです! 伺います、すぐにでもこの子を作らせてください!」
「参りましょう!」
「はい!」
二人が意気揚々と立ち去ったあと、ママはため息をつく。
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