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前編
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「そ、そんな、死刑だなんてやりすぎです!」
私は慌てて割って入りました。
レナード殿下が不審そうに眉を潜めます。私などのことで煩わせるのは申し訳ないのですが、それでも、放っていけることではありませんでした。
「アナーリア嬢。しかしこの男は、婚約者であるあなたに全ての仕事を押し付け、自分は遊び暮らしていた。だというのに恩を感じることさえなく、あなたとの婚約をあなたの有責で破棄しようとしたのですよ!」
「でも私は、喜んで仕事を引き受けていたんです」
「それは……」
「そうだ! その女は好きでやっていたのだ! それでどうしてこの俺が感謝などしなければならない? 感謝してほしいのはこちらだ。そんな無能に仕事を任せてやっていたのだぞ!」
「……黙らせろ」
「ぐあっ……!?」
レナード殿下の指示により、護衛の方が私の婚約者、ラギリウス様の腹部を殴りました。ラギリウス様は青い顔をして身を丸めます。
後ろ手に縛られた状態で、いつもの堂々とした姿のかけらもありませんでした。
ラギリウス様が「新たな婚約者」だと言ったナディリー様も拘束され、首を振って「私は関係ない、関係ないの」とぶつぶつと言っておられます。
ナディリー様がラギリウス様から贈り物を受け取るだけなら良かったのですが、残念ながら、ナディリー様も事業のお金を勝手に持ち出しておられます。無関係では通らないでしょう。
お二方は罰を受けるべきです。
でも、死刑はいきすぎです。
「ラギリウス様の罪は横領でしょう。横領罪は、返済が行われれば罪の軽減がありますし、それが不可能なら強制労働での返済が……」
「侯爵家の金は嫡子である俺のものだっ、俺のものを使って何が悪い!」
「……」
「ヒッ」
レナード様が視線を向けると、ラギリウス様はぶるぶると震えて黙りました。このような状況でも黙っていられないのは、彼らしいことだと思いました。
いつでも正直に生きていらした方です。
私には思いもつかないようなことをなさいます。婚約者らしいことなどしてもらった覚えがありませんが、それでも、私にとって大事な方でした。
「アナーリア嬢、彼の罪は横領だけにとどまらない。彼は現侯爵より侯爵家の全権を任せられたにも関わらず、あなたに丸投げしてしまった。侯爵家当主でないラギリウスに、そのような権利はないのです」
レナード殿下の言葉の通りではあります。
病を得た侯爵家のご当主は、息子であるラギリウス様に侯爵家の運営を任せました。ラギリウス様は自分が主となって侯爵家を運営するべきで、そこから更に、誰かに全権を渡すことはできないのです。
これは、貴族家が他国の者などに乗っ取られないための決まりです。当主が責任を持って誰かに任せることは可能でも、そこから更に誰かに任せてはいけないのです。あくまで侯爵家の運営を行うものは、当主より直々に任命されなければなりません。
「ではそれは私の罪です。私はラギリウス様に、もっと多くの仕事を任せてくださるようにと頼みました。私が悪いのです」
「アナーリア嬢、なぜそこまで、こんな男を」
「それに侯爵様は病のため、充分な引き継ぎが行われませんでした。ラギリウス様は、ご自分が責任を持って運営しなければならないと、ご存知なかったのです。私は知っていました。私の罪です」
レナード殿下は眉を寄せて、困ったように私を見ました。お優しくしてくださった殿下に、恩を仇で返すようなことを言っています。
けれど死刑はいけません。
それでは誰も救われないのです。
「……アナーリア嬢は婚約者であるラギリウスに逆らえなかっただけでしょう。ほとんど監禁状態で働かされ、誰かに助けを求めることもできなかったと聞いています」
「いいえ、私は喜んで仕事をしていたのです」
「アナーリア嬢」
「本当です。……ラギリウス様は、全ての仕事を片付けると褒めてくださいました。この役立たずな私をです。私は褒めてもらいたいがために……罪であるとわかりながら、やめられなかったのです……」
なんて情けなく、醜いことでしょうか。
私の目から涙が落ちました。
昔から私は出来が悪かったのです。姉妹や兄弟と違って、一度も親にも、教師にも褒めてもらったことがありませんでした。
どうして私だけこんなにも出来が悪いのか、誰にもわかりません。ただただ、生まれた時から役立たずだったというだけです。
こんな私をラギリウス様は褒めてくださいました。
それ以上に罵倒されましたが、それでも、私は褒められることがたまらなく嬉しかったのです。浅ましい私は、ラギリウス様に褒められるために必死で頑張りました。
頑張ることができました。
ですからラギリウス様は私の恩人なのです。見捨てられたのは悲しいですが、私がラギリウス様にふさわしくないのはわかっています。
「馬鹿な……アナーリア嬢、君は役立たずなどではない! むしろ有能すぎるほどだ。侯爵家にまつわるほとんどの仕事を君がしていたと」
「はい。ですが、上手くできませんでした」
「何を言っているんだ! 侯爵家の領地では災害があった上、ラギリウスが勝手に金を持ち出していた。そんな状況で、どうしてこれほどの立て直しができたのか、君の手腕は書類の流れを見るだけでも感動的なものだった。領民が感謝を捧げるべきは君だというのに、それを受け取ったのはラギリウス、まして君を塵芥のように打ち捨てるつもりだったなど……!」
「レナード様……」
私は胸に手をやり、殿下の優しさに震えました。
もしラギリウス様より前にレナード殿下に出会っていたなら、私はもっと幸せだったのかもしれません。
……いいえ、そんなことはないでしょう。私がこうして被害者のように見えるから、優しさを向けてくださっているだけです。
私を褒めてくだったのは、ラギリウス様ただ一人でした。
「役に立たぬ者をそばにおいていても仕方がないでしょう。ラギリウス様のやったことはいけないことでした。でも、死刑になるまでとは思えません。ラギリウス様もおつらかったのです。私に仕事を任せてしまうくらい、能力がなかったのですから……」
「は……?」
間の抜けたラギリウス様の声が聞こえました。いけません。レナード殿下のご不興をかわないよう、黙っていてくださらなければ。
でも、この状況をわかっていないラギリウス様には難しいのかもしれません。
私は慌てて割って入りました。
レナード殿下が不審そうに眉を潜めます。私などのことで煩わせるのは申し訳ないのですが、それでも、放っていけることではありませんでした。
「アナーリア嬢。しかしこの男は、婚約者であるあなたに全ての仕事を押し付け、自分は遊び暮らしていた。だというのに恩を感じることさえなく、あなたとの婚約をあなたの有責で破棄しようとしたのですよ!」
「でも私は、喜んで仕事を引き受けていたんです」
「それは……」
「そうだ! その女は好きでやっていたのだ! それでどうしてこの俺が感謝などしなければならない? 感謝してほしいのはこちらだ。そんな無能に仕事を任せてやっていたのだぞ!」
「……黙らせろ」
「ぐあっ……!?」
レナード殿下の指示により、護衛の方が私の婚約者、ラギリウス様の腹部を殴りました。ラギリウス様は青い顔をして身を丸めます。
後ろ手に縛られた状態で、いつもの堂々とした姿のかけらもありませんでした。
ラギリウス様が「新たな婚約者」だと言ったナディリー様も拘束され、首を振って「私は関係ない、関係ないの」とぶつぶつと言っておられます。
ナディリー様がラギリウス様から贈り物を受け取るだけなら良かったのですが、残念ながら、ナディリー様も事業のお金を勝手に持ち出しておられます。無関係では通らないでしょう。
お二方は罰を受けるべきです。
でも、死刑はいきすぎです。
「ラギリウス様の罪は横領でしょう。横領罪は、返済が行われれば罪の軽減がありますし、それが不可能なら強制労働での返済が……」
「侯爵家の金は嫡子である俺のものだっ、俺のものを使って何が悪い!」
「……」
「ヒッ」
レナード様が視線を向けると、ラギリウス様はぶるぶると震えて黙りました。このような状況でも黙っていられないのは、彼らしいことだと思いました。
いつでも正直に生きていらした方です。
私には思いもつかないようなことをなさいます。婚約者らしいことなどしてもらった覚えがありませんが、それでも、私にとって大事な方でした。
「アナーリア嬢、彼の罪は横領だけにとどまらない。彼は現侯爵より侯爵家の全権を任せられたにも関わらず、あなたに丸投げしてしまった。侯爵家当主でないラギリウスに、そのような権利はないのです」
レナード殿下の言葉の通りではあります。
病を得た侯爵家のご当主は、息子であるラギリウス様に侯爵家の運営を任せました。ラギリウス様は自分が主となって侯爵家を運営するべきで、そこから更に、誰かに全権を渡すことはできないのです。
これは、貴族家が他国の者などに乗っ取られないための決まりです。当主が責任を持って誰かに任せることは可能でも、そこから更に誰かに任せてはいけないのです。あくまで侯爵家の運営を行うものは、当主より直々に任命されなければなりません。
「ではそれは私の罪です。私はラギリウス様に、もっと多くの仕事を任せてくださるようにと頼みました。私が悪いのです」
「アナーリア嬢、なぜそこまで、こんな男を」
「それに侯爵様は病のため、充分な引き継ぎが行われませんでした。ラギリウス様は、ご自分が責任を持って運営しなければならないと、ご存知なかったのです。私は知っていました。私の罪です」
レナード殿下は眉を寄せて、困ったように私を見ました。お優しくしてくださった殿下に、恩を仇で返すようなことを言っています。
けれど死刑はいけません。
それでは誰も救われないのです。
「……アナーリア嬢は婚約者であるラギリウスに逆らえなかっただけでしょう。ほとんど監禁状態で働かされ、誰かに助けを求めることもできなかったと聞いています」
「いいえ、私は喜んで仕事をしていたのです」
「アナーリア嬢」
「本当です。……ラギリウス様は、全ての仕事を片付けると褒めてくださいました。この役立たずな私をです。私は褒めてもらいたいがために……罪であるとわかりながら、やめられなかったのです……」
なんて情けなく、醜いことでしょうか。
私の目から涙が落ちました。
昔から私は出来が悪かったのです。姉妹や兄弟と違って、一度も親にも、教師にも褒めてもらったことがありませんでした。
どうして私だけこんなにも出来が悪いのか、誰にもわかりません。ただただ、生まれた時から役立たずだったというだけです。
こんな私をラギリウス様は褒めてくださいました。
それ以上に罵倒されましたが、それでも、私は褒められることがたまらなく嬉しかったのです。浅ましい私は、ラギリウス様に褒められるために必死で頑張りました。
頑張ることができました。
ですからラギリウス様は私の恩人なのです。見捨てられたのは悲しいですが、私がラギリウス様にふさわしくないのはわかっています。
「馬鹿な……アナーリア嬢、君は役立たずなどではない! むしろ有能すぎるほどだ。侯爵家にまつわるほとんどの仕事を君がしていたと」
「はい。ですが、上手くできませんでした」
「何を言っているんだ! 侯爵家の領地では災害があった上、ラギリウスが勝手に金を持ち出していた。そんな状況で、どうしてこれほどの立て直しができたのか、君の手腕は書類の流れを見るだけでも感動的なものだった。領民が感謝を捧げるべきは君だというのに、それを受け取ったのはラギリウス、まして君を塵芥のように打ち捨てるつもりだったなど……!」
「レナード様……」
私は胸に手をやり、殿下の優しさに震えました。
もしラギリウス様より前にレナード殿下に出会っていたなら、私はもっと幸せだったのかもしれません。
……いいえ、そんなことはないでしょう。私がこうして被害者のように見えるから、優しさを向けてくださっているだけです。
私を褒めてくだったのは、ラギリウス様ただ一人でした。
「役に立たぬ者をそばにおいていても仕方がないでしょう。ラギリウス様のやったことはいけないことでした。でも、死刑になるまでとは思えません。ラギリウス様もおつらかったのです。私に仕事を任せてしまうくらい、能力がなかったのですから……」
「は……?」
間の抜けたラギリウス様の声が聞こえました。いけません。レナード殿下のご不興をかわないよう、黙っていてくださらなければ。
でも、この状況をわかっていないラギリウス様には難しいのかもしれません。
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