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「殿下! 山中にてアズラージアの手のものを発見し、捕らえました!」
「そうか。よくやった」
「はっ!」
手柄をあげた兵士は誇らしそうだ。彼らは上の事情など知らず、アベルトを王子として扱ってくれている。
城の下位貴族よりも丁寧なくらいだ。そう思って苦笑し、アベルトはアズラージア兵のいる牢へと向かった。
「名前は?」
捕らえられた彼らは三人、この国の言葉を話すが、訛りがあり、態度も不自然であった。兵士たちは彼らの荷物を改め、アズラージアの指令書を見つけたというわけだ。
「最初に名乗ったものを代表とし、その者とのみ交渉しようと思う」
だんまりを決め込もうとしていた三人だったが、それには一人が、はっと口を開いた。それから三人で視線を交わす。
さきほどまで「何も言うまい」と互いに誓っていたのだ。しかし残念ながら、三人の間にそこまで深い信頼はない。急に一人だけを特別扱いすると言われて、すぐに揺らぐ程度の信頼だ。
これがただの尋問なら、三人で揃って黙っていられたかもしれない。しかし代表を選べと言われて、不安定な状況にいる三人は考えずにいられなかったのだ。
もしその代表が勝手なことを言ったら、連帯責任だ。自分の処遇を一人に任せるなどあまりに怖い。
「おっ、俺は、ルガへだ」
「お前!」
「わかった。ルガへ、なぜ我が国に?」
まず名を聞き出せたことに喜びなど表さず、アベルトは静かに聞いた。ここが牢の前でなければ、世間話のように聞こえたかもしれない。
「それは……」
「おい!」
「他の二人は黙っているように。あまりうるさいと黙らせるしかなくなる」
「……」
二人は沈黙した。
代表としてルガへが選ばれてしまった以上、自分たちは用無しとして片付けられても不思議ではない。
国への忠誠心はあるが、命はやはり惜しかった。
結果、二人は抜け駆けしたルガへを睨むだけになる。
「……ただの興味本位だ。向こうのやつらはどんな暮らしをしてるのかと」
「国境に兵士が並んでいるのに? 今、わざわざ?」
言葉に詰まって、ルガへは残りの二人を見た。しかし彼らは睨みつけてくるだけだ。
思わず抜け駆けしてしまった罪悪感がある。それにしても、敵陣に三人きりだというのに、仲間のそんな視線は堪えた。
「隙間なく並んでるわけじゃないだろ」
「確かにそうだ。でも、見つかったらただじゃすまないのはわかるだろう」
「あんな弱そうな……」
言いかけてルガへは口を閉じる。
アベルトの言い方があまりに優しいので、つい、力を誇示するようなことを言いたくなったのだ。普段からアズラージアの兵士の間では、隣国の兵士を見下す風潮があった。
それも致し方ないだろう。鍛えられたアズラージアの兵士と違い、鍛錬にも、装備にも金がかけられていない。
王城の兵士だというのに、文官のように見える者さえ珍しくない。
「なるほど。君たちからすると、我が国の兵士は弱く、いつでも侵略できそうに見えるのだろうな」
「そ、そんな……ことは……」
ルガへはおどおど、ちらちらとアベルトを見る。捕縛された状態で、相手の怒りをかいたがるほどの度胸はない。ルガへを睨んでいた二人も、いくらか焦ったようにアベルトを見て、またルガへを見た。
「この命令書にはこうある」
「それは、ただの……いたずら書きです!」
「二時に砦北西で騒ぎを起こせ。……だがこれが重要な内容なら、手紙で残しているはずがない。三人もいるのに誰も覚えられないような内容じゃないからね」
「……」
「本当の命令の内容を教えてほしい」
「ほ、本当も嘘もないです。ただのいたずらですよ。そういう遊びで……」
「そうか」
アベルトは簡単に頷き、兵士を呼んだ。
この三人にまともな連携がとれないことを確認したので、もう充分だ。引き離せば疑心暗鬼にかられて簡単に吐くだろう。
「尋問に慣れた者はいるか?」
「はっ。すぐに専門官を呼んでまいります」
「三人分。別々に、あとで整合性を確認する」
「了解しました」
「では、別の牢に移動させますか?」
「頼む」
「で、殿下……」
これから行われることがわかったようで、三人が震えている。
やはりあまり優秀な兵士ではないか、あるいは躾が足りていないのだろう。本気でこの国を攻める気はないように見える。
アベルトは安堵しながら、二人が移動させられ、それから、専門官がやってきてルガへを尋問するのを見ていた。
血に塗れた悲鳴を聞きながら、国のためだと思う。今までこういったことは誰かがやってくれていたのだろう。アベルトは彼らの庇護から外れ、そして、自分の意志で彼らを痛めつけることを選んだ。
小さくため息をつく。
自分は向いていない。ツァンテリが王妃の器ではないように、自分は王の器ではない。できるなら彼女が王となるべきなのだ。
「そうか。よくやった」
「はっ!」
手柄をあげた兵士は誇らしそうだ。彼らは上の事情など知らず、アベルトを王子として扱ってくれている。
城の下位貴族よりも丁寧なくらいだ。そう思って苦笑し、アベルトはアズラージア兵のいる牢へと向かった。
「名前は?」
捕らえられた彼らは三人、この国の言葉を話すが、訛りがあり、態度も不自然であった。兵士たちは彼らの荷物を改め、アズラージアの指令書を見つけたというわけだ。
「最初に名乗ったものを代表とし、その者とのみ交渉しようと思う」
だんまりを決め込もうとしていた三人だったが、それには一人が、はっと口を開いた。それから三人で視線を交わす。
さきほどまで「何も言うまい」と互いに誓っていたのだ。しかし残念ながら、三人の間にそこまで深い信頼はない。急に一人だけを特別扱いすると言われて、すぐに揺らぐ程度の信頼だ。
これがただの尋問なら、三人で揃って黙っていられたかもしれない。しかし代表を選べと言われて、不安定な状況にいる三人は考えずにいられなかったのだ。
もしその代表が勝手なことを言ったら、連帯責任だ。自分の処遇を一人に任せるなどあまりに怖い。
「おっ、俺は、ルガへだ」
「お前!」
「わかった。ルガへ、なぜ我が国に?」
まず名を聞き出せたことに喜びなど表さず、アベルトは静かに聞いた。ここが牢の前でなければ、世間話のように聞こえたかもしれない。
「それは……」
「おい!」
「他の二人は黙っているように。あまりうるさいと黙らせるしかなくなる」
「……」
二人は沈黙した。
代表としてルガへが選ばれてしまった以上、自分たちは用無しとして片付けられても不思議ではない。
国への忠誠心はあるが、命はやはり惜しかった。
結果、二人は抜け駆けしたルガへを睨むだけになる。
「……ただの興味本位だ。向こうのやつらはどんな暮らしをしてるのかと」
「国境に兵士が並んでいるのに? 今、わざわざ?」
言葉に詰まって、ルガへは残りの二人を見た。しかし彼らは睨みつけてくるだけだ。
思わず抜け駆けしてしまった罪悪感がある。それにしても、敵陣に三人きりだというのに、仲間のそんな視線は堪えた。
「隙間なく並んでるわけじゃないだろ」
「確かにそうだ。でも、見つかったらただじゃすまないのはわかるだろう」
「あんな弱そうな……」
言いかけてルガへは口を閉じる。
アベルトの言い方があまりに優しいので、つい、力を誇示するようなことを言いたくなったのだ。普段からアズラージアの兵士の間では、隣国の兵士を見下す風潮があった。
それも致し方ないだろう。鍛えられたアズラージアの兵士と違い、鍛錬にも、装備にも金がかけられていない。
王城の兵士だというのに、文官のように見える者さえ珍しくない。
「なるほど。君たちからすると、我が国の兵士は弱く、いつでも侵略できそうに見えるのだろうな」
「そ、そんな……ことは……」
ルガへはおどおど、ちらちらとアベルトを見る。捕縛された状態で、相手の怒りをかいたがるほどの度胸はない。ルガへを睨んでいた二人も、いくらか焦ったようにアベルトを見て、またルガへを見た。
「この命令書にはこうある」
「それは、ただの……いたずら書きです!」
「二時に砦北西で騒ぎを起こせ。……だがこれが重要な内容なら、手紙で残しているはずがない。三人もいるのに誰も覚えられないような内容じゃないからね」
「……」
「本当の命令の内容を教えてほしい」
「ほ、本当も嘘もないです。ただのいたずらですよ。そういう遊びで……」
「そうか」
アベルトは簡単に頷き、兵士を呼んだ。
この三人にまともな連携がとれないことを確認したので、もう充分だ。引き離せば疑心暗鬼にかられて簡単に吐くだろう。
「尋問に慣れた者はいるか?」
「はっ。すぐに専門官を呼んでまいります」
「三人分。別々に、あとで整合性を確認する」
「了解しました」
「では、別の牢に移動させますか?」
「頼む」
「で、殿下……」
これから行われることがわかったようで、三人が震えている。
やはりあまり優秀な兵士ではないか、あるいは躾が足りていないのだろう。本気でこの国を攻める気はないように見える。
アベルトは安堵しながら、二人が移動させられ、それから、専門官がやってきてルガへを尋問するのを見ていた。
血に塗れた悲鳴を聞きながら、国のためだと思う。今までこういったことは誰かがやってくれていたのだろう。アベルトは彼らの庇護から外れ、そして、自分の意志で彼らを痛めつけることを選んだ。
小さくため息をつく。
自分は向いていない。ツァンテリが王妃の器ではないように、自分は王の器ではない。できるなら彼女が王となるべきなのだ。
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