聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ

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「なんだか……すごく気分がいいわ!」

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 そう、メリルはとても困っている。
「あのう、そのう……だから……泣かない、で……?」
「うっ、うーっ! うぅう」
 女の子は泣くのに必死で、メリルの言葉が聞こえていないようだ。

「えーっと……かなしいの……?」
「あう、うう……」
 メリルより少し年下に見える彼女は、ぐちゃぐちゃに泣きながら、小さな手でメリルの服の袖をぎゅっと掴んでいる。

「どうしよう……」
 メリルはお使いに行かなければ。
 でも、この子も放っておけない。周囲を見回すのだけれど、この子の知り合いも、両親もどこにもいないようである。

「げんきだして……? おうた、うたう?」
「うえぇぇぇっ!」
「な、泣かないで……ね、ねっ、ぐしっ」

 どうしようもないのでメリルまで泣けてきた。
「あっ……」
 すると女の子は目を丸くして、慌ててメリルの頬に指を押し付けてきた。どうやら涙を拭ってくれているらしい。

「泣かないでぇ……っ」
「う、うん、そうだね……泣かない、ありがとう……。それで、どうして泣いていたの?」

 まだ鼻をすんすんさせながら聞いてみると、女の子は「うえっ」となりながらも話し始めた。

「母さんが……、びょ、びょうき、たすけて……」
「びょうき……?」
「こっち」
「あ、まって……!」

 すごい力で袖を引っ張られて、メリルもついていくしかない。
(びょうきって……でも……)

 メリルは神の祝福そのものだ。
 だから困っている者、助けを求めるものはメリルに引き寄せられてしまう。特に子供は素直なので、考えもなくすがってきたのだろう。

(巫女ねえさまが、もとめられても助けちゃだめだって……)

 聖女の力は国のすべての民のものであり、個人のためのものではない。
 目の前のひとりを助けるのではなく、国全体を祝福するのだ。だから、助けてはいけない。

(で、でも、なんか……むずむずする……)
 トイレに行きたいのと似ている。
 体の中の何か、出すものを出してしまいたい。初めての感覚に、メリルはどうしていいかわからなかった。

「こっち、来て、こっち」
「あっ、ちょ、っと……!」
 どうしよう。
 メルリには、助けを求める女の子の手を振り払うことはできなかった。

 やがて一軒の家の前にやってきた。
 女の子はメリルの手を掴んだまま、突進するようにドアを開いて中に入る。
「あ、あのっ、おじゃま、します……?」
 人の家に勝手に入ってはいけないのは知っている。聖女として訪れる場所にだって、メリルも教会の人たちも、きちんと挨拶をするのだ。

「母さん!」
 小さく、粗末であるけれど、やわらかな生活の気配のする部屋だった。
 家具の木の匂い、穏やかな色の壁紙、かわいらしく飾られた花。けれど寝台に横になった女性は青ざめ、目を開けるのもくたびれた様子だった。

「アーニャ……? お友達……?」
「ちがうの! びょうき、助けて……!」
「あっ、や、わっ!」

 引っ張られて、メリルは寝台に倒れこんでしまった。
「ごごめんなさ……っ」
 いくら小さな体であっても、病人の体を潰すなんてとんでもない。メリルは慌てて病人の様子を見た。

「ああ……」
 これだけ間近であればよくわかる、

 肌がかさついている。
 それでもまだ瑞々しい、生きた体の奥から固い死の匂いがする。今にも尽きかけた命の灯火が見える。
「……」
 メリルは悲しんだ。

 死は命の終着点、命であることそのもの。けれどもこの体が動きを止め、そして子供は置いていかれる。
 どうして悲しまずにいられるだろう。

 悲しみのまま、メリルは彼女の手を取った。
 やわらかさのない、病んだ手だ。
 死の病を治してあげることはできない。だからせめて、その心が安らかであるようにと祈った。
 それだけだ。

「………………あら?」
「え?」
 急にがばりと彼女が起き上がった。
 きらきらと瞳が輝く。
「なんだか……すごく気分がいいわ!」

「か、母さん!?」
「なんてこと、こんなのどれくらいぶりかしら! 庭を駆け回りたい気分よ! 体が軽い、どこも痛くない……!」

「え? え?」
「あなた!」
「えっ」
 彼女はぎゅっとメリルの手を両手で握った。
「ありがとう……! いえ、ありがとうございます。神さま……!」
「お姉ちゃんありがとう! ありがとう……!」

 メリルはわけがわからない。
 だが自分が何かしてしまったことは間違いなかった。
(ど、どうしよう……でも、でも、)
 泣きながら頭を下げ、笑っているふたりを見ると、いいことのように思えた。

 そう、いつもつらかったのだ。
 どんなに苦しみ、救いを求めている人の前にいても、メリルは何もしてあげられない。手を握って励ますだけだ。

「…………よかった」
 メリルは笑った。
 でも、教会の人に知られたら怒られてしまうかもしれない。自分はたぶん何かやってしまったのだけれど、この人達に罪はない。
 巻き込んでしまわないように、早く出ていこう。

「わたし、もう行かなきゃ!」
 それにおつかいの途中である。

「あ、待って」
「お待ちください! お礼を……」
「いいの。いそいでるから、ごめんね!」
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