聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ

文字の大きさ
5 / 9

「これでだいじょうぶ」

しおりを挟む
「あっ、出てきたよ!」
「そうか……良かった、良かったあ……良かった」
 夫は心配のあまり涙ぐんでいる。

 ジョアンナはハンカチで自分の涙を拭うと、夫に渡してやった。
「はあ、まったく、よかったよ……子供ってのは、すーぐ友達になっちまうんだから……」

 急に家に飛び込んでいったのは驚いたが、小さな子ども同士のこと、こんなこともあるだろう。
 とはいえあと少し出てこなければ、何があろうと突入する心づもりでいた。ついてきているのがバレるとかそんなことを言っている場合ではない。

「あれ? ずいぶん喜ばれてるね」
「そうだなあ? やっぱり迷子だったのかな」
 家の前でメリルは母子に手を握られ、繰り返し頭を下げられている。

「それにしちゃ、一直線に向かったけどねえ」
「家出したところをメリルに説得されて帰宅した、とか」
「あはは、そのくらいの深刻さに見えるね」

 ともあれメリルは無事、おつかいに舵を戻したようだ。母子に手を振って、急ぎ足で元の道に戻ろうとしている。
「あんた、メリルを頼むよ。ちょっと聞いてくる」
「任せなさい!」

 なんか嬉しそうな夫に不安を感じつつも、ジョアンナは母子のところへ向かった。
「あの、すみません。何かあったんですか?」
 声をかけると女の子は驚いたようで、母親の影に隠れた。しかしふと、なんだか嬉しそうに笑って足に抱きついている。

「さきほど、神様がいらしたのです」
「は?」
 母親の言葉に、ジョアンナは思わず聞き返した。

「ええと……」
 それから焦った。もしや聖女メリルの顔は、この国でも知られているのだろうか?
 だとしたら、とてもまずい。

「さっきの子が……?」
「ええ、あの、」
「レジー! 元気になったのかい!」

 母親の言葉を遮るように、知人らしき女性が声をかけてきた。
 どうやらレジーという名らしい母親はぱっと笑って「ご心配をおかけして」「今度一緒に買い物に」などと盛り上がってしまった。
 となれば部外者が声をかけられる状況ではない。

(気になるけど……メリルのそばにいたほうが良いね)
 もし顔が知られているのなら、それこそ良く見ておかなければ。ジョアンナは急いでメリルと夫の元へ向かった。




「にんじん2本、ムニ……どり……?」
 メリルは歩きながら不安になっていた。
「ムニどりは……何本……?」

 わからない。
 思い出そうと頑張るのだけれど、どうしてもそこが記憶にない。母の言葉は「ムニ鳥」で終わっている。

「う、うう……ううん……」
 悩みながらもメリルは市場に向かう。いよいよ人が多くなってきて、ぼうっとしているとどこかわからない場所に連れて行かれそうだ。
「ムニどり……2本……?」
 そうかもしれない。
 にんじんが2本なのだから、ムニ鳥だって2本だろう。

「うわああああん!」
 ふいに人混みの間から男児の泣き声が聞こえた。
 人々は一瞬動きを止めたようだったが、気にせずにそのまま流れ続ける。人の多い町では子供の泣き声など良くあることなのだろう。

「と、とろとろしてっからだよ! バーカ!」
「赤ちゃんかよ!」
「ああああああ!」
「おい泣くなよ! くそ……っ!」

 とろくさいとはメリルがよく言われることだ。
 なんとなく他人事に思えず、メリルは人の流れに惑わされながらそちらに向かった。

 男の子が地面に座り込んで泣いている。
 世の絶望を煮詰めたように泣いている。空を見上げ、周りの人々のこともさっぱり目に入らなくなったようだ。

「あ……けが……」
 腕から血が流れている。メリルがさきほどこけて擦りむいたよりひどい、小さな子どもの目線では、なかなかの大怪我に見えた。
「たいへん」
 メリルの頭は、助けなければという考えでいっぱいになる。

 幸いなことに回復薬がかばんに入っている。子供の手にも持てる小さな瓶は、一本であの程度の怪我はきれいに治してくれるはずだ。
 膝を擦りむいた時に使わなくてよかった。
(なんか、なおったんだよね)
 触ったら治った。

「どうしたの」
「えっ」
「誰だ、おまえ?」

 怪我した男の子のそばに、二人の男の子がいる。彼らはメリルを不審そうに見て、逃げたそうにした。
「けが、してる」
「そ、それは……」
「俺らは悪くねえよ! ちょ、ちょっと押しただけだろ! ……ちょっとは悪かったけど! けど!」

 そんなことより、目の前でとにかく男の子は怪我をしているのだ。
 メリルはかばんから回復薬を取り出した。聖女の力ではなく、回復薬を使えば別に怒られたりしないだろう。
「……あれ?」
 なぜか、薬の様子がいつもと違う。

 回復薬はいつも太陽の色をしている。ほのかに蛍光して見えるほど、いかにも効果のありそうな液体なのだ。
 しかしこれを光にすかしてみると、なんだか黒ずんで見える。
(きげんぎれ?)
 回復薬には使用期限がある。ある日突然使えなくなるというより、一日一日、その効能が減っていくという具合だ。

 このかばんは着替える時に持たされたものなので、メリルは回復薬がいつから入っていたのか知らない。
「そっかあ……」
 きっと長いこと入っていて、期限が切れていたのだろう。
「こまったな」
「おい、なんだよおまえ、あっち行けよ」

「うーん」
 回復薬が使えない。
 どうすればいいのだろう。どうして使えないのだろう。

 使えればいいのに。

「あれ?」
 よく見ると、きらきら金色に輝いていた。メリルは「なーんだ」見間違いだったのかと、回復薬を男の子の腕にぶっかけた。
「ふえっ!?」
「うん。これでだいじょうぶ」

 メリルはにこりと笑って、急いでその場をあとにした。またたくさん感謝されてしまったら困る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)嘘つき聖女と呼ばれて

青空一夏
ファンタジー
私、アータムは夢のなかで女神様から祝福を受けたが妹のアスペンも受けたと言う。 両親はアスペンを聖女様だと決めつけて、私を無視した。 妹は私を引き立て役に使うと言い出し両親も賛成して…… ゆるふわ設定ご都合主義です。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

〈完結〉貴女を母親に持ったことは私の最大の不幸でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」ミュゼットは初潮が来た時に母から「唯一のこの家の女は自分」という理由で使用人の地位に落とされる。 そこで異母姉(と思っていた)アリサや他の使用人達から仕事を学びつつ、母への復讐を心に秘めることとなる。 二年後にアリサの乳母マルティーヌのもとに逃がされた彼女は、父の正体を知りたいアリサに応える形であちこち飛び回り、情報を渡していく。 やがて本当の父親もわかり、暖かい家庭を手に入れることもできる見込みも立つ。 そんな彼女にとっての母の最期は。 「この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。」のミュゼットのスピンオフ。 番外編にするとまた本編より長くなったりややこしくなりそうなんでもう分けることに。

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

処理中です...