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「……行ってらっしゃい」
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自室でヴィーナの寝顔を思い返し、やはり寝具がシンプルすぎたなと思った。まるで診療所のような白いベッドであった。きれいではあるが、暖かみが足りない。
カルロはヴィーナの栗色の髪を思い出しながら、パッチワーク用に貰った布を取り出した。他に使いようがない小さな布たちは、お手頃価格で手に入った、ような気がする。
残念ながらヴィーナのツケ払いなのでなんとも言えない。ぼられていては問題なので、頼んだものは全てメモしてヴィーナに渡しておこう。
「派手な色よりは、落ち着きのある……でも目に楽しい……」
暖かみのある色を重ねたい。ヴィーナを思い浮かべつつ最初の布を選び、あとはそれに合うように。とはいえ、ここにあるだけの布では足りない。
はぎれを買いに町に出ようか。
ここは立派な屋敷であるから、商人も立派な布のほうが持って来やすいようだ。それに細々とした物は、平民が使うようなもので構わない。
(僕も平民なわけだし)
その暮らしに慣れておかなければ、いつ放り出されるかわからない。ヴィーナは聖女であるが平民で、王家に繋がれていながら扱いはあまりよくなく、その夫となれば、どうとでもなる存在だろう。
などと考えてみたが、まあ、外のことはとにかく面倒だ。
カルロはとりあえず安心できるこの部屋で、ちまちま針を動かしていれば幸いである。明日は何を食べよう。ヴィーナは朝食を摂るだろうか。栄養のある、食べやすいものを……。
そして騒がしい朝が来た。
「ヴィーナさま! ヴィーナさま、ご無事ですか!」
「んっ?」
遠くともうるさい声に起こされて、カルロはしばらくベッドの上でぼんやりした。
「ヴィーナさまぁああ!」
「……えっと」
ドンドンと扉を叩く音。これはまずいだろうか。
そもそも玄関で叫んで、この二階の部屋までこれほど届く声が恐ろしい。
とてもやばい人な気がする。
無視しようか。いや、玄関も老朽化しているのだ。ぶち破られてしまうかもしれない。逃亡したほうがいいんじゃなかろうか。キッチンの勝手口からでも。
わたわたとカルロはベッドから降りて、その場で足踏みをした。どうしていいかわからない!
「メイシーーーーーー!」
「ひゃっ!?」
叫び声が響いた。
「静かになさい! 朝です! 人の家です!」
「はいいいっ! ヴィーナさま、おはようっ、ござい、ますっ!」
「……おはよう! すぐに行きます。待っていなさい。くれぐれも騒がないように」
「もちろんですっ」
語尾にハートマークのついてそうな声のあと、ちゃんと静かになった。かわりにバタバタと家の中から音がしている。
というか、ヴィーナの部屋だ。
「あの」
「あっ、カルロさま! 朝から申しわけありません……!」
廊下で出会い頭、ヴィーナは深く頭を下げた。頬は赤く、恥じ入る表情が妙に印象的だった。
「……それはいいんだけど、お知り合いで……?」
「は、はい。メルシーは侍女……のような、秘書のようなことをしてくれているのです。今日も起こしにきてくれたようで……」
「ご無事ですか、とか言ってましたけど」
「何か勘違いを……本当に申しわけありません!」
「ヴィーナ様! お急ぎくださああい!」
「わかっています! 騒ぐなと言っているでしょう! ……ではカルロさま、失礼いたします。本当に……みっともないところを……」
ヴィーナは振り返り振り返りしながら、風のように階段を降り、玄関から出ていったようだ。
「……行ってらっしゃい」
カルロは手を振って見送った。
カルロはヴィーナの栗色の髪を思い出しながら、パッチワーク用に貰った布を取り出した。他に使いようがない小さな布たちは、お手頃価格で手に入った、ような気がする。
残念ながらヴィーナのツケ払いなのでなんとも言えない。ぼられていては問題なので、頼んだものは全てメモしてヴィーナに渡しておこう。
「派手な色よりは、落ち着きのある……でも目に楽しい……」
暖かみのある色を重ねたい。ヴィーナを思い浮かべつつ最初の布を選び、あとはそれに合うように。とはいえ、ここにあるだけの布では足りない。
はぎれを買いに町に出ようか。
ここは立派な屋敷であるから、商人も立派な布のほうが持って来やすいようだ。それに細々とした物は、平民が使うようなもので構わない。
(僕も平民なわけだし)
その暮らしに慣れておかなければ、いつ放り出されるかわからない。ヴィーナは聖女であるが平民で、王家に繋がれていながら扱いはあまりよくなく、その夫となれば、どうとでもなる存在だろう。
などと考えてみたが、まあ、外のことはとにかく面倒だ。
カルロはとりあえず安心できるこの部屋で、ちまちま針を動かしていれば幸いである。明日は何を食べよう。ヴィーナは朝食を摂るだろうか。栄養のある、食べやすいものを……。
そして騒がしい朝が来た。
「ヴィーナさま! ヴィーナさま、ご無事ですか!」
「んっ?」
遠くともうるさい声に起こされて、カルロはしばらくベッドの上でぼんやりした。
「ヴィーナさまぁああ!」
「……えっと」
ドンドンと扉を叩く音。これはまずいだろうか。
そもそも玄関で叫んで、この二階の部屋までこれほど届く声が恐ろしい。
とてもやばい人な気がする。
無視しようか。いや、玄関も老朽化しているのだ。ぶち破られてしまうかもしれない。逃亡したほうがいいんじゃなかろうか。キッチンの勝手口からでも。
わたわたとカルロはベッドから降りて、その場で足踏みをした。どうしていいかわからない!
「メイシーーーーーー!」
「ひゃっ!?」
叫び声が響いた。
「静かになさい! 朝です! 人の家です!」
「はいいいっ! ヴィーナさま、おはようっ、ござい、ますっ!」
「……おはよう! すぐに行きます。待っていなさい。くれぐれも騒がないように」
「もちろんですっ」
語尾にハートマークのついてそうな声のあと、ちゃんと静かになった。かわりにバタバタと家の中から音がしている。
というか、ヴィーナの部屋だ。
「あの」
「あっ、カルロさま! 朝から申しわけありません……!」
廊下で出会い頭、ヴィーナは深く頭を下げた。頬は赤く、恥じ入る表情が妙に印象的だった。
「……それはいいんだけど、お知り合いで……?」
「は、はい。メルシーは侍女……のような、秘書のようなことをしてくれているのです。今日も起こしにきてくれたようで……」
「ご無事ですか、とか言ってましたけど」
「何か勘違いを……本当に申しわけありません!」
「ヴィーナ様! お急ぎくださああい!」
「わかっています! 騒ぐなと言っているでしょう! ……ではカルロさま、失礼いたします。本当に……みっともないところを……」
ヴィーナは振り返り振り返りしながら、風のように階段を降り、玄関から出ていったようだ。
「……行ってらっしゃい」
カルロは手を振って見送った。
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