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【転】妹は本当にお姫様だったらしい

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 けれどそれから、ほんの数日後のことでした。
 私はいつものように机に向かって勉学に励み、マイア夫人がついてくれていました。突然に、屋敷が騒がしくなったのです。

「……?」
「何か……おかしいですね」
「お客様ですか?」
「これは……」

 窓から外を見下ろしたマイア夫人が、はっとしたように体をこわばらせました。
 お客様であるのなら、屋敷の前に止められた馬車で、おおよその予想がつくでしょう。客人が来たからとはしたなく立ち上がって良いものか、私はマイア夫人を伺いました。

「ルイナ様はここに……いえ、ルイナ様も……」

 いつも正しいことを教えてくれる夫人が、珍しく迷っているようでした。そのまま部屋を出ていってしまったので、私はどうしていいのか困りました。
 窓から外を見下ろします。

「え……?」

 豪華な馬車でした。
 あれは、あの紋章は。
 知らないはずがありません。この国で最も有名な紋章です。

 私は急いで部屋を出て、玄関に向かいました。
 使用人たちも困惑し、どうしていいかわからない様子でした。お母さまは? お父さまは?

「ああヴィクトリア、なんと美しく育ったのだろう!」

 よく通る声が屋敷に響き渡りました。
 まるでオペラのように、歌うように、物語の中の人物のような台詞でした。人を従わせることに慣れた声、誰もその声を邪魔することはありません。

 だってこの方は……。

「国王様……?」

 ヴィクトリアが頼りない声で言いました。いつも楽しげなヴィクトリアが、さすがに緊張しているようです。
 ああでも、私はヴィクトリアが知っていたことに少し驚きました。そのくらいはヴィクトリアに甘いお母さまも、教えていたのですね。

 そうです。
 我が国にたったひとりの、国王陛下なのです。
 その隣には王妃様のお姿もあります。

「ヴィクトリア、私が君の本当の父だ」
「そうよ。あなたはわたくし達の子、この国の王女なの!」
「え……?」

「王子、王女たちが病に倒れることが続いた。何者かが王家を脅かしていると感じ、まだ幼かったそなたを内密に伯爵家に預けたのだ」
「ああ、ヴィクトリア! 悪いものに気づかれないよう、会うことさえできなかった。けれど間違いなく、あなたはわたくしの子なのです!」

「わたしが……わたしが、お姫様……」

 妹の、いえ、ヴィクトリア様の表情が驚きから喜びに変わっていきます。その瞬間に私は、本当に自分に妹はいなかったのだと気づいたのです。
 母は目に涙を光らせながら、誇らしげな顔をしています。王家からの大事な預かりものを、こうして無事、返すことができた喜びなのでしょう。

 あれだけ大事にされてきたヴィクトリア様は、すぐに自分が姫君であることを受け入れたようです。……きっとそういうふうに育てられたせいでしょう。
 彼女は私とは違うもの。
 伯爵家など下のもの。
 言葉で、態度で、そう教えてきたのです。この日のために。お母さまの行動の理由が、はっきりとわかりました。

 そのおかげで王女様は、正しく王家に戻れるのです。めでたし、めでたし。




 そして私は伯爵家を継ぎました。
 若年女伯爵となりますが、お父さまは今回の褒美として、城の要職を頂いたのです。領地の仕事がおろそかにならないよう、私が引き継ぐことになりました。
 お母さまもお元気ですが、ヴィクトリア様を迎え入れたことが予想以上の負担だったようで、伯爵家の補佐ならばともかく、中心となって動くのはもうつらいとのことです。

「早いうちに継いだ方が、より多くのことを伝えられるだろう」
「そうね、落ち着けば親子の時間も長く持てるわ」

 私はひどくバカバカしい気分になりました。
 ヴィクトリア様がいなくなって機嫌を取る相手がいないせいか、二人は私の機嫌をとろうとしてきます。私が家を出ていかないように、急いであとを継がせたのかもしれません。

 だいたい、親子の時間?
 それって、持とうと思って持つものなのでしょうか。
 まるで仕事みたいに。

 お母さまがヴィクトリア様を仕事としてお育てしていたのはわかりました。だっていなくなった事を喜んでいたのですから。
 可哀想なヴィクトリア様が「会いたい」と言ってきても、王城で謁見して、臣下としての礼を取るだけなのです。

 それをまるで理想として、あんなふうに愛されたいと思っていた私はどうすればよいのでしょうか?

 危惧されているとおり家を出てやろうかとも思いました。ヴィクトリア様が妹でないとわかっていて教えてくれなかったお父さま、お母さま、そしてマイア夫人。
 子供に教えて話が広がることを避けたかったそうです。そのわりにお母さまがお姫様と呼ぶので、うすうす勘づいていた人もいたのだとか。それなのに14になった私には、一言も、それとなくも教えてくださりませんでした。

 私の気持ちを考えもしなかったのだろう家族へ、信頼感は全くありませんでした。
 それでも家を継いだのは、学び続けてきたことを無駄にしたくなかったからです。
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