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【結】お姫様だから幸せになれるとは限らないらしい

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「ルイナ、ねえ、たまには休んで、お茶にした方がいいわ」
「すみませんお母さま、今は仕事に集中したいのです」

 お母さまの誘いに、私は目も向けずに断りました。
 本当のことです。伯爵家の仕事は一人でするものではなく、補佐に任せてしまえば時間はできます。けれど今は仕事を理解したくて、それによって領地が動くのが面白くて、夢中なのです。

 家族と思えない家族と話をするより、こちらの方がずっと楽しいし、有意義です。

「……先日もそう言ったじゃないの。ルイナ、次の夜会のドレスも考えなきゃいけないし、」
「それならアリーチェに任せています。ご心配は不要ですよ」
「侍女に任せるなんて!」
「でもお母さま、私の社交界デビューのドレス、刺繍をしたのも彼女でしょう?」
「……っどうして、それを……」

 私はお母さまに曖昧な微笑みを浮かべました。
 伯爵家を継いだ以上、まず使用人を掌握するのは当たり前のことです。

「アリーチェが喋ったのね!? なんてこと、命令に逆らうなんて……」
「お母さま、アリーチェを責めないでくださいませ。主人に従っただけなのですから」
「それは……でも……!」

 今の伯爵家の主人は私。前伯爵夫人の言葉より、私の言葉を優先させるのは当然です。私が聞けば、なんだって答えてくれるでしょう。
 でも、とお母さまは口ごもっておられます。
 なんでしょうか?
 でも、私のために口止めしたのだとでも言うつもりなのでしょうか。

「彼女は忠義ある使用人ですよ、お母さまと同じで」
「……」

 忠義で自分の娘を放って、王家の娘を大事にしていたお母さまは完全に言葉を失ってしまったようです。
 ええ、まったく、お母さまは忠義者です。ヴィクトリア様のためのお金はもらっていたそうですが、それ以上に、お母さまは彼女を大事に扱いました。

「……ルイナ、怒っているのね? でも仕方がなかったの、王家は私達貴族が仕えるべき存在で、」
「わかっております。お母さまは忠義な方。断れるはずがありませんわね」
「そう……そうよ、それにほんの数年のことだと思って……」
「忠義は誰にでもできることではありませんもの。自分を殺し、捨ててでも王家に仕える。だからこそ評価される。あなたは素晴らしい方です」
「……」
「ええ、仕方のないことです。忠義のためであれば、娘に構ってなどいられませんもの」

 私はそれを責めるつもりはありません。
 そう、仕方のないことなのです。

「そ、それでも、できるだけのことはしたわ。あなたのために……」
「もちろんです。お母さまは私を何不自由なく育ててくださいました」
「……わかってくれているのなら」
「でも、情をもらえずに育った子供が、親に情を持てないのも、これも仕方のないことではありませんか?」

 お母さまが青ざめていきます。
 良いのです。私たちはこうなった、それは、もうどうしようもないことなのですから。母を恨みはしません。ただ、愛することもできません。
 愛せないことは罪ではないはずです。

「ああ、そうだ、お母さま、ヴィクトリア殿下から信書が届いております」
「……」

 私は顔色の優れないお母さまに、ヴィクトリア様からの手紙をお渡ししました。名指しで王家から届いた手紙ですから、いくら当主でも私が開くわけにはいきません。

 ですが予想はつきます。
 城に職をいただいたお父さまも、毎日のようにヴィクトリア様にお呼びをうけているのだとか。覚えがめでたくありがたいことですね。
 家のことは全くなさらなかったお父さまですが、城に務める限り、王族の皆様方に仕えるのがお役目。きちんとしたお仕事なのですから、立派に務めてくださるでしょう。

「お返事を必ずくださるようにと言われております。お早めにお願いします」
「ルイナ……ヴィクトリア殿下は我が家に一時的に逗留なさっただけ。何も言うことはないのです。どうか、伯爵家当主としてそう伝えて……」
「ですが殿下からすれば、居候だとでも思っていた私が継いだことを不満に思っておいでです。どうぞお母さまからお伝えください」

 私は構わず仕事に戻りました。
 どちらにしても、いずれ解決する問題です。ヴィクトリア様があの年になってから迎えに来られたのは、おそらくどこかに嫁がせる予定でもできたのでしょうから。

 ヴィクトリア様もお気の毒なことです。臣下の家に押し付けられ、ろくな教育をされなかったので、今たいへんな苦労をしていることでしょう。
 それなのにお母さまもお父さまも助けてはくれない。
 捨てられたように思っているのではないでしょうか。

 最初から愛されないのと、愛されていると思っていたらそうではなかったのでは、どちらが辛いのでしょうね。

 どちらにしても。

「……お母さまに育てられた子は、ふたりとも家族の愛を知らないのですね」

 私がぼんやり呟くと、お母さまが体を震わせておられました。
 ああ、まだいらっしゃったのですね。
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