投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ

文字の大きさ
37 / 40

祈りなさい。

しおりを挟む
「リーリエ様、どうか」
「おまえの仕事だろう! 怠けて俺の国を潰すつもりか!」

 彼らの態度はどちらも見覚えがあった。
 宥め、持ち上げ、脅し、どうにかしてリーリエに祈らせようとする。過度なことをした者はいなくなったが、結局、最後は皆そこにたどり着くのだ。

 リーリエに祈らせることが仕事である。
 そして金をもらい、帰って家族と楽しく過ごすのだ。リーリエにそんな喜びはない、どこにもない。

「……」
 怒りがある。

 ついさきほどまで、まだ見ぬ大陸の地に思いを馳せていた。ユーファミアのことは気になっていたが、ここまで崩れてしまっては、もはや向かうのは無理だろう。
 知らない土地を想像すれば心が弾む。
 なのにそれを当たり前のように引き止めるのだ。

「祈ってください……」

 嫌いだ。
 彼らはいつもいつもいつもいつもいつもいつもそうだ。
 リーリエを祈らせることしか考えていない。誰もリーリエのことを考えていない。考えていないくせにリーリエには民を思えと図々しいことを言う。いったいなぜそれに従わなければならないのだろう。何も知らなかったならともかく。

 今は知っている。
 リーリエは自由だ。

「祈れと言っている! くそっ、間に合わなくなるぞ!」
「お願いします、お願いします……リーリエ様、祈りを、どうか」

「自分で祈ればいいじゃない」
 リーリエは冷たく言って見下ろした。居所を失った王子も、すでにリーリエにすがりつくようにしゃがみ込んでいる。

「……そんな」
 マイラは絶句した。

「おまえの仕事だろう……!」
 王子は叫んだ。

「じゃあ、対価に何をくれるの?」

「なんだと……それをするのはおまえの義務だ。この強欲者、気狂い、め……っ?」

 また地面が崩れた。
 王子は青ざめた。すがりつこうとしてくる腕を、リーリエは振り払った。

「ぐぁっ!」
「自分で祈ればいいじゃない」
「ひっ」
 よろめくほど足元の地面が崩れる。リーリエは構わず、また伸びてきた腕を叩き落とした。

「自分で、祈りなさいよ」
「やめ」
「祈れ」
「やめろ! 何をす」
「祈れ!」

 リーリエが叫ぶと、王子は体を固くして動かなくなった。つまらない。
 怒りの持って行き場をなくし、リーリエはマイラを見た。

「せ、聖女リーリエ、どうか、私にできる、ことならば……」
「祈りなさい」
「そんな。私ではだめなのです、私では、」
「祈りなさい」
「リーリエ様」
「祈りなさい!」

 リーリエが叫ぶと、マイラは身をすくめて震えている。まるでこちらが悪いのだと訴えるような瞳が、潤んでリーリエを見上げていた。

「マ、マイラがこれほどに願っているのだぞ。祈るくらい……よいではないか……!」
「祈るくらい?」
「お願いです。祈っていただければ、それでいいのです」
「それでいい?」

 リーリエはすがりつく二人を見た。

「自分ではやらないくせに」
「それは……できないのです……リーリエ様は、神に愛された、方……」
「知らないわ、そんなの」

 そんなことは全く問題ではなかった。

「責任というものがあるだろう! 貴様にはその力があるのだ!」

 それもよく聞いた。こうして素晴らしい力を授かったのだから、民に与えねばならない。

「知らない」
「そ、そんな」
「祈りなさい」
「私は、」
「自分がしもしないことを、どうして人に求めるの? あなたに責任はないの?」

「……どうか、お怒りをお鎮めください。私が悪かったのです。だから、どうか、何の罪もない民は、どうか」
「マイラがこれほど願っているのだぞ! 貴様の、我儘で……っ、国を滅ぼすつもりか!」

 叫んだあと、王子はびくびくと震えている。

「じゃあ、祈りなさい」
「リーリエ様、どうか、お慈悲を」
「望むなら何でもと言っているのだ! 何が欲しい!」
「祈りなさい」

「リーリエ様、」
「祈りなさい」

「くそっ……なんと意地の悪い女だ! ああ、わかった! 俺が間違っていた!」
「祈りなさい」
「間違っていたと……この俺が詫びると、言っているのだぞ」
「祈りなさい」

「……」
「祈りなさい」
「リー、」
「祈りなさい」

 祈りなさい、祈りなさい、祈りなさい。
 告げても告げても終わりはない。何度告げても、リーリエが言われてきた数にはとても届かない。それでもリーリエは人形のように繰り返した。
 自分はもっともっともっともっと聞かされた。

「祈りなさい」
「お許しください……!」

 だがいつまで経っても王子もマイラも、一度たりとも祈ろうとはしない。リーリエは呆れた。それでどうして、こちらに祈れと言えるのだろう。

「……いいわ」
 これ以上同じことをしても、とても気分良くなれそうにない。リーリエが祈ってきたように、この者たちにも祈らせたい。
 目には目を。そうでなければ、とても怒りは鎮まりそうになかった。

「祈ってあげる」

 リーリエの言葉に彼らはぱっと顔をあげた。
「ほ、本当か!?」
「祈ってくださるんですか!?」

「祈ってあげる。……あなた達が祈ったのと、同じぶんだけ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...