バツ2旦那様が離婚された理由は「絶倫だから」だそうです。なお、私は「不感症だから」です。

七辻ゆゆ

文字の大きさ
3 / 36

3

しおりを挟む
「ミラレッタ。君のこの手が、どうやって僕のところまでたどり着いたか知らない。いずれ知るだろう。けれど今は、ただ君を愛したい」

 私は困惑しながら、僕、と心のなかで復唱しました。顔合わせの場でも挙式の間も「私」と言っていたはずです。立派な方です。
 けれど私の前で「僕」という旦那さまは、なんだか可愛らしく思えました。

「は、はい」

 どう答えてよいのかわからず返事をしただけになりました。何か、気の利いたことを言わなければとは思うのです。長い言葉には、同じくらいの言葉を返すべきでしょう。
 つまらない女だと、旦那様も思うでしょうか。
 それは事実なので、どうしようもないことではあります。

「ミラレッタ、キスをしても?」
「は……い……」

 ああ、困ってしまいます。
 全く良い返事が思い浮かびません。どうして旦那様は、こんなつまらない女に問いかけをなさるのでしょうか。何も言わず好きにしてくださって良いのです。

 なのに旦那様は私に許可を取り、そしてその、まるで愛おしげな視線でも私を伺っているのがわかるのです。

「あ、あの……っ」
「何かな、ミラレッタ」
「旦那さまは、その……三度目なのですよね、いつも、こんな……」
「……確かに三度目だが」

 すると旦那様の肩が落ち、声が弱くなりました。

「あっ……」

 傷つけてしまったのだと、鈍い私にもわかりました。こういった場で前の奥様のことを聞くなんて、とても失礼なことでした。
 でも、どうしても気になって仕方がなかったのです。私と旦那様はわずかな顔合わせで婚姻を決めました。旦那様が私を好きだとか、気に入っているとか、そういうことはないでしょう。

 こんなふうに、なんだか大事に扱われるのには違和感があります。

「僕はいつも、最初で最後のつもりだった」

 ああ、と私は嘆息しました。
 傷ついた声には後悔がびっしりと詰まっているようでした。悲しげに伏せられたまつげに胸が、なんだかギュッと苦しくなりました。

 きっとこの人は、思っていたよりずいぶん真面目なのです。
 いつでも、自分の唯一の妻を愛そうとしてきたのでしょう。しかしそれは報われず、二度も失敗してしまったのです。

 そして今、このひとの妻なのが私です。
 私はひどく申し訳なく、旦那様が気の毒になってしまいました。私はそんなに大事にされるべき人間ではありません。でもきっと、それを告げるとこの人はまた傷ついてしまうでしょう。

「……そうなのですね」

 私はできるだけ優しく聞こえるようそう言って、旦那様の背中にそっと手を回しました。こんなことをして邪魔だと思われないと良いのですが。
 前夫は私を無反応だと言いましたが、やることはすべて自分の思うようにやりたいようでした。私が少し動いたりすると、自分に合わせろとやはり怒りだしたものです。

「ごめんなさい」
「いや、君とはもっと話をしておくべきだった。こちらの都合で結婚を急いでしまったから」
「そんな。私も、早く結婚したかったです、から」
「そう言ってくれると嬉しい」

 私は孤児院から見つけ出してくれた叔父にお世話になっている状態でした。叔父は悪い人ではないのですが、それだけに、迷惑をかけないよう早く家を出たかったのです。
 でも、それは言わないほうがいいでしょう。
 旦那様と結婚したかった、それは嘘ではないのですから。私は口をつぐんで、後ろめたさから少しだけ視線を落としました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

愛さないと言うけれど、婚家の跡継ぎは産みます

基本二度寝
恋愛
「君と結婚はするよ。愛することは無理だけどね」 婚約者はミレーユに恋人の存在を告げた。 愛する女は彼女だけとのことらしい。 相手から、侯爵家から望まれた婚約だった。 真面目で誠実な侯爵当主が、息子の嫁にミレーユを是非にと望んだ。 だから、娘を溺愛する父も認めた婚約だった。 「父も知っている。寧ろ好きにしろって言われたからね。でも、ミレーユとの婚姻だけは好きにはできなかった。どうせなら愛する女を妻に持ちたかったのに」 彼はミレーユを愛していない。愛する気もない。 しかし、結婚はするという。 結婚さえすれば、これまで通り好きに生きていいと言われているらしい。 あの侯爵がこんなに息子に甘かったなんて。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...