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前編

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「シェレイラ! 貴様との婚約を破棄する! 貴様はここにいるレナが自分より優れた存在であると認めず、根拠のない侮辱を重ねた。誇り高きこの俺が、そのような者を妻になどするものかっ!」
「は?」

 王子である弟がわけのわからない茶番を始めている。
 貴族としての門出となる、学園の卒業パーティの場でだ。これだけの人の中での乱心となれば、なかったことにするのは不可能だ。

 ああ弟。
 いいところのなかった弟。三番目の王位継承者として自由に、言ってしまえば甘く育てられた弟。
 かわいそうに。それにしてもここまで愚かに育つとは、誰も想像していなかっただろう。

「……マルサス、いったいどういうことですか?」
 私は複雑な気持ちをこらえて弟に問うた。
 もはや弟のお先は真っ暗だけれど、情状酌量の余地がもしかしたらあるかもしれない。

「姉上! シェレイラは……」
「まず呼び捨てにするのをおやめなさい。あなたとシェレイラ様は婚約者とはいえ、そこまで親しくないでしょう」
「聞いてください! この愛らしいレナを侮辱したのです! レナの家が男爵家であるからと……!」

 弟は相変わらずだ。
 いつの頃からか愚かであるだけでなく、人の話を全く聞かなくなってしまった。自分の都合だけで話をすすめるので、こんなことがなくとも、上に立つものの器ではなかったのだろう。

 私は逃避したくなりながら、ともかく話を整理することにした。

「レナというのはあなたですね?」
「は、はいっ、お義姉さま、マルサス様と私は愛し合っているんです!」
「おねえさまって……」

 初対面である。
 どうやら私は、弟と負けず劣らずの逸材に出会ってしまったらしい。類は友を呼ぶというけれど、本当にいるんだな……。

「……侮辱というのは、何か言われたということ?」
「そうなんですっ!」
「そうなんだ、姉上、レナはシェレイラの横暴にずっと耐えてきた、」
「あなたは黙りなさい。当事者に話を聞いています。……いつ、どこで、なにを言われたの?」

 もうすでに馬鹿馬鹿しくなっているけれど、王子である弟が、婚約者である他国の姫を糾弾したのだ。放置しておくわけにはいかない。
 できるならばこの場で、弟の間違いを指摘しなければ。それでだめならお父様に裁いてもらうことになる。
 どうせ十中八九、この弟が悪いのだ。
 こんな公の場で婚約破棄を言い出す王子が正義のはずがない。お集まりの方々の目も確実にそう言っている。

「で、でもっ……わたし、怖くて……」
「正確な証言が得られないことには、あなたの正しさを認められませんよ」
「姉上! レナは怯えてるんだ、そんな言い方を……」
「……では後日としますか?」
「いや! シェレイラの横暴をこの場で明らかにしなければ、」
「マルサス様……、わ、わたし、がんばります」
「レナ……」

 会場中がしらけている。私もしらけた気分でいる。
 しかし逃げられない。

「シェレイラ様は私に、たかが男爵家のものがマルサス様に近づくのは不敬だと、マルサス様が汚れると……」
「シェレイラめ! 貴様のようなものこそを穢れというのだ!」
「いつのことですか?」
「えっ、いつでもです。すれ違う時とか……移動教室のときに私を待ち伏せしていたこともありました」
「卑劣でしょう! レナが逆らえないのをわかっていて……」

 うるさいな、弟。
 と思いながら無視するくせも、いつから出来たのだろう。私は弟との思い出を振り返ったが、あまりいい思い出はなかった。

「シェレイラ様に直接、言われたのですね? 間違いありませんね?」
「そうです! た、たしかに私は男爵家のものですが、それだけで近づくのもいけないなんて……! それに、どんどん苛立ってたみたいで、最後には、近づいたら家族に何があるかわからないって……!」
「シェレイラ様が、そうおっしゃったのですね?」
「は、はいっ……ううっ」

 レナさんは泣いている。いかにも嘘泣きだなとわかるような、きれいな泣き方だ。どうやったらそんな、きれいにひと粒ずつ落とせるんだろう。
 私は王女として教育を受けてきたけど、そのやり方は全くわからない。

「なんの罪もないレナをこんなに泣かせて……恥を知れ、シェレイラ!」
「ぐすっ……わ、わたしのことはいいです、でも、家族には手を出さないで……お願い、お願い、します……シェレイラ様……」
「レナ! 大丈夫だ、こんな女に頭を下げることはない! シェレイラ、貴様こそが謝るべきだ。人の心が残っているなら!」

「あっ」
 私は見苦しいものを見せないよう、シェレイラ様の前に立っていたのだけれど、押しのけられた。マルサスがシェレイラ様に指を突きつける。ああ……。

 シェレイラ様は不思議そうに首をかしげ、そばの侍女に何事か問いかけた。侍女が困った顔で言葉を返している。

「ええい、貴様はいつもそれだ! 無視をして気を持たせようという思惑だろうが、この俺には通じんぞ! この無礼者め!」
「シェレイラ姫様は、そちらの女性とは初対面だとおっしゃっておられます」
 侍女は苦い表情を隠さなかったが、丁寧にマルサスに伝えた。

「幼稚な嘘だ。せめて貴様自身の口で言え!」
「それは無理でございます」
「なぜだ! 後ろ暗いことがあるからか!?」
「シェレイラ姫様は、この国の言葉を話せません」

「……は?」

「聞き取ることもできません」

 そう。
 シェレイラ様は遠い国の姫。通常なら交流もないような国の姫君なのだ。
 我が国に足りない物資を姫の国がお持ちで、逆に、姫の国に足りない物資が我が国にあることから、国交を結び、その契約書がわりの婚姻となるはずだった。

「ですから、何かのお間違えでは? シェレイラ姫様は罵倒の言葉どころか、挨拶の言葉もご存知ありません」
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