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前編
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「マリアンヌ、話がある」
「……わたくしもたった今、お話すべきことができました。殿下、そのように腕を掴ませるほど、ルーシアさんと親しくなさっておりますの?」
「んっ? あ、いや、これは。ルーシアは貴族のマナーに慣れないだけだ。そう目くじらをたてることはないだろう」
殿下のお言葉に、婚約者であり、彼を支える立場であるわたくしはため息をつきました。
貴族のマナーという問題ではありません。そもそもここは魔法学校。平民の姿も多くあるというのに、貴族のマナーを押し付けるわけはありません。
ですが殿下は王太子、次の王となるお方です。これはマナーではなく、要人警護の問題なのです。本来なら今、殿下の後ろで烏合の衆になっている側近が止めるべきことでした。
そしてこのようにルーシアさんをおそばに置くということは、ルーシアさんへの強い信頼と、将来の重用を意味してしまっています。
「殿下が気にするなとおっしゃるなら、わたくしに言うことはありません。ルーシアさんのことは無知な平民として扱えばよろしいのですね? 平民がそのように殿下に触れ、問題が起これば極刑もあり得るとご存知でその言いようとは、さすが殿下は厳しいお方ですわ」
「……そうではない。ルーシアは貴族だ。正式にサンリア男爵家と縁を繋いでいる。ただまだ慣れぬので……」
「そうですの。平民育ちというのは、貴族同士ならあたりまえの良識的な距離をとることができないと主張してらっしゃいますのね。お話を胸に刻みます。それで、殿下のお話は?」
「……まったく、マリアンヌ。おまえは本当に生まれながらの貴族だな。我が婚約者であるならば、もっと広い目で世界を見るべきだ」
殿下は呆れたように言いました。広い目って、ルーシアさんしか見ていないではないですか。ルーシアさんが平民代表のような顔をなさるので、他の平民の方は肩身の狭い思いをしておりますのよ。
これで殿下がルーシアさんを「大事な相手」だと主張なさるなら、それで良いのです。そういう特別扱いだということになります。けれど殿下はあくまで「友人」とおっしゃいます。
たとえ平民同士だったとしても、そのような関係と思われて不思議のない距離でしょうに。
この距離の近さについて、最初はわたくしもルーシアさんに注意をしていました。ですがもはやその気はありません。悪いのは注意もせずに許している殿下だろうと思うからです。
「ア、アベル様、もういいです、もういいんです、私……!」
「馬鹿な。そんなわけにはいかない。マリアンヌ、この学園内でいじめが行われているのは君も知っているだろう」
「ええ、ルーシアさんという方が、わたくしたちの勉学を邪魔しますの」
「違う! ルーシアを平民育ちと馬鹿にする者がいると……」
「それはルーシアさん自身でしょう。殿下もさきほどおっしゃいましたわね。平民育ちの評価をおさげになって何が楽しいのか、わたくしには理解できないことですわ」
わたくしはまたため息をつきました。
ルーシアさんには毎日毎日、地味に勉強の邪魔をする嫌がらせをされていますから、まだいくらでも文句が言えます。
ですが時間の無駄でしょうね。今もわたくしたちの会話など他人事のように、うっとり殿下にしがみついておられますもの。
「そうではない、わかっているのだろう、マリアンヌ! 王家の子としてこのようなことは見過ごせない。口で馬鹿にするだけではないのだ。ルーシアにはひどい実害がある」
「実害……?」
「そうだ。さあ、ルーシア」
「アベル様、で、でも……っわたし、怖くて」
「大丈夫だ。真実を明らかにすれば、おのずと正義は報われる。話してくれ。君が学園でされたことを」
ルーシアさんはおずおずと前に出ようとして、首を振って殿下の後ろに隠れる。ということを何度か繰り返しました。
わたくしはもう飽き飽きですし、この場にいる学友も皆そうです。気の弱い性格なら仕方ないでしょうが、気の弱い性格の令嬢が、男性にすがりつく時だけ積極的になるわけがありません。
周りに女性しかいない時など、何を話しかけられても無視するか「つまんな~い」などと言うだけなのですよ。キャラを演じるにしても、もう少し真実味をもたせて欲しいものです。
「ルーシア。がんばれ」
「がんばれ!」
「う、うんっ!」
ルーシアさんは後ろの男性方に励まされて震えながら私を見ました。本当に馬鹿馬鹿しいことです。付き合ってあげているだけ感謝してほしいです。
ちなみに応援の男性方とはつまり殿下の側近です。
こちらもどうにかして欲しいものです。いくらルーシアさんが殿下の周囲にはいい顔をしているといっても、こんなにもわかりやすい演技だというのに。
「言葉だけなら、いいんです。わたし、負けません! でもっ、教科書を破ったりするのは……!」
「何ですって?」
わたくしは眉を寄せてルーシアさんを見ました。理解不能な方ですが、それにしてもわけのわからないことを言うものです。
「教科書を破る? わたくしがですか?」
「そうです! も、物にあたるなんてひどいと思います!」
「覚えがありませんが……そもそも、そんなことをしてわたくしに何の得が?」
「わたしのことが気に入らないからでしょう! 私が、アベルと仲良くしてるから! でもそれは、マリアンヌさんがアベルに冷たいから、だから……」
「はあ……?」
わたくしは言葉の意味がわからず、ルーシアさんを見て、それから殿下を見ました。
殿下も少し首をかしげてルーシアさんを見ています。
「ルーシア、マリアンヌが破損させたというのは教科書なのか?」
「そ、そうです! わたしの目の前で、わたしみたいな平民が殿下に近づくなって……」
わたくしはそのさまを想像してみました。
殿下に近づくな、と言いながら教科書を?
「わたくしがなぜ、そのような筋肉自慢をするのですか」
「き、筋肉自慢!?」
「ルーシア、私もよくわからない。だいたい、教科書を破ったら困るのはマリアンヌじゃないか?」
「そうですわよね。いえ、破っておりませんけど……」
「え、な、なんでですか? なんでマリアンヌさんが困るの?」
「なぜって、教科書が使えなくて困るだろう? マリアンヌは教科書がなくても勉強ができるということか?」
「え? えっ? マリアンヌさんじゃなくて、わたしの教科書です!」
「ルーシアの教科書が?」
「マリアンヌさんが、わたしの教科書を破ったんです!」
教室内に沈黙が落ちました。皆、不思議そうな顔をしています。
そうですよね。
何を言っているのでしょう。
この魔法学校の教科書は特別製です。人のものを破るなんて、そんなことできるわけがありません。
「……わたくしもたった今、お話すべきことができました。殿下、そのように腕を掴ませるほど、ルーシアさんと親しくなさっておりますの?」
「んっ? あ、いや、これは。ルーシアは貴族のマナーに慣れないだけだ。そう目くじらをたてることはないだろう」
殿下のお言葉に、婚約者であり、彼を支える立場であるわたくしはため息をつきました。
貴族のマナーという問題ではありません。そもそもここは魔法学校。平民の姿も多くあるというのに、貴族のマナーを押し付けるわけはありません。
ですが殿下は王太子、次の王となるお方です。これはマナーではなく、要人警護の問題なのです。本来なら今、殿下の後ろで烏合の衆になっている側近が止めるべきことでした。
そしてこのようにルーシアさんをおそばに置くということは、ルーシアさんへの強い信頼と、将来の重用を意味してしまっています。
「殿下が気にするなとおっしゃるなら、わたくしに言うことはありません。ルーシアさんのことは無知な平民として扱えばよろしいのですね? 平民がそのように殿下に触れ、問題が起これば極刑もあり得るとご存知でその言いようとは、さすが殿下は厳しいお方ですわ」
「……そうではない。ルーシアは貴族だ。正式にサンリア男爵家と縁を繋いでいる。ただまだ慣れぬので……」
「そうですの。平民育ちというのは、貴族同士ならあたりまえの良識的な距離をとることができないと主張してらっしゃいますのね。お話を胸に刻みます。それで、殿下のお話は?」
「……まったく、マリアンヌ。おまえは本当に生まれながらの貴族だな。我が婚約者であるならば、もっと広い目で世界を見るべきだ」
殿下は呆れたように言いました。広い目って、ルーシアさんしか見ていないではないですか。ルーシアさんが平民代表のような顔をなさるので、他の平民の方は肩身の狭い思いをしておりますのよ。
これで殿下がルーシアさんを「大事な相手」だと主張なさるなら、それで良いのです。そういう特別扱いだということになります。けれど殿下はあくまで「友人」とおっしゃいます。
たとえ平民同士だったとしても、そのような関係と思われて不思議のない距離でしょうに。
この距離の近さについて、最初はわたくしもルーシアさんに注意をしていました。ですがもはやその気はありません。悪いのは注意もせずに許している殿下だろうと思うからです。
「ア、アベル様、もういいです、もういいんです、私……!」
「馬鹿な。そんなわけにはいかない。マリアンヌ、この学園内でいじめが行われているのは君も知っているだろう」
「ええ、ルーシアさんという方が、わたくしたちの勉学を邪魔しますの」
「違う! ルーシアを平民育ちと馬鹿にする者がいると……」
「それはルーシアさん自身でしょう。殿下もさきほどおっしゃいましたわね。平民育ちの評価をおさげになって何が楽しいのか、わたくしには理解できないことですわ」
わたくしはまたため息をつきました。
ルーシアさんには毎日毎日、地味に勉強の邪魔をする嫌がらせをされていますから、まだいくらでも文句が言えます。
ですが時間の無駄でしょうね。今もわたくしたちの会話など他人事のように、うっとり殿下にしがみついておられますもの。
「そうではない、わかっているのだろう、マリアンヌ! 王家の子としてこのようなことは見過ごせない。口で馬鹿にするだけではないのだ。ルーシアにはひどい実害がある」
「実害……?」
「そうだ。さあ、ルーシア」
「アベル様、で、でも……っわたし、怖くて」
「大丈夫だ。真実を明らかにすれば、おのずと正義は報われる。話してくれ。君が学園でされたことを」
ルーシアさんはおずおずと前に出ようとして、首を振って殿下の後ろに隠れる。ということを何度か繰り返しました。
わたくしはもう飽き飽きですし、この場にいる学友も皆そうです。気の弱い性格なら仕方ないでしょうが、気の弱い性格の令嬢が、男性にすがりつく時だけ積極的になるわけがありません。
周りに女性しかいない時など、何を話しかけられても無視するか「つまんな~い」などと言うだけなのですよ。キャラを演じるにしても、もう少し真実味をもたせて欲しいものです。
「ルーシア。がんばれ」
「がんばれ!」
「う、うんっ!」
ルーシアさんは後ろの男性方に励まされて震えながら私を見ました。本当に馬鹿馬鹿しいことです。付き合ってあげているだけ感謝してほしいです。
ちなみに応援の男性方とはつまり殿下の側近です。
こちらもどうにかして欲しいものです。いくらルーシアさんが殿下の周囲にはいい顔をしているといっても、こんなにもわかりやすい演技だというのに。
「言葉だけなら、いいんです。わたし、負けません! でもっ、教科書を破ったりするのは……!」
「何ですって?」
わたくしは眉を寄せてルーシアさんを見ました。理解不能な方ですが、それにしてもわけのわからないことを言うものです。
「教科書を破る? わたくしがですか?」
「そうです! も、物にあたるなんてひどいと思います!」
「覚えがありませんが……そもそも、そんなことをしてわたくしに何の得が?」
「わたしのことが気に入らないからでしょう! 私が、アベルと仲良くしてるから! でもそれは、マリアンヌさんがアベルに冷たいから、だから……」
「はあ……?」
わたくしは言葉の意味がわからず、ルーシアさんを見て、それから殿下を見ました。
殿下も少し首をかしげてルーシアさんを見ています。
「ルーシア、マリアンヌが破損させたというのは教科書なのか?」
「そ、そうです! わたしの目の前で、わたしみたいな平民が殿下に近づくなって……」
わたくしはそのさまを想像してみました。
殿下に近づくな、と言いながら教科書を?
「わたくしがなぜ、そのような筋肉自慢をするのですか」
「き、筋肉自慢!?」
「ルーシア、私もよくわからない。だいたい、教科書を破ったら困るのはマリアンヌじゃないか?」
「そうですわよね。いえ、破っておりませんけど……」
「え、な、なんでですか? なんでマリアンヌさんが困るの?」
「なぜって、教科書が使えなくて困るだろう? マリアンヌは教科書がなくても勉強ができるということか?」
「え? えっ? マリアンヌさんじゃなくて、わたしの教科書です!」
「ルーシアの教科書が?」
「マリアンヌさんが、わたしの教科書を破ったんです!」
教室内に沈黙が落ちました。皆、不思議そうな顔をしています。
そうですよね。
何を言っているのでしょう。
この魔法学校の教科書は特別製です。人のものを破るなんて、そんなことできるわけがありません。
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