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中編

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「君の教科書は、学園の貸与品なのか?」
 沈黙のあと、代表するように殿下がルーシアさんに聞きました。

「たい……? え?」
「教科書をなくすなどした時に、借りられる仕組みがある。それを使ったのか?」
「……違います! お父様とお母様が買ってくださった、大事な」
「君が使用者登録をしたものだろう?」
「は、はい。そうです、わたしの教科書です! 間違いありません!」

 わたくしは机の上に置かれた、誰かの教科書を見ました。本、特に貴族学園の教科書は貴重品です。ひとつひとつに魔法がかけられ、必ず所有者登録をして使うことが決められています。
 まさかと思いながら、わたくしは聞きました。

「ルーシアさん、破られた教科書はどちらに?」
「……っ、こ、これです!」

 ルーシアさんはわたくしを睨みつけてから、ビリビリに破れた教科書を殿下に見せました。
 殿下はなんともいえない表情でその教科書と、ルーシアさん、そしてわたくしを見ます。

 そして、ぐっと両手で教科書を握りました。
「えっ!?」
 驚いたのはルーシアさんだけです。わたくしも、生徒たちも、殿下も側近の方々も、殿下が破ろうとしている教科書を見ています。

 殿下の腕に力がこもります。
 破ろうとしています。そもそもビリビリに破れた教科書ですから、すぐにさらなる破損は行われそうに見えます。

 が、破れません。

「確かに……所有者登録がされているようだが……?」
「え? え?」
「ルーシアさん、魔法で使用者が登録された教科書は、所有者本人にしか書き込みをしたり、破ったりなどできません」
「えっ……?」

 ルーシアさんは半笑いで「何を言っているの?」という表情を私に見せました。ですが殿下にも視線を向け、冗談ではないとわかったようです。
 みるまに顔色が悪くなっていきます。

「な、な、そん……そんな、知らないわ!」
「ええ、どうやら知らなかったようですわね。入学の日に説明されたはずですが……ああ、ルーシアさんは中途入学でしたから」
「ば、馬鹿にしないで!」

 馬鹿になどしていません。事実を告げています。
 ですがわたくしは何も言わず、微妙な微笑みを浮かべてルーシアさんを見ました。無知とは恐ろしいものです。
 入学の日の説明がなくとも、教科書の最初にきちんと魔法詳細が書かれていたはずです。学ぶ気があれば、こんな恥ずかしい墓穴は掘らなかったでしょう。

「ルーシア、君は……」
「ち、違うわっ! わたしは何もしてない、自分の教科書を破るなんて、そんな、意味のわからないこと、しませんっ!」
「いや、だから、それはそうだが?」
「何よ、破れない魔法って……! そんなの変です、おかしいです、マリアンヌさんがどうにかしたんでしょう!?」
「どうにか」

 殿下も引きつった笑みを浮かべてルーシアさんを見ています。

「確かに、どのような魔法も人がつくったもの。がんばれば破れないことはないかもしれませんわ」
「そうでしょ!?」
「……だが、意味がわからない。教科書の魔法は国家魔術師が編む、門外不出のものだ。それを学生が破ったとなれば、すさまじい快挙だ」
「そんなっ……」
「ええ。その快挙を、人の教科書を破るなどという暴挙で台無しにする人はいないと思いますわ。わたくしもそうです。まあ、もし、できれば、ということですけれど」

「何か裏技があるんです、きっと! そうだ、マリアンヌの家は侯爵家だから、だから、」
「まあ、ルーシアさん。わたくしが侯爵家で育ったからと、馬鹿にしていらっしゃるの?」
「な……!」
「そうなのでしょうね。ルーシアさんはいつも、わたくしを退屈で魅力のない女だと言いますものね」
「そんなこと言ってませんっ!」
「さっきだって、わたくしをマリアンヌと呼び捨てになさいましたし。ルーシアさんにとってわたくしは、ずいぶん格下の存在に思えるのでしょうね?」

「そんな……っ、ひどい」
「ええ、ひどいです。わたくし悲しいですわ」
「な、いや、ルーシア、君は嘘を……?」
「いいえっ! ぜんぶ、ぜんぶマリアンヌの仕業です! 私を貶めてっ、ほんとはマリアンヌはひどい女なんです、私に泥水をかけたり、噴水に突き落としたり、」

「「「「「噴水?」」」」

 わたくしが問うまでもなく、皆様が言葉を重ねてルーシアさんを見ました。
 ルーシアさんは注目を浴びて「ひっ」と声をあげましたが、ガクガク震えながらうなずきました。
 ここで間違えたらもう自分が信じて貰えないことはわかっているのでしょう。

 というかせめて、わたくしを呼び捨てない程度には取り繕った方が良いと思いますよ。
 教科書が破れないことがよほど驚きだったのでしょうか。本当に、この学校の生徒なら誰でもわかっていることですのに。

「そっ、そう、なんです、大事な制服がびしょびしょになって、授業に出られなく……」
「噴水に、突き落とされたのか、君は」
「そ…………う、です……」

 真顔のアベル様に聞かれて、何か間違ったことにさすがに気づいたのでしょう。それでも今更否定もできず、希望にすがるように肯定しました。
 あまりに可哀想なので、わたくしの口から言ってあげることにしました。

「ルーシアさん、学園の噴水は幻覚魔法です。手を入れても、飛び込んでも、濡れることはありませんよ」
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