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第2章 筆頭土地神は大変です

第32話 『結婚』?

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 冬支度も順調に進み、ミモイ村の家屋は全て木造で建て直すことが出来た。建築チームはミモイ村から移動し、ルノーでの作業を始めている。俺達はその間、摘み取った実綿を固い木の棒で叩きまくって、繊維と種で分ける作業を必死に行っていた。

「だから私言ってやったんです!文句があるんだったら猪の1匹や2匹狩ってきてから言いなさいって!」
「よく言ったわ、ノイン!本当、村の男達ったら私達の仕事を甘く見てんのよ!幾らナオキ様が居るからって、畑仕事も楽じゃないんだから!」
「そーよそーよ!ねぇナオキ様!」

 彼女達の視線が一気に俺へと集中する。顔はこちらを向いているというのに、棍棒を叩く手が止まらないのが、逆に俺の恐怖をかり立てていく。

「は、ははは。そうだね……」

 心の中で男性達に謝りながらも、俺は女性達に賛同する意思を示した。ここで彼女達と対立デモしてしまったら、気まずくなって作業どころではなくなる。

「やっぱり、ナオキ様もそう思いますよね!帰って来たと思えば、『今日は疲れてるんだ!』とか言って、子供達の面倒も見ないし!私達だって疲れてるんですからね!」
「ほんとよねぇ!どうして男ってこんなに気が利かないのかしら!ナオキ様みたいに優しくて気の利く旦那だったら良かったのにねぇ!」

 俺が彼女達に同調してしまったせいで、どんどんとヒートアップしていく旦那の愚痴大会。俺の胃が、キリキリと音を立てて痛めつけられている。

「あの、ナオキ様……失礼だと思うのですが、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「え?あ、ああ別に良いけど。なにかな?」

 奥様方が愚痴をこぼしていく中、隣で作業をしていたリリアンが囁くような声で話しかけてきた。俺は気分が紛れるかと思い、軽い返事でOKを出す。するとリリアンはふーと息を吐いて、覚悟を決めたように俺に問いかけてきた。

「ナオキ様は、シズクちゃん様と婚礼を結ばれているのでしょうか?」
「ぶふぅぅ!!はぁぁぁ!!?何で俺がシズクちゃんと結婚するんだよ!!」
「す、すみません!神様は神様同士で結婚するのかと気になってしまって……」
「いやいや!そんなの俺だって知らないよ!ていうか、シズクちゃんは俺より滅茶苦茶年上だからな!」

 俺が必死になって否定したことで、リリアンも納得したのか、それ以降『結婚』の話題を出してくることは無かった。そもそも俺はまだ18歳だぞ?結婚なんて先の先の話だ。

それに、元の世界に戻る予定である以上、この世界の人間と結婚する気はない。

 そう思いながらも、リリアンの問いかけによって俺の心の片隅に『結婚』というワードが植え付けられたのは確かだった。

「ナオキ様何の話ですか!?いま結婚の話をしていませんでしたか!?」
「ずるいですよ!私達にもナオキ様のお話聞かせてください!」

 俺とリリアンの会話を耳にした主婦の軍勢が、矢継ぎ早に俺の元へ詰め寄ってくる。愚痴大会が始まる直前に追い出された子供達の明るい声が、家の外から聞こえてきた。ケラケラとした笑い声。その声は、俺にとって砂漠に現れたオアシスのような存在だった。

 今すぐにでも子供達の元へ駆けていきたい。この場から逃げ出したい。誰でも良いから助けてくれと、声にならない叫びをあげる。その時、家の扉が勢いよく開かれた。

「ナオキ様―!!だれかきたみたいだよー!村の入り口から、変な声がするー!」
「なに、本当か!教えてくれてありがとう!直ぐに行くからちょっと待っていてくれ!あー皆は引き続き作業をするように!!」

 俺は天国へと続く扉を開けてくれた子に感謝を述べつつ、急いで村の入口へと走った。この際領主の使いだろうと何でもいい。あの場から逃げ出せる機会をくれただけで、俺は泣きそうなくらいうれしかった。

 村の入口へ着くと、そこには一人の女性が馬に乗って待っていた。その後ろには、鷹の紋章が描かれた馬車があり、近くには数名の騎士たちが立っていた。

 ああ、また領主の使いが来たかと、俺は気合を入れなおす。領主の関係者には俺が土地神であることを知らしめなければならない。そう思っていたのだが、女性は馬から降りると、丁寧に頭を下げ始めた。

「失礼。こちらの村に、土地神ナオキ様はいらっしゃいますでしょうか?」
「あ、はい!じゃなくて……うむ!私が土地神ナオキだ!何用でまいった!」
「貴方がナオキ様でございましたか。申し遅れました。私、ハイネ様の近衛を務めさせて頂いております。フレデリカと申します。領主バッカス様に変わり、先日の無礼を謝罪しに参りました」

 丁寧な挨拶のせいで俺の気合が崩れかけるも、何とか持ち直して『土地神』を演じ始める。俺が土地神であることを告げると、馬車から一人の女性が降りてきた。

綺麗な銀色の長い髪の毛に、透き通るような青い目。左目は黒い眼帯で隠されていたが、それがまたミステリアスな雰囲気を醸し出していた。

「ハイネ・トーレと申します!先日は、父の使いがナオキ様に無礼を働いたと聞きました。土地神であるナオキ様に対し、暴言を吐いたと……本当に申し訳ございません!」
「あ、ああ。まぁ気にしないで……気にするでない!我が気にかけているのは、ルキアス村の魔法薬についてだ!それについては、どうなったのだ?」
「その件に関しましては、私共の方で適正価格に戻すよう指示を出させました!」

 ハイネと名乗った眼帯の女性は、ハッキリと強い眼差しで俺の目を見つめてきた。父の使いという事は、この子は領主の娘ということになるのだが。これ程までに聡明な娘なら、父親も敏腕領主のはずではないのかと疑いたくなってしまう。

 そんな疑問を浮かべていると、ハイネが何か言いたげな表情で俺の事を見つめてきた。

「娘よ。どうかしたのか?」
「あ、あのですね!!ナオキ様に折り入ってお願いがあるのですが……聞いて貰えますでしょうか!?」
「お願いだと?我を利用して民の生活を危ぶませようとするのでなければ、聞いてやらぬことも無い!」

 この間のエッケンとは違い、綺麗な女性からのお願いなら喜んで叶えてやる。見た感じ、俺の力を使って悪さをしようと企んでいる気はしないしな。少しくらい力を貸してやっても、問題は無いだろう。

 そう思い、返事をしたのだが、この選択が大きな間違いであった。

「本当ですか!?実はその……私と婚姻を結んで欲しいのです!」
「なるほど。それならば容易──はい?」

 ハイネの口から出た言葉に、俺は思わず『土地神』として演技することを忘れ、彼女の顔を二度見してしまう。それでも表情を変えることの無いハイネに、今度はフレデリカさんの方へ視線を移す。

 フレデリカさんも何も聞かされていなかったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべていた。
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