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第14話 オークの村

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 魔獣がひしめく森の中。レッドベアーという脅威が居なくなったことにより、魔獣達の縄張り争いは過激化していた。普段は逃げ回るばかりのクリスタルディアーですら、その熱気に当てられている中、一人だけ場違いな男が森を歩いていた。

「ねぇ見てよ祐介―!この体でも空を飛べるんだよ!凄くない!?」
「わ、分かったから、フィム!危ないから降りてくるんだ!」
「えー別に危なくないよ?ほら、こんなに早く飛べるんだ!」
「い、いいから!早く降りてきなさい!」

 女の子の体になったフィムは、実体になった喜びを噛み締めるかのように空を飛び回っていた。僕は彼女の姿を直視することが出来ず、地面に顔を向けながらフィムに降りてくるように声をかける。

 今まで光の球体だったフィムが、突然女の子の姿になるなんて。人間の容姿をしていなかったから今までまともに会話を出来ていたのに、これじゃあ上手く話すことも出来ないじゃないか。

「あー楽しかった!やっぱり実体を持てるっていいものだね!」
「そ、そーだなー!あははは!」
「この姿なら、裕介以外の人達とも会話できそうだし!早くオークの村に行きたいなぁ!」
「お、おう!早くいきたいな!」

 会話というより、只相槌をうつだけの仕事をしているような気もするが、今の僕にはこれが限界だった。ただフィムはあまり気にしていなかったようで、こんな僕にも笑顔で語りかけてくれた。

「オークの村に着いたらどうする?何か今後の方針とか決めてるの?」
「う、うーん……方針かぁ」

 フィムに問われて、僕は今後どうするべきか悩み始めた。最終目的は「日本に帰る」というもので変わらない。だがその過程でどの選択をすべきなのか、僕にはまだ知識と情報が余りにも足りていない。

「オークの村に快く受け入れて貰えるのを前提で話すけど、まずは情報収集をすべきだと思う。この世界で生きていくには、僕は何も知らなすぎるから」
「そうかもねぇー!だって裕介、魔獣と魔族の区別もついてなかったし!」
「う、うるさいなぁ!とにかく、「この世界の情勢」「魔族全体が人間を受け入れてくれるか」「日本に帰る方法はあるのか」この3つは最低でも知っておきたい!その上で、今後の行動を決めよう!」

 僕の考えを聞いたフィムは、どこか嬉しそうに笑って頷いてくれた。日本に帰るということは、フィムとはいずれ別れることになる。その上で僕と一緒に居てくれるのであれば、こんなに嬉しいことは無かった。

 それから暫く、遭遇した魔獣を倒したり、果実を回収しながら歩き続けた。あんなに空高くに昇っていた太陽が、遠くの山の影に隠れ始めた頃、僕等は目的後に到着した。

「あれがオークの村だよ!前来た時に比べて、随分様変わりしてるみたいだけど……」

 フィムが何をもって変わっているといったのか分からないが、初めて見たオークの姿は僕の想像とはかけ離れていた。
 
 村の入り口で外敵から村を守る様に、皮の鎧を着た二人のオークが立っている。確かに肌の色は緑に近かったが、顔は完全に豚というより人間の要素も含んでいた。

「裕介、どうする?とりあえず話をしに行ってみようか?」
「う、うん。……本当に大丈夫なんだよな!?人間を食べたりしないんだよな!?」
「だから大丈夫だってば!何なら僕一人で聞きに行ってみようか?」

 フィムの提案に少しだけ心が動かされるも、直ぐにその考えを頭の中から消し去った。精霊と言えど、女の子の姿をしたフィムを一人でオークの元へ行かせるわけにはいかない。こんな僕だけど男として、やらなければならない時はあるのだ。

「いや……僕が行くよ!フィムはここで待っていてくれ!」

 覚悟を決めた僕は、木の影から姿を現して二人のオークの元へとゆっくり歩み寄っていく。敵意が無いことを伝えるため、両手を上にあげたまま距離を詰め、僕は声を張り上げて挨拶をした。

「こ、こんにちはぁぁ!初めましてぇ!僕の名前は近藤裕介ですぅ!!ど、どうかお話を聞いてはくれませんかぁ!!」

 その声が届いたのか、入り口に立っていた二人のオークが僕の方に顔を向けた。その二人は即座に警戒態勢に移り、持っていた槍の先を僕の方へ向ける。

「そこの者、止まれ!!貴様一体何者だ!!」
「ぼ、僕は近藤裕介と申します!!貴方達の敵ではありません!!どうか話を聞いてください!!」

 必死の懇願が届いたのか、二人のオークは槍を構えたまま僕の元へゆっくりと近づいてきた。その二人は僕の顔を見るや否や、目を見開いて驚いていた。

「お前、人間か!?人間がどうしてこんなところに居るんだ!!」
「あ、あのぉ、それには色々と事情がありまして……」
「事情だと?まぁいい!まさか一人でこの村まで来たとは言わないよな!?隠れている者が居たら直ぐに出てくるように伝えろ!」
「わ、わかりました!おーい、フィム!ちょっとこっちに来てくれ!!」

 僕に呼ばれたフィムは、待ってましたと言わんばかりの笑顔で近づいてきた。オークの二人は、女の子が森の中から出てきたことに一瞬戸惑っているようだったが、直ぐに切り替えてフィムにも槍を突き付ける。

「二人だけか!?他には居ないのだな?後から出て来たものは敵とみなすが、良いのだな!?」
「あ、はい、だいじょうぶです!僕とフィムの二人だけです!」
「そーだよー!僕と裕介の二人だけ!」

 フィムの言葉に顔を見合わせる二人のオーク。男が言うよりも女の子の言葉の方が説得力はあるのか、何とか納得してくれたようだった。だがまだ警戒はしているようで、槍を下げてくれる気配はない。

「なるほど……にわかには信じがたいが、まぁいいだろう!それで、お前達の目的はなんだ!なぜ人間領から遠く離れたこの村にやってきたのだ!」
「それはですね、話せば長くなるんですけど──」

 僕はそう言って、僕の身に起きた事を話し始めた。勿論自分が勇者として召喚されたことは伏せて。何の目的で召喚されたか分からないが、つまはじきにされてしまい、転移の魔法でこの森に飛ばされた。そこで水の精霊であるフィムと出会い、何とか魔獣たちを退けながらこの村まで辿り着いたという内容でごまかすことにしたのだ。

「──それで、命からがらここまでたどり着いたんです!どうか暫くこの村で寝泊まりさせてはいただけませんか!!」

 僕は必死に頭を下げてお願いする。フィムも僕の真似をして頭を下げてくれた。僕等の姿を見て、何か話し始める二人のオーク。やがて話がまとまったのか、槍を下げて話し始めた。

「話はよく分かった。だが申し訳ないが、私達の一存で君達二人を村に居させるわけにはいかない」
「そ、そんなぁ……」

 ここまで来たのに、まさか拒否されてしまうとは。けど、オークの人達が話の通じる相手と分かっただけでも収穫か。仕方がないけどここは離れるとしよう。

「分かりました……諦めます」
「まぁまて!もう陽が落ちるからな。ひとまず、村の中には入れてやる。その後、村の長と話をしてみるがいい。もしかすれば、許可が下りるかもしれん!」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 僕は二人のオークに向かって、何度も何度も頭を下げた。こうして僕とフィムは何とか村の中に入ることが出来たのだった。

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