激愛マリッジ

玉紀直

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1巻

1-3

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 雅貴さんは無言で友だちのほうを見ていたが、すぐにわたしを見て微笑み、こころよくうなずいてくれた。

「女の子ばかりか……いいよ、行っておいで。でも、式典開始の時間が近いから、あまり話しこまないようにするんだよ?」
「はい、わかりました。結婚式のことも伝えてきます」

 そう言うと、雅貴さんの顔がさらににこやかになる。わたしは彼から離れ、友だちのところへ向かった。
 動きを察した警備員さんが、下で手を振っていた友だち三人を近くまで誘導してくれる。周囲の注目を集める中で話をするというのもおかしな気分だが、せっかくの日に直接言葉を交わせないよりはいい。

「な……なんか、すごいことになってるけど、……事情は聞かないほうがいい感じ?」

 三人を代表するように、仲の良いみどりが声をひそめて聞いてくる。他の二人も、神妙な表情で「うんうん」とうなずいていた。

「ごめんね。なんだかゆっくり話せない感じで。あの……一緒に来た男の人に送り迎えをしてもらうことになってたんだけど、まさかこんなことになるとは夢にも思わなくて……」
「あの男の人、見るからにただ者じゃないって感じだけど……大丈夫?」

 さらに声をひそめた碧たちに、心配そうな目を向けられる。
 無理もない……。確かに雅貴さんは、ただ者じゃないオーラがただよっている人だしね。それに庶民オーラ全開のわたしが高級リムジンなんかで現れて、市長のお出迎えを受けたあげく、この警備員さん総出の厳戒態勢だもんね。
 驚かないわけがないし、心配しないわけもない。
 事情を説明しても信じてもらえないかもしれないけど、説明しないわけにもいかない。結婚式に招待する都合だってあるんだから。

「うん……あの、わたしね、あの男の人と来月結婚することになったんだ……。お、幼なじみなんだけどね。実はあの人、大きいホテルチェーンの社長で……。そのせいか、なぜかわたしがこんな扱いに……」

 いろいろはぶいた説明ではあったが、必要なことは伝わったらしい。三人は同時に目を大きくし、次の瞬間、碧がガシッとわたしの両肩をつかむ。他の二人もググッと詰め寄ってきた。
 こんな状況でなければ、きっと驚きとも喜びともつかない歓声が辺りに響いていたに違いない。
 しかし、いかんせんこの状態では、それをやるのははばかられる。
 三人は笑うのを必死にこらえたような顔でうなずく。碧にいたっては、わたしの肩を興奮して何度も叩いた。

「す……すごくいろいろと聞きたいんだけど、でも……どうしよう……。あっ、そうだ、愛衣さ、式典が終わったあとの集まりに来られる?」

 さっきまで周囲を気遣って小さかった碧の声は、興奮で少々大きくなっていた。

「聞いてみないとわからないけど、少しくらいは顔を出したいな」
「待ってる。来られたらおいでよ」
「ごめんね、ゆっくり話ができなくて」
「いいよ、いいよ。もし来られなくても、お姫様みたいだったねー、って愛衣をネタにみんなで盛り上がるから」
「お……お姫様って……」
「ほら、王子様が待ってるから早く行きなよ。なんか、このまま愛衣を引き留め続けてたら手打ちにされそう」

 手打ち……は、王子様はしないような気がするけど。
 苦笑しながら手を振って三人と別れ、雅貴さんのところへ戻る。彼は終始柔らかな微笑みでわたしを見ていた。
 急いで戻る……つもりが、着慣れない着物のせいで上手うまく歩けない。裾が狭いので歩幅が小さく、階段を上るのも一苦労だ。
 それを察したのか、雅貴さんが階段を下りてくる。そして迎えに来たよと言わんばかりにわたしの手を取り、一緒に階段を上がり始めた。

「すみません、お待たせして。あの、報告、してきました」
「式のあとに、みんなで集まる予定があったのかい?」

 どうやら先ほどの会話は雅貴さんにも聞こえていたらしい。興奮した碧の声が大きくなっていたので当然かもしれないが。

「はい。みんなで乾杯して近況を話すくらいの集まりですけど」

 一人だったら出席してもいいかなと思っていた。
 ただ、式典が終わったら二人でお祝いをしようって言われている。もちろんそちらを優先するつもりだけど、ほんの少しだけ顔を出せないだろうか。わたしはおそるおそる聞いてみた。

「あの……、少しだけ、顔を出してきてもいいですか? 『久しぶりー』って、ちょっと挨拶あいさつしてくる程度に……」
「さっきの友だちみたいな子ばかりが来るのか?」
「大学と高校の友だち、かな?」
「場所は?」
「この先のビルに入っているピザ専門店です。一階は普通席だけど、二階にパーティールームがあって、まとまった人数で予約ができるんです」
「そうか。若者っぽくていいな。俺も大学生のときは、仲間と夜中まで居酒屋で飲んでいたこともあったっけ。……なつかしいな。今はもう、そんなこともできないけれど」

 ちょっとはにかんだ笑みを浮かべる雅貴さん。それを見た瞬間、息が詰まって胸の奥が熱くなった。
 うわぁ……雅貴さん、かわいいっ!
 いや、かっこいい!!
 かわいくてかっこいいって、なんなの!? ちょっと、反則ですよ! 不意打ちでそんな笑顔見せちゃいけません!!
 ――音を立てて胸を撃ち抜かれた。
 どうしよう……胸が……すごくドキドキしてる。きゅんとする以上の衝撃って、なんて表現したらいいの!?
 雅貴さんは、本当に素敵な人だ……
 わかりきっていることだけど、それを確認するたびに嬉しくなる。わたしは本当に、こんな素敵な人のお嫁さんになれるんだ。
 ふわふわした気持ちで歩いていくと、警備員さんがドアを開けてくれる。そこはバルコニーみたいになっていて、上から会場内を見渡せた。座り心地のよさそうな大きい椅子が二つ並んでいる。
 すごいVIP待遇だ。これって、間違いなく雅貴さん効果だよね。
 わたしの手を引いて、雅貴さんが椅子にうながしてくれる。着物の前合わせが崩れないように意識してそっと座ると、彼がわたしにおおいかぶさるみたいに上体をかがめた。

「愛衣」
「はい?」

 何気なく返事をした次の瞬間、雅貴さんの唇がチュッとわたしの唇に触れる。
 一瞬の間をおいて慌てだす思考。汗が噴き出そうなほど顔が熱くなって、動揺のあまりお尻をもぞもぞ動かしてしまった。
 こ、ここで、いきなり、びっくりですよ、雅貴さんっ!?

「集まり、行っておいで」
「え? ……いいんですか?」

 雅貴さんの言葉に、思わずわたしは上擦った声を出してしまった。

「実は、式典のあと、少し仕事で顔を出さなくてはいけない場所があるんだ。そのあいだ、愛衣には車で待っていてもらおうと思っていたんだが、それなら友だちに会ってきたいだろう?」
「雅貴さん……」
「用事が終わったら迎えに行く。三十分くらいだが、それでもいいかな?」
「はい。ありがとうございます」

 弾んだ声でお礼を言うと、微笑んだ雅貴さんに、頭をポンポンされた。
 雅貴さん優しい。ほんっと優しい! 大好き!
 嬉しくなったわたしは、ちょっと身を乗り出して彼に顔を近づけた。

「雅貴さんっ」
「ん?」
「お礼です」

 高速で彼の頬にキスをして、パッと離れる。こんな大胆なことをするのは初めてだ。
 自分でしておきながら、じわじわと恥ずかしくなってくる。
 驚いたみたいにちょっと目を見開いた雅貴さんは、すぐにふっと柔らかく微笑んだ。

「どうしよう。嬉しくて、今すぐ愛衣を抱きしめたいな」
「それは……今は……あの……」

 いくらボックス席とはいえ、後ろにはボディガードの人が立っているし、警備員さんもいる。さらに、一階からは物珍しげに見上げてくる人たちもいた。
 すると、隣の席に座った雅貴さんが顔を近づけてきて、耳元でこそりとささやく。

「あとで、二人きりになったら、ぎゅっ、て抱きしめていいか?」

 そんなこと言われたらドキドキしてしまう……。胸が苦しいのは、きっと帯がきついからだけじゃない。
 恥ずかしいけど、この羞恥心しゅうちしんというものがまた幸せで……

「……はい」

 小声で返事をしたとき、式典の開始がアナウンスされた。


 式典後、お仕事に行くという雅貴さんと別れて、歩いてみんなの集まるお店に行くつもりだった。
 そんなに遠くないし、歩いても十分くらいだ。
 しかし……

「着慣れない着物で十分も歩かせるわけないだろう。足が痛くなったらどうする」

 と雅貴さんに力説されて、仕事に向かうついでに車で送ってもらうことになったのである。
 それにしても雅貴さん、心配性だなぁ。
 でも、心配されるのが気持ちいいというか、嬉しいというか、変な気分。
 車で送ってもらったとはいえ、わたしの到着は開始時刻から三十分以上遅れてしまった。
 雅貴さんの用事に合わせて会場を出たというのもあるが、式典終了後、挨拶あいさつに来た市長と話したり、駐車場の混雑を避けたりしていたからだ。
 パーティールームになっているピザ専門店の二階は、階段を上がってすぐにフロアが広がっている。階段の途中から、にぎやかな声が聞こえてきた。

「あーっ、愛衣っ! よく来られたね!」

 着物の裾を気にしつつ階段を上りきったわたしを最初に見つけたのは碧だった。

「うん。三十分くらいだけど行ってきていいよ、って」
「おー、王子優しいじゃない」

 碧に手招きされて、彼女のいるテーブルへ向かう。すると、同じテーブルのみならず、隣のテーブルの女の子までもが一斉に声をかけてきた。

「びっくりしたよ、結婚するって!?」
「で? あの王子様は誰なの!?」
「めちゃくちゃイイ男じゃない! それに、イイトコの社長さんなんだって!?」
「なに? 玉の輿こし? なにそれ、いつの間に!」
「あー、でもでも、なんかわかんないけど、おめでとう!」
「そうだ、おめでとう、愛衣!」
「おめでとー!!」

 相手のことを根掘り葉掘り……の雰囲気から一転、急に祝福ムードが盛り上がる。
 わたしの結婚話をネタに……と碧が言っていたことを思い出す。きっと、すでに結婚についての話がされていたのだろう。他のテーブルからも「おめでとう」の声が聞こえてきた。

「あ、ありがとう」

 照れつつみんなにお礼を言うと、碧が浮かれた調子でわたしの肩をポンポンと叩いた。

「まさか、愛衣が一番最初に結婚するなんてね~。しかも、あんな王子様みたいな相手となんて、うらやましいっ」
「そうだよ~。もう、ひたすらビックリした」
「一番男っ気がなかったくせにねぇ」

 そう言われると返す言葉もない。でも、幼なじみでずっと家庭教師をしてくれていた雅貴さんが、いつもそばにいたんだから、まったく男っ気がなかったわけじゃないと思う。
 まあ、雅貴さんが近くにいることで、彼氏が欲しいと思ったこともなければ、他の男の子に目がいくこともなかったのは確かだけど。

「マジかぁ~。一回くらいデートしてもらっておけばよかったぁ」
「とにかく、乾杯、乾杯」

 他のテーブルから、同じゼミの男子がけ寄ってくる。空のグラスを渡されて、綺麗な色の炭酸をがれた。
 なんだろう。見るからにビールではないけど。
 くんくんと匂いを嗅ぐと、甘い香りがした。
 ジュースかな? それにしては、カッコつけたびんだったような気がするけど。
 そんなことを考えているうちに、周囲はすっかり乾杯ムードになっていた。

「愛衣、結婚おめでとう!」

 碧の声に続いて、重なる「おめでとう」の声と「乾杯!」の音頭おんど。わたしは、次々とやってくるみんなと乾杯しつつ、グラスに口をつけた。
 あ……、甘くて美味おいしい。
 すごく飲みやすくて一気に半分近く飲んでしまった。すぐに、追加をがれる。

「でもさぁ、冬休み前までそんな話、一言もしてなかったでしょう? いつ結婚が決まったの?」
「それ聞きたいっ。プロポーズとかってあったんだよね。いつ?」
「っていうかさ、結婚相手ってなにやってる人?」

 矢継やつばやに飛んでくる質問は、やっぱり結婚についてだ。そりゃあ聞かれるだろうとは思っていたけれど、なにから話したらいいものか。
 グラスに口をつけながら、周囲をうかがう。親しい人たちは興味津々きょうみしんしんでテーブルに集まっているけれど、その他の人たちは自分のテーブルでおしゃべりを始めていた。
 誰かとつきあった経験なんてないから、自分の特別な相手の話をするなんて初めてだ。なんて照れくさいんだろう。
 緊張して渇いてくる口の中を甘い炭酸でうるおしつつ、わたしは碧に顔を向けて話しだした。

「ほら、幼なじみに家庭教師をしてもらっているって話したことがあるでしょう? その人なんだ」
「愛衣の家庭教師をしてくれてる人って……。スッゴク年が離れてなかった?」
「スッゴク……って。それほどじゃないよ。十歳だもん」
「スッゴクじゃない」
「そうかな?」

 そうなんだろうか。ずっと雅貴さんが当然のようにそばにいるから、感覚がマヒしているのかもしれない。

「でも、もっとすごいのは、あんな大人の男の人にプロポーズされたってことだよね。いつ言われたの? やっぱり『結婚しよう』って?」

 碧が「結婚しよう」のところを男性っぽく声を変えて言った。
 周囲が笑い声を上げるので、わたしもつい笑ってしまって気持ちがなごむ。グラスが空になると、「まぁ、どーぞどーぞ」と新しくがれた。

「誕生日の日に。その、彼と一緒にご飯に行ったんだけど、まさかわたしもプロポーズされるとは思ってなくて……」
「誕生日かぁ。なんか、記念日を狙いました、って感じ」
「そう、なのかも。だって、雪の中のイルミネーションが綺麗でね。あんな中で言われたら、気持ちもふわふわするって」
「雪の中のイルミネーション?」
「うん」
「愛衣の誕生日ってクリスマス・イブだよね? その日に、雪なんか降ったっけ?」
「え?」
「違う日にお祝いしたの? あれ……でも、雪かぁ。年末に降った日なんてあったっけ?」

 不思議そうにする碧を見ながら、わたしのほうが不思議になる。
 プロポーズをされたのは、間違いなくわたしの誕生日、クリスマス・イブだ。あのとき、イルミネーションの光を反射して雪がキラキラ輝いていた。それがすごく綺麗だったから、今もしっかりと目に焼き付いている。
 もしかして、あの場所にだけ降ったのだろうか。雨だって、ときどき一部の地域にだけ降ったりする。あのときの雪も、それと同じだったのかもしれない。
 そんなことを考えていると、いつの間にかグラスが満杯にされる。話しながら飲んでいたので、もう誰がいでくれたのかわからない。

「クリスマス・イブのイルミネーションといえば、駅前公園が一定時間立ち入り禁止になってたの知ってる?」

 碧の横に立っていた女子が思い出したみたいに口を開く。「なにそれ」と碧が反応すると、他の子も「あ、知ってる」と声を上げた。

「クリスマス・イブの夜八時過ぎごろらしいけど、駅前公園の一角が立ち入り禁止になったんだって。それで、スキー場で見るような大きな降雪機が運ばれてきたり、イベント表に記載のない花火が上がったり……。なんかのドラマの撮影でもあったんじゃないかって話だったけど……」
「へーぇ、大掛かりだねぇ。それにしたって、わざわざクリスマス・イブにやる? 他の日にしたらいいのに」
「そうだよね。イルミネーションが綺麗だから、あそこをデートコースに入れていたカップルもいたんじゃない? びっくりしただろうね」
「でも冬に花火なんか上がったら、それだけでカップルのお手伝いになったかも」

 笑い声が上がる中、わたしは嫌な汗が出てくるのを感じた。
 時間といい、内容といい、あの日のことに間違いない……
 でも、立ち入り禁止って、どういうこと?
 あのとき、公園内に人がいないとは思っていた。
 もしかしなくとも、わたしたちがいたのは、その立ち入り禁止区域内ということ? 雅貴さんは、それを知っていて、わたしをあの場所へ連れて行ったのだろうか。
 ……冷静に考えれば、確かにおかしいのだ。
 クリスマス・イブのあの時間に、あんなに人通りの多い場所に人がいないはずがない。
 あの夢のようなシチュエーションは、もしかして雅貴さんがわたしへのプロポーズのためにあらかじめ仕組んでいたもの……?
 考えれば考えるほど冷や汗が出てくる。
 こんなこと、言えるわけがない……
 あの日の立ち入り禁止の理由。降雪機の謎や、冬に上がった花火。
 ――それをした人間が、わたしの結婚相手かもしれないなんて。
 なんだか混乱してきて頭がクラクラする。目の前がぼやけて、熱いような冷たいような汗が流れてきた。
 グラスに入った冷たい液体を喉にとおすものの、ちっとも味がわからない。

「愛衣? どうしたの?」

 わたしの様子がおかしいことに気づいたのか、碧が手を伸ばしてくる。でも、それが届く前にわたしの手からグラスが落ちた。

「愛衣!?」

 ぐらぐらして、とても目を開けていられない。
 急に視界が暗くなったと思った瞬間、世界が回って……
 わたしの意識はぷつりと途切れてしまった……らしい――――


 ――目を覚ましたとき、自分がどこにいるのかわからなかった。
 ふわふわしているので、おそらくお蒲団ふとんの上……かもしれない。
 ただ、目に映ったのが見たこともない天井、いや、布……というか装飾品……? 
 なんだ、これ?

「気分はどうだ? 愛衣」

 耳に入ってきたのは雅貴さんの声。そして、心配そうにわたしをのぞきこんでくる彼の顔が見えた。

「……雅貴、さん?」
「ああ。どうだ、頭痛はしないか? 吐き気は?」
「いいえ、特に……」

 寝ていたからか、気分は悪くない。倒れる前は目が回って、冷や汗が出たりして酷かったけれど、今はすっきりしていた。
 意識がハッキリしたせいか、自分の状況を認識し始める。
 どうやらわたしはベッドに寝かされているようだ。それも、おそろしく大きなベッド。
 さっき目に入ったなんだかよくわからない天井は、ベッドの装飾の一部らしい。そこから薄い布がドレープを作って、ベッドを囲むように垂らされている。
 なんというか、物語の中でお姫様が寝ているベッドみたいだ。
 わたしが呆気にとられていると、雅貴さんがベッドに腰掛け心配そうに顔を近づけてきた。

「やっぱり具合が悪いんじゃないのか? 二日酔いの薬を用意しようか?」
「い、いいえ、具合は……、え? 二日酔い……?」

 慌てて否定するものの、ふと疑問が生まれる。
 二日酔い……とは?

「どんなに甘くて飲みやすくても、あの手のものには気をつけたほうがいい。一気に飲めば、酔いも回る。飲み慣れていなければなおさらだ」
「え……あの、わたしが飲んでいたのはジュースじゃ……」
「スパークリングワインだ。甘口の手軽なタイプだったようだから、風味も香りもジュースと変わらない。愛衣がわからなくても無理はないが」

 なんと! 甘くて美味おいしいあれが、まさかアルコールだったとは。
 ということは、あのとき熱いのか冷たいのかわからない汗が出たのは、気づいてしまった可能性に動揺したからではなく、酔いが回ったからということだろうか。
 ……いや、あの日の衝撃の事実も、確実に原因の一つだと思う。

「ボディガードを一人つけておいてよかった。愛衣が倒れてすぐに連絡が入ったから、その場で保護させたんだ」
「ほ、保護……ですか?」
「ひとまず店に別室を用意させて、そこに移させた。ああ、安心していい。十分もしないうちに俺が到着したから、別室にいたのは少しだけだよ。オーナー用の応接室らしいが、あんなところに愛衣を長くおいておけないからな」

 開いた口がふさがらない……。というか、閉じられない。
 えー、まとめるとですよ……
 わたしが、わけもわからずアルコールをがぶ飲みして倒れたあと、こっそりとついてきていたボディガードの人に保護されて、一人応接室に隔離されていた……ということですか?
 なんというか、友だちの前で倒れてしまったのが恥ずかしいというより、こんなに至れり尽くせりな扱いを受けているのを見られてしまったのが恥ずかしい。

「すみません……。ご迷惑をおかけしました」

 なにに落ちこんでいいかわからない。でもまずは、仕事中の雅貴さんに迷惑をかけてしまったことを謝った。そうしながら、ゆっくりと上半身を起こす。
 そこでわたしは、もうひとつのとんでもなく恥ずかしい状況に気がついた。
 着物が……脱がされている!
 いや、長襦袢ながじゅばんは着たままだし、裸ってわけじゃない。けど、長襦袢ながじゅばんって着物用の下着なわけだし、知らないあいだにその状態にされてるって考えるとすっごく恥ずかしいんですけど!
 雅貴さんが脱がせたんだろうか。

「あの、わたしの着物は……」
「ん? あるぞ。心配か?」

 わずかな苦笑いが妙に色っぽく感じて、ドキリとした。
 そ、そんな顔もするんですね、雅貴さん……!
 彼はそのままレースのような布の外へ出ていく。薄い布の向こうで、彼が着物用のハンガーからわたしの振袖を外しているのがけて見えた。


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