面倒くさがり王子の一大決心

雪菊

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最終話

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「昼休憩をかなりロスしたけど食事する時間あるのかな?」
 アランがミシェルの隣に腰かけて呟いた。
「そうね。誰かさんが茶番なんてしてくれたおかげでね」
「茶番はひどいな。私なりのケリのつけ方だよ」
 ディアナの言葉にミシェルは苦笑する。カールは少しは慎めよ、とぼそりと言った。
 ナタリアは微笑んでいるが、フィオナはなんともやりきれない表情だった。
 ウェイターが来てそれぞれ注文をすませる。
「さすが王族専用ね。給仕がくるなんて。学園の食堂じゃないみたい」
「普通はセルフだもんな。でもなんかなれねぇな」
 カールは居心地悪そうだ。
「それで、殿下。何故急に俺たちと食事をなどと考えたんですか?」
 アランが尋ねるとミシェルは、目が覚めたんだと言った。
「どういうことですの?」
 ナタリアが首を傾げる。
「実は先日フィオナから婚約解消を提案されてね」
「え?!」
 一同が驚いてフィオナを見ると困ったように笑った。
「……王妃様からの提案だったのよ」
「ああ、お茶会で相談するって言ってたわね」
「でもまさかこのような結末になるとは……」
 フィオナはやや罪悪感を覚えていた。
 あんな公衆の面前でレイリアをつるし上げる必要があったのか。もっと他にやり方はあったのではないかと思うのだ。
「フィオナは優しいわね」
 そんなことを言うとナタリアがそう評したがディアナからは別の言葉がとんだ。
「甘いわよ、フィオナ」
「甘い?」
「ええ。ずっと見てたでしょう、レイリアさんが殿下にまとわりつくのを。殿下も最初からまとわりつかせてたわけではないですよね?」
「ああ。私にかまうなと言ったんけど。私は気にしません、とこっちの話を聞いてくれてなくて。それで諦めてあんなふうになったんだ」
 もっとはっきり迷惑と言えばよかったんだよね、でもそれを憚ってしまった。それ故にこんなことになってしまったんだ。ミシェルはため息と共に吐き出した。
「レイリアさんは引き返すことができたの。でもそうしなかった。爵位が低くても貴族は貴族。王族や婚約者のいる相手に対してのマナーは守らないといけないわ」
 確かにね、とナタリアが呟いたとき、ランチセットが運ばれてきた。それと同時に学園からの伝言がございます、と給仕が告げる。
「レイリア・ランバート嬢のことを受けて本日午後より休講となりました。食堂は通常通り17時まで開けておりますのでどうぞごゆっくりおくつろぎください」
 それでは失礼いたします、と礼をして給仕は部屋を出て行った。
「まあ。なんというか大事になったわね」
 ディアナが呆れたように言った。
「何か余罪があるんじゃないか?」
「余罪?」
 アランの言葉をカールが受ける。
「殿下に対する態度とか次期王妃とかいうでたらめ以外に」
 ちらりとフィオナがミシェルを見るとにこりと笑った。
「殿下は何かご存じなのですね」
 確信に近い思いでフィオナが言うとまあね、とミシェルは頷いた。
「……すぐに公表されるから言ってしまうけどレイリア嬢は違法カジノに出入りしていたんだ……ジョシュアを覚えているかい?」
「……ジョシュア・バール男爵令息。殿下にすり寄っていたあいつですね。父親が違法カジノに出入りしている」
 カールが答えた。ミシェルが頷く。
「レイリア嬢はね彼の従妹にあたるんだ」
「親類だったのですか!?」
「バール男爵の妹の再婚相手の連れ子だから血縁関係はないんだけどね。ジョシュアとは子供の頃から懇意にしていたらしい」
 ミシェルは王妃から貰った報告書を思いだす。ジョシュアと親戚だったことにも驚いたけど、ミシェルに近づいたのはジョシュアを遠ざけたミシェルへの復讐も含まれていたのだ。
 中等部の頃ジョシュアはバール家の再興のためにミシェルに近づき側近になろうとした。だがカールの助言を受けてミシェルは彼を遠ざけた。
 ジョシュアはそれをレイリアに愚痴った。特にフィオナと仲の良いカールのせいだ、ひいてはフィオナのせいだと言ったらしい。
 バール男爵が違法カジノで出入りしているのが悪いのにレイリアは其処を飛ばしてフィオナはひどい人間だ、あんな人が時期王妃なんてなってはいけないと思い込んだ。
 それで高等部にあがってレイリアは身だしなみに気を遣い男子生徒の目を引いた。だがミシェルだけは無反応だったので直接ちょっかいを出し始めたのだ。
 フィオナからミシェルを奪う。それが何より復讐になるし、あわよくば自分が王妃となればバール家だって救うことができる。レイリアはそう考えた。
 レイリアはそれなりに成果をあげていると思っていた。ミシェルの態度はそっけなかったが傍にいさせたくれたしなによりフィオナと疎遠である。
 もはや復讐は叶ったも同然だとレイリアは思ってしまった。両親やジョシュアに殿下の心は自分にあると言い近いうちにフィオナと婚約破棄するはずだと告げた。
 両親はレイリアが新な婚約者になるのだと確信した。王家から内々の話もないけれど、レイリアがそこまではっきり言うならきっと二人の間では確定なのだと信じた。
 レイリアの母はお茶会でさも内々から打診があったかのような言い回しでレイリアが次期王妃の可能性があると示唆したし、ランバート男爵は自身の商会の取引先にレイリアの次期王妃の話を匂わせた。王家に関する虚偽の話もだがそれを利用した取引も罪だ。

『これはまだ公には出来ないのだがうちはいずれ王妃の実家になります、そこと取引するのは悪い話じゃないでしょう?』と。
 当然相手は裏をとるがまだ公式なものではない以上噂を集める。集まる噂は学園でフィオナとミシェルが不仲なこと、ミシェルがレイリアを侍らせている事、
 レイリアの母がうちの娘が次期王妃になるかもなどと話していること。主な三つの噂がそれぞれを補完しあい、ランバート男爵と取引のある相手は信じてしまった。
 同時にバール家と懇意にしており違法カジノに出入りしている姿が目撃されている。違法カジノの摘発に動いていた者たちからの報告だった。
「さすがに学園の外のことはわかりかねますわね」
 ナタリアがため息をつく。
「ランバート男爵の取引相手って言ったら同じくらいの爵位が相手だろ?そりゃ話も入ってこないって」
 学園にフィオナと同じクラスの娘がいる相手ならもしかしたら疑ったかもしれない。だがランバート男爵の話など誰もしていなかった。
「フィオナは食堂なんて耳目を集めるところであんな断罪めいたことをしたのを後味悪く思っているかもしれないけど、もう内々に収められる話じゃなかったんだよ」
 すまなそうなミシェルに、いえ、とフィオナが返しかけたのをディアナが遮った。
「そもそも殿下がレイリアさんを近づけなければ起こらなかったんですけどね」
 そう蒸し返したディアナにアランが慌てる。
「おい、ディアナ」
「だってそうでしょ、アラン」
「ディアナ!」
 アランはミシェルにしつこくつきまとうレイリアを見ているので積極的にミシェルを責める気になれないのだ。
「いや、いいんだ。アラン。ディアナ嬢に説教されるのは承知の上だ」
 言葉とは裏腹にミシェルは清々しい表情でディアナは気勢をそがれた。
「本当に、ちゃんとご自身の非を認めてらっしゃるんですね」
 そう言ったのはナタリアだった。どちらかといえば常識人で大人しいナタリアから発せられた言葉とは思わず全員がナタリアを見た。
「私だって殿下の振舞いには色々思うところがありました。フィオナの友人として」
 さらりと言ってナタリアは紅茶を口にした。
「フィオナは良い友人に恵まれたのだな」
 責められているのにミシェルはどこか嬉しそうに口にする。
「でもディアナだって殿下が最初からレイリア嬢を受け入れてたわけじゃないってわかってただろ?」
「わかってたわ。でもやりようはあったでしょと思うわ」
「どんなに面倒な相手でも徹底的に排除すべきでしたわね」
 ディアナとナタリアは徒党を組んでいるかのごとくだ。
「ああ。それは私も思っているよ。違法カジノのことはともかく次期王妃なんて世迷言を言わせなくて済んだのにってね」
「……もしかして見せしめだったり?」
 カールの探るような言葉にミシェルはにこりと笑う。
 これでフィオナとの不仲説は覆されると思うが念には念を。第二第三のレイリアが現れないとも限らない。
 そういう輩は許さないぞという警告を含めていたのだ。
「考えたら殿下はそこまで思わせぶりな態度もとってないんだよな。確かにランチは一緒だったけど、殿下について回っただけだろう?」
「でもテラス席に先導して案内していたわ」
「それは私がテラス席で食べると言ったからだろうね。誰からも見られる位置にいることでレイリア嬢と特別な関係ではないと示したかったのだけど」
 裏目にでちゃったみたいだけどね、とミシェルは続けた。
「レイリアさんは『みんなに見せつけているのよ私と殿下の仲を』と仰っていたらしいですわね」
 ナタリアの言葉にミシェルは大きく息をついた。
「誰がどう思うおうが私にはフィオナがいると思ってたんだけどそうだよな……自分の思い通りに人は考えてはくれないよな」
 食事がすんで解散することにした。明日から君たちの仲間に入りたいけどいいかい?と言われて仕方ないですわねとディアナが受け入れた。
 ディアナの口調にアランはハラハラしていたがミシェルはよろしく頼むと頭を下げた。
 本来なら不敬と言われるところだが、ミシェルにそんな気はない。それよりも最初から受け入れてくれたことに感謝しかない。
 身分差を気にしない友人を作ること。まずはそこからだと思う。
 ディアナやアランと別れてフィオナを送る馬車の中でミシェルはフィアナの手をとって言う。
「今更だけど、もう一度やり直したい。学園の送迎と、それから月に一度のお茶会を復活させよう。あとランチもたまには二人きりでとりたい」
「わかりましたわ」
「色々取り戻したいんだ。私が今まで無駄に過ごした学園生活だけれど、まずは君を、それからたくさんの人と関わりを持って過ごしたい」
 幼い頃は神童などといわれ、その後も努力せずともなんでも一通りできていた。だから何かを頑張るなんてできなくて頑張ることの意味もわからなかった。
 でもそれも思い上がりだ。自分が人並み以下にしかできないものがあった。それが他人との交流で、それなしに国王は務まらない。
「やっぱり殿下は聡明な方ですのね」
「え?」
「いえ。これからたくさん一緒に過ごしましょうね」
「ああ!それにもっとクラスメイトや他の科や学年の者たちと交流をはかっていきたいと思う。学園は小さな社交界。今交流の種をまいておけば私が即位したとき良き実をつけるだろう」
 今までの無気力でどんよりと澱んだ瞳のミシェルはもういない。青い瞳は晴れた空のようにキラキラとしている。
「……もう二度と、私の口から婚約解消などと言わせないでくださいませね」
 首を傾げてミシェルの顔をフィオナは覗き込むと、もちろんだとミシェルはその頬に口づけた。


 その後バール男爵家とランバート男爵家はお家取り潰しとなった。また違法カジノに出入りしていた者たちも処分された。
 ミシェルは学園でフィオナと仲睦まじく過ごす一方、積極的に社交に取り組み、人望を集めつつあった。
 急なミシェルの変化に戸惑う者もいたが概ね好意的にとらえられた。
 めんどくさがり王子の一大決心はこうして良好な結果となり、その後は平穏に過ごした。

「ねえ、フィオナ」
「なんですか?」
 今日も二人の睦まじい姿が食堂にあった。
「父上から選択を迫られたんだ」
「選択?」
 ゆったりと二人が食後の紅茶を飲む姿は美しい。
「私達はすでに高等部の学業を終えているよね。だから飛び級して卒業してすぐ結婚しても良いと言われた」
「まあ。立太子の儀もまだですのに?」
「うん。結婚と立太子の儀を一緒にしようかって話がでてる」
「それで?」
「もうひとつは一年後に立太子の儀をするけど学園は通常通り卒業する。在学中に立太子する」
「つまり一年後の立太子は変わらないということですわね?」
「フィオナはどっちがいいと思う?私はフィオナの意思を尊重したいと思うんだ」
「そうですわね、私は……」
 どちらを選んでもきっと後悔はない。二人一緒にいられるのならば。


 end

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