面倒くさがり王子の一大決心

雪菊

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7sideミシェル

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 食堂でミシェルがフィオナたちと合流したときレイリアがやってきた。
「まあ殿下。こちらにいらしたのですね。今日もテラス席へいきましょう」
 まるでフィオナたちが目に入らないかのように振舞いあろうことか、レイリアはミシェルの腕に手をかけた。
「無礼な」
 それを一言でミシェルは斬り捨て手を振り払った。
 その様子をフィオナたちは目を丸くして見ている。ミシェルの態度よりもレイリアのなれなれしさに驚いた。
 今までレイリアはミシェルに触れようとしたことはなかった。
 婚約者のいる異性には触れない、のがマナーだ。しかもミシェルは王族だ。婚約者の有無や性別に関係なく気軽に触れていい相手ではない。
 なのにその腕に手をかけようとしたのだ。ミシェルの態度も当り前だ。
 ひそひそと周囲が囁く声が聞こえてくる。そのどれもがレイリアを批判するものだった。
「で、殿下、そのようなつれないことを仰らないで……」
「つれない?君にはマナーや常識というものはないのか?」
 レイリアがうっと息をのむ。
「さすがに気軽に触れてはいけないことくらいは知ってたのね」
 こっそりディアナがナタリアに囁いた。
「私に触れていいのは家族をのぞけばフィオナだけだ」
 そう言ってミシェルはフィオナの肩を抱いた。
「で、ですが、学園内では身分差がなく平等だと……」
 言い募るレイリアにミシェルが大げさにため息をついて口を開いた。
「君を好き勝手にまとわりつかせていたことは謝るよ。まさかこんな増長するとは思ってなかったのでね」
「ぞ、ぞうちょう……」
 レイリアが絶句した。
「面倒だ、どうせ卒業するまでだと放置していた責任は私にある。そのことについては申し訳ない。謝罪する」
 ミシェルが頭を下げると、周囲がざわついた。王族がいち令嬢に頭を下げるなど滅多にないことだ。
「それから学園内の身分平等というのはあくまで身分差で差別しないようにというだけだということを付け加えておく」
「だから男爵令嬢に過ぎない君が殿下にまとわりついても罪にならないってだけだよ」
 アランが補足する。続いてカールもレイリアを諭す。
「俺は平民で本来なら公爵令嬢であるフィオナとおいそれと話すことすらできない身分だ。だがこうやって呼び捨てにして友人づきあいできてるのはその学園内平等という理念があるからだ。だいたいそれだってもともとは身分に関係なく実力あるものがその才能を発揮できるようにだ。逆に言えばいくら身分が高くても無能は淘汰されるだけだがな」
 レイリアの文官クラスでの成績は良くない。それを暗に言ったのだが伝わったかどうか。
「身分平等の理念をはき違えないでもらいたい」
「わ、わ、私は……」
 レイリアが何か言おうとして口を開くが何も言えなかった。今までミシェルにどれだけ付きまとっても突き放されなかったのに、急に手のひらを返されたような気分だった。
「それからこれを機に言っておく。もう私につきまとわないで貰いたい。面倒だからと君の好きにさせていたがまさか次期王妃になるなど吹聴しているんなんて思ってなかったよ」
「だ、だって!殿下はフィオナと全然話して…」
「フィオナは君が呼び捨てにしていい相手じゃない」
 ミシェルの注意にレイリアが言葉につまった。
「ふぃ、フィオナさん…と殿下は不仲だと……」
「たとえ私とフィオナが不仲だったとして君が次期王妃になるわけないだろう?私が一度でもそんなことを言ったか?」
 ぴしゃりと言われてレイリアは黙った。
「王宮に報告があがっている。君が男爵令嬢や子爵令嬢に自分が次期王妃になれば下位貴族も王宮での茶会に招待するなどと言っている事。さらに君の母親も同じように呼ばれた茶会でいずれ自分の娘がブルーム公爵令嬢を蹴落として王妃になるなどと言っている事」
 ミシェルの言葉に周囲がざわつく。
「え、それまずいよね」
「王家にもブルーム公爵家にも不敬じゃない?」
「百歩譲って学園内のことなら謹慎処分ですんだかもしれないけど茶会で言うのは……」
 レイリアは自分が孤立無援であることを今更ながら意識した。
 高等部に入って男子生徒からチヤホヤされて有頂天になっていたこと。女子からの攻撃的な視線は嫉妬だから気分が良かったこと。
 ミシェルが傍にいるのを許してくれたこと。そのミシェルは婚約者のフィオナと不仲なこと。きっとフィオナと婚約破棄して自分をあらたに婚約してくれるのだ、だから傍にいさせてくれるのだ。
 そう解釈して両親に話した。フィオナとミシェルの不仲説は学園外にも流れていたので両親は信じた。
 王家からの打診は卒業を待ってかもしれない。だがレイリアがこんなに自信満々に言うならミシェルと内々に話がついているのだろう。だから下位貴族だけの茶会で口を滑らせた。
「レイリア・ランバート男爵令嬢。私にも非があるから内々に収めようと思っていたが、学園外にそのような妄言をばらまかれてはもうおさめられない。沙汰は追って下す。今日はもう帰りなさい」
 ミシェルの青い瞳が冷たい色を浮かべた。
「……なんでよ!殿下が思わせぶりな態度とったせいでしょ!?私だって思いあがるわよ!!ひどいわ!!」
 レイリアが顔を覆って泣き始めた。
 だが、同情するものはいない。ミシェルにあった非難も最初の謝罪で立ち消えた。そもそも文官クラスでは敵を作り過ぎた。文官クラスの令嬢たちは他のクラスの令嬢にレイリアの話をしている。
 男子生徒もミシェルに対するあからさまな態度にレイリアはヤバいと認識を変えた。
「……いくら殿下の態度が思わせぶりでもはっきりした求婚もないのに先走りすぎじゃね?」
「思いあがったところで普通は親に話したりしないわよ……」
「親も親じゃない?まだフィオナ様と婚約は結ばれたままなのに……」
「だいたい殿下だってそんな思わせぶりだったか?いつもレイリア嬢がまとわりついてただけじゃん?」
 最初の謝罪が効いたのかあくまでミシェルのせいだというレイリアに非難が集まった。
 それに二人を見ていた者は知っている。レイリアが一方的に話しかけているだけでミシェルは頷きもしていないことを。
 それでも通りかかっただけのものはレイリアとミシェルが仲がいいと勘違いしてしまっていたが。
 ミシェルとレイリアがよく使っていたテラス席は中庭に面していたため二人が食事をとる風景だけはよく目撃されていたのだ。
 ミシェルの心変わりを否定したいものは否定するだけの材料を持たず、またレイリアが自分とミシェルの仲を吹聴することで噂は広まっていった。
「……そんな、ひどいわ…フィオナさんより私の方が殿下とお似合いなんて話してたくせに……」
「誰だ、そんなことを言ったのは」
 呟くようなレイリアの言葉にミシェルが厳しい声をとばした。
 辺りが一瞬静まり返り、少ししておずおずと手を上げたものがいた。
「あの……正確に言うと『二人がお似合いなんて噂になってるわ』と私がレイリアさんに言いました。でも後々考えたら、レイリアさん自身が『私の方が殿下とお似合いよね』って言ってたのが噂になってしまったんじゃないかと……それに私忠告のつもりで言ったんです。王族の、しかも婚約者がいる方になれなれしくするのは良くないわよって言う意味で」
「は!?今になって何言ってるの!?」
 レイリアは顔を覆っていた手を離して相手をにらみつけた。その顔に涙に濡れた後はない。全員が白けた気分になった。
「レイリア・ランバート男爵令嬢。速やかに帰宅し、ランバート男爵に事の次第を詳らかに話し沙汰を待て」
 最後通告のようなミシェルの言葉にレイリアは一瞬鋭くフィオナを睨みつけて踵を返した。
 彼女の後姿が廊下に消えて、ふっと、空気が緩んだ。
「皆、このような私事に巻き込み申し訳なかった。だが噂を一息に払拭したかったのでこの場を借りた。なお、ランバート男爵令嬢に対する誹謗中傷は慎むように。
 ランバート男爵家の罪と罰については全て王家で決定する」
「かしこまりましたわ、殿下。今後レイリアさんのことについては口を噤みますわ」
 頷いたのはディアナ・ヒンギス侯爵令嬢。この場ではミシェル、フィオナの次に身分の高い彼女が頷けば他の者も頷くよりないのだ。
「詫びと言っては何だが今日の食堂の代金は王家が持つ。皆好きな物を頼むと良い」
 続いたミシェルの言葉に歓声があがった。
 ミシェルへの礼が叫ばれる中、ミシェルはフィオナたちを王族専用の個室に案内した。

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