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第024話:加護の正体
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迷宮都市ドムは、巨大迷宮の入り口を中心に放射状に発展した都市だ。街の東方には「魔境」と呼ばれる大森林が広がっており、強力な魔物が出るらしい。「魔王」という存在がいるそうだが、人間世界に侵略してくるわけではない。四〇〇年ほど前に勇者や聖女を自称する黒髪の男女数名が魔境に入り、魔王と戦い、ボロボロになって帰ってきたそうだ。その際に、大陸西方諸国と魔王領との境界が定められた。それがエストリア王国東方の「魔の大森林」である。当時のエストリア王国国王は、勝手に魔王領域に侵入し、王国の危機をもたらせた自称勇者たちを処刑した。それをもって魔王への詫びとしたそうである。
「さて、俺の加護について教える約束だったな。手を……」
「う、うむ」
商工ギルドの近くにある比較的高級な宿に部屋を取った俺は、レイラとの約束を果たすことにした。俺とレイラは別々の部屋だが、隣り合っていて扉で続いている。俺が手を差し伸べると、レイラは緊張の表情で手を取った。その瞬間、景色が一変した。
「な、な、な…… なんだこれは!」
真っ白な空間の中央に大きな厨房が置かれ、業務用の冷蔵庫や冷凍庫、オーブン、スチーマーなどが置かれている。レイラはいきなり出現した未知の世界に驚愕し、剣の柄に手を掛けていた。
「これが、俺の加護『アルティメット・キッチン』だ」
「き、貴様ッ! こんな訳のわからないところに私を連れ込んで、なにをするつもりだ! さては私を手篭めにし、淫蕩極まる不埒な行為をしようというのであろう!」
「は? アホかお前は? 本当に残念なやつだな……」
剣を抜いたレイラを無視して、俺はキッチンへと向かった。今日の夕飯を作るためだ。厨房に入ってエプロンを着けた俺は、収納袋から仕入れた食材を取り出した。ビッグ・コッコの卵、ハードチーズ、グリーンリーフに似た葉野菜、ホルスタンの牛乳、堅パンなどだ。
「シーザードレッシングを作るとして、マヨネーズやレモン汁はあるな。堅パンはクルトン代わりにするとして、メインはなににするか…… 歩き疲れているし、炭水化物が取れるパスタにするか」
「おい、聞いているのか! 食事如きで、私を惑わそうとしても無駄だぞ!」
いやいや、俺の飯が食いたいからって王女の座を捨ててきた奴が言っても、説得力皆無だろ。憐れみを込めた眼差しを向けて、ため息をついてしまった。
「ヘスティア、面倒だからお前から説明してくれ」
「フム…… 仕方がないのぉ」
「うわぁぁっ!」
レイラは、いきなり隣に幼女が出現してビックリしたようで、飛び退いて剣を向けた。だがヘスティアが人差し指を立てると、レイラの動きが止まった。
「フム…… お主が初めて連れてきた者が、このような残念娘であったとはのぉ。小娘よ、もう少し落ち着くが良い。そのようにドタバタと騒いでおっては、見るべきものが見えず、聞くべき声も聞こえぬぞ?」
駄女神が残念娘に説教する。お前も似たようなものだと思ったことはナイショだ。とりあえずシーザーサラダのドレッシングを作る。牛乳、マヨネーズ、擦り下ろしたハードチーズ、おろしニンニク、レモン汁、上白糖、塩、ブラックペッパーを混ぜ合わせれば完成だ。グリーンリーフっぽい葉野菜をザク切りにして、トメートは中の種を取ってサイコロ状にカットする。酸味が強いため、サラダにするなら小さくカットしたほうが良いと判断した。出す直前に、仕上げとして半熟卵を上に乗せるつもりだ。
「異世界人…… 国祖アルスランと同じ世界から来たのか!」
「そうじゃ。アルスランとは加護が違うがの。あ奴は異世界の料理人で、食を通じてこの世界に貢献することが使命じゃ。食とは、あらゆる生き物の根源的な欲求じゃ。ただ腹が満たされれば良いという生存本能の先に、どうせ食べるなら美味いモノをという文化的欲求が生まれる。あ奴はその先駆者として、この世界に食文化を広げようとしておる」
「なるほど…… ユーヤの料理が美味すぎること、一箇所に留まらずに流れ歩くことの理由はそれか」
ようやく落ち着いたらしく、レイラはウンウンと頷いている。目の前にいるのは、一応は「神」なんだぞ? もう少し謙れよ。いや、人のこと言えないけどさ。
「お、できてるな」
自家製パンチェッタを冷蔵庫から取り出す。パンチェッタとは、イタリア語で豚バラ肉のことを指すが、塩漬け豚バラ肉、つまり「生ベーコン」のこともパンチェッタという。豚バラ肉の塊にフォークで穴をあけ、岩塩やフレッシュハーブを刷り込み、ラップして冷蔵庫で三日寝かせる。肉塊からドリップが出てくるのでそれを捨て、流水に晒して塩抜きしたあと、清潔なタオルで水気を完全に拭き取って、キッチンペーパーで包んで再び冷蔵庫に入れる。キッチンペーパーを取り替えながら一週間置くと完成だ。
パンチェッタ作りで気をつけることは、雑菌繁殖を抑えることだ。手を綺麗に洗うだけでなく、フォークやまな板、トレイなどもアルコール除菌することを忘れてはならない。
「シーザーサラダ用にも取っておくから、多めに用意するか」
塩漬け豚バラ肉の塊を薄くスライスし、五ミリ幅に切る。フライパンにオリーブオイル、潰したニンニク、ローリエ、パンチェッタを入れて弱火にかける。
「スープは…… オニオンスープにするか」
別のフライパンにバターを溶かし、玉ねぎのスライスを甘みが出るまで炒める。二つのフライパンを見ながらパスタを茹でるタイミングを図る。
「卵液の用意。ビッグ・コッコの卵黄、おろしハードチーズ、粗挽き胡椒を混ぜ合わせる。パンチェッタがカリッとしたら、ローリエとニンニクは取り出す。シーザーサラダ用に半分、焼いたパンチェッタを取り置く。玉ねぎもいいな。水とコンソメキューブ、塩コショウを入れて沸騰してから弱火五分で完成。そろそろパスタを茹でるか」
クリームソースには太幅のパスタが合う。パンチェッタから塩分が出ているので、塩を入れずにパスタを茹でる。パンチェッタを炒めていたフライパンに茹で汁を少々加え、弱火に掛けておく。
「もうすぐ飯ができるぞ!」
その声を聞いた駄女神と残念娘が駆け寄ってきた。
「おぉっ! 今夜はパスタじゃな? しかもコレは、妾が切望していたアレではないか!」
「この匂いだけでパンが食えるぞ!」
シーザーサラダをサラダボウルに入れて、ドレッシングを添える。オニオンスープはスープカップに入れて出す。レイラがそれをテーブルまで運ぶ。駄女神はなにもせず、ただ俺の料理を眺めている。
アルデンテ手前でパスタを引き上げ、手早くフライパンに入れる。パンチェッタと混ぜ合わせ、先ほどの卵液を注ぎ入れる。ここからが重要だ。火を入れ過ぎればすべて台無しになってしまう。極弱火に掛けながらトングで硬さを確認しつつ、理想的なトロみ具合まで仕上げる。
「よし!」
トグロを巻くように皿にパスタを盛り付け、上から擦り下ろしたハードチーズとあらびき胡椒を振りかけて完成する。
「カトー特製、カルボナーラとシーザーサラダ、トロトロオニオンスープ添え!」
ユーヤ・カトーが「加護持ち」であることは、以前から解っていた。それが料理に関係するものであろうことも、予想はしていた。だが実際に知ったその内容は、私の想像を絶していた。まさか異空間を形成し、そこに女神を召喚していたとは! さらに国祖アルスランと同じ異世界人だったと知った私は、このことを父上に報告すべきか悩んだ。
ユーヤの加護を使えば、西方諸国では高値で取引されている香辛料類が、驚くほどの安価で入手可能となる。エストリア王国の輸出品になる。香辛料が広がれば食文化形成にも大きく前進するだろうし、ユーヤ自身も経済的に潤うだろう。良いこと尽くめだと思うが、それを口にしたとき、ユーヤはあからさまに嫌悪の表情を浮かべ、それならすぐにでも王国を出ると言った。
「俺の加護が前提の食文化など、いびつそのものだ。香辛料が欲しいのなら、なんとか東方との交易路を確保しろ。船を開発しろ。魔王と交渉しろ。文化とは、多くの人々が試行錯誤し、長い歴史の中で形成されるものだ。これ以上、その話はするなよ?」
そうやって話を打ち切られた。私は仕方なく、フォークを手にとった。皿の上には黄白色のソースがネットリと絡んだ小麦麺が湯気を昇らせている。溶けたチーズの芳醇な香りの中に、黒胡椒のスパイシーな香りがある。ユーヤを真似て、フォークにパスタを絡めさせて口に入れた。
「なっ!」
舌の上に滑らかに広がる、チーズとミルクのコク、ビッグ・コッコの卵の甘さ、それらが小麦麺に絡まり、咀嚼するたびに旨味となって口内全体に広がる。
「むはぁっ 美味いのぉっ!」
女神ヘスティア様が満面の笑みで食べていらっしゃる。塩漬け豚肉からは脂と共に塩味が溶け出し、それがソースと一体となって奥深い旨味を形成している。この一皿だけで、ユーヤのいた世界がどれほど食の歴史を積み上げてきたのかが解る。
「なんだ? このサラダに加わったソースは?」
「それはシーザードレッシングという。この世界の食材でも作れるぞ。あとでレシピを教えてやる」
小麦麺と同様、チーズの風味が口いっぱいに広がるが、しつこさはまったく無い。シャキシャキとした葉野菜とトメートの酸味、そしてソース自体の酸味がしつこさを消しているのだ。小麦麺を食べたあとに口内に残るチーズ風味を柔らかく洗い流してくれる。そしてカリッとしたパンがまた良い。ただの堅パンなのに、油で揚げているためか、簡単に噛み砕ける。岩塩と葡萄酢だけの宮廷料理など比べものにもならない。
「これが、異世界のサラダ……」
「正確には、その一品だな。鶏ささみと蒸し野菜のサラダ。カレー風味の焼き野菜サラダ…… 野菜の切り方や調理法、付け合わせるソースなどを考えると、サラダだけでも数え切れないレシピがある」
「食文化とは、凄まじいものだな」
「うむ。美味いものを食べたいというのは、人間の原始的欲求と言って良い。食文化とは、料理の作り方だけではないぞ? それを盛る皿、一緒に出す酒や各種飲料、調理道具、食材の保存技術、輸送技術、さらには農作物の品種改良まで、社会の隅々に影響するのが食文化じゃ。娘よ、汝も加護持ちならば、ユーヤと共に歩き、此奴が切り開く新たな世界を見るが良い」
私は頷いた。英雄譚に登場する勇者など、ユーヤ・カトーの壮大さに比べればなんと小さな存在なのだろうか。私の剣は、ユーヤの使命にこそ捧げるべきだろう。父上への手紙の文面にはこう書こう。
「伴侶を見つけた」と……
「さて、俺の加護について教える約束だったな。手を……」
「う、うむ」
商工ギルドの近くにある比較的高級な宿に部屋を取った俺は、レイラとの約束を果たすことにした。俺とレイラは別々の部屋だが、隣り合っていて扉で続いている。俺が手を差し伸べると、レイラは緊張の表情で手を取った。その瞬間、景色が一変した。
「な、な、な…… なんだこれは!」
真っ白な空間の中央に大きな厨房が置かれ、業務用の冷蔵庫や冷凍庫、オーブン、スチーマーなどが置かれている。レイラはいきなり出現した未知の世界に驚愕し、剣の柄に手を掛けていた。
「これが、俺の加護『アルティメット・キッチン』だ」
「き、貴様ッ! こんな訳のわからないところに私を連れ込んで、なにをするつもりだ! さては私を手篭めにし、淫蕩極まる不埒な行為をしようというのであろう!」
「は? アホかお前は? 本当に残念なやつだな……」
剣を抜いたレイラを無視して、俺はキッチンへと向かった。今日の夕飯を作るためだ。厨房に入ってエプロンを着けた俺は、収納袋から仕入れた食材を取り出した。ビッグ・コッコの卵、ハードチーズ、グリーンリーフに似た葉野菜、ホルスタンの牛乳、堅パンなどだ。
「シーザードレッシングを作るとして、マヨネーズやレモン汁はあるな。堅パンはクルトン代わりにするとして、メインはなににするか…… 歩き疲れているし、炭水化物が取れるパスタにするか」
「おい、聞いているのか! 食事如きで、私を惑わそうとしても無駄だぞ!」
いやいや、俺の飯が食いたいからって王女の座を捨ててきた奴が言っても、説得力皆無だろ。憐れみを込めた眼差しを向けて、ため息をついてしまった。
「ヘスティア、面倒だからお前から説明してくれ」
「フム…… 仕方がないのぉ」
「うわぁぁっ!」
レイラは、いきなり隣に幼女が出現してビックリしたようで、飛び退いて剣を向けた。だがヘスティアが人差し指を立てると、レイラの動きが止まった。
「フム…… お主が初めて連れてきた者が、このような残念娘であったとはのぉ。小娘よ、もう少し落ち着くが良い。そのようにドタバタと騒いでおっては、見るべきものが見えず、聞くべき声も聞こえぬぞ?」
駄女神が残念娘に説教する。お前も似たようなものだと思ったことはナイショだ。とりあえずシーザーサラダのドレッシングを作る。牛乳、マヨネーズ、擦り下ろしたハードチーズ、おろしニンニク、レモン汁、上白糖、塩、ブラックペッパーを混ぜ合わせれば完成だ。グリーンリーフっぽい葉野菜をザク切りにして、トメートは中の種を取ってサイコロ状にカットする。酸味が強いため、サラダにするなら小さくカットしたほうが良いと判断した。出す直前に、仕上げとして半熟卵を上に乗せるつもりだ。
「異世界人…… 国祖アルスランと同じ世界から来たのか!」
「そうじゃ。アルスランとは加護が違うがの。あ奴は異世界の料理人で、食を通じてこの世界に貢献することが使命じゃ。食とは、あらゆる生き物の根源的な欲求じゃ。ただ腹が満たされれば良いという生存本能の先に、どうせ食べるなら美味いモノをという文化的欲求が生まれる。あ奴はその先駆者として、この世界に食文化を広げようとしておる」
「なるほど…… ユーヤの料理が美味すぎること、一箇所に留まらずに流れ歩くことの理由はそれか」
ようやく落ち着いたらしく、レイラはウンウンと頷いている。目の前にいるのは、一応は「神」なんだぞ? もう少し謙れよ。いや、人のこと言えないけどさ。
「お、できてるな」
自家製パンチェッタを冷蔵庫から取り出す。パンチェッタとは、イタリア語で豚バラ肉のことを指すが、塩漬け豚バラ肉、つまり「生ベーコン」のこともパンチェッタという。豚バラ肉の塊にフォークで穴をあけ、岩塩やフレッシュハーブを刷り込み、ラップして冷蔵庫で三日寝かせる。肉塊からドリップが出てくるのでそれを捨て、流水に晒して塩抜きしたあと、清潔なタオルで水気を完全に拭き取って、キッチンペーパーで包んで再び冷蔵庫に入れる。キッチンペーパーを取り替えながら一週間置くと完成だ。
パンチェッタ作りで気をつけることは、雑菌繁殖を抑えることだ。手を綺麗に洗うだけでなく、フォークやまな板、トレイなどもアルコール除菌することを忘れてはならない。
「シーザーサラダ用にも取っておくから、多めに用意するか」
塩漬け豚バラ肉の塊を薄くスライスし、五ミリ幅に切る。フライパンにオリーブオイル、潰したニンニク、ローリエ、パンチェッタを入れて弱火にかける。
「スープは…… オニオンスープにするか」
別のフライパンにバターを溶かし、玉ねぎのスライスを甘みが出るまで炒める。二つのフライパンを見ながらパスタを茹でるタイミングを図る。
「卵液の用意。ビッグ・コッコの卵黄、おろしハードチーズ、粗挽き胡椒を混ぜ合わせる。パンチェッタがカリッとしたら、ローリエとニンニクは取り出す。シーザーサラダ用に半分、焼いたパンチェッタを取り置く。玉ねぎもいいな。水とコンソメキューブ、塩コショウを入れて沸騰してから弱火五分で完成。そろそろパスタを茹でるか」
クリームソースには太幅のパスタが合う。パンチェッタから塩分が出ているので、塩を入れずにパスタを茹でる。パンチェッタを炒めていたフライパンに茹で汁を少々加え、弱火に掛けておく。
「もうすぐ飯ができるぞ!」
その声を聞いた駄女神と残念娘が駆け寄ってきた。
「おぉっ! 今夜はパスタじゃな? しかもコレは、妾が切望していたアレではないか!」
「この匂いだけでパンが食えるぞ!」
シーザーサラダをサラダボウルに入れて、ドレッシングを添える。オニオンスープはスープカップに入れて出す。レイラがそれをテーブルまで運ぶ。駄女神はなにもせず、ただ俺の料理を眺めている。
アルデンテ手前でパスタを引き上げ、手早くフライパンに入れる。パンチェッタと混ぜ合わせ、先ほどの卵液を注ぎ入れる。ここからが重要だ。火を入れ過ぎればすべて台無しになってしまう。極弱火に掛けながらトングで硬さを確認しつつ、理想的なトロみ具合まで仕上げる。
「よし!」
トグロを巻くように皿にパスタを盛り付け、上から擦り下ろしたハードチーズとあらびき胡椒を振りかけて完成する。
「カトー特製、カルボナーラとシーザーサラダ、トロトロオニオンスープ添え!」
ユーヤ・カトーが「加護持ち」であることは、以前から解っていた。それが料理に関係するものであろうことも、予想はしていた。だが実際に知ったその内容は、私の想像を絶していた。まさか異空間を形成し、そこに女神を召喚していたとは! さらに国祖アルスランと同じ異世界人だったと知った私は、このことを父上に報告すべきか悩んだ。
ユーヤの加護を使えば、西方諸国では高値で取引されている香辛料類が、驚くほどの安価で入手可能となる。エストリア王国の輸出品になる。香辛料が広がれば食文化形成にも大きく前進するだろうし、ユーヤ自身も経済的に潤うだろう。良いこと尽くめだと思うが、それを口にしたとき、ユーヤはあからさまに嫌悪の表情を浮かべ、それならすぐにでも王国を出ると言った。
「俺の加護が前提の食文化など、いびつそのものだ。香辛料が欲しいのなら、なんとか東方との交易路を確保しろ。船を開発しろ。魔王と交渉しろ。文化とは、多くの人々が試行錯誤し、長い歴史の中で形成されるものだ。これ以上、その話はするなよ?」
そうやって話を打ち切られた。私は仕方なく、フォークを手にとった。皿の上には黄白色のソースがネットリと絡んだ小麦麺が湯気を昇らせている。溶けたチーズの芳醇な香りの中に、黒胡椒のスパイシーな香りがある。ユーヤを真似て、フォークにパスタを絡めさせて口に入れた。
「なっ!」
舌の上に滑らかに広がる、チーズとミルクのコク、ビッグ・コッコの卵の甘さ、それらが小麦麺に絡まり、咀嚼するたびに旨味となって口内全体に広がる。
「むはぁっ 美味いのぉっ!」
女神ヘスティア様が満面の笑みで食べていらっしゃる。塩漬け豚肉からは脂と共に塩味が溶け出し、それがソースと一体となって奥深い旨味を形成している。この一皿だけで、ユーヤのいた世界がどれほど食の歴史を積み上げてきたのかが解る。
「なんだ? このサラダに加わったソースは?」
「それはシーザードレッシングという。この世界の食材でも作れるぞ。あとでレシピを教えてやる」
小麦麺と同様、チーズの風味が口いっぱいに広がるが、しつこさはまったく無い。シャキシャキとした葉野菜とトメートの酸味、そしてソース自体の酸味がしつこさを消しているのだ。小麦麺を食べたあとに口内に残るチーズ風味を柔らかく洗い流してくれる。そしてカリッとしたパンがまた良い。ただの堅パンなのに、油で揚げているためか、簡単に噛み砕ける。岩塩と葡萄酢だけの宮廷料理など比べものにもならない。
「これが、異世界のサラダ……」
「正確には、その一品だな。鶏ささみと蒸し野菜のサラダ。カレー風味の焼き野菜サラダ…… 野菜の切り方や調理法、付け合わせるソースなどを考えると、サラダだけでも数え切れないレシピがある」
「食文化とは、凄まじいものだな」
「うむ。美味いものを食べたいというのは、人間の原始的欲求と言って良い。食文化とは、料理の作り方だけではないぞ? それを盛る皿、一緒に出す酒や各種飲料、調理道具、食材の保存技術、輸送技術、さらには農作物の品種改良まで、社会の隅々に影響するのが食文化じゃ。娘よ、汝も加護持ちならば、ユーヤと共に歩き、此奴が切り開く新たな世界を見るが良い」
私は頷いた。英雄譚に登場する勇者など、ユーヤ・カトーの壮大さに比べればなんと小さな存在なのだろうか。私の剣は、ユーヤの使命にこそ捧げるべきだろう。父上への手紙の文面にはこう書こう。
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