9 / 65
戯れ始まり
夜の駅のホームで
しおりを挟む
だからって、電車は待ってくれないわけで。
「じゃあ、行こうか?」
「うん……」
歩き出す、また二人で。
でも、ちょっと富塚君が機嫌良くしている顔が気に食わない。
「ねえ、富塚君」
「何?」
駅のホームまではあと数秒。
人はもうあまり居ない。
「料理教室だけど……」
「ああ、あれね。そうだ、ちゃんと日付決めてなかったけど、明日ね」
「明日ぁ?!」
思わぬ声の大きさに周りの人が数人、うっせーという表情になった。
すみません! すみません! と謝りたい代わりに私は足早にそこを過ぎ去り、いつも電車を待つ定位置の所で止まった。
ゆっくりと歩いて来る富塚君。
「どうして、明日?!」
「え? だって、連日何とかって言ってなかった?」
「でもでも、今日の明日だよ?! 残業疲れとかないの?!」
「残業疲れ……、日下はあるの?」
「ある!」
そして、まだ『日下』呼びに安心した。
「そうか……。でも、俺、ゲームやりたいしな……。日曜月曜休みで、一日、二日は仕事でしょ? それに三日は日下と車の運転しながら行きたいし」
「え? 車の運転? 私、できないよ?」
「知ってるよ……。だから、俺、一人で行きも帰りも車の運転するって言ってるんじゃん」
「え? いつ言ったの?」
「今」
「今ぁ?!」
「そう、もう疲れちゃったって言うなら、俺の家、泊まってって良いよ? それでそのまま料理教室やろうか」
「いや、泊まらない。っていうか、何でそうなるの?」
「あら? 観念してない、仁葵さん」
「急に、ちゃっかり呼び方変えないでもらえますか? 富塚さん!」
「うん、ごめん。日下が嫌だと言うなら、しょうがない……。料理教室、明日のは来るよね?」
「まあ、昼過ぎからにしてもらえれば……」
「うーん……、まあ、それでも良いんだけど、材料とかまだ買ってないし」
「え? じゃあ、止めよう?」
「いや、ちゃんと買っとくよ。じゃないと、日下、来なくなりそうだから……。それに料理教室の先生として言うけど、日下のやる気度を維持しときたいし」
「う……、先生って……」
「困る? 別に俺は困らない。だって、先生だもの。日下の」
「料理のでしょ? それも同い年で先生って」
「料理のだよ、だから、日下は俺の生徒になるわけだ。料理のね」
念押し、必要以上の。
それの意味する所は……。
「う、逃げちゃダメなやつ……。まだ富塚君なんだから良い!」
「何をぶつぶつ言ってんだか知らないけど、日下、今度はちゃんとエプロン持って来てね?」
「え、必要?」
「まあ、良いんだけど。何となく、日下のエプロン姿を見たい。高校の家庭科の調理実習の時は気になってなかったし」
「じゃあ、今回も気にしなければ良いでしょ?」
「そういう訳にはいかないんだ、これが」
「何で?」
「まあ、俺の中での問題で、日下がドジをやらないって決まってんなら、強くは言わないよ? それとも先生として言おうかな? エプロン持って来なさい、日下さん」
「はぁーい……と言いたいけれど、エプロン持ってないし、餃子でボトって……アラサーになってやらないよ!」
「そう……」
何で、そんな事でシュン……としてんの? 富塚君!
「まあ、明日はちょっとゆっくりしたいから、持って来れないけれど、そのうちね……用意するよ、お金と相談してからになると思うけど……」
「そう!」
一気に元気になった。現金な人だな……。
「まあ、その頃には何とか吹っ切れてれば良いな……」
「何を?」
「いろんな事……富塚君との事とか」
「吹っ切る事なの?! これ!」
「うん、私の中では吹っ切りたい事なんで」
「そうか……」
また、しゅん……と落胆する富塚君、そっちの方に私は驚くわ!
「ねえ、富塚君」
「何?」
「電車来ちゃうよ? そんな風な感じのままだと、何か危ないよ?」
「え? どういう風に」
「何か、今にも……って感じで」
「そうさせたのは日下でしょ? 朝まで付き合って! とは言わない。慰めて! とも言わない。だからちょっと、駅降りたら、しばらく一緒に居て」
「え、困る。もう帰りますって、親に会社出た直後に連絡したし。必要なかったけど」
「何やっちゃってんすか? 日下さん、いや、仁葵さん! 俺を貶める気?」
「何をまた口走って! じゃあ、あれだ、五月三日のあれ行かない」
「ああ! ごめん! 決めよう、何時に行くか、こればかりはちょっとなくせない!」
「そんな慌てる事?」
「大事なんで、茶のイベントだよ? 今の俺らにしか行けないやつ!」
「でも、車の運転するとなると、富塚君、お酒とか飲めないよ?」
「良いよ、飲まなくて。それよりも大事なのは日下と行くことだから」
「へえ、そうなんだ……」
確か、あのイベントって……茶摘みとかそういう何か農作業体験がメインだった気がする……。
それに連れて行く富塚君って、やっぱり仕事熱心なのだろうか……。
「まあ、任せなさいよ! 気を引き締めてエスコートしてやる!」
すごい、立ち直り方だ。仕事が関連すると人が変わるらしい富塚君は。
「じゃあ、行こうか?」
「うん……」
歩き出す、また二人で。
でも、ちょっと富塚君が機嫌良くしている顔が気に食わない。
「ねえ、富塚君」
「何?」
駅のホームまではあと数秒。
人はもうあまり居ない。
「料理教室だけど……」
「ああ、あれね。そうだ、ちゃんと日付決めてなかったけど、明日ね」
「明日ぁ?!」
思わぬ声の大きさに周りの人が数人、うっせーという表情になった。
すみません! すみません! と謝りたい代わりに私は足早にそこを過ぎ去り、いつも電車を待つ定位置の所で止まった。
ゆっくりと歩いて来る富塚君。
「どうして、明日?!」
「え? だって、連日何とかって言ってなかった?」
「でもでも、今日の明日だよ?! 残業疲れとかないの?!」
「残業疲れ……、日下はあるの?」
「ある!」
そして、まだ『日下』呼びに安心した。
「そうか……。でも、俺、ゲームやりたいしな……。日曜月曜休みで、一日、二日は仕事でしょ? それに三日は日下と車の運転しながら行きたいし」
「え? 車の運転? 私、できないよ?」
「知ってるよ……。だから、俺、一人で行きも帰りも車の運転するって言ってるんじゃん」
「え? いつ言ったの?」
「今」
「今ぁ?!」
「そう、もう疲れちゃったって言うなら、俺の家、泊まってって良いよ? それでそのまま料理教室やろうか」
「いや、泊まらない。っていうか、何でそうなるの?」
「あら? 観念してない、仁葵さん」
「急に、ちゃっかり呼び方変えないでもらえますか? 富塚さん!」
「うん、ごめん。日下が嫌だと言うなら、しょうがない……。料理教室、明日のは来るよね?」
「まあ、昼過ぎからにしてもらえれば……」
「うーん……、まあ、それでも良いんだけど、材料とかまだ買ってないし」
「え? じゃあ、止めよう?」
「いや、ちゃんと買っとくよ。じゃないと、日下、来なくなりそうだから……。それに料理教室の先生として言うけど、日下のやる気度を維持しときたいし」
「う……、先生って……」
「困る? 別に俺は困らない。だって、先生だもの。日下の」
「料理のでしょ? それも同い年で先生って」
「料理のだよ、だから、日下は俺の生徒になるわけだ。料理のね」
念押し、必要以上の。
それの意味する所は……。
「う、逃げちゃダメなやつ……。まだ富塚君なんだから良い!」
「何をぶつぶつ言ってんだか知らないけど、日下、今度はちゃんとエプロン持って来てね?」
「え、必要?」
「まあ、良いんだけど。何となく、日下のエプロン姿を見たい。高校の家庭科の調理実習の時は気になってなかったし」
「じゃあ、今回も気にしなければ良いでしょ?」
「そういう訳にはいかないんだ、これが」
「何で?」
「まあ、俺の中での問題で、日下がドジをやらないって決まってんなら、強くは言わないよ? それとも先生として言おうかな? エプロン持って来なさい、日下さん」
「はぁーい……と言いたいけれど、エプロン持ってないし、餃子でボトって……アラサーになってやらないよ!」
「そう……」
何で、そんな事でシュン……としてんの? 富塚君!
「まあ、明日はちょっとゆっくりしたいから、持って来れないけれど、そのうちね……用意するよ、お金と相談してからになると思うけど……」
「そう!」
一気に元気になった。現金な人だな……。
「まあ、その頃には何とか吹っ切れてれば良いな……」
「何を?」
「いろんな事……富塚君との事とか」
「吹っ切る事なの?! これ!」
「うん、私の中では吹っ切りたい事なんで」
「そうか……」
また、しゅん……と落胆する富塚君、そっちの方に私は驚くわ!
「ねえ、富塚君」
「何?」
「電車来ちゃうよ? そんな風な感じのままだと、何か危ないよ?」
「え? どういう風に」
「何か、今にも……って感じで」
「そうさせたのは日下でしょ? 朝まで付き合って! とは言わない。慰めて! とも言わない。だからちょっと、駅降りたら、しばらく一緒に居て」
「え、困る。もう帰りますって、親に会社出た直後に連絡したし。必要なかったけど」
「何やっちゃってんすか? 日下さん、いや、仁葵さん! 俺を貶める気?」
「何をまた口走って! じゃあ、あれだ、五月三日のあれ行かない」
「ああ! ごめん! 決めよう、何時に行くか、こればかりはちょっとなくせない!」
「そんな慌てる事?」
「大事なんで、茶のイベントだよ? 今の俺らにしか行けないやつ!」
「でも、車の運転するとなると、富塚君、お酒とか飲めないよ?」
「良いよ、飲まなくて。それよりも大事なのは日下と行くことだから」
「へえ、そうなんだ……」
確か、あのイベントって……茶摘みとかそういう何か農作業体験がメインだった気がする……。
それに連れて行く富塚君って、やっぱり仕事熱心なのだろうか……。
「まあ、任せなさいよ! 気を引き締めてエスコートしてやる!」
すごい、立ち直り方だ。仕事が関連すると人が変わるらしい富塚君は。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる