4 / 4
電子的な絆と心象の濾過について
しおりを挟む
ぼくの呟きは短文濾し出し製法で作られる。
心の内に湧き上がる感情を言語というフィルタで濾過して出来上がる簡潔な文章は、言うなれば感情のドリップである。
時代が時代であればそれは短歌や川柳に成形されて風流を感じさせていたのだろう。
しかし現代においてそれらは多くの人に時代遅れの代物と認識されており、ぼく自身もまたそれらの形態に則る必要性を感じてはいない。
時代はSNSの全盛である。
流行りに疎いぼくもその流れには身を飲まれているのだから間違いない。
もちろん流されているのと乗っているのでは話が違う。
前者であるぼくは日々の感情を書き連ねつつも、猛烈な速度で浮かび消える情報の奔流とほんの僅かずつの水滴でできた自分の世界に軋轢を感じていた。
「世界は大きく流れ行くようで、ぼくの世界だけが置いてけぼりにされているような寂しさを感じる」
今日のぼくは少し感傷的な気分だった。
友人に遊ぶ約束を忘れられていただけなのだが、ぼくとの約束を忘れて他の奴と遊ぶ姿を思い浮かべると、それがぼくを他所に飛び回るSNSの情報たちとほんの僅か重なって、いつも見て見ぬ振りをしている世界との軋轢を気が付けば呟いていた。
しかし世界とは無情なもので、ぼくの小さな感情など誰も気に留めない。
いつも通り誰の反応もないことにぼくは小さく溜息を吐いて携帯を枕元に放り、そのまま眠りに就いた。
翌朝目を覚ますと、携帯に一つの通知が届いていた。
何やら昨日の呟きに反応があったらしい。
物珍しさにつられてアプリを起動する。
通知の一覧を開くとぼくの呟きに返信が届いていた。
「私もそういう気持ちになることがあります。私がうまく言葉にできない気持ちを書いてらしてスッキリしました。ありがとうございます」
どうやらぼくの呟きに共感してくれたらしかった。
この時代を取り巻く濁流の中でぼくを見つけてくれたこと、それに共感してくれたことを素直に嬉しく思った。
この人はどんな人なんだろう。
好奇心がぼくの内に沸き始める。
早速調べることにした。
その人はミスターフィクションと呼ばれていた。
過去の呟きを遡ると、ありとあらゆるフィクションに溢れている。
例えば、昨日は竜に出会ったときの対処法を、一昨日はAIに支配された世界での処世術を語っている。
どれも荒唐無稽な作り話に見えるのだが、本人はあくまで体験談として語っているようだった。
真実かどうかはさておいて、思っていたよりもずっと豊かな世界を持っているようだ。
一方ぼくはといえば、ほんの小さな水溜りのような世界しか持ち合わせていない。
せっかく共感してくれた人の呟きを覗き見て、自分の世界のあまりの小ささになんだか気後れしてしまう。
彼我の世界の違いに、ぼくの孤独とミスターフィクションの孤独は別種のものであるように思われた。
濾過した感情はあまりにも元の味を失っているのかもしれない。
当然と言えば当然なのだが、同じ味を共有できたわけではないのだとわかると急激に興味が薄れてしまった。
結局ぼくはミスターフィクションに返信をしなかった。
束の間の霧のような実体のない絆だった。
あるいはビルの合間に一瞬覗いた虹に似ている。
それまで持っていたものでもないのに、不思議と喪失感が胸に滲む。
しかし猛烈な空虚が襲うわけではないのも確かだ。
携帯を枕元に戻し、普段と変わらぬ足取りで寝床を出て台所へ向かう。
薬缶に水を注ぎ、火にかける。
湯が沸くのを待つ内に急須と茶葉と湯呑みを戸棚から降ろす。
そういえばぼくはこの茶葉の味を知らない。
湯を注ぎお茶になった味だけがぼくの知っている味だ。
ぼくとミスターフィクションの関係もこういうものだったのかもしれない。
ぼくは茶葉を、彼はお茶を口にしていて、茶葉の味がわからない彼に勝手に落胆したのだと考えると、少し滑稽だった。
言語という名の液体は皆が飲みやすい代わりに、人それぞれ感じ方が少しずつ異なる。
甘いと思っていたものが、人によってほろ苦かったり酸味が混ざっていたりする。
酸いも甘いも噛み分けた人々は、お茶の味から茶葉の味を想像できるのだろうが、今回はぼくも彼もその境地には達していなかった。
ぼんやりと胸に滲んでいた喪失感も薄れ、気が付けば湯が沸いていた。
急須に入れる前に茶葉をひとつまみ口に入れてみた。
思っていたよりもずっと美味しい。旨味と苦味と香り、ぽりぽりと小気味良い食感が新鮮だ。
お茶請けに茶葉を食べるのも良いのかもしれない。
新たな発見に胸を躍らせながら急須に湯を注ぐ。
先ほどまでの薄曇りの気分はどこへやら、すっかり晴れやかな心持ちで朝の和やかな時間を過ごしていた。
間も無く登校の時間である。
心の内に湧き上がる感情を言語というフィルタで濾過して出来上がる簡潔な文章は、言うなれば感情のドリップである。
時代が時代であればそれは短歌や川柳に成形されて風流を感じさせていたのだろう。
しかし現代においてそれらは多くの人に時代遅れの代物と認識されており、ぼく自身もまたそれらの形態に則る必要性を感じてはいない。
時代はSNSの全盛である。
流行りに疎いぼくもその流れには身を飲まれているのだから間違いない。
もちろん流されているのと乗っているのでは話が違う。
前者であるぼくは日々の感情を書き連ねつつも、猛烈な速度で浮かび消える情報の奔流とほんの僅かずつの水滴でできた自分の世界に軋轢を感じていた。
「世界は大きく流れ行くようで、ぼくの世界だけが置いてけぼりにされているような寂しさを感じる」
今日のぼくは少し感傷的な気分だった。
友人に遊ぶ約束を忘れられていただけなのだが、ぼくとの約束を忘れて他の奴と遊ぶ姿を思い浮かべると、それがぼくを他所に飛び回るSNSの情報たちとほんの僅か重なって、いつも見て見ぬ振りをしている世界との軋轢を気が付けば呟いていた。
しかし世界とは無情なもので、ぼくの小さな感情など誰も気に留めない。
いつも通り誰の反応もないことにぼくは小さく溜息を吐いて携帯を枕元に放り、そのまま眠りに就いた。
翌朝目を覚ますと、携帯に一つの通知が届いていた。
何やら昨日の呟きに反応があったらしい。
物珍しさにつられてアプリを起動する。
通知の一覧を開くとぼくの呟きに返信が届いていた。
「私もそういう気持ちになることがあります。私がうまく言葉にできない気持ちを書いてらしてスッキリしました。ありがとうございます」
どうやらぼくの呟きに共感してくれたらしかった。
この時代を取り巻く濁流の中でぼくを見つけてくれたこと、それに共感してくれたことを素直に嬉しく思った。
この人はどんな人なんだろう。
好奇心がぼくの内に沸き始める。
早速調べることにした。
その人はミスターフィクションと呼ばれていた。
過去の呟きを遡ると、ありとあらゆるフィクションに溢れている。
例えば、昨日は竜に出会ったときの対処法を、一昨日はAIに支配された世界での処世術を語っている。
どれも荒唐無稽な作り話に見えるのだが、本人はあくまで体験談として語っているようだった。
真実かどうかはさておいて、思っていたよりもずっと豊かな世界を持っているようだ。
一方ぼくはといえば、ほんの小さな水溜りのような世界しか持ち合わせていない。
せっかく共感してくれた人の呟きを覗き見て、自分の世界のあまりの小ささになんだか気後れしてしまう。
彼我の世界の違いに、ぼくの孤独とミスターフィクションの孤独は別種のものであるように思われた。
濾過した感情はあまりにも元の味を失っているのかもしれない。
当然と言えば当然なのだが、同じ味を共有できたわけではないのだとわかると急激に興味が薄れてしまった。
結局ぼくはミスターフィクションに返信をしなかった。
束の間の霧のような実体のない絆だった。
あるいはビルの合間に一瞬覗いた虹に似ている。
それまで持っていたものでもないのに、不思議と喪失感が胸に滲む。
しかし猛烈な空虚が襲うわけではないのも確かだ。
携帯を枕元に戻し、普段と変わらぬ足取りで寝床を出て台所へ向かう。
薬缶に水を注ぎ、火にかける。
湯が沸くのを待つ内に急須と茶葉と湯呑みを戸棚から降ろす。
そういえばぼくはこの茶葉の味を知らない。
湯を注ぎお茶になった味だけがぼくの知っている味だ。
ぼくとミスターフィクションの関係もこういうものだったのかもしれない。
ぼくは茶葉を、彼はお茶を口にしていて、茶葉の味がわからない彼に勝手に落胆したのだと考えると、少し滑稽だった。
言語という名の液体は皆が飲みやすい代わりに、人それぞれ感じ方が少しずつ異なる。
甘いと思っていたものが、人によってほろ苦かったり酸味が混ざっていたりする。
酸いも甘いも噛み分けた人々は、お茶の味から茶葉の味を想像できるのだろうが、今回はぼくも彼もその境地には達していなかった。
ぼんやりと胸に滲んでいた喪失感も薄れ、気が付けば湯が沸いていた。
急須に入れる前に茶葉をひとつまみ口に入れてみた。
思っていたよりもずっと美味しい。旨味と苦味と香り、ぽりぽりと小気味良い食感が新鮮だ。
お茶請けに茶葉を食べるのも良いのかもしれない。
新たな発見に胸を躍らせながら急須に湯を注ぐ。
先ほどまでの薄曇りの気分はどこへやら、すっかり晴れやかな心持ちで朝の和やかな時間を過ごしていた。
間も無く登校の時間である。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる