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第3話 剣聖は王都に行く

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 家を出た、というか追い出された俺は、徒歩で近くの町までいき、そこから王都方向への乗合馬車に乗った。途中何度か宿を取り、馬車を乗り継いで進むこと五日。ようやく俺は王都へとたどり着いたのだった。

 剣聖の称号を賜ったとき以来だから、来るのは二年ぶりくらいか。相変わらず人も建物も多くて活気がある。スローディル王国の端っこにある我が故郷、バルカス伯爵領とは大違いだ。個人的には伯爵領ののんびりとした雰囲気の方が好きだが、たまにはこっちで過ごすのも悪くない。

 とはいえ、のんきに観光しているわけにもいかん。親父の機嫌が直るまではこっちで生活しないといけないのだ。金は稼ぐ必要がある。なのでまずは冒険者登録をしないといけないのだが……

「腹が減った」

 時刻はちょうど昼時。冒険者ギルドの建物は酒場も兼ねているのでそっちで食事を摂ってもいいが、広場の方からいい匂いがしてくるんだよなー。王都の南側にある広場では王国各地からやってきた人々か様々な屋台を出していて、観光名所となっているのだ。前にも行ったことがあるが、あそこの料理はどれも美味かった。バルカス伯爵領では見かけないものもたくさんあって、大いに楽しめたもんだったな。

「久しぶりに行ってみるか」
 というわけで、俺は匂いにつられるようにして、石畳が敷かれた街路を歩いて行った。


 昼時ということもあり、広場は多くの人々で賑わっている。客を呼び込む屋台の店主の威勢のいい声を聞きつつ、俺は広場を歩き回って慎重に獲物を見定めていた。
「ふーむ、やはり伯爵領では食べられないものをいきたいところだが、どれもこれもうまそうだな」
 流石は王都といった具合で、肉も魚も野菜も果物も珍しいものばかりだった。しかもお値段はリーズナブルときている。これはいくつかの店を回ってみるのも悪くないか、と思っていると、広場の端の日陰になったところに目立たない屋台を見つけた。

 ほかの店とは違う独特の香ばしい香りが気になって近づいてみると、六十くらいのいかつい店主が串に刺した肉を丁寧に焼いていた。
「いや、あれは肉じゃない」
 初めはよくある串焼き肉だと思ったのだがよく見ると違った。店主のおっさんが呼び込みもせずにただ黙々と焼いているのは、串に刺した赤ウナギの肝だ。

「幻の珍味じゃねえか。流石は王都だな……」
 赤ウナギといえば王国でも一際険しい山の奥深くにある清流にのみ生息する貴重な魚だ。もちろん身も美味いのだが、肝は年季の入った美食家をもうならせる逸品だという。
 このおっさんは熟練の職人だ。串を返す動きに一切の無駄がない。となればこの肝焼き、間違いなく絶品。しかし……

「流石にいい値段するなー……」
 店の脇にはきちんと値札が出ているのだが、やはりというか当然というか、なかなかのお値段だった。
 赤ウナギの貴重さを考えればこれでも良心的な価格だ。とはいえこれはちょっと厳しいか。俺は諦めて踵を返したのだが、そこで初めて自分以外にもこの屋台を見ているやつがいたことに気づいた。

 それは、五歳くらいの小娘だった。
 おかっぱ頭で濃い緑のワンピースを着た小娘が、じーっと赤ウナギの肝焼きを見ていた。
 渋い趣味の子供がいるもんだ、と思いながら眺めていると、小娘の顔が向きを変えた。

 娘は、じーっと俺の方を見ていた。完全に目が合っているのだが、逸らす気配は一切ない。ただ無表情のまま、じーっと俺を見ている。
 こちとら剣聖なんてやってる身だ。目を見れば相手の考えていることは大体察しがつく。が、このおかっぱ頭はなかなか読みにくい相手だった。

 小娘は直立不動のままじーっと俺を見ていたのだが、すっと向きを変えると、パチパチと音を立てて焼けていく肝焼きをじーっと見た。で、また俺の方にさっと顔を向けると、またじーっと俺を見るのだった。
 ……前言撤回。こいつは読みやすい相手だな。
 肝焼きと俺を交互にじーっと見つめるおかっぱ頭の小娘に、俺はため息をついたのだった。


 負けを認めた俺が赤ウナギの肝焼きを買ってやると、おかっぱの小娘は無表情のまま目を輝かせるというなかなか器用なことをやって見せた。で、いまは広場におかれたベンチに二人で並んで座って、俺が買ってやった肝焼きを小娘が食べる姿を見ているところだった。ちなみに自分用には串焼きの肉を買った。赤ウナギの肝焼き二本は予算オーバーだ。

「美味いか?」
「美味。極上。絶品」
 もっきゅもっきゅと食べていた肝焼きをごくんと飲みこむと小娘はそう答えた。無表情ではあるが、その目は満足げである。

「そりゃなによりだ。で、お前どこから来た? お父さんやお母さんは?」
 おおかた迷子だろうと思って聞いたのだが、おかっぱ頭はくきりと首をかしげた。
 おかしいな、質問の意味はわかってるはずだが。

「よくわからない。気がついたらここにいた」
「なんだそりゃ。置き去りにされたのか?」
「少し前まで別の場所にいたはずだが、記憶が曖昧。でも置き去りとは似て非なる感じ」
「似て非なる感じか」
「ん」

 小娘がこくんとうなずく。どうも自分の身になにが起きたのかがよくわからないらしい。この娘、ちょっとアレな感じだがまあまあ賢そうだし、普通であればなにが起きたのかがわからないってことはないだろう。

 元は別の場所にいて、気がつくと王都にいた。で、記憶が曖昧となると……転移魔法でどこかから飛ばされてきたか。きちんと準備をしないで人間を遠くまで転移させると記憶が飛んだりすることがある。でもあの手の魔法を使える人間はかなり限られるんだよな。魔導王国の関係だろうか。ただ、あの国はスローディル王国からずいぶん離れている。今すぐ連れて行くとかは流石に無理だ。

「となると孤児院に引き取ってもらうのが筋なんだが……」
「そういうのはちょっと……」
 俺が言うとおかっぱ頭はちょっと困ったような顔になった。
「んー、まあ気持ちはわかる」
「ありがたい」
 小娘は無表情だがほっとしたようだった。

 それはいいんだが、さてどうするかね。
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