シンデレラ・マリアージュ

佐倉 紫

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番外編

二回目の結婚式 1

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 雲ひとつない爽やかな晴れの日だ。
 以前結婚式を挙げたときも同じような天気だったが、あのときはまだ春の名残があり、教会の庭には薔薇が咲き誇っていた。
 薔薇はもうほとんどが終わりの時期を迎えているが、半分くらいはまだ馥郁ふくいくとした香りを放っている。
 窓から入るその薔薇の香りを吸い込んで、ウェディングドレスに身を包んだマリエンヌは小さく息をついた。
 今日結婚式を終え、明日には海辺のコテージへ新婚旅行へ出かけることになっているマリエンヌだが、胸中は今日の天気ほど晴れ上がってはいない。
 というのも、四日前にあることがきっかけで、『寝室を別にする』宣言をしてから、アルフレッドが邸にまったく帰ってこないようになってしまったのだ。
 もちろん、新婚旅行の前に片付けておきたい仕事は山積みなのだろう。それはわかるが、まさか夕食をともにする時間までないとはとても思えない。
 現に、彼は毎日忙しく働きながらも、日付が変わる前には邸に戻ってきて、マリエンヌの寝室に忍び込んできていたのだ。
 けれど、寝室が別ならわざわざ帰る必要もないと思ったのか、アルフレッドは結局一度も帰宅することなく結婚式の日を迎えてしまった。
 今日も式場となる教会へは、ロークス商会から直接やってくるらしい。
 これでは前回のときと同じではないかと思うと、マリエンヌの心はどうしても曇り空のように陰ってしまった。
「奥様、そう気落ちしないでください。花嫁がそんな顔でいると、使用人たちもみんなびっくりしちゃいますよ」
「ええ、それはわかっているわ、リチャード。わかってはいるんだけど……」
 アルフレッドに先駆け、式場の様子を見にきたリチャードは、ため息ばかりつくマリエンヌを見て苦笑を浮かべていた。
「もしかして奥様、旦那様が四日も音信不通だったから、嫌われたんじゃないかと思って落ち込んでいらっしゃるんですか?」
「そんなこと……」
 マリエンヌは否定したが、実際のところ図星だった。
 四日前、アルフレッドにあらぬ疑いをかけられ、そのあとさんざんに抱かれてしまったマリエンヌは、しばらく寝室を別にするとアルフレッドに怒鳴ってしまったのだ。ゴードンとモーリーを呼びつけて、彼を自分の寝室から追い出すことすらしてみせた。
 それだけすれば、アルフレッドもやり過ぎた行為を反省して、紳士的に接してくれるようになると思ったのに……彼は紳士になるどころか、まるで恐妻から逃れるように商会に入り浸り、カードひとつ寄越さなくなってしまったのだ。
 この仕打ちにはさすがのマリエンヌもうちひしがれた。否応なく、今度こそ嫌われてしまったのではないかという不安が頭をもたげてくる。
 とはいえ彼を追い出したのは他でもない自分だし、間違っても自分から折れるようなことはしたくなくて……結局、四日間もずるずるとつらい時間を過ごしてしまった。
 せめて今日くらいは一緒に朝食を取るとか、少なくても式の前に話をするくらいのことはしたかったのに、開式の時間が近づいても一行にアルフレッドは姿を見せない。
 もしかしたら結婚自体いやになって、時間になってもこないかもしれないと思うと、なんだか泣きたくなってくるくらいだ。
「心配しなくて大丈夫ですよ。旦那様はちょっと拗ねているだけですから。あの馬鹿、妙にプライドが高いから、素直に謝ればいい場面でも『ごめん』の一言がすぐに出てこないんですよ。たまにはお灸を据えてやるくらいでちょうどいいんです。今回のことはいい薬になったでしょう」
「でも……」
「少なくても、あのロリコン親父が奥様を嫌いになるなんて万に一つもございません。ですから奥様は、堂々と構えていればいいんです」
 本当にそうだろうか。……というより『ロリコン』ってどういう意味だろう?
「誰がロリコン親父だ、この駄目従者」
「げっ。旦那様」
 マリエンヌはハッと顔を上げる。扉の枠にもたれるようにして、花婿の正装に身を包んだアルフレッドが腕組みして立っていた。
 四日ぶりに見る夫の姿にマリエンヌは浮き足立つが、あいにくアルフレッドは眉を中央に寄せて不機嫌そのものの顔をしている。
 その視線はまっすぐリチャードに向けられていて、主人の勘気を感じ取った彼は素早くマリエンヌに挨拶した。
「では奥様、おれはこれで。招待客を集めてきますね~」
「おい、こら」
 首根っこを捕まえようとする主人の脇を猫のようにするりと抜け、リチャードはすたこらと聖堂へ逃げていった。
「……ったく。今月から減給にしてやる」
 苦々しく吐き出すアルフレッドに、マリエンヌは慌てていった。
「リチャードはわたしを励まそうとして、わざとひどい言葉を使っただけよ。あなたのこと、本気でそう思っているわけではないわ」
「いいや、あれが本気の言葉じゃなくてなんだと言う? 前からあいつの口の悪さにはたっぷり仕置きをしたいと思っていた」
 アルフレッドの決意は固い。マリエンヌは普通に話せることをありがたく思いながらも、四日前のことを切り出そうかどうしようか悩んだ。
 だがその前にアルフレッドが大股で近寄ってきて――マリエンヌの手を取り、そこに唇を押し当ててきた。
「あ、アルフ……?」
「マリエンヌ……会いたかった」
 にじみ出るような言葉に、マリエンヌは息を呑んだ。
「ど、どうして……」
「どうしてだと? 四日も離れていたんだぞ。四日も! この四日間、おれがどれほどつらい気持ちで過ごしていたかあなたはわからないのか?」
 突然大声を出されて、マリエンヌは混乱した。
「それは……わ、わたしだってあなたに会えなくて寂しかったわ。カードもなにもないから、ひどく心細くて……」
 むしろ嫌われてしまったのではないかと心配までしていたのだ。
 けれどアルフレッドの仕草には愛があふれていて、彼は今もマリエンヌの指先に軽い口づけを繰り返している。
「あ、あなたはわたしを……お、怒っていたんじゃないの?」
 嫌いになったのではないの? とは怖くてとても聞けず、マリエンヌはそんな尋ね方をした。
「怒る? 馬鹿な。……四日前のことだったら、おれが悪かった。これでも反省しているんだ。だからこそ、あなたが望むように寝室には入らなかった」
「寝室どころか、邸にだって帰ってこなかったじゃない……っ」
「当然だ。同じ屋根の下にいたら、どうやったってあなたを抱きたくなる。そうなったらもう、邸から出るしか我慢する方法はないじゃないか」
 当たり前のように言われて、マリエンヌは唖然とした。
「……じゃあ……あなたは、わたしを抱くのを我慢するために……邸に戻らなかったって言うの?」
「そうだ」
「そうだ、って……」
 あっさり肯定されて、逆にマリエンヌは戸惑ってしまった。
「で、でも……食事を一緒にするくらいはできたんじゃ……」
「無理だ。禁欲中にあなたの顔を見てみろ。そこが食事室だろうとどこだろうと、その場で押し倒していたに決まっている」
 そんなことをはっきり宣言されても……。
「……それならそうと、言付けてくれたらよかったのに……」
「『あなたを抱きたくて仕方がない』とでも? そんな文句の書かれたカードをもらったら、あなたは今度こそわたしに愛想を尽かしただろう。おれとてあなたに嫌われるようなことはしたくない」
 どうやらアルフレッドは、四日前のことを本気で反省したようだ。反省したからこそ、マリエンヌに軽蔑されるようなことは一切しないと心に誓ったらしい。
 だからといって欲求が消えることはなく、彼はそれを乗り越えるために、邸に近づくどころかカードを送ることさえ我慢したのだ。
 ……それだけのことをしたのだ。きっと自分のことでいっぱいいっぱいで、マリエンヌが寂しい思いをしていたことには思い当たらなかったに違いない。
 もっともマリエンヌ自身、彼がそれほどまでの自制心を必要としていることに気づけなかったから、どっちもどっちというところだったが。
「アルフ、わたし……ごめんなさい。あなたが、そんなふうに誠意を示そうとしてくれたことに、少しも気づけなくて……」
「いや。おれのほうこそ、あなたがこんなに不安そうな顔をしているとは思ってもみなかった。てっきり、まだ怒っていたらどうしようかと……」
「怒ってないわ。もう、ちっとも。……あなたが本気でわたしを大切にしようとしてくれたとわかって、嬉しい」
 マリエンヌは、ようやく自分から彼の胴に腕を回した。
 だが……。
「マリエンヌ……熱い抱擁は嬉しいが、今はまだ駄目だ。離れてくれ」
「? どうして……」
 顔を上げた拍子に、お互いの下肢がすっと密着する。
 その瞬間、剛直の熱さと堅さがスカート越しに伝わってきて、マリエンヌは真っ赤になってしまった。
「えっ……だって、ただ腕を回しただけなのに……」
「四日も禁欲していたんだ。こうなるのは当然だろう。……というより、この四日間、おれはあなたの顔を思い浮かべるだけでもこうなっていた」
 うそ……、とマリエンヌはうろたえる。慌てて離れようとするが、アルフレッドは逆にきつくマリエンヌを抱き寄せてきた。
「駄目だ。これ以上の我慢は身体に毒だ……そう思わないか? マリエンヌ」
「たっ、確かに、よくないかもしれないけれど、でも……っ」
「おれも式の前に無体なことはしたくない。これでもこらえていたんだ、あなたを見た瞬間押し倒したくなるのをな。それなのに……よりにもよって、あなたのほうから抱きついてくるのだから」
 やれやれと言いたげに首を振られて、マリエンヌはさらに赤くなる。
「わ、わたしが悪いの? そんな、ひどいわ……」
「いいや、あなたが悪い。あなたがこんなに愛らしくて……こんなに美しいから、おれも我慢できないんだ」
 ヴェールを上げて顔を露わにされ、マリエンヌは赤くなった顔を隠すようにうつむく。それを引き留めるように顎を持ち上げられ、激しい口づけがお見舞いされた。
「んっ……、だ、だめ……、べにが落ちちゃう……っ」
「かまいやしない。紅などなくても、あなたの唇はいつも薔薇色に艶めいている」
「あ、アルフ……っ」
 久しぶりに会えた反動だろうか。今日のアルフレッドはいつにも増して情熱的だ。
「うふっ…、ん……、あ、だめっ、ドレス、……脱がせちゃ……っ」
 彼の手が胸元を這うのを感じ、マリエンヌは予防線を張る。
 彼女の耳に唇を這わせていたアルフレッドは、にやりとシニカルな笑みを浮かべた。
「まるで期待しているような言い方だな?」
「え……っ?」
「さすがのおれも、式の前にウェディングドレスを乱す真似はしない」
 耳元で囁かれて、マリエンヌはぶるりと震えた。
「……っ、ま、前のときは……、乱していたわ……っ」
「あなたが逃げだそうとするからだ」
「ち、違うわ。あなたと話をしようとしたのに、あなたが……、あふっ……、んっ……」
「おれが理性をなくしてしまうのは、あなたがそうやって可愛い反応をするからだ」
「ひ、ひどぃ……」
 もう何度も繰り返している言葉を、マリエンヌはまた口にする。
 けれどアルフレッドはいつも通り意に介さぬ様子で、彼女の首筋をれろりと舐めた。
「はぁんっ……!」
「悔しかったら、声を上げないで耐えてみることだな」
 大声を上げると不審がられる。そう続けられて、マリエンヌはきゅっと唇を引き結ぶ。
 そっちがその気なら、こっちだって。そう思って片手で口を覆うマリエンヌだが、それがますますアルフレッド煽ってしまったようで、彼は微笑みを深くすると、いきなりマリエンヌのスカートをまくり上げた。
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