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第三章 メイド、いろいろ翻弄される。
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「ろ、ろろろロイド様なにをっ」
「やっぱり。ちょっと熱があるよジゼル。足もふらふらしているみたいだし、休んだほうがいい」
「へっ……?」
ジゼルは自分の額に手をやる。だが身体全体が熱を帯びているのか、ロイドに抱きしめられている状態が異常すぎて感覚が麻痺しているのか、いまいちわからない。
「ほっぺたも赤くなっているし。……熱が出ても無理ないね。この頃ずっと忙しかったし、夜は夜でモデルを頑張ってもらったから、疲れが出たんだろう」
「あ、あの、ご主人様、わかりましたので離して……っ」
「いやだ」
さらにぎゅっと抱きしめられて、ジゼルはあわあわと手足をばたつかせる。
「熱があってふらふらしている女の子を一人で歩かせるなんてできないよ」
「いえ、あの大丈夫ですから――わぁっ!」
あわあわしているうちに横向きに抱え上げられ、それこそ心臓が止まるかと思った。
「ろ、ロイド様! これはちょっ……ちょっと無理です、下ろしてくださぃぃいい!」
「無理です、ってひどい言い草だね。僕に抱えられるのはいや?」
「いやとか、いやじゃないとかの問題ではなくぅううう!」
――メイドの分際で主人に抱えてもらうなど、誰が見たって顰蹙ものだ。
ジゼルがあれこれ言われるのはいいけど、ロイドまで悪く言われるようなことになったら目も当てられない!
「大丈夫だよ。さぁ、もうちょっと力を抜いて。君の部屋に運ぼう」
「いえ、あの、さすがに四階にきていただくのは心苦しいので……っ」
使用人用の、あの狭く暗い階段を上らせるのだって抵抗がある。
ロイドはそれでも運んでいくと言ったが、ジゼルが強く拒否したのと、途中で家政婦長に出会ったことで、なんとか下ろしてもらえた。
「わかりました、ジゼルはわたしが引き取ります。旦那様はお部屋にお戻りください」
事情を聞いた家政婦長はそう胸を張って、これ以上ロイドはついてこなくて大丈夫、と暗に告げた。
母親同然の家政婦長に言われれば、さすがのロイドも無理を通そうとは思わなかったらしい。
代わりに、ジゼルに必ず薬を飲ませるように指示した。
「必要なら医者の手配も頼むよ。必ずね」
「かしこまりました」
去って行くロイドに深々と頭を下げた家政婦長は、同じように頭を下げて見送っていたジゼルを見て、少し申し訳なさそうな顔をした。
「熱があったのに客間の掃除を頼んで悪かったね。あとで薬を持って行かせるから、今日は休みな」
「いえ、わたしも熱があるって全然気づかなくて……。あの、お薬って高価ですよね? わたし、熱を出していても寝ていれば治る体質なんで大丈夫です」
「駄目だよ、旦那様のお言いつけだ。それに寝ていれば治るくらい丈夫なら、薬を飲めばもっと早く治るってことだろう? 旦那様はそっちのほうがいいと考えているはずだ。なにせあんたが一番美味しくお茶を淹れられるんだからね」
今日はロイドも朝ゆっくりしていたらしいが、明日からは普通通りの時間に寝起きするはずだ。
今日はしっかり薬を飲んで休んで、明日の朝からまた働けるようにしろ、という意味だと悟って、ジゼルは頭を下げた。
「……わかりました。ありがとうございます。あと、客間のお掃除が全然手つかずでして……」
「わかったよ。もう心配しないで。早く休みな」
ジゼルはありがたく使用人用の階段を上り、四階の自室へ向かう。熱があると自覚したせいか、シャワーを浴びた直後よりよずっと強い疲労と息苦しさを覚えていた。
(確かにここ三、四日、色々あったからなぁ。熱も出るよね、そりゃね……)
だるさを訴える己の身体にうんうん頷きながら、ジゼルはメイドの格好から寝間着に着替えて、早々に寝台に入る。なんだか手足に力が入らず、横になった瞬間息苦しさも増した気がした。
(お水もらってくればよかった……)
ひどく喉が渇いているが、もう起き上がるのも億劫だ。
ジゼルはゆっくり目を伏せ、泥のような眠りの中に沈んでいった。
熱が本格的に上がったのか、そのあとの記憶は曖昧だ。薬を持った同僚が訪ねてきて、とにかく飲めと言われてなんとか苦い薬を飲み込んだ。その後またすぐ眠ってしまって、気づいたら枕元に食事が置いてあった。
小さく切ったパンが入ったミルクの粥をありがたく飲み込み、再び薬を飲んで横になる。
その後は浅い眠りが続いて、寝たり起きたりを繰り返していたが、ようやく深く眠れそうなまどろみがやってきた……と思ったところで、ふと頭を撫でられた。
「……まだ熱が高いね。無理をさせてすまなかった」
低いが耳に心地よく響く声に、ジゼルはまぶたをピクッと震わせる。でも目覚めるどころか声も出せなくて、うとうとする中でその声を聞いていた。
「ゆっくり休んで、早くよくなって。そしたら、元気な君の姿を見せてくれ」
切実さが滲む声音で囁かれる。なんだか聞いているほうもしょんぼりしてしまうような落ち込んだ声だ。あなたのほうこそ元気を出して、と思うが、声が出ない。かろうじて唇が動いたが、かすかに震えるだけで終わった。
「おやすみ」
頭を撫でていた手が目元に降りて、視界がいっそう暗くなる。ジゼルの意識もさらに深いところへ落ちていく感じがした。
完全に眠りに落ちる前に、唇になにか柔らかなものがふれた気がしたが……それがなにか意識する前に、彼女はすぅっと深い寝息を立てていた。
「やっぱり。ちょっと熱があるよジゼル。足もふらふらしているみたいだし、休んだほうがいい」
「へっ……?」
ジゼルは自分の額に手をやる。だが身体全体が熱を帯びているのか、ロイドに抱きしめられている状態が異常すぎて感覚が麻痺しているのか、いまいちわからない。
「ほっぺたも赤くなっているし。……熱が出ても無理ないね。この頃ずっと忙しかったし、夜は夜でモデルを頑張ってもらったから、疲れが出たんだろう」
「あ、あの、ご主人様、わかりましたので離して……っ」
「いやだ」
さらにぎゅっと抱きしめられて、ジゼルはあわあわと手足をばたつかせる。
「熱があってふらふらしている女の子を一人で歩かせるなんてできないよ」
「いえ、あの大丈夫ですから――わぁっ!」
あわあわしているうちに横向きに抱え上げられ、それこそ心臓が止まるかと思った。
「ろ、ロイド様! これはちょっ……ちょっと無理です、下ろしてくださぃぃいい!」
「無理です、ってひどい言い草だね。僕に抱えられるのはいや?」
「いやとか、いやじゃないとかの問題ではなくぅううう!」
――メイドの分際で主人に抱えてもらうなど、誰が見たって顰蹙ものだ。
ジゼルがあれこれ言われるのはいいけど、ロイドまで悪く言われるようなことになったら目も当てられない!
「大丈夫だよ。さぁ、もうちょっと力を抜いて。君の部屋に運ぼう」
「いえ、あの、さすがに四階にきていただくのは心苦しいので……っ」
使用人用の、あの狭く暗い階段を上らせるのだって抵抗がある。
ロイドはそれでも運んでいくと言ったが、ジゼルが強く拒否したのと、途中で家政婦長に出会ったことで、なんとか下ろしてもらえた。
「わかりました、ジゼルはわたしが引き取ります。旦那様はお部屋にお戻りください」
事情を聞いた家政婦長はそう胸を張って、これ以上ロイドはついてこなくて大丈夫、と暗に告げた。
母親同然の家政婦長に言われれば、さすがのロイドも無理を通そうとは思わなかったらしい。
代わりに、ジゼルに必ず薬を飲ませるように指示した。
「必要なら医者の手配も頼むよ。必ずね」
「かしこまりました」
去って行くロイドに深々と頭を下げた家政婦長は、同じように頭を下げて見送っていたジゼルを見て、少し申し訳なさそうな顔をした。
「熱があったのに客間の掃除を頼んで悪かったね。あとで薬を持って行かせるから、今日は休みな」
「いえ、わたしも熱があるって全然気づかなくて……。あの、お薬って高価ですよね? わたし、熱を出していても寝ていれば治る体質なんで大丈夫です」
「駄目だよ、旦那様のお言いつけだ。それに寝ていれば治るくらい丈夫なら、薬を飲めばもっと早く治るってことだろう? 旦那様はそっちのほうがいいと考えているはずだ。なにせあんたが一番美味しくお茶を淹れられるんだからね」
今日はロイドも朝ゆっくりしていたらしいが、明日からは普通通りの時間に寝起きするはずだ。
今日はしっかり薬を飲んで休んで、明日の朝からまた働けるようにしろ、という意味だと悟って、ジゼルは頭を下げた。
「……わかりました。ありがとうございます。あと、客間のお掃除が全然手つかずでして……」
「わかったよ。もう心配しないで。早く休みな」
ジゼルはありがたく使用人用の階段を上り、四階の自室へ向かう。熱があると自覚したせいか、シャワーを浴びた直後よりよずっと強い疲労と息苦しさを覚えていた。
(確かにここ三、四日、色々あったからなぁ。熱も出るよね、そりゃね……)
だるさを訴える己の身体にうんうん頷きながら、ジゼルはメイドの格好から寝間着に着替えて、早々に寝台に入る。なんだか手足に力が入らず、横になった瞬間息苦しさも増した気がした。
(お水もらってくればよかった……)
ひどく喉が渇いているが、もう起き上がるのも億劫だ。
ジゼルはゆっくり目を伏せ、泥のような眠りの中に沈んでいった。
熱が本格的に上がったのか、そのあとの記憶は曖昧だ。薬を持った同僚が訪ねてきて、とにかく飲めと言われてなんとか苦い薬を飲み込んだ。その後またすぐ眠ってしまって、気づいたら枕元に食事が置いてあった。
小さく切ったパンが入ったミルクの粥をありがたく飲み込み、再び薬を飲んで横になる。
その後は浅い眠りが続いて、寝たり起きたりを繰り返していたが、ようやく深く眠れそうなまどろみがやってきた……と思ったところで、ふと頭を撫でられた。
「……まだ熱が高いね。無理をさせてすまなかった」
低いが耳に心地よく響く声に、ジゼルはまぶたをピクッと震わせる。でも目覚めるどころか声も出せなくて、うとうとする中でその声を聞いていた。
「ゆっくり休んで、早くよくなって。そしたら、元気な君の姿を見せてくれ」
切実さが滲む声音で囁かれる。なんだか聞いているほうもしょんぼりしてしまうような落ち込んだ声だ。あなたのほうこそ元気を出して、と思うが、声が出ない。かろうじて唇が動いたが、かすかに震えるだけで終わった。
「おやすみ」
頭を撫でていた手が目元に降りて、視界がいっそう暗くなる。ジゼルの意識もさらに深いところへ落ちていく感じがした。
完全に眠りに落ちる前に、唇になにか柔らかなものがふれた気がしたが……それがなにか意識する前に、彼女はすぅっと深い寝息を立てていた。
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