公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第五章 メイド、専属侍女になる。

006

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 リティア城の玄関ホールに飾られた大きな振り子時計の音だ。あの時計は昼と夜の十二時ぴったりに鳴るようにできている。

「おや、もう日付が変わる時間か。そろそろ眠らないと明日に支障が出るね」
「そうですね。わたしはともかくロイド様は明日もお忙しいのでは?」
「どうだったかな。まぁ明日になればわかるだろう」

 なんとも適当なことを言って、ロイドはジゼルに「うしろを向いて」と声をかけてくる。

「ひっ、な、なぜに」
「ドレスのひもを緩めるだけだよ。さすがの僕も目の下に濃いくまを作っている君を襲う趣味はないから。安心して」
「え。隈、浮いてます?」

 思わず目元をさわるが、鏡がなければ確かめようもない。
 ジゼルの様子が面白かったのか、ロイドはクスクス笑いながら手早く紐を外してくれた。

「まったく。休みの日は部屋でゴロゴロしていたって誰もとがめないのに、君ときたらどこかしらで働いていたんだろう?」
「うっ……まぁ、はい、おっしゃるとおりで」
「君のそう言うところ、とても好きだけど、本当に無理はしないでくれ。また熱を出されたら心臓に悪い」

 言いながら、ロイドはジゼルの両肩に手を置いて、うしろからちゅっと耳元に口づけてくる。完全な不意打ちにジゼルは「ふわぁあ!?」と妙な声を上げてしまった。

「それと、言われるまでもないと思うけど、明日以降の僕の朝の支度は君の仕事になる。これまでは起床の支度とお茶だけだったけど、明日からは着替えも入るからね」
「着替えもですね。わかりました。……って、着替えも!?」

 仕事内容をつらつら言われて、はっと気持ちを引き締めたジゼルは、その一言に頓狂とんきょうな声を上げる。
 これまでは衣服を渡すだけで下がっていたので、ロイドの着替えに付き合うのは従者の仕事だったが。

「そうだよ。君と少しでも一緒にいる時間を延ばしたいからね。ついでにそのあとの朝食も僕と一緒に取るように」
「食事も!? なぜに!?」
「同じ理由だよ。一緒にいる時間を延ばしたいから」

 にっこりと輝かんばかりの笑みを向けられ、ジゼルは「ひぇっ……」と冷や汗をかく。
 モデルの仕事もメイドの仕事もそれなりに大変だが、王族である彼と食事をともにするなど、なにかの罰ゲームとしか思えない。

(うぅ、もうちぎったパンをスープにぶち込んで一気飲み、みたいな食べ方はできなさそう……!)

 平時であってもそのような食べ方は意地汚くてするべきではないということは、この際、脇に置いておく。
 とにかく、いろいろと大変そうだ。ため息をつくジゼルに、ロイドは小さく笑って励ますように肩を叩いた。

「まぁそんなに気負わないで、ぼちぼち覚えていけばいいから」
「はぁ……」
「さ、紐はほどけたから着替えて。一緒に部屋まで行こう」

 ジゼルは頷き、衝立ついたての影に隠れて大急ぎで着替える。慣れないドレスを脱ぐのは大変だったが、ロイドを待たせるのは申し訳ない。
 ジゼルが着替えているあいだ、ロイドも机を片付けて、スケッチブックを小脇に抱えていた。

「その、さっきの寝顔のスケッチ、まさか本当に額に入れて飾るおつもりじゃ……?」
「そう思ったんだけど、やめにするよ。色はつけるつもりだけど、とりあえずこのスケッチブックの中に保存しておく」
「ああ、それはよかったです」
「たとえ僕が描いた絵とは言え、君の可愛い寝顔を僕以外の人間に見られるのは業腹ごうはらだからね。僕の部屋は不在時には、掃除やらなにやらで多くの人間が出入りする。そのたびに君の可愛い寝顔を盗み見られるなんて、想像しただけで耐えられない! なのでこれは厳重に金庫に保管し、僕だけが見られるようにしておくよ」
「それはそれで怖いです……」

 なんというか、愛が重い。
 というかスケッチブックを金庫にしまうなんてあり得ないでしょう……と思うが、所詮しょせんは凡人のジゼルに、根っからの芸術家のロイドの思考が理解できるはずがないのだ。

(まぁ、ご本人がそれでいいとお考えなら、とりあえず突っ込まずにいよう)

 そのほうが平穏に過ごせそう。これまでの諸々を思い出して遠い目をしながら、ジゼルはロイドと連れだって作業場を出る。

(とりあえず、明日から頑張らなくちゃ)

 階段を上り廊下を渡る中、ジゼルはひそかにこぶしを握って覚悟を決めた。
 今日はもう休んでいいよと言われたので、あてがわれた部屋の前でロイドと別れる。
 やれやれと思いながら寝台に倒れ込むと、あっという間に眠気が襲ってきて、ジゼルは「ふわ……」とあくびした。

 せめて着替えないとと思ったがまぶたが上がらず、毛布をたぐり寄せて丸くなる。
 ロイドは休みの日でも働くなんてと笑っていたが、肉体労働も悪いばかりではない。疲れた身体に引きずられ、余計なことを思い悩む間もなく眠りに落ちることができるのだから。

(明日は明日の風が吹く、よ。とりあえず目の前にあることを頑張っていけばいいんだから)

 そんな気持ちを抱きながら、ジゼルはあっという間に深い眠りに落ちたのであった。
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