公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第五章 メイド、専属侍女になる。

007

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 身体はどんなに疲れていても、普段の習慣からきちっと目が覚めるのはさりげなく自慢できるところだ。
 ということで、いつもの時間に目覚めたジゼルは、いつものように寝起きのボサボサの頭で起き上がり、あくびと伸びをしてから着替えようとしたが――

「って、ここどこ!? ……あ、ああ、思い出した。昨日から旦那様付きの小間使いになったんだった」

 いつも寝起きしている狭苦しい部屋と違い、床に絨毯じゅうたんが敷かれた立派な部屋を見やって、ジゼルはそろそろと寝台から降りる。

 一晩経ってもこんなに立派な部屋が自分の部屋とは信じがたいが、とにかく顔を洗わなければ、と水差しと洗面器を探した。どちらも幸い鏡台ドレッサーに置かれていたが、これまでボコボコとへこみのある洗面器を使っていただけに、花の彫刻が施された立派なものを使うのはかなり気が引けた。
 なんとか顔を洗い、ブラシはどこだろうと鏡台の引き出しを開けてみる。そこにはブラシどころか、化粧水や乳液、砕いた真珠の入ったパウダー、頬紅、たくさんの髪飾りやブローチなどが入っていて、思わずがたんっと引き出しを閉めてしまった。

「……いやいやいや、これ全部、わたしが使っちゃっていい奴なの? 本当に?」

 もう一度引き出しを開けてそろ~っと中をのぞき込みながら、ジゼルはゴクリと生唾なまつばを呑む。ガラス瓶入りの化粧水なんて、町の雑貨屋でだってそうそうお目にかかれないのに。

「いやぁ、とてもじゃないけど使うなんて恐れ多い……あ、でも服装だって替わるわけだから、それなりに化粧とかしていかないと失礼に当たるのかなぁ? う~、わからない!」

 結局髪をとかして、いつものように三つ編みにしてくるっとまとめる。衣装棚には自分が持ってきた衣服だけが入っていたので、とりあえずいつものワンピースを着込んだ。ロイドの朝の支度が済んだら、作業部屋に置かれたままのドレスを取りに行こう。

「でもあれ、背中のひもは自分で縛れないタイプだから、やっぱりもうちょっと控えめで機能的な奴がほしいな……。って言ったら怒られるかしら?」

 同じ使用人というくくりでも、下働きと小間使いではこうも違うのかと混乱しながら、とにかく着替えたジゼルは部屋を出る。朝一番の支度はロイドにお茶を出すことだ。そのためには厨房ちゅうぼうからお湯を運ばないといけない。

 使用人用の階段を駆け下り地下室に入る。「おはようございます」といつものように声をかけたが……不思議と、挨拶をしてくるのは数人で、あとは冷ややかな態度だ。
 それに居心地の悪い思いをしながら、厨房に入りお湯をもらう。ポットに慎重に保温カバーを掛けて、さて急いで持っていかなければ、と再び食堂に戻ったところで――

 食べ終えた食器を運ぶメイドに、すれ違いざまに足を引っかけられて、思い切り転んでしまった。

「うわああああああ! ポットぉおおおおおお!」

 どしゃあん、と派手な音を立てながら転んだジゼルだが、腹ばいの状態からがばっと顔を起こして、慌ててポットを確認する。幸い、陶器とうきのポットは保温カバーに守られ、ヒビ一つついていなかった。中身のお湯は見事にこぼれたが。

「よかったぁ。弁償になるかと思った……」
「ちょっと!? 誰よ、こんなところにお湯ぶちまけたの!?」
「わぁっ、すみません自分です! すぐ片付けますので!」

 立ち上がったジゼルはポットを厨房に戻すと、すぐにモップを手に床掃除を始める。そのあいだも脇をすれ違うメイドたちがクスクス笑ったり、「気をつけてよね」と睨み付けるのに「すみません」と、へらっとした笑みを返した。
 だが実際のところ心臓はばくばくと駆け足で騒いでいたし、誰かが突き出した足のせいで転んだのは確かだ。

(家政婦長からもロイド様からも言われていたから、まぁこれくらいの嫌がらせは予想できたとして……。気を張っていないと駄目だって言うのは、要はこういうことで時間を取られないようにしろってことよね)

 これまでみたいに考え事をしながら動いていたりしたら、また同じ手で転ばされる可能性が高い。身辺に注意を払わないと、毎度こんな感じで足止めを食うことになるだろう。

「お掃除終わりました! お騒がせしましてすみません!」

 ジゼルは努めて笑顔で言って、新たなお湯の入ったポットを抱えて大急ぎで食堂を出る。
 掃除のおかげですっかり遅くなってしまった。朝食がまだなのでお腹がきゅるきゅる鳴るが、それより先にロイドの支度を急がないと。

(ああああっ、そういえば家政婦長がいなかったから、今日のロイド様の予定を聞きそびれた! というかこれからはそれも小間使い管理になるのかしら? ひぃ~、気をつけないといけないことが一気に倍になった感じ!)

 幸いロイドの部屋がある階に戻るまでは誰にも会わなかった。所定の場所からワゴンを引っ張り、これまでと同じようにロイドの寝室へ向かう。
 もしかしたらロイド様、もう起きていらっしゃるかも、と思ったが、期待もむなしくロイドは羽根枕を抱えてぐっすり眠っていた。

 いつもはお茶を入れてから起こすのだが、今日は少々時間が押している。朝から予定が入っていたら大変だと、大急ぎでカーテンを開き、ついでに風も送ってやろうと窓も開けてから、ロイドの身体をゆっさゆっさと揺さぶった。

「ロイド様、起きてください! 朝です! なにか予定が入っていたら大変だから急いでくださいー!」
「うぅぅ、いやだ、まだ起きたくない……」
「ぎゃー! 枕じゃなくてわたしに抱きつかないでー!」

 ぎゃあぎゃあ言いながらロイドを引きがそうとしていると、開けっぱなしにしていた扉からココココココン、と高速でノックされる音が響いた。ついでに不機嫌そうな咳払せきばらいも。

「ひゃうっ、だれ?」

 びっくりして跳び上がりながら、慌てて戸口を振り返る。
 そこには自分と同じか、少し年下くらいの少年がたたずんでおり、不機嫌そのものの面持ちで指をくいっと後ろに向けた。こっちにこい、という合図らしい。

 またムニャムニャ言いながら寝たロイドを気にしつつも、ジゼルは言われたとおり少年のほうへ向かう。ジゼルが寝室から出ると、少年は無造作に寝室の扉を閉めた。
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