44 / 47
第五章 メイド、専属侍女になる。
007
しおりを挟む
身体はどんなに疲れていても、普段の習慣からきちっと目が覚めるのはさりげなく自慢できるところだ。
ということで、いつもの時間に目覚めたジゼルは、いつものように寝起きのボサボサの頭で起き上がり、あくびと伸びをしてから着替えようとしたが――
「って、ここどこ!? ……あ、ああ、思い出した。昨日から旦那様付きの小間使いになったんだった」
いつも寝起きしている狭苦しい部屋と違い、床に絨毯が敷かれた立派な部屋を見やって、ジゼルはそろそろと寝台から降りる。
一晩経ってもこんなに立派な部屋が自分の部屋とは信じがたいが、とにかく顔を洗わなければ、と水差しと洗面器を探した。どちらも幸い鏡台に置かれていたが、これまでボコボコとへこみのある洗面器を使っていただけに、花の彫刻が施された立派なものを使うのはかなり気が引けた。
なんとか顔を洗い、ブラシはどこだろうと鏡台の引き出しを開けてみる。そこにはブラシどころか、化粧水や乳液、砕いた真珠の入ったパウダー、頬紅、たくさんの髪飾りやブローチなどが入っていて、思わずがたんっと引き出しを閉めてしまった。
「……いやいやいや、これ全部、わたしが使っちゃっていい奴なの? 本当に?」
もう一度引き出しを開けてそろ~っと中をのぞき込みながら、ジゼルはゴクリと生唾を呑む。ガラス瓶入りの化粧水なんて、町の雑貨屋でだってそうそうお目にかかれないのに。
「いやぁ、とてもじゃないけど使うなんて恐れ多い……あ、でも服装だって替わるわけだから、それなりに化粧とかしていかないと失礼に当たるのかなぁ? う~、わからない!」
結局髪をとかして、いつものように三つ編みにしてくるっとまとめる。衣装棚には自分が持ってきた衣服だけが入っていたので、とりあえずいつものワンピースを着込んだ。ロイドの朝の支度が済んだら、作業部屋に置かれたままのドレスを取りに行こう。
「でもあれ、背中の紐は自分で縛れないタイプだから、やっぱりもうちょっと控えめで機能的な奴がほしいな……。って言ったら怒られるかしら?」
同じ使用人というくくりでも、下働きと小間使いではこうも違うのかと混乱しながら、とにかく着替えたジゼルは部屋を出る。朝一番の支度はロイドにお茶を出すことだ。そのためには厨房からお湯を運ばないといけない。
使用人用の階段を駆け下り地下室に入る。「おはようございます」といつものように声をかけたが……不思議と、挨拶をしてくるのは数人で、あとは冷ややかな態度だ。
それに居心地の悪い思いをしながら、厨房に入りお湯をもらう。ポットに慎重に保温カバーを掛けて、さて急いで持っていかなければ、と再び食堂に戻ったところで――
食べ終えた食器を運ぶメイドに、すれ違いざまに足を引っかけられて、思い切り転んでしまった。
「うわああああああ! ポットぉおおおおおお!」
どしゃあん、と派手な音を立てながら転んだジゼルだが、腹ばいの状態からがばっと顔を起こして、慌ててポットを確認する。幸い、陶器のポットは保温カバーに守られ、ヒビ一つついていなかった。中身のお湯は見事にこぼれたが。
「よかったぁ。弁償になるかと思った……」
「ちょっと!? 誰よ、こんなところにお湯ぶちまけたの!?」
「わぁっ、すみません自分です! すぐ片付けますので!」
立ち上がったジゼルはポットを厨房に戻すと、すぐにモップを手に床掃除を始める。そのあいだも脇をすれ違うメイドたちがクスクス笑ったり、「気をつけてよね」と睨み付けるのに「すみません」と、へらっとした笑みを返した。
だが実際のところ心臓はばくばくと駆け足で騒いでいたし、誰かが突き出した足のせいで転んだのは確かだ。
(家政婦長からもロイド様からも言われていたから、まぁこれくらいの嫌がらせは予想できたとして……。気を張っていないと駄目だって言うのは、要はこういうことで時間を取られないようにしろってことよね)
これまでみたいに考え事をしながら動いていたりしたら、また同じ手で転ばされる可能性が高い。身辺に注意を払わないと、毎度こんな感じで足止めを食うことになるだろう。
「お掃除終わりました! お騒がせしましてすみません!」
ジゼルは努めて笑顔で言って、新たなお湯の入ったポットを抱えて大急ぎで食堂を出る。
掃除のおかげですっかり遅くなってしまった。朝食がまだなのでお腹がきゅるきゅる鳴るが、それより先にロイドの支度を急がないと。
(ああああっ、そういえば家政婦長がいなかったから、今日のロイド様の予定を聞きそびれた! というかこれからはそれも小間使い管理になるのかしら? ひぃ~、気をつけないといけないことが一気に倍になった感じ!)
幸いロイドの部屋がある階に戻るまでは誰にも会わなかった。所定の場所からワゴンを引っ張り、これまでと同じようにロイドの寝室へ向かう。
もしかしたらロイド様、もう起きていらっしゃるかも、と思ったが、期待もむなしくロイドは羽根枕を抱えてぐっすり眠っていた。
いつもはお茶を入れてから起こすのだが、今日は少々時間が押している。朝から予定が入っていたら大変だと、大急ぎでカーテンを開き、ついでに風も送ってやろうと窓も開けてから、ロイドの身体をゆっさゆっさと揺さぶった。
「ロイド様、起きてください! 朝です! なにか予定が入っていたら大変だから急いでくださいー!」
「うぅぅ、いやだ、まだ起きたくない……」
「ぎゃー! 枕じゃなくてわたしに抱きつかないでー!」
ぎゃあぎゃあ言いながらロイドを引き剥がそうとしていると、開けっぱなしにしていた扉からココココココン、と高速でノックされる音が響いた。ついでに不機嫌そうな咳払いも。
「ひゃうっ、だれ?」
びっくりして跳び上がりながら、慌てて戸口を振り返る。
そこには自分と同じか、少し年下くらいの少年がたたずんでおり、不機嫌そのものの面持ちで指をくいっと後ろに向けた。こっちにこい、という合図らしい。
またムニャムニャ言いながら寝たロイドを気にしつつも、ジゼルは言われたとおり少年のほうへ向かう。ジゼルが寝室から出ると、少年は無造作に寝室の扉を閉めた。
ということで、いつもの時間に目覚めたジゼルは、いつものように寝起きのボサボサの頭で起き上がり、あくびと伸びをしてから着替えようとしたが――
「って、ここどこ!? ……あ、ああ、思い出した。昨日から旦那様付きの小間使いになったんだった」
いつも寝起きしている狭苦しい部屋と違い、床に絨毯が敷かれた立派な部屋を見やって、ジゼルはそろそろと寝台から降りる。
一晩経ってもこんなに立派な部屋が自分の部屋とは信じがたいが、とにかく顔を洗わなければ、と水差しと洗面器を探した。どちらも幸い鏡台に置かれていたが、これまでボコボコとへこみのある洗面器を使っていただけに、花の彫刻が施された立派なものを使うのはかなり気が引けた。
なんとか顔を洗い、ブラシはどこだろうと鏡台の引き出しを開けてみる。そこにはブラシどころか、化粧水や乳液、砕いた真珠の入ったパウダー、頬紅、たくさんの髪飾りやブローチなどが入っていて、思わずがたんっと引き出しを閉めてしまった。
「……いやいやいや、これ全部、わたしが使っちゃっていい奴なの? 本当に?」
もう一度引き出しを開けてそろ~っと中をのぞき込みながら、ジゼルはゴクリと生唾を呑む。ガラス瓶入りの化粧水なんて、町の雑貨屋でだってそうそうお目にかかれないのに。
「いやぁ、とてもじゃないけど使うなんて恐れ多い……あ、でも服装だって替わるわけだから、それなりに化粧とかしていかないと失礼に当たるのかなぁ? う~、わからない!」
結局髪をとかして、いつものように三つ編みにしてくるっとまとめる。衣装棚には自分が持ってきた衣服だけが入っていたので、とりあえずいつものワンピースを着込んだ。ロイドの朝の支度が済んだら、作業部屋に置かれたままのドレスを取りに行こう。
「でもあれ、背中の紐は自分で縛れないタイプだから、やっぱりもうちょっと控えめで機能的な奴がほしいな……。って言ったら怒られるかしら?」
同じ使用人というくくりでも、下働きと小間使いではこうも違うのかと混乱しながら、とにかく着替えたジゼルは部屋を出る。朝一番の支度はロイドにお茶を出すことだ。そのためには厨房からお湯を運ばないといけない。
使用人用の階段を駆け下り地下室に入る。「おはようございます」といつものように声をかけたが……不思議と、挨拶をしてくるのは数人で、あとは冷ややかな態度だ。
それに居心地の悪い思いをしながら、厨房に入りお湯をもらう。ポットに慎重に保温カバーを掛けて、さて急いで持っていかなければ、と再び食堂に戻ったところで――
食べ終えた食器を運ぶメイドに、すれ違いざまに足を引っかけられて、思い切り転んでしまった。
「うわああああああ! ポットぉおおおおおお!」
どしゃあん、と派手な音を立てながら転んだジゼルだが、腹ばいの状態からがばっと顔を起こして、慌ててポットを確認する。幸い、陶器のポットは保温カバーに守られ、ヒビ一つついていなかった。中身のお湯は見事にこぼれたが。
「よかったぁ。弁償になるかと思った……」
「ちょっと!? 誰よ、こんなところにお湯ぶちまけたの!?」
「わぁっ、すみません自分です! すぐ片付けますので!」
立ち上がったジゼルはポットを厨房に戻すと、すぐにモップを手に床掃除を始める。そのあいだも脇をすれ違うメイドたちがクスクス笑ったり、「気をつけてよね」と睨み付けるのに「すみません」と、へらっとした笑みを返した。
だが実際のところ心臓はばくばくと駆け足で騒いでいたし、誰かが突き出した足のせいで転んだのは確かだ。
(家政婦長からもロイド様からも言われていたから、まぁこれくらいの嫌がらせは予想できたとして……。気を張っていないと駄目だって言うのは、要はこういうことで時間を取られないようにしろってことよね)
これまでみたいに考え事をしながら動いていたりしたら、また同じ手で転ばされる可能性が高い。身辺に注意を払わないと、毎度こんな感じで足止めを食うことになるだろう。
「お掃除終わりました! お騒がせしましてすみません!」
ジゼルは努めて笑顔で言って、新たなお湯の入ったポットを抱えて大急ぎで食堂を出る。
掃除のおかげですっかり遅くなってしまった。朝食がまだなのでお腹がきゅるきゅる鳴るが、それより先にロイドの支度を急がないと。
(ああああっ、そういえば家政婦長がいなかったから、今日のロイド様の予定を聞きそびれた! というかこれからはそれも小間使い管理になるのかしら? ひぃ~、気をつけないといけないことが一気に倍になった感じ!)
幸いロイドの部屋がある階に戻るまでは誰にも会わなかった。所定の場所からワゴンを引っ張り、これまでと同じようにロイドの寝室へ向かう。
もしかしたらロイド様、もう起きていらっしゃるかも、と思ったが、期待もむなしくロイドは羽根枕を抱えてぐっすり眠っていた。
いつもはお茶を入れてから起こすのだが、今日は少々時間が押している。朝から予定が入っていたら大変だと、大急ぎでカーテンを開き、ついでに風も送ってやろうと窓も開けてから、ロイドの身体をゆっさゆっさと揺さぶった。
「ロイド様、起きてください! 朝です! なにか予定が入っていたら大変だから急いでくださいー!」
「うぅぅ、いやだ、まだ起きたくない……」
「ぎゃー! 枕じゃなくてわたしに抱きつかないでー!」
ぎゃあぎゃあ言いながらロイドを引き剥がそうとしていると、開けっぱなしにしていた扉からココココココン、と高速でノックされる音が響いた。ついでに不機嫌そうな咳払いも。
「ひゃうっ、だれ?」
びっくりして跳び上がりながら、慌てて戸口を振り返る。
そこには自分と同じか、少し年下くらいの少年がたたずんでおり、不機嫌そのものの面持ちで指をくいっと後ろに向けた。こっちにこい、という合図らしい。
またムニャムニャ言いながら寝たロイドを気にしつつも、ジゼルは言われたとおり少年のほうへ向かう。ジゼルが寝室から出ると、少年は無造作に寝室の扉を閉めた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる