シロワニの花嫁

水野あめんぼ

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本編

第一話:憧れの先輩

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「――いぁ……」

「……力抜け」

彼が耳元でボクの身体を貪りながら囁いた……。

「やぁ、やめて……どうして……こんな……」

明澄あすみ……」

――どうして、どうして……ボクは……彼に抱かれているんだろう?

どうしてこんなことされているのに……

彼を……嫌いになれないのだろう?







◆◆ - シロワニの花嫁 - ◆◆


「……づきくん」
「……」
「――ちょっと、葉月君!? ボーっとしないで! お客さん、お客さん!」
「――!?」

葉月はづき明澄あすみ、彼はバイト先の先輩の声で我に返った……。

呼ばれた方に振り向くとレジを待っている客がまだ他のレジは開かないのかとばかり並んでいた。
品出し中に思わず昔の事を思い出してしまい、手が止まっていたことに気付く。

「――すみません! 今いきます!」

「大丈夫~?」

急いで明澄はレジの方に駆けつける、レジをしながら明澄に声を掛けたバイトの先輩は心配そうに声を掛けていた。

「すみません、大変お待たせしました。」

急いで明澄はレジに着き、休止中の立札を避けてレジを開けた。

先輩のレジ側に立っていた客は明澄がレジに着くとそれを見越したように動き、レジで待っていた客は待っていたと言わんばかり商品をレジに置く。明澄は商品のレジ打ちに早速取り掛かる。

「有難うございましたー」

数分後、明澄は商品を買って満足げに去っていく客を声をかけて見送る。

「――本当に大丈夫、無理しないでよ?」

先程まで考え事をして手が動かずにいた明澄に先輩は気を使って心配してくれていた。

「大丈夫です、心配かけてすみませんでした……」

客が去ったのを見越して声を掛けて気遣う先輩に申し訳なさそうに明澄は謝る。

「水槽、いつみても見とれちゃいますね……」

明澄はふと売店の外に有る水槽を見てそう呟いた。明澄のバイト先は地元の水族館にあるお土産コーナーの売店だ、元気そうに魚たちが水槽の中で泳いでいる。

明澄はそこでイルカや鮫、チンアナゴなどの海の生物をモチーフにした物を売る仕事をしていた。

「あ~、眺めているだけでも癒されているものよね。アクアリウムとか……」

先輩が明澄の言葉に同意する、綺麗に設置されている水槽の中を元気に泳ぐ魚たちを見ていると時間を忘れるくらい魚たち本来の美しさに魅了されてしまう。

(……あっ、 鮫淵さめぶちさんだ)

水槽に目をやっていると、同じバイト先で働いている先輩の鮫淵が売店近くの水槽に近づいて来た。

“ 鮫淵さめぶち 詠寿えいじゅ”、明澄が働いているバイト先の先輩ではあるが明澄と違い、飼育している魚の餌やりの担当だった。

明澄が通う大学の3年でもあり、肌は色黒だが180センチ超えの身長に端麗な顔立ちで筋肉質で体格の良い、男らしい風貌をした男だった。でも鮫淵とは同じ大学の先輩と後輩にあたるとはいえ仲がいいかと言われると、微妙な境界線だった……挨拶するなどの程度しか話したことはなかったからだ。

鮫淵は偶然にも明澄とバイト先が一緒で、鮫淵は明澄が働いているお土産コーナーの売店の向かいに設置してある水槽を泳ぐシロワニと呼ばれる鮫の飼育担当の一人だった。

――ふっ……

一方水槽の中を泳いでいるシロワニは、顔つきは強面だが泳ぎ方からして元気そうだった。

そのシロワニ達の様子を見に来た鮫淵は満足そうに笑った。

「……っ」

その鮫淵の様子を見ていて明澄は少し驚いていた、鮫淵はこんな顔も出来るのかと……。
すると鮫淵がこちらを見ていたことに気付き、明澄の元に歩み寄ってきた。

「あっ、……鮫淵さん、もうシフトは終わったんですか?」

明澄は近寄って来た鮫淵に、与えられた勤務時間はもう終わるのか聞いた。

「――ん? あぁ……その前に体調の良くなかったゴンすけの様子を見に帰りに水槽を覗こうと思ってな」

ゴン助とは水槽に入っているシロワニの一匹でこの水槽に入っているシロワニの年長の名前だ。
鮫淵はバイトから帰る前にその年長のシロワニの様子を見に来たらしい。

「大丈夫だったんですか?」

「――あぁ、先輩たちの話では餌をあげたら食欲戻っていたって話らしい」

 シロワニの様子はどうなのか聞くと、鮫淵は食欲が戻って何の問題はなさそうだと答えながらシロワニの水槽に手を触れた、するとこちらから認識したようにぬっと一番体長の大きいシロワニがガラス越しに近づいてくる。

「――ぅわっ」

鮫自ら近づいてくる姿に明澄もさすがに怯んだ……。

「よう、ゴン助……カミさんをあまり心配させるなよ?」

鮫淵は近づいて来たシロワニにガラス越しでそう言った。

他に泳いでいる2匹のどちらかだろう、どうやらゴン助と言われたシロワニには“伴侶”がいるらしい。するともう一匹のシロワニがゴン助と呼ばれたシロワニに近づき、くっついて来たのち同行するように2匹は広い水槽を泳いで見ていた二人の元を去って行った。

「――うん、あの様子だとゴン助も問題なさそうだな」

ゴン助が奥さんであるもう一匹のシロワニと元気に泳ぐ姿を見てひとり頷き、安心する。

「――あら、鮫淵君もう今日はあがり?」

先輩が明澄たちの元に寄って聞いて来た。

「? ――はい、今日はもう上がりです。年長のシロワニの様子が元気なかったもんだから水槽越しで見に来たんですよ」

鮫淵は先輩に帰宅する前に具合が優れ無かったシロワニの様子を見に来たのだと言った。

「あら、そうなの? ……真面目ねぇ」

シロワニの様子を見に来た鮫淵に対し先輩は感心の目を向けていた。

「良かったら今度お茶しない? 美味しいガトーショコラの店を知ってるの」
「あっ、お気持ちだけで……」

先輩は鮫淵に逆ナンをするなり、スイーツの美味しい店を紹介するからお茶をしないかと誘った。
鮫淵は先輩を傷つけぬよう丁寧な言葉で断る。

「――それで、葉月は勤務時間何時までだ?」

そして鮫淵は話を変え、明澄に勤務時間を終える時間を聞いてきた。

「えっと……、夕方の4時までです。」
「そうか……頑張ってな。」

明澄はシフトでは4時までの予定だと答えると鮫淵は労いの言葉を掛けて帰って行った。

「……かっこいいわよねぇ、鮫淵君」

先輩は鮫淵の容姿に見とれ、後姿を見送るなりうっとりした顔でそう呟いていた。
女顔で肌も白い自分にとっては、なりたくてもなれない容姿だろうと心の中で明澄は思う。

「さってと……、仕事に戻りましょうか♪」

鮫淵と会話をし良いものが見れたように上機嫌になった先輩は、レジへ戻って行った。よほど鮫淵の姿を拝めたのが嬉しかったらしい。

「オレも戻ろう……」

明澄も仕事場に戻って品出しを開始した。

そして数分後、海の生き物をあしらったクッキーの品出しをしていた時だった……。

「おー、葉月君……精が出るねぇ」

「――?」

仕事をしていた明澄に声をかけたのは熱帯魚の水槽管理担当をしている“阿久津あくつ”だった。阿久津は鮫淵や明澄と違ってこの水族館の正社員かつ飼育員だ、少しちゃらいが社交的で他の飼育員よりは話しかけやすい人物ではあった。

「葉月君、お客さん買いに来る?」

「そうですね、今日はそんなに……」

阿久津は客の入り具合を聞いて来たので明澄は“ぼちぼち”だと答えた。いつもなら土日は客足が伸びるのだが今日は水族館にいる生き物たちを見に来ている客は何人かいてもお土産コーナーを尋ねてくるお客はそこまでいない。

「そっか、何かあったら俺に相談してくれよ? 俺はお前の事ずっと見てるからな、鮫淵なんかとは違って……」

「はっ、はぁ……」

 そう阿久津は何かあれば相談してくれと明澄に言い、手を肩に回す。明澄は阿久津が少し苦手だった、別に阿久津が気にかけてくれていることが嫌だと言う訳ではない……ただ、明澄は知っているのだ。

――鮫淵と阿久津は妙に相性が悪いと言うことを……。

鮫淵に対する「嫌い」という態度が出ていて自分に対しては妙に優しい、それが明澄にとっては変な風に感じさせるのだ。そして明澄に妙なスキンシップを持ってくる。そのスキンシップが妙に気味が悪く思え、明澄は阿久津のスキンシップが嫌だった……。

「あの……、阿久津さん。仕事の最中なのでこういうのは……」

「んん? どうしてだい……? 鮫淵とはあんなに仲良くしてたのに」

腕を振り払おうとするが阿久津は明澄が鮫淵と仲良く話していたことを持ちかけ、触ることを続行しようとする。

――その時。

「おい、阿久津! そこでサボってないで早くクマノミの餌を持ってきてくれ!」

阿久津をみつけた阿久津の同僚が、大きな声で阿久津を呼びつけた。どうやら阿久津は仕事を抜け出して明澄の元に来たらしい……。

「――ちっ」

その同僚の呼びつけに阿久津は舌打ちをした、阿久津は面白くなさそうだったが明澄は正直言って助かったと思った。そして阿久津はようやく明澄を解放し……、

「じゃあな……? 葉月」

「……」

先程の呼ばれた時の態度とは違い、にこやかにそう告げた。明澄はただ阿久津の背中を見送るだけだった。

「ちょっと大丈夫? 葉月君……」
「――はい、なんとか」

先輩が心配して阿久津にしつこく言い寄られた明澄に聞いて来たので肩を回されたくらいでどうってことはないと答える

「ごめんね……何も注意できなくて、本当ならあたしも言ってやらなきゃいけないのに」
「いいえ、何も気にしてませんから……」

阿久津とは立場の違いから何も言えなかったことに先輩は申し訳なさそうに明澄に謝ったことに明澄は阿久津をちゃんとスルー出来なかった自分にも非があると思い、先輩に気にしなくていいと促す。

「困った人よね……阿久津さん」

阿久津が明澄にしつこくちょっかいを出す様子に先輩も呆れていたようだった。

(本当に、男相手にセクハラして何が楽しいんだか……)

心の中でそう思いながら明澄は仕事を続行したのだった。
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