シロワニの花嫁

水野あめんぼ

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本編

第二十三話:気付いてあげられなかった後悔

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大声を聞いた通りすがりの男性は記憶の中の詠寿に気付き、歩道の柵に掴まり詠寿を見つける。阿久津は大声をあげられ、驚いていたようだった。

 詠寿は片腕で阿久津がいる方向に指を指して早く来てくれるよう歩道にいる男にお願いする。歩道側にいた男は詠寿の言葉を信じてくれたようで了解のサインをした後、急いで走る。

――明澄はその台詞と声を聴いて、驚愕で目を見開いたままだった。

『――ちっ、誰だよクソ!』

『!? ――あいつか、待て!』

舌打ちしながら慌てて阿久津は逃げた、詠寿の顔も確認する暇もなかったように見える。
阿久津は急いでその場から離れて逃げて行った。阿久津は地面が砂なことにも拘らずかなり足が速かった。

通りすがりの男は、阿久津こそが詠寿の言ってる男だと悟って慌てて阿久津を追い掛ける。
記憶の中の詠寿は見えない様に岩に隠れ、人が乗れるような段差のある岩を見つけ、そこに上半身を乗せる。

『あの子が心配だ、人化薬……あったはず。』

下半身を岩に乗り上げると、自分に着けているベルトについているポーチの中に入っている人化薬を探し、薬を見つけそれを一気に飲み干すと魚だった下半身が人間の足に変わる。

『この格好じゃ不審者だよな……、上より下を隠そう』

そう言いながら上着を脱いでそれを腰元に巻いた後、足場となれそうな岩を探しながら小学生の明澄の元に行った。

(先輩が、あの声の主……。つまり……)

明澄はこの記憶を見て厳生が言いたかった事がすべてわかった。
目を向けると小学生の明澄は体を横にしたまま、ずっとショックを受けて放心していた。

記憶の中の詠寿は小学生の明澄に歩み寄り、明澄の傍に寄って声を掛けようとする。

『あの……』
『!? ――いやっ! 来ないで、止めて……!』
『!? 違う、違う! ――あいつじゃない! あいつはもう行った! 助けを呼んだから安心しろ……!』

『あっ、……うっ』

小学生のころの明澄は阿久津だと思ったのか、最初は記憶の中の詠寿を酷く拒絶したが記憶の中の詠寿は、取り乱す明澄に自分は阿久津じゃないと釈明し本物の阿久津は逃げて行ったことを明かす。

 小学生の明澄はそれを聞いて暴れるのを止めた、気のせいか“彼”の顔が小学生の明澄の顔を間近で見た瞬間、顔が赤くなった気がした。

(そうだ……思い出した、ボクてっきり阿久津あの人が戻ってきたと思ったんだっけ)

 明澄は記憶を見て当時の事をすべて思い出した。
当時恐怖に打ちひしがれていたこともあり、てっきり阿久津がやり過ごして自分を暴行する続きをしようと戻ってきたのかと思い助けに来た“彼”を最初拒絶したことを。

そんな“彼”は、阿久津の仲間でも阿久津でもないと慌てて釈明していたことも……。

小学生の明澄の体に、は阿久津につけられたキスマークがついていた。

『とりあえず、紐……解くな?』

彼は小学生の明澄の腕を縛っていた紐をほどいてくれた。
その行動をしてくれたことで、小学生の頃の明澄は“彼”が本当に自分を助けるつもりで来たと理解したようだった。

『うぅ……ひっく、ひっく』

気が抜けたように小学生の明澄は阿久津に襲われた恐怖を思い出して、泣き始めた。

『大丈夫……もう助けは呼んだ』

(――!)

小学生の明澄の頭をなでながら、彼はそう言い聞かせた。
御礼を告げたかった顔を思い出せなかった彼と一致する言動をする詠寿の姿に、目を見張るだけだった。

『――ひっ、うぅ……』
『安心しろ、もう大丈夫だから……』

泣きやむ気配のない小学生の明澄に、“彼”は優しく声を掛けた。

ザッザッザッ……

すると、誰かがこちらに駆けつけてくる音が聞こえて記憶の中の詠寿は慌てて海に飛び込んだ。
そして岩場に身をひそめて記憶の中の詠寿は、小学生の明澄を見守っていた。

『――おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?』
 
 先程記憶の中の詠寿のいうことを信じてくれた通りすがりの男性が、事実を確かめるために駆けつけたようだった。通りすがりの男性は、小学生の明澄に声を掛けるが小学生の明澄には反応がなかった。

『――あれ? そういや助け呼んだあの子は? ……まぁいい、取りあえずこの子を病院に預けるのが先だ』

『あの人か、よかった……』

通りすがりの男性は、詠寿の姿が無かった事に疑問を持っていたが動けなかった明澄を急いで担ぎ上げる。
その様子を岩陰からみていた記憶の中の詠寿は、小学生の明澄が無事保護されたとみて安堵していた。

『――王子、何しているんですか?』
『あっ……厳生』
『また王宮を抜け出して……』

いつの間にか厳生が後ろにおり、目を三角にして勝手に王宮を抜け出した詠寿を叱っていた。

『? ……彼は?』

厳生は詠寿が小学生の明澄を見ていたことに気付いたようで明澄が誰なのか聞く。

『……あの子、襲われそうになっていたんだ』
『――!?』

『慌てて、助けを呼んで……今、親切な人に運び込まれたところ』

厳生に小学生の明澄が阿久津に襲われそうになっていたことを詠寿は教えた。
そして記憶の中の詠寿は、厳生に自分が助けを呼んで助けに応えてくれたあの男性に明澄が無事保護されたことを明かした。

『あの子が、無事でよかったな……』
『――王子?』

そう胸を撫で下ろしつつ、詠寿は顔を赤く染めた。

『厳生、なんでかな? 同じ男だって分かっているのに……。彼を見た瞬間、胸の鼓動が高くなるんだ……なんなんだろう、これ』

『! ――王子、まさかあの子に!?』

厳生は記憶の中の詠寿の言葉で、詠寿の心の異変に気付いた。
おそらく詠寿は完全に小学生のころの明澄に……。

――そして、何かに反応したように周りの風景が急に変わっていく。

周りの風景から見るに、地下の研究室であった過去に飛ばされたようだった。
だが、まだ明澄の身体は透けたままだった、おそらくあの続きがまだあるということだろう。

 そして研究室の机には詠寿と心配そうにする厳生が座って、まだ風貌が若いころのリョウジからお茶を貰っている。様子から厳生が詠寿の心の異変をリョウジに相談しに来たようだった。

『そりゃ俗にいう“恋煩こいわずらい”だな、その子を一目見て
『相手も……男の子、なのに?』

まだ三十代くらいのリョウジは、記憶の中のまだ中学生くらいの詠寿にはっきりと明澄を見て恋をしたのだと答えた。同じ男を好きになる事あるのか、詠寿は疑問をぶつけた。

『まぁ……男女が恋し合うことが世の中の基本ですから、同性の子を好きになることを認めてくれる人はなかなか居ないかもしれない。でもね……なんですよ? だよ? 王子……』

リョウジは大人らしいことを言って、詠寿に同性を好きになることは決して悪い事ではないことを話す。

『でもこんなことになるの、初めて……』
『そりゃ、“初恋”だからですよ? ……初恋は誰だって戸惑うものです。』

初めての事だから戸惑いが隠せないのだと言うと、リョウジがそれは“初恋”だからだと答える。

『王子、一度聞きます。――その彼に、自分の思いを伝えたいですか? 彼と、吊り合う男になりたいですか?』

リョウジは、真面目な顔をして改めてその恋が本気か聞いて来た。
詠寿は最初、真面目な質問をするリョウジに戸惑っていたもののゆっくりと頷いた。

『そうですか……。だったら、俺も応援する。、だろう? 義弟おとうとよ。』
『――いや、変なところで僕に振らないでください』

 詠寿の気持ちを応援すると決めたリョウジは人間の知識は自分が教えてやると意気込み、それを厳生に冗談で振ると厳生は呆れながら自分にそう聞かれても困ると突っ込みを入れる。

『しかし、彼が覚えてなかったら……?』
『その時はその時だ、王子……まず人間界についてお勉強しましょうか。』

 もし明澄が覚えていなかったらどうするのかと厳生が聞くと、リョウジはその時にまた考えればいいと返し自分も出来る限り詠寿のために人間界について教えるとリョウジが言うと、詠寿は嬉しそうに頷いた。そして記憶の中の詠寿はリョウジの指導のもと猛勉強して父である王から訳を話して人間界に行く許可をもらい、リョウジのフォローもあって大学に合格、そこで学びながら明澄を探していた。

『なかなか……会えないなぁ、でもきっと会えるよな?』

大学に入ったばかりの詠寿は、空を仰いでそう呟いた。
明澄への気持ちは、あのころからずっと冷めていなかったのだ。最初は人間界の生活に戸惑いながらも徐々に慣れて行き、詠寿は明澄を探し続けていた。

――そして、受験を迎えたあの日。

彼と出会った大学の廊下で詠寿に出会ったのだった……。

(そうだ、この時……)

 当時自分はトイレがどこか迷って詠寿に教えてもらった。あの時、詠寿は何故か驚いた眼をしていたと明澄は思い出す。

そして詠寿はこの時、「頑張れ」とエールを送ってくれたのだった。
この時、詠寿に一目惚れに近い形で憧れを抱いたことを思いだした。当時受験生だった明澄がトイレに去って行くのを見越すと……、

『よかった、会えた……』

詠寿は、顔を赤くして「彼が元気でよかった」と胸を撫で下ろしていた。
そして冬の海の浜辺で、立ち聞きしたあの岩場で厳生にそれを報告していたのだった。

『王子、こんなこと言いたくないのですが……もし、彼が人魚である事と、貴方の気持ちを受け入れてくれなかったらどうするおつもりで?』

厳生は心配そうな顔しながら、もしそうなったらどうするつもりなのか敢えて聞いて来た。

詠寿は少し間を置くと……、

『彼が人魚である俺を受け入れてくれなくても、俺の気持ちを受け入れてくれなくても。
……俺は、彼の支えになってやりたい。気持ちを受けいれてくれなくても、せめて……あいつのような男から守ってやりたいんだ』

そう笑顔でもし明澄が気持ちを受け入れてくれなかった時にどういう行動をとるつもりか厳生に打ち明ける。気持ちを受け入れてくれなくても影で支えになってやりたいと、阿久津のような卑劣漢から守ってやりたいと思っていると明澄への気持ちを打ち明ける姿をみて明澄はただ驚駭きょうがいすることしか出来なかった。

彼の言葉を聞いて明澄は涙が溢れてきた。

(――こんなに、想ってくれていたなんて……)

詠寿が、ずっと前からここまで自分を慕ってくれていたなんて知らなかった。
自分を守ってくれた人が詠寿で、ずっと会いたかった彼が、人魚だとばれるかもしれないのに守ってくれた彼こそが詠寿だと知らなかった。

――いいや、身体は、耳は憶えていたはずだった。あの優しい声を、耳がちゃんと覚えていた。

なのに何故助けてくれた彼がすぐそばにいてここまで自分を慕ってくれていたことに、最初に会った時にすぐ気付いてあげられなかったのか。どうして連れて行かれた最初の日、手を振り払う真似をしてしまったのだろう。

――長年思いを寄せていた相手に、あんな態度取られたらショックに決まっているのに……。

詠寿の気持ちに気付いてあげられなかった、掟に従っただけなのに許してあげなかった。
そんな後悔の気持ちで一杯になった。

(先輩……ごめんなさい、ごめんなさい。気付かなくて……)

涙が止まらず、明澄は謝りながら涙を拭っていた。
しかし同時に嬉しかった、憧れだった彼の思いが自分と同じ気持ちだったことも。





――がばっ!

「――わっ!?」

明澄が急に起き上がった為、ずっと椅子に座って傍で様子を窺っていたクリアが驚く。
クリアは汗を拭くためのタオルを、片手に持っていた。

「――はぁっ、はぁっ……」

明澄は現実に戻って目が覚めたのだと気付き、息を整える。
汗を拭こうとすると、自分の眼から涙の筋が流れていた。

「あの……大丈夫ですか?」

クリアが心配そうに声を掛ける、息を整え終えると明澄は……、

「行かなきゃ……」
「――えっ!?」
「行かなきゃ、詠寿さんの元へ……!」

すぐ詠寿の元に行かなければと明澄の心の中はそんな使命感で一杯だった。
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