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本編

第三十話:静寂の夜に交わす愛の言葉

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クリアは明澄に言われたからとはいえ使用人の立場である自分に対して砕波が頭を下げてきたことに、動揺を隠せずすぐ頭を上げてほしいと願い出た。

「別に建前の謝罪のつもりじゃねえし……。その、上手く言えねえけど新人のお前に結構可哀そうなことしてたなって思ってよ」
「……」
「ま~~、クズだったなって昔の事これでも反省してんだよ。俺なりに……。その、ケジメもあってお前にも謝ろうって思ってよ。」

やり場に困ったように髪をカリカリと掻いて、これでも一応本気で悪いと思っている趣旨をクリアに伝えた。クリアは少し沈黙を通すと、心配そうな琉璃の方を見て首を縦に振る動作をして謝罪を受け入れてくれた。

「――もういいです。申し訳ありませんけど、明澄様からいろいろ聞いて……もう、あの時の砕波様じゃない事は今回の謝罪で御見受けしましたから」

「それじゃあ、詠寿さんのところに案内するね。」

そう締めくくり、クリアを引っ叩いた件についてはクリアが謝罪を受け入れ許してくれたことで丸く収まった。明澄も和解を取った形に納得し、泊まる場所を提供するためにひとまず先に詠寿に会いに行くことを提案する。

「――詠寿のところに?」

「厳生様が最近運転免許を取りましてね……、今車の中で詠寿様もお待ちしてます」

そういえば詠寿の姿が見当たらなかったことに気付き、砕波は詠寿と一緒ではないのか聞いてみると、運転は厳生がしており、詠寿はその車に乗っていることを教える。
一般の車にしては結構な人数が乗れる大型の車が目の前にあり、厳生と詠寿がそこにいた。

「――よう、元気にしてたか?」

「ん~、まぁまぁ。」

詠寿は砕波に調子を聞くと、砕波はそっけなく答える。
傍から見ればあまりいい雰囲気には見えないが、前の険悪さはなくなっている。
一応和解はしたと話で聞いていたクリアは、二人の険悪さがなくなったことに驚いていた。

「――んで、俺達はおまえのところに行けばいいのか?」

「ホテル取ってある、そこまで案内するからな」
「――ホテル?」

砕波は、詠寿が仮住まいしている家にお邪魔してもいいのか聞いてみると、詠寿は琉璃達の代わりにホテルを予約してくれていたようだった。

「詠寿さん身元がバレた後、優遇され易くなって……こういうところフリーパス効くんだ。」

不知火王も人魚が陸地に上がって人間たちと共同出来る国にという目標から首相と親交が深くなった為、ここに住んでいる一帯の者たちは人魚界王子である詠寿を優遇しているので、ホテルなどの予約が取りやすいのだと明澄は説明する。

「詠寿様が人魚と人間の共同計画の重要人だと知ると、大学の関係者たちもかなり詠寿様に気を使われるようになって詠寿様は『逆に通い辛い』って言うくらいで」
「あぁ、言ってたね……。人魚だって身元が公にばれる前の方が、まだ大学に通いやすかったかもって」

――ふふふふっ

人魚であることを隠しながら関わっていた人物たちにあからさまに気を使われてしまうようになったことに関しては、詠寿はちょっと不便さを感じていると愚痴っていたことを後ろの座席で明澄とクリアは楽しそうに話す。

「ほぉ……? ぜいたくな悩みだねぇ、王子様」
「うるさい。」

助手席にいたノゼルは詠寿をからかい、詠寿は顔を赤くして反論した。

そうこう話をしている内に、琉璃たちはホテルまで着いた。
ホテルの中に入ってロビーに入って詠寿が名前を告げると、カウンターにいたホテルスタッフがカウンターから出てくるとお辞儀をして……

「お待ちしておりました、当ホテルをご利用頂き誠に有難うございます。部屋にご案内しますので少々お待ちください。」

そう言うとホテルスタッフは琉璃達の元を後にする。

「このホテルは、人魚にも優しくサービスしてくれるよう色々改変したホテルなんだ。人魚である証拠の身分証明書は持っているとサービスしてくれるよ」
「へぇ……」
「ちなみに人魚たちの採用も取り組んでいるそうで……、あちらのスタッフの人は人魚ですよ」

明澄の今暮らしている土地を拠点に人魚共同開発が進んでこのホテルもそれに参加しているので人魚に寛大なホテルなのだと教え、人魚たちも身分を公にして働ける場所が広がりつつあると教える。

「明澄……」
「あっ、詠寿さん……」

「鍵を貰った、今フロント係が部屋まで案内するからだってさ」

そう琉璃達に説明をしている間に詠寿が、明澄の元に戻ってきた。
詠寿は鍵を琉璃に手渡し、琉璃は鍵を受け取ると……

「あの後、目に異常はなかったようでよかった……。言いそびれたけど、視力回復おめでとうございます。」

詠寿は琉璃の眼が良くなったことを知って琉璃に労いの言葉を贈った。

「その眼は大事にしないとな? それと、砕波には恥ずかしいから目の前で言いませんけど……あいつの事よろしく頼む」

「! はい……」

詠寿は、砕波がトイレで席を外している間に琉璃にそう告げた……。

詠寿の労いの言葉は勇気をくれた、不知火王がどんな人なのかは知らない。
けれど詠寿の人格からして、きっと大丈夫だと思えるようになった。
詠寿の父親である不知火王は詠寿がこのような性格な人なのだから、きっと話せば分かってくれる人だと信じることにした。

――ロビーで一旦明澄達と別れ、二人は詠寿がとってくれた部屋に向かった。

部屋に向かうとスイートルームと言っていいほどのいい部屋だった……。

「すげえな……こんないい部屋取ってくれたのかよ」

砕波も部屋の外観に感嘆の声を上げていた、琉璃もここまでの部屋を用意してくれるとは思わず声を失った。ここまでよくしてくれることに、申し訳なさを感じる。

「――あっ、プールもあるよ。あそこに人魚の子もいる」

プールに続く場所が部屋から見えて、女性の人魚の姿がちらりと見えて彼氏と思われる人間の男性と楽しくプールを愉しんでいる姿を目撃した。このホテルが人魚に優しいホテルだという証拠だった。

「後で泳ぐか?」
「! ――うん。」

砕波に一緒に泳ぐか聞かれ、琉璃は即答した。

荷物を置いて明澄達と合流すると琉璃達は最初、明澄の住む町を案内してもらうことにした。
琉璃は明澄がアルバイトをしていたと言う水族館に案内してもらうことを楽しみにしていたのだった。

案内をしてもらって楽しんで、最後は人魚たちもバイトしているカフェで締めくくった後ホテルの玄関ロビーで明澄達と別れることになった。

「それじゃあボクらはもうこれで帰るから、何かあったら連絡して?」
「人魚界に行くときは俺達が迎えに行くからな……」

そう言って明澄達と別れ、二人はホテルで夜を過ごすことになった。

「あー、気が重いな……」
「大丈夫だよ、きっと……」

いよいよ明日、不知火王の元に赴いて今までの行いの謝罪をしに行くのだ。
今の今まで謝っても許されないことをして泥を塗ってきたため、時間が近づくごとに気が重くなる。

こんなこと考えるなんて今更で、ここまでくれば観念するしかないと言うのも分かってはいるのだが……。

「詠寿さんのお父さんだもの、……砕波さんのこと分かってくれるはずだから」
「あぁ、ありがとうな」

詠寿も最初は砕波の謹慎を解く協力をしてくれと説得した時は難色を示したが、相手の事をよく分かればちゃんと理解してくれる人なので不知火王もきっとそうだと琉璃は勇気づける。

「それに、ぼくも一緒に行ってあげるって約束したでしょう?」

琉璃はカバンに入っていた水着を用意してそう約束を交わしたことを思い出させる。
その言葉にスイッチが入った砕波は……、

――ぎゅっ

「だったら、もっと勇気づけてくれるとありがたいな……」

ベッドに座っていた砕波は立ち上がって琉璃を後ろから抱きつくと、耳元で囁いて来た。

「……砕波さんって、結構甘えん坊?」
「うるせーよ」

プールに行く準備をしていたのに我慢できなくなった砕波を少しからかう言葉を言うと砕波は愛おしそうに反論しつつ、耳を甘噛みして琉璃をベッドに押し倒した。

「お父さんと会うのは嫌……?」
「あぁ、でもここまで来たし……」

伯父はまだ和解の希望はあるかもしれないが、父とは和解まではおそらくいけない。
そう思うが、琉璃もせっかく来てくれたし継母と実父にどんな嫌味を言われても会おうと決意しているのだから今更会わない訳にもいかない。

だが、嫌味を言われて持ちこたえられるか少し自信がなかった。

「琉璃……親父たちにイヤミ言われたり、伯父と和解も出来なそうでも慰めてくれるか?」

琉璃にもし決別と和解が上手く行かなかったら琉璃は自分の傍にいてくれるか、砕波は聞いてくる。

「大丈夫、ぼくは……砕波さんを見捨てたりしないから。和解が出来なくても、許されなくても……。ぼくだけは砕波さんを見限らないから」

「――っ」

琉璃は砕波に抱きついて優しい言葉を掛けてくれた、嬉しいと思った。
要らない、親にだって必要とされない存在だったそんな自分を愛してくれる琉璃の言葉が、砕波はそんな琉璃にキスを交わした。

「んっ、……ふっ」

琉璃の息継ぎをしたいと訴える声が漏れてくる。

「琉璃……好きだ」

琉璃の身体に触れて、琉璃が身に着けていた服を砕波は脱がして行き砕波も服を一枚一枚脱いで行った。
外では静寂の夜に包まれている中、琉璃たちのいる部屋には琉璃の愛らしい喘ぎ声が漏れて行きながら夜は明けて行った。

――翌朝、ノゼルと厳生がホテルの外で車を用意して待ってくれていた。

朝食を食べ終わった後、二人はホテルの鍵を預けノゼル達と待ち合わせした。

「――旦那ぁ、ユリさん。おはよう」

ノゼルだけは詠寿の住む部屋に寝泊まりさせてもらっていたので、厳生と一緒だった。
詠寿が二人きりにさせるために気を使わせたようで、あえてノゼルだけ部屋に泊まらせたようだった。

そのおかげで気を遣うことなく二人っきりで交わることが出来たので、一晩明けてこの気遣いは正直嬉しいと思った。二人の姿を見つけたノゼルは、琉璃達の姿を見つけて手を振る。

「――あっ、ノゼルさんおはよう。」
「いやぁ、なんだろうね……肌のノリ良い気がするの気のせいかな」

――ギクッ

二人が一緒に寝たことを悟られるようなノゼルの言葉に図星を突かれた感覚が二人に走って、少し目が動いた。

――ゴッ

「――痛い!」

厳生も二人の反応でノゼルの言葉が図星だと分かって、ノゼルに左腕で肘鉄砲を食らわす。

「おはようございます。さぁ、詠寿様もお待ちしておりますのでどうぞ」

後部座席につながる車の扉を開けた後、厳生は何事もなかったように運転席に乗車した。
ノゼルもまだ肘鉄砲を食らったところを痛がりながらも、助手席に乗車し始める。

「東の人魚界の王宮で働いている人たちってあんな感じなの?」
「……相手によるな」

 琉璃は厳生のノゼルに対するドライな対応を見て少しだけ引いて砕波に聞いてみると、砕波もこの状況に苦笑いを浮かべていた。厳生が車を数分走らせていると海辺に着き、そこに琉璃達を待っていた明澄達の姿が見えて来た。

いよいよだと思って、二人は東の人魚界に行く覚悟を改めて決め込むのだった。
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