オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

文字の大きさ
13 / 51
自在剣篇

12.純白機巧少女のナ・カ・ミ

しおりを挟む
 2021年8月15日日曜日。神奈川県川崎市、アパート『隣人荘』2階、楠森家。
 午前7時15分、38秒。

 仰向けで布団に横たわるバジルと、見下ろす端整な顔。二人を包む鐘の音は、7時15分になってから、もう38秒も鳴りっぱなしだ。しかし、Lの字になりながら見つめ合う少年少女は全く気に留めていない。

 長く膠着状態が続くと、段々相手にアクションを求めるようになり、自分は心身ともに受け身の構えを取ってしまいがちだ。そのためバジルは、不愛想且つ口下手な少女が何かを語りかけてくる一縷の望みに懸けて、膝枕をされながらじっと黙っている。対する少女は、バジルに膝枕をしてあげているわりにずっと無表情なので、何を考えているのか見当がつかない。

「――お待たせしました、楠森くん。本日もご同行願います」

 気まずい空気を醸すバジルに、突然現れた赤髪の少年は爽やかに挨拶する。
 少年――ヴォルカンが楠森家にどうして入ることができたのか。今回が2度目だがいまだに不明のままだ。
 だが彼のお蔭で、なんとか膠着状態を脱することができたので、バジルは苦笑しながら安堵の息を零した。しかし彼は何かを悟ったらしく、顔を不安そうに歪め、

「戦闘訓練なんだろ? その言い種だと一瞬だけ安心しちゃうから、今後は気を付けてくれ」

「おや、これは失敬しました。以降はもっと、適切な挨拶をいたします」

「お、おう……」

「それでは、参りましょうか」

 ヴォルカンの慇懃な態度に気圧され、バジルの声はさらに強張る。だがヴォルカン当人は、バジルの心情など構わず、彼に向って爽やかにスマイルをしてみせた。
 結局、バジルとマイとの気まずくも温かい雰囲気は雲散霧消してしまったが――アパートを誰よりも早く出発したことから、不機嫌ということはなさそうだ。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 隣人荘1階、楠森家の真下の部屋を経由して、再びビル内にやって来たバジル。このルートで辿り着く室内は相変わらずの静けさで、もはや人間の気配すら感じさせない。廃アパートの地下倉庫だと言ってしまえば、大体の人間は誤魔化せそうだ。

「それでは、僕はここで失礼します。楠森くんは地下4階までおねが――」

「いや、普通に5階まで行っていいかな?」

 笑顔で見送りの言葉を述べるヴォルカンに、バジルは鬱陶しげに訊ねる。
 訓練施設となっている地下4~5階は吹き抜けになっており、どちらの階でエレベータを降りてもいいはずだ。仮に4階で降りると、わざわざ階段で移動しなければいけない。ぶっちゃけ面倒なのだ。
 しかし黙してしまったヴォルカン、バジルも黙って向き合っていると、エレベーターが到着した。

「ごっ……5階は女子更衣室に直接繋がっていますので、気を付けてくださいね」

「あ――ちょっと待てよっ!?」

 謎すぎる言い訳を残して、先にヴォルカンはエレベーターを連れて行ってしまった。
 仕方がないので、バジルは別のエレベーターで「B5F」へ――。


「――女子更衣室に繋がってるとか、冗談も甚だしいな……」

 到着したのは独房のような、一直線の通路と水平にドアが幾つも並んだエリア。先日ヴォルカンが、このビルには住居エリアも存在すると言っていた。そこから達したバジルの見解は、

「なるほど……訓練施設はまとめて地下4階になっているのか」

 今さらヴォルカンに謝るのも癪なので、バジルはフロアを探索することにした。
 一直線にのびるタイルカーペットの通路を歩いていくと、エレベーターの方向から見て右側がローレンス派、左側が恵光派の同志たちの住居になっていることがわかる。ローレンス派は全員の姓が統一されているが、恵光派は各々きちんとした苗字があり、その中の幾人かは学校でも見かける名前だった。

 するとその中に、日和ではない「恵光えこう」姓の人間の部屋を見つけた。

「あれ、もしかして妹さんかな……?」

 妹の可能性が浮上した瞬間、バジルの双眸は好奇心と昂奮感で輝きを増し、息が荒くなる。傍目不良にしか見えない少年が、女性の自宅の前で息を荒げている――口にしただけで犯罪臭漂う情景ではあるが、彼の期待感だけは理解できなくもない。


『トン、トン』


 確実に2度、すりガラス製の扉をノックする。ついでに『新人類』の住居のプライバシー保護が甘いことに少し危機感を覚えた。

『はーいっ……?』

 ノックから数秒後、室内から声が聞こえる。さすがに声で外見などを判断するのは難いが、明らかに若い少女の声だった。
 日和以外の女性の家に行ったことがないバジルは、今さらどうしようもないほどの気恥ずかしさを覚えた。一度でも顔を合わせているならまだしも、初対面の女性に「何か用でも?」と聞かれたらどう答えたら正解なのか、バジルには見当もつかない。
 最初の声に対して、バジルが返事を決めあぐねていると、

『あっ、もしかして日和ちゃん? マイちゃんの『空斬からきり』なら、ちょうどメンテ終わったところだよー。今持っていくから、ちょっと待ってて!』

「あ、あの……」

 室内の少女は、予告どおりにすぐ扉を開けた。

「はっ、はい、これっ…………」

「えっと、初めまして。自分、楠森バジルと申しますっ」

 ――と自己紹介を終えた途端、目の前の人影は前触れなく後方へぶっ倒れる。手に長い何かを握っていたようだが、瞬間的に縦に持ち替えられたお蔭で、特に損傷は見られない。

「え、いや……これはひどい」

 バジルも、住人の挙動が非現実的すぎて眩暈を覚えた。
 恵光姓の少女は、卒倒してからしばらくは目を覚まさなかった。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「あ、あの、あっ、その……」

「な、何かな? 気になることがあるんなら、構わず聞いてよ」

「なっ……なんで、ボ――わた、しの部屋……来たん、ですか……」

「芝生のところに行こうとしたら、間違えてここに来ちゃって……探索してたら、日和以外の恵光姓を見つけたから、もしかしたら妹さんかなー……ってね」

 バジルと住人の少女は、すりガラス越しに会話する。少女は何ゆえかひどく怯えた態度で、声やガラス越しに移る影が異常なまでに震えている。だがバジルは、少女の挙動がおかしいことに一切気付いておらず、日和と接するようにラフな調子で接していた。

「君の名前は……恵光えこう蓮美はすみちゃんかぁ! 今、幾つ?」

 さながら親戚の叔父のような口調で、バジルは少女に年齢を訊ねる。

「じっ、じぅ、じゅう、ご、ですっ……」

 少女はさらに何かを言おうとしたが、羞恥に悶えているのか、続きを言い淀んでしまった。
 ところでバジルは、彼女の風貌と声に謎の親近感を覚えていた。

「えっと、蓮美ちゃん……俺とどこかで会ったことある?」

「いぇあそっ、あ、あの……ぁ…………です……」

「え、ごめん、もう一度いいかな?」

「あっ――あったことありまひぇんっ!?」

 急に声を荒げたうえに、思いっきり舌を噛んでしまった少女。痛みと羞恥の両方が、一気に全身を駆け回り、逡巡して小さく縮こまってしまった。

 少女はバジルの記憶を否定しているが、確かに彼の中では似通った人物像が浮かんでいた。
 赤茶色の短い髪をツインテールにした髪型は、つい最近見たばかりのダブル白鰹節に相通じるものを感じる。すりガラス越し・服越しだが、小柄で控えめな体格もどこかのロボットで見たような覚えがある。

 ……唯一似ていないのは、なんと言っても性格だ。もはや正反対といっても過言ではないというほどに、目の前の少女と機巧少女の性格は一致しない。見たところ口下手で臆病な彼女と楽観主義の鑑のようなロボッ娘とでは、かすってすらいなかった。

「じ、じゃあその、お邪魔しましたぁ……」

「…………」

 バジルに対して、少女からの返事はない。少しドアからのぞかせた幼い顔は、歓迎の文字などまるでなくて、ただ「早く帰ってくれ」と言わんばかりに彼を睥睨していた。


 少女――蓮美の部屋から出て、エレベーターに向かっている途中、

「あれ、ジルくんじゃないか」

「……日和ってさ、なんの前触れもなく現れることが多いわりには、マイとヴォルカンが俺の部屋で騒いでても一切、口出してこないよな。どういう意図がある感じなの?」

「残念だけど、ジルくんの退屈な言葉遊びには付き合ってられないんだ。わたしも忙しい」

 胸の前で腕を組みながら、訝しげにバジルは「蓮美ちゃんとの件か?」と訊ねる。

「君ぃ、彼女に手なんか出してな……ごめん、なんでもないよ、じゃあね」

「言いかけたことを言ってみろよっ!?」

 「蓮美」の名前が出た瞬間に不機嫌になった日和だったが、突然勢いをなくして謝罪を述べた。その移行速度とテンションが異常だったので、バジルは咄嗟に突っこみを入れる。

「いやぁ、よく考えたら君に乱暴は無理だなぁ……ってね」

 日和は満面の笑みを浮かべた。ドヤッ。

「ははは、そう怒るなよジルくん。代わりに一つだけ質問を受け付けるよ」

「……蓮美ちゃんってさ、ぶっちゃけ、日和の妹ですか?」

「観念的にも法的にも違うかな」

 日和の、バジルに対する返答は、そんな意味不明な感じだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...