オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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自在剣篇

13.風と想いを操る女剣士

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 2021年8月15日日曜日。神奈川県川崎市、『エコービル』B5F――訓練施設。
 午前8時。

 エレベーターの前で日和に見送られたバジルは、再び訓練のため芝生のエリアへ。

「――相変わらず高いなぁ……」

 スロープと腰ほどの高さの柵から身を乗り出し、バジルは震えた声を上げる。
 エレベーターの到着場所から芝生のエリアまで、一般家屋約2階分の高さがある。どういう意図があってこういった構造をしているのかは不明だが、バジルは単純な恐怖感と移動に対しての面倒くささを覚えていた。

 しかし身を乗り出して下をのぞくと、すでに白いツインテールと黒いポニーテールの人影があったので、性急な足どりで階段を駆け下りる。


「や、やあ……」

「おいおい。ジルくぅん、遅刻は良くないねぇ?」

 予定時刻を30分以上過ぎたにも拘らず、平気な顔で挨拶を試みるバジルに、白いツインテールの少女は指摘の言葉を述べる。尤もな意見なので、バジルは素直に頭をさげた。

「ン、まぁいいけど。早く練習しよぅじゃないか」

「今日はマイがいるけど……実演的な?」

「実演じゃなくって、実戦だよぉ」

 機巧少女がそう述べた途端、マイは左手に握るサーベルを誇らしげに掲げて、振り下ろしたり斬り上げたりを繰り返す。しかし彼女の剣を振るう速度は非常にゆっくりとしていて、なんならバジルのほうが早いと思われた。
 そんなことを考えていると、いつの間にかバジルは機巧少女にマイと同じサーベルを握らされていた。

「今日は……というより、今後はこの兵器の訓練で一本化するからねぇ。あぁ、目立つような機能とかまーったくないから、テキトーに振っちゃっていいよぉ」

「なんだか、ナイフの時と力の入れ方が違いすぎるんだけど……?」

「だってぇ、ジルくん以外にロングソード使うのって、マイちゃんだけだしぃ。ボクはそもそも、専門じゃあなーいもんっ」

 バジルが怪訝な顔で追窮しても、機巧少女の回答はひどく皮肉染みているうえに適当なものばかり。
 これでは埒がないと思ったバジルは、自信満々に剣の素振りをするマイのほうへ向き直り、挑発もとい挨拶代わりにサーベルの切先を向けた。

「ところでHarder。この剣には特殊な機能なんてないって言ってたけど、本当にただの意地悪じゃないよな……?」

「そう思うんならぁ、色々と試してみてね。案外、すんごいの出るかもよぉー?」

「相変わらず、質問に沿わない回答をどうもっ!」

 バジルは、機巧少女への嫌味を合図にして、一気に前進する。
 
 今回バジルとマイが使用している『無属性むぞくせいサーベル』は、外見から黒色の金属を鍛えて作られたであろう刀剣。その素材はわからないが、手に持った感想としては「非常に軽い」。木の棒を持っているといっても過言ではない驚異の重量で、素人のバジルでも容易に操ることができる。さらに刀身が110センチ前後なので、使用者本人が怪我をする心配も少ない。
 唯一、その存在が不明なのが――半円の鍔から20センチほど上にある、赤色のラインだ。Harderが嘘を言っているとも思えないが、この赤いラインには絶対に何かがある。だが、先ほどから剣を振るうバジルやマイのアクションに一切の違和感を覚えないことから、何か特別な条件下でないと発動しないものなのだろう。


「ゔ、おりゃっ! かすってくれ、よぉっ!」

「……っ」

 自ら立ち向かい斬撃を放ち続けるバジルだが、その全てがマイにことごとく弄ばれている。
 ダッシュからの振り下ろしは、横への薙ぎ払いで弾かれた。
 サイドステップののち右旋回と前進を組み合わせた一撃は、斬り上げと共にかわされたうえに、姿勢を崩して顔面から芝生に突っ込んだ。
 しまいには、右下からの斬り上げを薙ぎ払いでいなされたのち、そのまま左旋回してバックハンドで剣を振ったが、あっさり刀身で受け止められてしまった。

「はぁ……はぁ……ふ、服にすら当たらない……」

「そりゃあ、マイちゃんエースだしぃ、さらに今は戦闘用コスだしねぇ」

 バジルが自身の結果に落胆していると、機巧少女は励ましか追い打ちか曖昧な言葉をかけてきた。
 今朝方に見たマイは、黒のパーカーにデニムのパンツとカジュアルな格好だった。対して今は、初めて「黒崎麻衣」ではなく「カーマイン・ローレンス」としてバジルと出会った時の、黒ずくめの装いだ。
 目のやり場に困るくらいぴったりと身体に張り付いた、ライダースーツのような黒い衣装。普段着とは全く雰囲気が異なり、戦闘をするためだけに着ているようにも感じられる。
 
 それはさておき、一時訓練を中断したバジルはあることに気付いた。

「あ、あれ……そういえば、マイ、全く動いてない……?」

「そう。徹頭徹尾」

 呆けたバジルに向かって、マイは小さく頷きかける。相変わらず冷淡な面持ちと態度だが、彼女の回答はまさしく常識から逸脱したものだった。
 数分間に渡って、ただひたすらにバジルの剣戟を受けていたマイ。その彼女が一歩たりとも元の立ち位置から移動していないという事実は、バジルの信念を完全に打ち砕いた。まだ自分は少女と本気で相対することのできる器ではないと、思い知らされたのだ。

「やっぱ俺は、まだまだ足りないんだなぁ……」

 絶望の余韻を噛みしめるようにバジルが呟くと、それを聞いていた機巧少女が、

「それに関しては否定しないけどぉ、もしジルくんが、マイちゃんが手ぇ抜いてるって思ってるんだったら、それはちょっと違うかなぁ……?」

「いや、その場から動かないで相手してたのが、その証拠だろ」

「マイちゃんは、とーっても運動オンチなんだよねぇ」

「…………はぁ、そう」

 機巧少女の突拍子もない発言に、バジルは思わず嘆息する。どうせまた自分をおちょくって愉しんでいるのだと、そう思わずにはいられなかった。
 だが少女が彼の反応を確認したのち「ねぇ、マイちゃん?」と訊ねたところ、なんの迷いもなく本人は頷いてそれを認めたのだ。

「ま、マイが認めるなら、そうなんだよな……」

「あっれあれぇ、ジルくんってマイちゃんに脈ありな感じぃ?」

「そんなことより、マイの武装ってこれじゃないよな?」

 機巧少女の冷やかしをスルーしながら、バジルはマイに訊ねる。
 そう思ったのは、バジルとマイの邂逅時に彼女が握っていた刀剣――恐らく『空斬空斬からきり』と今のサーベルの形状が明らかに異なったからだ。だがそれ以前に、マイと剣を交えていて、彼女の剣の扱い方がどう見ても不自然だったことも理由としてある。

 サーベルは軽いうえにちょうど良い長さのある刀身から、アクロバティックな動きをしながらでも扱うことができる。ダッシュやステップに合わせて振るうことで斬撃を繋げ、連撃による変幻自在の戦闘スタイルで相手を翻弄することも可能だ。

「運動が苦手なら、もうちょっとモーションが少なくて済む武装にするよね、普通は」

「……ジルくんって、無駄に武器とか詳しいねぇ? そういう類の変態さんかな?」

「あいにく、この手のゲームをやり込んでたからですよー」

 バジルの知識披露に機巧少女が皮肉を言うと、なぜかマイは小さく笑った。
 しかし不運にも彼女の笑顔を見損ねたバジルは、そのまま気付かずに再度質問をする。

「それで、マイは普段どんな武装を使ってるの?」

「カタナ。長くて、とても軽い」

「うん……他に特徴は?」

「――っ……………………キラキラ、している」

 バジルの質問に、マイは冷たく甘い声で、しかし淡々と特徴を述べる。それも外見的なものばかりで、結局彼女が使用しているのが「長くて軽くてキラキラした刀」ということしか、バジルにはわからなかった。

「だいぶ主旨が変わってたけど、今日の訓練は素振りってことかな?」

 マイのテンションの影響で重くなった空気に痺れを切らし、バジルは機巧少女に訓練内容を確認する。

「ンまぁ、一応はねぇ。でもジルくんは二刀流だから、右手ばっかし鍛えるのも、あんまりお勧めできないんだよねぇ……」

「だったらいっそのこと、今日は筋トレで良くない?」

 バジルの提案を聞いた途端、黒一色の双眸越しでもわかるくらいに、機巧少女は不機嫌になった。その証拠に、機械音声の中にほんの一瞬だけ唸り声が混ざっていた。

「ボクねぇ、あんまり筋肉は好きじゃないかなぁ」

「そ、そんな理由でダメなの……?」

「とにかく、あと5分は休憩タイムねー。ほら、開始っ!」

 少女が手を叩くとバジルは早々に芝生へ倒れ込み、だらしなく横になった。
 すると急にマイが、サーベルを持ったままバジルのほうへ近付き、

「わたしは……どちらでも好き」

「えっ、は、はあ……?」

 理解不能な言葉を残して、マイはどこかへふらっと去っていく。
 しかし5分後、きちんと彼女は訓練施設に戻ってきた。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「こ、これが『空斬』かぁ……」

 マイから一時的に受け渡されたそれは、カッコいい武器が大好きな男子なら誰でも、激しい昂奮を禁じ得ないほどの、見事な逸品だった。

 煌びやかさと上品さを兼ね備えた銀色の刀身。シンプルなデザインながら、その重厚感は計り知れない。そして大太刀といっても過言ではない、長さ2メートルを優に超える本体だが、重量はもはや金属とは思えないほど軽い。マイがなぜこの兵器を使用しているのか――それはこの軽量な刀身と鋭利な刃・切先の殺傷能力を、誰よりも使いこなせるゆえの栄誉だろう。

「これ見ると、なんだか……血が沸騰したような感じになる」

「やはり変態さんであったか!」

「……それで、訓練のほうは?」

 機巧少女のボケに構うことなく、バジルは目を爛々とさせてサーベルの横っ面を弄る。なんだか、いじらしい恋乙女にも見える動作だが、実際に空斬の魅力に恋い焦がれているのだから仕方がない。

「しょーがないし、マイちゃんお願いねっ」

 彼の胸中をなんとなく察したのか、機巧少女は上擦った声で、マイにバジルの相手をするように頼んだ。マイは真顔に近い冷え切った表情をしているが、頬に朱色が差しているような、いないような……とにかく乗り気ではある様子。


 ――しかし、向かい合った二人が本気で剣を交えるのは、かなり延期となった。
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