オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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派閥同盟篇

 2.西暦二〇二一年最終作戦会議

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 2021年12月19日日曜日。神奈川県川崎市、『エコービル』某所。
 午前10時。

 朝食後すぐに恵光家を出る羽目になったバジルは、下りとはいえ急な階段をひたすら降り続けているため、疲労がピークに達していた。
 肩で息をしながら青白い顔で唸り声をあげるその様はまるで、下級ダンジョンを徘徊するゾンビのようだ。

 バジルが凡そ2ヵ月ぶりに訪れた、外見がごく普通の雑居ビルである『エコービル』には、彼と日和の自宅があるアパートのとある空き家から移動することができる。また、その隠し通路以外の手段でビルに向かうことは原則禁止されており、そのため到着まで多少時間がかかってしまう。

「到着いたしましたよ、楠森くん」

「ま、まだ地下1階だろ……」

 ようやく階段地獄を終えた3人の目に入ったのは、質素なつくりの小さなフロアと4台のエレベーターのみ。地上1階の会議室へ行くには、さらにこのフロアのエレベーターを使う必要があるのだ。

「本当に、なんでこんなつくりにしたんだよ……?」

 か細い声で嘆くバジルに対して、日和は汗をかくどころかその場でストレッチをしている。彼女にこのビルの構造を訊ねるのはどう考えても不毛だが、歴然たる体力差を見せつけられたバジルは、会議云々よりも自身に不親切なエコービルに腹を立てていた。

「念には念を入れよって、そういうだろう。第一、この程度で息切れるだなんて、ジルくんはどれだけ運動をしていなかったんだい?」

「う、うるさいなあ。冬の特番は見逃せないんだよ」

 くだらない言い訳に呆れたのか、朝からカラオケ番組を眺めていたバジルの孤独さに同情しているのか、日和は渋い顔でバジルから目を背けた。

「盛り上がっているところ申し訳ありません。エレベーターが到着いたしました」

「これのどこが盛り上がってるように見える!?」

「……おっと、僕はどうやら勘違いをしていたようですね」

 胸の前で腕を組む少女を横目に、何やらニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる赤髪の少年は、久しぶりの光景に満足しているようだ。

 彼の名はヴォルカン・ローレンス――恵光派と同盟関係にあるローレンス派の一人で、作戦部に所属する『自称』参謀長である。
 そして何よりも性格が悪い彼は、いつも以上の鈍感さを炸裂させるバジルを眺めながら、口元を益々つり上げていった。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 『エコービル』1階、会議室。

 厳かな雰囲気が漂う部屋に入ったバジルの第一声は、


「皆さん、おはようございますっ!!」


 突然の元気な挨拶に面食らって、すでに待機していた同志たちから返事はなかったが、誰も彼もが口唇を喜悦に歪めている。
 秋頃から見かけなくなった少年が、ひたむきな姿勢で自分たちに歩み寄ってくれているという事実が、このうえなく嬉しかったのだ。

 結局誰からも挨拶が返ってくることはなかったが、同志たちを一瞥したバジルはたいへん満足げな表情で普段の席――黒髪を後ろで纏めた美少女の隣の席に、そっと腰をおろした。

「それでは只今より、会議を行いたいと存じます」

 凛とした声で言い放ったヴォルカンは、次に会議室の前にあるモニターに日本地図を映し出した。
 沖縄から北海道まで、正確な位置・形状のその地図のとある3ヵ所に、赤いマークがついている。ヴォルカンはその一つ、北海道に落ちた赤い球を指して、

「まず……今月2日、北海道の札幌市周辺で、萩谷派はぎやはらしき新人類が複数名確認されたという報告がありました」

「は、萩谷派って……昔の日本にいた、始祖の新人類だったか?」

「多少誤解があるようですが、大凡はそのとおりです」

 ヴォルカンは『萩谷派』という新人類について、同志たちに改めて理解して貰えるようゆったりとした口調で、

「萩谷派とは、明治34年頃に誕生し、日本国内の近畿・中部地方を統べていた新人類です。先ほどは、日本国における始祖の新人類と楠森くんは仰いましたが、正しくは日本国における恵光・四刀・柏木の連合派閥であり、それら三つの派閥は後々萩谷派から独立したものなのですよ。しかし、そうなると僕たちにとって萩谷派は敵対勢力なのですが、僕たちが彼らの行方を追っている理由は、彼らの持つ驚異の兵器技術力にあるのです」

「つ、つまり……萩谷派の人間を保護して、兵器開発に協力して貰いたい、ってことか?」

「小難しい部分を全て削ぎ落とすと、そういうことになりますね」

 最後はバジルへの皮肉となったが、どうやら気付いていないらしく、ヴォルカンの言葉を理解したバジルは冷徹な表情で再び沈黙する。

「先ほど説明した本作戦の目的を念頭に置いたうえで、作戦部所属の『ヘヴィーズ』『クリエイター』部隊の方々は、12月27日から北海道へ行っていただきたい」

 北海道における作戦に参加するメンバーを告げたところで突如、黒髪ポニーテールの少女が気まずそうに手を挙げた。
 常時無表情で、何事にも冷淡な姿勢でいるような彼女だが、今回は隣にいる白髪少年を意識しているせいで、ひどく哀れげな表情を浮かべている。

「あの、わたしは……あんまり……行きたく、ないわ」

「ご安心ください。代表には別に仕事を用意しておりますので」

 安堵と罪悪感の入り混じった瞳で周りをきょろきょろする少女を尻目に、ヴォルカンはモニターを操作して、今度は近畿地方の赤い球と九州地方の赤い球を拡大する。
 それぞれ赤球の位置を確認すると、近畿のほうは京都府、九州のほうは鹿児島県を正確に示していた。

「先日申し上げたとおり、新旧大戦オールダンニュー・グレートウォーを実行するにあたり、日本国内の派閥と同盟関係を結ぶ必要があります。そのため、代表と諜報部所属の方々は四刀派の本部がある京都府へ、そして僕と作戦部所属の『カウンター』『ガンズ』部隊は、柏木派の本部がある鹿児島県へ、それぞれ向かっていただきたい」

「あいや、待たれぃ!!」

 ――ヴォルカンがモニターの電源を落とした直後、待ったをかけたのは日和だった。

 普段は淑やかな口調の彼女が急に取り乱したため、同志たちの視線が一斉に集まる。自分が変な言葉を使ってしまったことにようやく気付き、含羞の表情で俯く日和だが、

「わ、わたしは……一体、どこへ赴けばいいのかい……?」

 必死に絞り出した日和の声に対して、ヴォルカンはひどく爽やかな笑みで言葉を返した。

「日和さんと開発部所属の方々は、そのままビルで待機していてください」

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「ゔゔゔ……ひ、ひどいじゃないかぁ……」

「落ち着けよ、日和。いつもどおり、ヴォルカンお得意の嫌がらせじゃないか」

「くそう、だからアイツは癪に障るんだよぉ……」

 会議室を出て、エレベーターを目指すバジルと日和。
 先ほど、ヴォルカンから冬休み中はエコービルで留守番するよう告げられた日和は、半べそをかきながら拙い足どりで歩を進める。彼女がどうにか癇癪を起さないようにバジルが付き添ってはいるものの、あまり良い状態であるとはいえなかった。
 さらに日和はどこからか取り出した黒い手袋を両手に装着し、虚空にひたすらジャブとエルボーを見舞っている。傍に寄り添うバジルがいつ、その餌食になってもおかしくはない。

「で、でもさ。裏を返せば、みんなが留守の間にビルを任せられるのは、日和だけだってことじゃないか? 日和は統率力も実力もあるし、それなら納得できるだろ?」

「なら、ジルくんが北海道行きなのは、交渉術に欠けていると判断されたからなのかい?」

「うぐっ……!?」

 人それぞれの得意分野を見定めることに長けたヴォルカンが、作戦のメンバーを編成したのなら、バジルの言い分も日和の言い分も理にかなっている。……とはいえ、気分は良くない。

 現状、ひどく心が廃れてしまっている日和には何を言っても意味がないのだろう。全てがお世辞に聞こえて、皮肉に思えて、慰めさえ同情されていると勘違いしてしまう。

 ようやく日和の気持ちに気付いたバジルはその後、沈黙と共に軽いスキンシップを交わし、日和をエレベーターで見送った。

「なんか、どっと疲れたよ……」

 日和は平常で優しく、面倒見がいいまるで姉のような人柄だ。だがその一方で打たれ弱く、色々なことを知っているが故に思考が偏ってしまうこともある、長所と短所がハッキリとした少女である。
 そんな少し面倒くさい彼女のあしらい方になんとなく慣れたことが嬉しい反面、バジルは彼女の短所と向き合った際にひどく疲労が溜まることに気が付いてしまった。

「このまま、日和とマイとも離れ離れだよな……どうしよう」

 情けなく不安を吐露した、その刹那――エレベーターが到着し、扉が開いた。


「「あ……」」


 何か声をかけようとしたのだが、両者ともに思考と勇気の念が霧散してしまった結果、エレベーター内には沈鬱な空気が充満していた。
 口をすぼめて身体をガチガチに固めるバジルを、無感情の中に戸惑いを秘めたなんともいえない表情でじっと眺める少女。

 幼さを感じさせない妖しい艶のある長い黒髪を後ろで束ね、知的さとスポーティな雰囲気を醸し出している。
 あどけなさと大人の色気の塩梅が絶妙な容貌と、男女問わず魅了するグラマラスな体。細くて真っ白い四肢に至るまで、全てが作り込まれた芸術品のように、浮世離れした『美』を纏う少女。

 ローレンス派当主の娘、次期当主となるカーマイン・ローレンスは、平常で冷徹且つ仲間思いだ。そのため以前に仲違いのような形で別れてしまったバジルを、ひどく心配している一方で、後ろめたさを覚えているようにも見える。

 彼女の胸中は、その振る舞いからなんとなく理解できるため、バジルでもさすがに察している。それでもやはり声をかけづらいことに変わりはなかった。

 そしてエレベーターのドア上部にあるランプが『B7F』を指示した直後、低い機械音と共に扉が開く。その向こうには火のうかがえない暖炉と、病院のベッドが複数並べられた、異常空間が広がっていた。
 マイはゆっくりとエレベーターを降りると、バジルのほうを振り返って、

「送ってくれてありがとう」

「あ、の……うん、どういたしまして」

 何もかもが特別ではない、凡庸な挨拶。
 それでも、バジルは嬉しかった。マイが小さく微笑んでくれたことに、自分が得も言われぬ幸福感を覚えている――その事実に気付かない程に、彼は満たされてしまった。
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