オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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派閥同盟篇

 7.四刀乱武流Ⅱ

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 2022年1月1日土曜日。京都府亀岡市某所。
 午前2時50分。

 諜報部の連絡によると、四刀派の叛乱者と思しき人間たちは、亀岡市のとある山中にある兵器倉庫を襲撃したようだった。その目的についてはいまだ判明していないものの、四刀派の武力を削ぎ落とすための行動であったことは容易に想像できる。

「――そういえば、アルコールを摂取しているのでは?」

「――ああ、ただのコーラよ。ガキ使観ながらコーラ飲むのが至高なのさ」

「――……そう」

「――そんなことより、今回の任務は叛乱者の確保よ。本当、大丈夫か?」

「――大丈夫、きっとうまくいくから」

 女性の言葉に一度頷いたマイは遠い目をする。倉庫のある山までの道のりは舗装されているものの灯りの一切がなく、柔肌をつんざく冷気によって澄み渡った夜空には、まるで3Dグラフィックのような星のカーテンが広がっていた。

 その矮小な星々の一つを人の生命と例えると、ごく凡庸な人間でも、誰かを魅了する程の輝きを放つことができ、つまりそれはマイのスタンス、たとえ味方だろうと敵だろうと、その一つ一つの命を決して蔑ろにはしないことの尊さを正確に表している。

 だからこそ、双葉という女性にとって今回の任務は重要であった。マイは今まで一度も指示に背いたことのない仕事に忠実な少女だが、いつなんどき、彼女がその姿勢を忘れてしまうか女性には予測できない。『攻撃を加減しなければならない』という条件があれば、なおのこと不安だ。
 現に一度、今回の内容によく似た任務に出かけた少年が、突如として暴走してしまったという事件が発生しており、その際誰も少年の暴走など微塵も予想していなかった。

「――双葉さん。たとえどのような事態になろうと、警戒は怠らないでちょうだい」

「――わかってるって。本当、お嬢さまには敵いませんねぇ……色んな意味でな」

「――どういう……?」

「――ほら、そろそろ目標地点だ。得物持って早く行きなさい!」

 なんとなく最後は女性にはぐらかされたが、マイは彼女の声を合図にバイクから飛び降り、音を立てないよう静かに着地する。

 地面は湿地のためか泥っぽい質感で、恐らく普段のマイのような激しい戦闘スタイルは向いていないと思われる。
 敵と接触するまで幾許も猶予がない状況でも、マイは落ち着いていた。冷徹な面持ちで眼前に峙つ建物を見据え、仮に犯人に逃走されてもすぐ双葉のバイクがある地点に戻れるよう足跡を残しながら、ただ徒に過ぎ行く風を己の身に纏いながら前進する。
 
 ――そして戦いの火蓋は唐突に、切って落とされた。

「……っ!?」

 瞬きより速くに振るわれた斬撃が、凄まじい威力で何かを弾き返した。
 マイの烏兎目がけて飛来したのは、ただの泥。
 彼女は紫色の袋から取り出した白銀の太刀で器用に撃ち落としたのだが、その泥と刀身が接触した直後、彼女の全身に稲妻が走った。
 弦のように震える刃先と自身の腕を見ると、その泥がかなりの勢いで飛んで来たのだと理解できる。

「……誰ですか」

「「…………」」

 問いかけに対する応えは黙秘。その沈黙を貫いている、犯人らしき不気味な仮面とフードという装いの二人は、呼吸音さえ発さずにマイの前に佇んでいた。

 手裏剣のような黄色い瞳と弓状の唇、不気味なくらい白い肌。どこかで見たことのあるようなピエロのマスクを装着し、あまつさえ藍色の厚ぼったいパーカーで頭頂部から腰までを隠しているため、性別以前に体格すら判断できない。
 マイは連中を「中肉中背の10代女性」と判断したが、その見解が正しいのかを確かめる手段は、今のところ彼女らを捕らえることしかない。

「武装を外し、投降しなさい。でなければ戦うことになります」

 マイとしては、彼女らと戦うことなく和解をしたい。だが一触即発の状態にあるこの現場では、もうすでに彼女の希望が叶う可能性はないに等しい。
 絶望的なその事実を悟っていても、やはりマイは諦観することができない。

 尤も、珍奇な衣装を纏った連中は、最初から戦闘の準備ができているようだ。マイの言葉を撥ねのけるように、紅蓮の長刀を彼女の鼻先に突き立てる。

「そうですか、わかりました。では、実力行使に出させて貰います」

 マイは一度深呼吸をして、木々の隙間から差し込む月光に煌めく大太刀を、右脾腹と垂直になるように構えた。
 彼女の構えで何かを悟ったらしい二人は徐に駆け出すが、マイは構うことなく、両手で持った銀剣を左側へ高速で薙いだ――その斬撃自体に意味はなく、軌跡から生まれ出でたカマイタチが、向かってくる連中へと襲いかかる。

 しかし――纏めた髪を解くような滑らかな音と共に、風の鋭利な刃は消失した。
 痕跡もなく虚空に消えてしまったそれをマイは目視で探すが、どこにも見当たらない。どこが起点となったのかさえ不明だったが、その原因はすぐに判明した。

「無属性兵器が、なぜここに……?」

 マイは要因となるその兵器について、知り得ていた。
 彼女の風刃を無に帰すことができるのは、以前にニーデル・カーンらカーン派が使用していたコラージュナイフと、特殊な構造により『一時的に自然現象を根本から打ち消す効果を得る』無属性兵器のみ。
 前者のコラージュナイフは、逐一ナイフの刀身部分を解体してからでないと刀身に置換する物質の交換は不可能だが、無属性兵器はただ自然現象を打ち消すことだけに特化した兵器であり、機能的にはただの銃や刀に等しい。

 すなわち、先ほどなんの前触れもなくマイのカマイタチを消し去った犯人には、ただの斬撃しか効果がないというのだ。
 しかしいまだ彼女の胸の濃霧は消えることなく存在している。それは彼女が口にしたとおりの懐疑――なぜここに無属性兵器があるのか、ということに他ならない。

「四刀派は確かにコラージュ技術に特化していますが、その特性を逆手に取るような兵器を創る技能を持ち合わせていないはず。あなたたちは一体どこでその兵器を――」

 再び訊ねようとしたマイだったが、その刹那、彼女の脳内にある可能性がよぎる。
 目を剝いて絶句する彼女の様子から、その可能性があまりに意想外なものであったことが容易に想像できる。たとえ仲間が醜い肉片へ変貌しようと眉すら動かさなかった彼女を震駭させる、その事実とは……。

「あなたがたは――」

「口を噤みなさい」

 マイの追窮を真っ向からへし折ったのは、犯人のうちの一人。確かに擬似音声ではない肉声だったのだが、マスクのせいで声がこもっているうえマイの立ち位置から距離があるため、性別を判断することはできなかった。
 しかし唐突に口を挟んできたことを鑑みると、マイが言及しようとして部分が、自分たちにとって不都合な内容を孕んでいたことがわかる。尤も憶測ではあるが、さらにそれを裏付けるように、先ほど喋った犯人の隣にいる犯人は前傾姿勢で敵愾心と殺意を剝き出しにしている。

「全て、あなたがたを拘束すれば判ります」

「「…………」」

「そうですよね。……ジル以外、みんなそう」

 マイは無血の説得を諦め、実力による屈服に作戦を切り替えた。
 蒼玉が嵌め込まれた瞳を細め、全神経を両腕の延長である大太刀に集中する。その66寸の細長い刀身から風の流れを読み、相手の呼吸のテンポを把握し、僅かに存在する相手の『隙』を探り出す。

 マイの固有スキルでもある精神統一の極致、その開始に常人の感性では気付くことさえできない。静かに始まり、いつの間にか仕合そのものが終了していることさえあるこの技を、紅色の刀剣を持つ二人はすぐに察知して大きく後方へ飛び退いた。

 しかし彼女らはただ後退った訳ではない。着地する直前の空中で周囲の風を刀身へ纏い、半透明の片刃を複数本製すると、地に足をつくのと同時にマイ目がけて発射した。

「こんな、ことまで……っ!」

 前方から飛来する数多の刀身を、薙刀の要領で∞の字に廻らせた大太刀で迎え撃つ。
 直線に沿って進む擬似刀剣に、マイの銀色の反物理重量兵器ヘヴィーズ空斬からきり』の斬撃が正面から炸裂すると、糸がほどけるように擬似刀剣は虚空に消えてしまう。ただ彼女は刀で飛び道具を撃ち落としているだけなのだが、傍目ではマイの目前を境に銃弾が飛び交っているようにしか見えない。

 相変わらずダイナミックな防御を披露する彼女の姿に、犯人たちが驚愕する様子は見られない。むしろこの程度は当然だと言わんばかりの態度で、次から次に泥や風の片刃を創り出しては、天倒や蟀谷へ正確に撃ち出している。
 無限の剣弾と光速の剣舞による攻防戦は、ついに膠着状態に陥ってしまった。

「こんなことでッ、時間を稼ごうとッ、逃げられませんよッ」

「「――――」」

 普段は一撃必殺の剣術で誤魔化せているものの、マイは有酸素運動が極めて苦手だ。いくら彼女の相棒が木棒に負けず劣らずの軽量さを誇っていようとも、このまま両腕を廻らせ続けることは難しい。現に肩で息をして、上品に輝く真珠を額に沢山拵えている。
 
 しかしマイと相対する二人の犯人は息を切らすどころか、半透明や黄土の剣を創り発射する速度をさらに上昇させていた。
 風を切る快音と共に飛び交う剣弾の勢いは明らかに増しており、ついにマイの斬撃でも数本は撃ち落とせなくなってきた。大太刀と擬似刀剣との剣戟から外れた刀身は、決して減速することなくマイの美麗な肉体に突き立てられ、彼女の纏ったライダースーツごと貪っていく。

 最初の1本は右肩に掠り傷を生み、2本目と3本目はそれぞれ大腿部の肉を浅く抉り取った。

「うぅぐ……っ」

 流血から来る不快感と激痛に顔を歪めるマイ。
 甘皮ごと肉や神経を剝いでしまいそうな程の力で薄桃色の唇を噛みしめ、もはや関節痛というリミッターの外れた両肩を酷使することで剣舞を繰り広げる。その美麗な容姿とは裏腹に、彼女の我慢強さと仕事に対する執念は凄まじく、断固諦めることはない。

 何より今度の任務において、相手を殺害してはならないという条件がある。殺意の権化ともいえる殺傷能力を秘めた空斬の使い手であるマイが、相手を殺さずに無力化することは困難を極める。

 以前、カーン派内の過激派が潜伏する洞穴での任務において、彼女は模造自在剣の構造内の弱点を見抜き無力化することに成功した。しかしそれは偶然もとい天文学的確率が的中しただけのことで、その残党は結局腕を斬り落とした状態で確保することになった。
 完璧な成功の体験などほとんどない、ましてや交戦が不可欠な任務では一度も完全勝利を収めたことのない彼女は、以前バジルが暴走した時に彼を許せなかった自分の態度に後悔している。

 いずれ同志たちを纏めるリーダーになる立場にあるのに、なんと不甲斐ない。

 絶対に揺るぐことのなかったバジルへの信頼、それをかなぐり捨ててまで任務にのめり込んでしまった。

 いくら人から譴責を受けても、依然として成長できない自分。自覚があるからこそ悔しい。

 マイの太刀筋には、いつしか大きな迷いが生じていた。これは疲労によるものではない。間違いなく彼女の実力不足――精神面における、物事に対する実力が不足しているせいだ。

「ジル、ごめんなさい。ジル、ごめんなさい。ジル、ジル、ジル……っ!!」

 叫んでも叫んでも、風や泥の刃は空斬の刀身に触れることなく、マイの身体を容赦なく穿つ。
 何本もの剣弾は防御をすり抜けて、もはや剣戟の音すら聞こえないまま、少女の四肢を蹂躙する。
 響くのは風の声、肉を貫通する濁音、そしてある少年への懺悔の声。

「ごめんなさい、ジル。ごめんなさい。ジル、ジル、ジル、ジル――っ!!」

 白銀の奏でる澄んだ鈴音は、いつの間にか棍棒を振るう淡泊な音へと変わっている。

「ジル、ごめんなさい。許して。わたしは今も、ずっと、ジルを――っ」

 少女は泣いて、喚いて、唸って、もうどうしたらいいのかわからなくなって。

「ジル、ジル、ジル、ジル、ジル、ジ……ルぅ。返事、して?」

 少女の周りも、中身も、全部なくなった。
 ここにバジルはいない。いい加減に理解しろ、そう理性が訴えかける。
 
 ようやく気付いて、マイが剣を振るのをやめた時――もうすでに犯人たちはその場から立ち去っていた。
 独言がこだまして、冷たい大気を震わせた。
 虚しさが募る。寂しくなる。羞恥心に火がつく。
 濡れた頬をさする。凸凹の掌に円を描く。流れる血を吟味する。抉れた肉を柔く撫ぜる。
 そして少女は天を仰いだ。
 京都の空は、果てしなく澄んでいた。
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