オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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派閥同盟篇

11.往来に巣食う異邦人たちⅡ

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 上空20メートルにて突然現れた眩い光に、一瞬にして包まれてしまったバジルたち。
 それから数秒後、漆黒に染まった視界がようやく元の色を取り戻した時、閃光の発生源であろう『罠』を発動させた人物以外の不審者たちは姿を消していた。

「な、にが、起こった……?」

 眼前に広がる奇怪な光景に対して、バジルが動揺の声を漏らす。

「呆けてンなよォ、ジルくゥん?」

 バジルを含む十数人の新人類が唖然とする中、サークルの中央で、彼の驚愕に染まった表情を見て嘲笑する男。ふてぶてしい笑みを浮かべながら、夜風に揺れる黄土色の頭髪を左手で撫でつけるその様は、まさしく余裕に満ち溢れている。

「……ニーデル、お前……また、俺たちの邪魔をしに来たのか……!?」

「人聞きの悪ィこと言うなよォ。俺らからしたらァ、あんたらが邪魔者なんだぜェ?」

「そういう言葉遊びは好きじゃないんだ。……目的は、やっぱり萩谷派なのか」

 特別重要な任務に限って視界の男――カーン派に所属する新人類のニーデル・カーンは、わざわざ邪魔をするために現れる。あまりに都合の悪いタイミングで毎回出現することから、バジルたちの目的と彼らの目論見が毎回見事に合致しているのだと推測できる。
 バジルが怪訝な顔で訊ねると、ニーデルはただただ嬉しそうに笑った。

「あァあァ、なンッて短絡的なんだ!」

「……何か間違っているのか?」

 彼の反応が少し鼻についたのかバジルは眉をひそめ、目的を再度確認する。

「俺たちに『ナメクジ』ッつッたのはあんただろ。だったら、そのジメッとしてんのが、山ン中血眼になって人探しすンのは筋違いじゃねェの? そういうのはなァ、相当こなれてるようなヤツがやるお仕事なんだよォ」

「……つまり、さっきの連中はお前の仲間なのか?」

「なァ、さッきッから質問ばッかしだがよォ……追ッかけなくていいのかなァ、連中をォ」

 ニーデルがバジルの後方を指さし指摘すると、咄嗟に彼の背後に立っていたHarderが右側に迂回しながら、バジルのほうへ走ってくる。

「は、蓮美っ……?」

「君が指揮を執るんだろ、信用しろって言ったんだろ! だったら、なんとか言えよーっ!!」

 その叫びは機械音声だったのだが、純白のロボットの怒号は、間違いなく本物だった。
 今回の任務において、不在のマイに代わり隊長という立場を担っているバジルは、先ほどの閃光にあてられたせいで本来の任務を忘れ、同志たちに指示を出すことを怠ってしまった。彼の不手際により、折角捕らえた獲物たちを逃がしてしまったため、今すぐに追わなければこのまま逃亡されてしまうだろう。

 しかしHarderもまた、ニーデルから指摘を受けるまで持ち場で呆然と立ち尽くしていた。そんな不甲斐ない自分に鞭を打ち、誰よりも早く行動して、そして誰よりも早くバジルの目を覚まそうと全霊の呼びかけをしたのだ。

「――っ! ……ニーデルは俺が対処する、他の人たちは蓮――Harderに続けっ!!」
「おい、今なんて――!?」

 関節部が軋む勢いでHarderが振り返った時には、すでに同志たちは各々持ち場を離れ、無我夢中で走る彼女の背中を追いかけていた。
 『ヘヴィーズ』部隊の人々は重く持ちづらい兵器をその場に捨て、懐からナイフの柄のみを取り出して握り直すと、さらに速度を上げてついには機巧少女を追い抜いていった。

 だが少女は彼らを追うことなくその場で立ち止まり、バジルのほうへ向き直ると、

「ジルくんはまた、なんて無茶を言うんだ。啖呵を切るのもいい加減にしてよっ!」

 バジルには前科があり、且つその内容は今度の任務と酷似していた。あの時に彼を信用して重大な仕事を任せたため起こってしまった事件の経緯を顧みて、Harderはあの過去を繰り返すまいとバジルに再び譴責を浴びせた。

 募り募った怒りと不安が、凍るような冷気を帯びてより鋭く周囲に拡散する。
 それは肌を刺し、耳朶をくり抜き、脳を穿つ強弓となって、バジルの心身に襲いかかった。

「Harder……早く、みんなと行ってくれ」

 その弱々しくも優しい声が、少女の迸る憤りに火をつける。

「今の君がすべきことは、その男の相手じゃない、ボクたちと仕事を分担することでもない!」

 少女の言い分は、かなり衝動的な感情に流されつつもやはり正しい。

 現在、バジルたちに課せられているのは、北海道に現存するといわれる日本最古の新人類を見つけ出すこと、そしてその任務の障害となるものを取り除くことだ。
 前者が達成される兆しがない今、バジルのすべきことは後者の「障害の除去」であるはず。ならば、先ほど自身で前者が目的でないと断言した眼前の男より、確実な障害となり得るアルビノの集団を追うべきなのは明確だ。

 しかし、いまだに目前の男が何かを企んでいると思っているバジルにとって、少女の訴えは単に自身の判断に迷いを生じさせる、いち意見にしかならない。

「じゃあHarderにとって、俺に任せても大丈夫っていう仕事は一体なんだ?」

 バジルはそれでも、大事な仲間の言葉を無下にはできない性質の、ある種お人好しだ。
 相対する少女に信頼して貰えるよう、そう質問せざるを得なかった。

「……蓮美は、どんな俺なら信用してくれる?」

 ――その刹那、ツインテールの少女ははっきりと叫んだ。


「ジルくんなんて全然、信用してないんだよっ――」


「…………」

「――ぁ、ぼ、ボク、違っ……」

 本当の気持ちを、素直じゃない気持ちを、曝け出してしまったHarder。
 彼女は今までずっと、同志たちの「バジルの次回に期待する想い」をありのまま伝えるための代弁者として、バジルに様々な厳しい言葉を投げかけてきた。
 全ては自身と同志たちが、本当はバジルを信頼している事実を知ってもらうための行為だった。
 それなのに彼女は、自分だけでなく同志たちの想いを踏みにじる形で、さらに最悪なタイミングでその本音をバジルに伝えてしまった。

 不覚にも言葉の選択を誤ってしまった少女は、ただただその場に立ち尽くすしかなかった。

 もう今さら、バジルに対して撤回はできない――その事実に唖然とする少女を肴にして哄笑を上げる男は、そのままバジル目がけて拳銃を構える。

「好いわァ、濃いわァ、そういうのォ! 自己嫌悪と使命感との板挟みとかねェ……ククゥ」

 口元の笑みを必死に右腕で抑えながら、迷いなく引き金を引いた。
 皮を弾くような心地よい鈍音と共に発射された鉛は、目を伏せて佇むバジルの左肩に食い込みそのまま貫通すると、後方のロボットに向かって直進する。

「ジルくん、ボクは――」

 言いかけた直後に、弾丸は細く白いHarderの首を撃ち抜いた。

 橙の火花と小さな電気の断末魔を絞り出すと、機巧少女はそのまま後ろへと倒れ込んだ。
 一連の出来事に驚愕し、振り返ったバジルを見つめ返す、虚ろな二つの黒眼。若干白く濁った寂しげな瞳をしばらく見つめたのち、バジルは黄土色の髪の男に振り返って、

「……お前、蓮美の苦痛も知らないで、こんな……っ!」

「そこの機械に苦痛ォ与えてンのは、どッこの誰だろうねェ?」

「……わかった。ようやくわかったよ、蓮美」

 そう言い放つとバジルは徐に両手を剣柄に宛がい、ゆっくりと腕輪から刀身を引き抜く。

 飾り気のない黒い腕輪から現れたのは、鮮血の色と濃霧のような外見が特徴的な、裾広がりの刀身。
 以前の黒々とした血液の色を思うと、今回の肉の色にさえ近い健康的な赤橙色はまさしく、二度と失敗をしないために上手く自在剣を使いこなせるよう、バジルが日和の協力を得て健康面にかなり配慮した生活を送っていたことの証左である。

「あァあァ……あんたの、あンのどす黒い色ォ好きだッたんだがなァ」

 茶化すような発言をするニーデルの鼻先に、バジルは右手の血潮を突き立てる。

「俺はもう、約束を破りたくない。信用だって、失いたくないんだ」

 マイを助けに行った時、誰よりもバジルの身勝手に腹を立てた者の姿。
 兄以外の家族を全員失ったと宣告された者の憤った表情。
 そして、今まで見せなかった不信感を初めて口にした者の切ない声音。

 バジルのこれまでには、一度たりとも勝利などなかった。彼は全てから敗走し、全てに蔑まれ、全てに打ちのめされ、そして全てに理解されなかったのだ。

 バジルが信頼を失った要因とはなんなのか……悩み疲れた彼は断言しなかったが、恐らくその原因は『恐怖』だろう。
 死に対する恐怖はもとい、痛みや不快感は己の特異な体質に自覚したことで多少薄れてしまったが、仲間という存在を失うことはいまだに怖かった。それは勿論、仲間からの信頼や愛情も同義だ。

「俺はずっと、自分の欠点というものがわからなかった。自分の欠点が、毎回の失敗と関係していることだけはわかっていたけど、結局最後は自覚することが怖くなって、逃げてしまった」

「…………」

「だけど俺は、大抵のことを自分だけで解決できる手段を持っていた。そう、蓮美が教えてくれた。だから俺は断固として、目前の問題をたった一人で片付けてみせるよ」

「……あんたさァ、さッき自分で言葉遊びが嫌いッつッてたくせに、長ェよォ……」

 待ちくたびれた様子で、ニーデルが深く嘆息する。その挙動と重なって、くたびれた頭髪が大きく揺れる。それがエノコログサのように額をくすぐったのかニーデルは煩わしげに苦笑した。

「随分と余裕ぶってるけど、何か策でもあるのか……?」

「いンやァ、別に――」

 ニーデルの言葉を遮り、何かがバジルの下腹部を大きく抉り取った。
 涙目で鮮血を吐瀉するバジルの損傷部は、まるで月のクレーターのように深く穴が開き、大腸や各器官が様々な液体を纏い外へ溢れ出している。

 ……だが、僅か数秒で肉がみるみる塞がっていき、飛び出した血肉と臓器を残して下腹部は復元された。

「……おい、今何をした。お前の仕業じゃないだろ」

「――――」

 返答の代わりに再び、謎の物体が飛来する。しかし今度はその軌道を見切ったバジルが右手の自在剣を薙いで物体を撃ち落とした。

「……徹甲弾……いや、徹甲榴弾か?」

 それは、先端が細いドーム状で少し大きめの弾丸。一見するとごく普通の弾丸だが、先ほど広範囲に及び人体の肉を抉り取ったという効果を鑑みて、恐らく徹甲弾の類いだろう。
 それも内部に炸薬を有し、頑強な装甲を爆発する際に用いられる徹甲榴弾だと思われる。

 足元の弾丸を観察していると、その特徴的な外見からバジルはあることに気が付いた。

「あァ、どうしたんだよォ?」

「……出て来いよ、狙撃手スナイパー

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 2022年1月1日土曜日、北海道札幌市某所。
 午前2時。

「う、うぅ、ぅあ……」

 札幌丘珠空港近くの小さな旅館の一室、狭い空間に響き渡る呻き声。
 喉の奥から湧き上がる不快感のせいかひどく掠れてしまっており、密閉空間の中にいるため何度もそれは反響し、声の主の理性を蝕んでいく。

 室内に設置された六角柱は全て防音壁で作られ、且つその内部には大量の精密機器やコードが詰め込まれている。その多くが一人の少女の身体に接続され、当の少女がそれらの機械を座ったまま操作できる仕組みのようだ。

 機器のほとんどは画面のないスイッチばかりの代物だが、二つだけモニター画面のある機械が存在する。その一つはすでにブラックアウトしているが、もう一つの小さな液晶は、少女のパラメータを詳細に表示している。
 画面の項目――精神状態、五感の補正、機械音声の設定などを見ると、多くの機械によって少女の感覚を特定の機器と同調させていることが推測できる。いわゆる『バーチャルリアリティー』の進化版である。

 多くの機器によって何かと感覚を同調させている少女は今、なぜか自身の首を絞めながら涙を流して仰向けに倒れている。

「くう、ぅぅ……じ、る、くん……」

 画面の情報を見るとどうやら、先ほど遠隔操作していたロボットが頸部に甚大なダメージを受けたようだ。何が要因となったのかは不明だが、あまりの衝撃に制御装置が接続を断ち切っており、現在はそのロボットと繋がってはいなかった。

 しかし制御装置がはたらく程の衝撃を頸部に受ければ、軽く済んでも失神してしまうはずだ。それでも少女はただ涙を流すだけで、「痛い」の一言さえ口にしてはいない。

「……ごめん、なさい……」

 少女の異変に気付いた仲間が助けに来るまで、彼女はずっと何かに謝罪しながら、熱い涙を流していたという。
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