オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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派閥同盟篇

10.往来に巣食う異邦人たちⅠ

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2022年1月1日土曜日、北海道札幌市某所。

 『罠』のある場所まで暗く狭い道がしばらく続き、バジルたちはすっかり睡魔に全身を侵されてしまっていた。そのため時間経過も把握できず、宿で警報が鳴ってからどのくらい経過したのか、恐らく正確に把握できているのはワゴン車の運転手だけである。
 
 凡そ1時間の道のりだが、年末ということもあり交通量が深夜でもかなり多かったため、何度も迂回して来た。
 辿り着いたのは市内でも有名な1000メートル級の山、傾斜は少し緩やかだが『罠』のある地点まで距離が長い。

 そしてその『罠』もまた非常に簡易なもので、数は多いが一つ一つが10分程しか効果を発揮しないため、すでに最初の地点から対象者たちは去ってしまっているだろう。

「今回は範囲も広く、また対象が何人いるかを把握できていない。細かなグループに分かれた結果、より多くの対象に囲まれる可能性も考慮して、全員で広がって頂上を目指そう」

 作戦部の『ヘヴィーズ』部隊において、マイの代わりに隊長を任されたバジルは、事細かに現場の状態と作戦計画を述べる。彼のリーダーとしてのポテンシャルは同志たちを驚かせ、また同時に作戦に対する焦燥や緊張を少しだけ緩和した。
 その場にいる全員の準備が整ったところで、速やかに任務は実行された。
 
 観光スポットとして有名な山ではあるが、その道のりはたいへん険しいものだ。背の高い草が一面に生い茂り、日が昇るまで辺りは静寂と暗闇に包まれて、あまつさえ足下には沢山の雪が積もっている。まるで整備のなされていないその場所を見て、バジルたちはようやくこの場所が今は閉山されているのだと悟った。

 だが今は任務が優先、世俗の常識に構うことなく彼らは一心に山を登る。
 幸いにも本日は雪が降っておらず、気温も氷点下には至っていない。足元の雪も凍結していないため、今のところは順調に山を登っている。

 しかし突如――静寂を斬り裂く剣戟の鋭い叫びが周囲に響いた。

「……多分、罠を破ろうとしてるんだな」

 まるで切先の声を理解したように、バジルが呟く。
 すると彼の後ろに続く同志たちは彼の一言で、すぐにサーベルや刀身のないナイフを構えた。あと数分とたたないうちに戦闘が始まると、その瞬間に全員が悟ったのだ。

「俺がこのまま直進するから、『カウンター』の方々は罠の後方に回ってください」

「あの、『ヘヴィーズ』はどうすれば……?」

「先陣する俺と『カウンター』の方々にぶつからないよう注意しながら、罠を前方から囲うように、番号順に並んでください。もしも相手が10人以上だった場合、戦闘のサポートもよろしくお願いします」

「わかりました。後ろの奴らに伝えます」

 そして全員に作戦計画のひととおりが伝わったのを確認し、バジルも両腕に厳かな黒金の腕輪を装着する。それはこれまでの戦いにおいて、際限なく溢れ出た自身の血液と、仲間に対する裏切りによって汚されてしまった、バジルの相棒であり殺意の代弁者だった。

 彼が腕にそれを嵌めた途端、周囲に緊張した空気が流れ出す。
 それは決して自分たちをより昂らせるためのものではなく、純粋にバジルへの不信感である。

「わかってる。俺が魔剣に魅了されない保証なんて、どこにもないからな」

「…………」

 彼の背を見つめる同志たちはみな目を伏せて、返答に困っている様子だ。尤も、彼らが何か悪いことをした訳ではない。ただ以前に起きてしまった事件の経緯を鑑みて、バジルの実力を彼の人格や普段の努力だけで決めていいのか迷っているだけなのだ。

「俺がまた、任務そっちのけで人を殺す可能性を否定できないのは、当然のことだ」

 だが、バジル自身も同志たちの抱えるわだかまりをどうにか解消したいと考えている。彼らから信頼を取り戻して、自分を唯一無二の仲間として認めて欲しいと、今までずっと想ってきた。

「俺は死なないから、誰よりも生命というものを理解できない。……けど、だからこそ誰よりも命というものを敬って、丁重に扱わないといけないと思うんだ」

 ――それはまさしく、カーマイン・ローレンスの意志そのものだ。

 人を容易く屠る力を有しているからこそ、他者の命や人格を慮り、そして尊重する義務があるのだと、彼女は思っていた。
 その志こそ立派だが、何より旧人類の存在を憎んで殲滅を計る新人類たちには、ほとんど理解されなかった。

 しかし、彼女のどこまでも優しく実直な姿に畏縮し、憧れた少年は、いつしか自分も彼女のような人間になりたいと思っていたのだ。その形態は違えど、生命と殺戮に対する二人の考えは見事に合致している。

「急に、俺を信用してくれ、っていうのはおかしいと思うから……取りあえず今は、俺の指示したとおりに動いて欲しい。そして一緒に戦って欲しいから……どうか、お願いします」

 他者からの信頼を得ることが簡単ではないことなど、バジルはとうの昔から知っている。現に、日和の存在がなければマイたちと出会うこともなかったのだ。

 そんな彼はゆっくりと振り返り、やっと手に入れた自分の存在意義を失いたくない一心で、仲間たちに頭を下げた。深々と、彼の誠意がこもった渾身のお辞儀だった。
 バジルの本気を目の前にした同志たちは唖然として、どういった返事をして良いのかしばらく決めあぐねていたが、その沈黙の中で小さな囁きが聞こえた。

「……は、い?」

 バジルが恭しく訊き返すと、声の主は少しこもった声で、

「……綺麗事、言ってないでさぁ。早く、行こうよ」

「蓮美……お前、他にもっと言うべきことが――」

「知らないよ。ボクたちはここへ、茶番をしに来たんじゃない」

 長剣を持った中年の男性の注意さえ霧散する程に、心ない一言がバジルへ投げかけられた。その張本人である白く小柄な機巧少女は悪びれる様子もなく、真顔のまま佇んでいる。

「Harderの言うとおりだな。……行こう」

 このままでは少女が同志たちから譴責を浴びせられてしまう、そう悟ったバジルは唐突に作戦の開始を告げる。
 これにはその場にいる全員がひどく動揺したが、すぐに少年の意思を汲んで、素早く山を駆け上っていく彼の背中を追って走り出した。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「よし、全員配置についたな……罠が壊れても、対象を逃がさないでくれ!」

 バジルの声に応えるように、赤い円柱の周囲に並んだ同志たちは各々の兵器を構え直した。今回は全てが近接攻撃に特化した兵器であるため、リーチの長いものと短いものを交互に配置している。


 バジルのいう『罠』とは、彼の特異な力を秘めた血液を瓶に詰めて冷凍したものを指しており、これはバジルの他にも存在するといわれる「血液にまつわる特異能力を持った人間」によってそれぞれ効果が異なるという。

 バジルの血液でつくった『罠』の場合、瓶が衝撃を受け破損すると効果が発動し、衝撃を受けた方向から垂直方向に血液の盾を形成することができる。その硬度は自在剣の刀身に匹敵する程に高く、複数人が斬撃を見舞っても最低10分はそれに耐え得る。

 平常ではひとつを破壊して即席の盾をつくる時に用いられるが、8個程度をセンサー爆弾とセットで設置すれば、罠として利用することもできる。またバジルのような特異能力者は血液の保有量も回復量も凄まじいため、本人が承諾すれば量産も可能なのだ。

 その、特異な力を持つ血液を有効利用したトラップは恐らく、あと3分程度で破壊されてしまうだろう。


 ――そして張り詰めた空気の中、ついに血液の籠は消失した。
 出来事は一瞬のことで、なお且つ無音だったため、バジルたちは少し驚いた様子で前方の状況を確認する。

 彼らの視界――籠のあった場所に居たのは、6人のアルビノ。それぞれ利き手に、土くれの刀身と黒色の柄でできたロングソードを握っている。とても日本人には見えないが、正確な人種も判断できない。
 冷たい空気と混ざり合った静寂が、空間を支配する。
 赤い12の瞳と焦燥を孕んだ視線が交差し、最後にバジルに集合した。

「に、二か国語しか話せないんだけど……」

 自分と容姿の似通った人物たちがどこの国の人間かわからない以上、迂闊に話しかけることはできない。特に日本語と稚拙な英語しか話せないバジルなら尚更だ。

 全員が沈黙し硬直した状態で、ただ徒に時間と冷風だけが流れる。そんな状態がずっと続くものだと思い、その場にいる全員が憂鬱な表情になってしまった。
 すると……気のせいだろうか。突如として、どこからか鼻歌が聞こえてきたのだ。
 リズムという概念はなく、ただ高音と低音を交互に発しているだけの雑音。ひどく耳障りである。

「そこに居るのは、誰だ……?」

『――誰だァと思う?』

 その特徴的な言葉遣い、不快な抑揚には聞き覚えがあった。
 いまだ当人の姿は見えないが、バジルはその存在を意識した途端、生理的嫌悪感と共に不思議な安堵感を覚えた。恐らく、ようやく言葉が通じたことに対する嬉しさだろう。

『良かったねェ、敵ン中に日本語わかる奴がいてェ?』

「べ、別に嬉しくないし……むしろ、お前がいるほうが不愉快なんだけど」

『なァにツンデレてンだよォ。誰向けのサービスだッての!』

 それは、バジルにとって初めての敗北の経験に端を発する。
 その頃から彼は、ある男によって心身ともに傷つけられ、それが原因となり取り返しのつかない事件を起こしてしまった。
 ある男のせいで、バジルは人間味をなくした。死に怯え、痛みに涙し、自分を大事に思えなくなってしまった。

「なんで……お前が、ここに居るんだよ……っ!」

『説明の義務ァねェッつの。俺だッてなァ、好んで冬の札幌ォ来るような物好きじゃねェよ』

 声の主はついに……アルビノ集団の中央から、姿を現した。
 相変わらず趣味の悪い真っ青なコスチュームに身を包んだ、細身の男。ボサボサの黄土色の髪の毛と、下卑た笑み、目の下に色濃く彫られた三日月に至るまで、全てが男の捻じ曲がった人格を顕著に表している。
 右手にはアルビノの輩と同じく黒い無地の柄、左手には緋色の液体が入った瓶を握りしめ、バジルのほうを見つめながら汚く笑んでいた。

「あァあァ、たッた7人を大人数で囲ッちまッてよォ。容赦ねェなァ、あんたらはァ」

「容赦なんて、できる訳ないだろ。手を抜いて勝てるなんて、甘い考えはとうに捨てたよ」

「そッかそッか。ンじゃあ、今日も派手にぶちンかましてやるよォッ――!!」

 男はそう叫ぶと、左手の大瓶をアンダースローで思い切り上空へ投げつけた。

 凡そ20メートル上を舞う瓶は、恐らくバジルたちの用いた『罠』と同様のものだ。しかしその効果が判断できない以上、迂闊にそれを刺激することはできない。
 だが男は腰のベルトから拳銃を取り出すと、躊躇なく上空の瓶目がけて構え、


「――ザクロィティー・グラーザ――」


 引き金を引き、謎の呪文を言い放ったその刹那、瓶の中央を弾丸が貫いた。

 瓶に開いた小さな穴から液体が零れ出し、虚空に数滴のそれが撒かれると――バジルたちを、突如として現出した『閃光』が、一瞬で呑み込んだ。
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