オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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派閥同盟篇

 9.もう二度とない告白

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 2021年12月31日金曜日。北海道札幌市某所。
 午後23時。

 楠森バジルを筆頭とする多数の作戦部員とロボット一体の集団は、凡そ五日前から北海道に到着していたのだが、到着から二日間は萩谷派技術者の捜索に一切進捗がなかったため、その後の期間は全員がただ観光に耽っていた。

 そして本日――1年の節目を祝う特別な儀式もまた、なんの障害もなく執り行われている。
 現在、連中が宿泊しているのは飛行場兼空港の丘珠空港から程近い旅館の大広間。そして只今は、旅館からサービスの一環として提供される年越しそばを啜りながら、各々至福の時間を貪っていた。

「あれ、そういえば蓮美……さっきまで居たよね?」

 バジルが怪訝そうに訊ねると、正面で即席女子会に花を咲かせていた一人の少女が彼の隣に移動してきて、なぜか胸ぐらを摑んで思い切り引っ張った。

「楠森ぃ、あんたまた蓮美ちゃんに変なことしたんじゃないでしょうねぇ!」

「いや……というか、以前に蓮美をいじめた記憶もないんですけど……」

「言い訳とか要らないから。楠森がちゃんと呼んできなさいよ、いい?」

 返事をするまで逃がさないと言わんばかりに、少女はバジルの顔を引き寄せて、苛立ちを孕んだ鋭い双眸で睨みつける。これには我が強いバジルでも、さすがに尻込みしてしまい、

「わ、わかりました。今すぐに善処いたしますので、まずその手を放して――」

「女の子傷つけといて、善処とか言うなっ!」

「ひぅっ……すすすみません!?」

 『善処』の意味を知ったうえで怒鳴り声をあげたのか不明だが、とにかく激しい剣幕で憤慨する少女に気圧されて、バジルは何一つ言い返すことができなかった。

 彼女の両手が離れた途端、バジルは引き戸目がけて走り出した。それはまるで檻の中にいる猛獣に怯える兎のような、漠然とした恐怖に意識を支配されている滑稽な姿だ。
 バジルが和紙を突き破りそうな勢いで飛び出していったので、彼に急ぐよう促した当人は青ざめた顔をしている。

「さ、さすがに言いすぎたかなぁ……?」

「ねぇ、こっち来て一緒にカニ食べよー」

「オッケオッケ。あ、でも手ぇ荒れるし、代わりに殻剝いといてー」

 凡そ若い少女の会話と思えない何かを交わしながら、少女は元の場所へ戻っていった。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「蓮美ぃ、大丈夫かー?」

『…………』

 先ほどから幾度も声をかけノックをしているが、毎回返ってくるのは冷たい沈黙のみ。
 木製の扉の向こうから確かに、何者かの気配を感じる。だが、蓮美がすぐ先にいると悟ったところで、バジルが彼女と顔を合わせることは叶わない。幾ら彼自身が面会を強く希望していても、当の少女が拒絶しているのなら、お人好しなバジルには強要することができないからだ。

「もしかして、ホームシックですか?」

『…………』

「確かに俺も、長居すればする程、日和やマイに会いたくなるよ。……勿論、Harderにも」

 返答がないまま、結局部屋の前に佇んで独りごちるバジル。その姿はなんとも惨めで鬱陶しくて、しかしその中に大きな愛がある。

 たとえその行為自体、相手からは煙たがられてしまうかもしれない。いや、すでに現状がそうであるのだが、バジルが好意の押し売りをやめる要因には成り得なかった。

「真面目な蓮美からするとこの三日間、見回りという建前で遊び惚けていただけの俺は、すこぶる不愉快だったかもしれない。そのことについては謝るよ……本当、ごめんなさい」

 バジルは謝罪の言葉を述べて深く頭を下げる。
 しかし目前にドアがあることを失念しており、鈍音と共に小さな呻き声が廊下に轟いた。

「正直、俺は人の機微について疎いからさ。蓮美が何を思って、部屋に籠ってるのか、俺にはさっぱりわからない。いや……わかってあげられない自分が不甲斐なくて、恥ずかしいよ」

 唇を結って天井を仰ぐと、バジルはため息交じりに苦笑する。

「でも、蓮美だって悪いんだぞ。俺が人間観察苦手なことを知ってるくせして、いつも理由を話してくれないじゃないか。言葉にしないとわからない、面倒な人間もいるんだからな?」

 気のせいだろうか、扉の向こうで何かが聞こえた。
 矮小で朧げで、こちらを馬鹿にしているようなものだったが、なぜだかバジルは嬉しい気持ちになった。

「あの、ごめん。俺ってさっきまで、なんの話してたっけ……」

『ボクを呼びに来たんじゃないのぉ?』

 声がした。
 だが、木の扉の向こう側からではなく、背後から聞こえた。

 驚愕と喜悦でくしゃくしゃになった表情のまま振り返ると、こちらに対してなぜか背を向けて立つ、一人の少女の姿。しなやかな小軀と上品な藍色の浴衣、控えめな印象の装いとは別に煌めく赤茶色のツインテールがひどく愛おしい彼女は、決してバジルのほうを振り向かず、しかし段々と詰め寄ってきているように見える。

「向き合うのが恥ずかしいなら、部屋の中からでも良かったのに」

「ぃぃぃ、今、トイレから戻った、から……」

「だから……恥ずかしいなら報告しなくてもいいってば」

 羞恥心に焦がれながらも、きちんと受け答えをしてくれる少女。普段は形代のようなものに隠れながらでないとコミュニケーションの一切が取れない彼女が、真摯に自身と向き合ってくれている。
 バジルにとっては当たり前になりつつあった事象だが、それでも歓喜の念に堪えなかった。

「――というか、今戻ったってことは、俺の話聞いてなかった訳だよね?」

「そ、そそ、それは、その……」

 バジルの言葉に不満があったのか、少女は慌てた様子で言葉を紡ごうと試みる。しかしそれは単に場を濁すだけの逡巡の言葉に成り果ててしまい、結局彼女の真意には成り得ない。

「いや、大丈夫。それより、酒臭い大広間は嫌だったのか?」

「ぅいや、そういうのも、あの、なくって……」

「じゃあ、やっぱり俺が――」

「そうじゃなくて……っ!」

 自分のせいで蓮美が気分を害したと思い込んでいたバジルに、蓮美は腹を立てている様子だ。決してそう思っていないのに、むしろきちんと理由を告げられない自分に非があるのだと、蓮美もまた胸中では自分を卑下していた。

 本質的には似通っているはずなのに、二人はなかなか感情を共有できない。
 それはなぜか――言うまでもなく、蓮美が著しくコミュニケーション能力を欠いているからだ。

 何か、バジルに気持ちを伝える手段はないかと周囲を見回すと、屈めばすっぽり身体が隠れる大きさの物体を見つけた。バジルに面を見られないよう、蓮美は瞬く間にその物体の後ろへ潜んだ。

「じ、ジルくぅん。あのね……聞いて欲しいんだ」

「あ、うん。蓮美がそれでいいなら、別に……」

 じっとこちらを睥睨する、門松を両手に持った狸の置物。
 その不気味な無機物から、可愛らしい鈴の音がするから堪らない。しかし、その二人羽織紛いの行動によって正常な会話をすることができる人間が目の前にいる以上、バジルにはその方法を否定することができなかった。

「別に怒ってはいないけど、何か大広間に居たくない理由があったの?」

「……今日はちゃんと、正直に話すから。笑ったり、怒ったりしないでね」

「ああ、勿論。そんな無粋なことはしないと誓うよ」

 バジルがにっこりと笑みを浮かべると、その笑顔が見えていないはずの蓮美は少しはにかんで、一度咳払いをしたのちゆっくりと語り始めた。

「ボクは、日和ちゃんと同じような扱いを受けて育った訳じゃない。日和ちゃんは、恵光派のみんなを纏めるリーダーになるための教育を受けていて、対してボクは学園に入学して情勢を把握する諜報員になるための教育を受けたんだ。その、日和ちゃんの母親の教育がとっても厳しかったから、お蔭で今のボクはこのとおり対人恐怖症なんだよねぇ」

「蓮美のそれは、昔はなかったってことなのか?」

「全くないってことはないよ。そりゃあ年頃の女の子だし、人見知りくらいはするよね」

「それも、そうだよな」

「それで、対人恐怖症の弊害だと思うんだけど……なんだか、自分のできないことを容易くこなしてしまう人間を、虐めたくなるきらいがあるんだ、ボクは」

 それはつまり――蓮美は生理的に、他人とのコミュニケーションを楽しんでいる人間を嫌っているというのだった。
 彼女のいう「自分のできないこと」がイコール「他人との交流」に繋がるとは言い切れないが、バジルや日和、歌咲がその対象になっている可能性は非常に高い。

「ごめんね、ジルくん。今までの冷たい態度とか、全部君への嫌がらせだったんだ。全部が全部、ボクの中のわだかまりを晴らすための意地悪だったんだよ」

「…………」

「ボク自身、ジルくんに含むところはないんだ。だけど、どうしてもね……ボクの中の小汚い正義が、ジルくんを遠ざけろって、そう言ってくるんだよ」

 蓮美がつまり何を言いたいのか、バジルには見当もつかなかった。
 バジルを生理的に嫌っているのに、今まで嫌な顔せず訓練に付き合ってくれた。
 道を踏み違えた時、誰よりも最初に叱ってくれた。
 そんないつも優しかった彼女が、内心で自分のことをひどく嫌っていた。その現実はひどく残酷で、無慈悲で、どこまでも現実味を帯びている。

「もう気付いてると思うけど、ボクのスタンスはね――大を救い、小を捨てることなんだ」

「……蓮美にとって、俺は小……捨てられるほう、なのか?」

「――――そう、だよ」

「…………」

「別に、嫌いな人を小にしてる訳じゃない。ただ大には、全員を救う力を持った者がいないから、みんなで助け合わないといけないんだ。対して小は、各々が自分や他者を守り切る手段を持ち合わせている。だからこそ敬意を払って、切り捨てないといけないんだ」

 それはなんて、合理的な考えだろうか。

 利用価値のあるものを惜しみなく使い、残る価値のあるものを護らせる。
 残る価値のあるものは例外なく戦う手段を持っているが、自分たちの全てを守り抜くことは叶わない。残る価値のあるものには、往々にして存続させまいと障害が付き纏うものだ。
 そして蓮美は、個人的な感情を多少含みつつも、仲間たちと永く繁栄するためにこの手段を選んだ。生き物として当然のことだろう。

 それでもバジルは悲しかった。自分の受容した運命にもう一つ、最良で最悪な道が残っていたこと、そして自分の師とも呼べる存在がその道を選んでいたことが、堪らなく悔しい。

「大広間に居たくなかったのも……これから大戦で大と小が選別されるのに、和やかに戯れるのはどうなのかなって、そう思ったからなんだ。……本当に、ごめんなさい」

 彼女の「ごめんなさい」を聞いたバジルはふと、あることを思い出した。
 ――以前にバジルは、蓮美とマイがどこか姉妹のように見えたことがあったのだ。
 それは恐らく、蓮美のどこまでも合理的で仲間想いの部分が、マイの誠実さや純粋さに似ていたからだろう。

 仮に二人の少女が似通っているのなら、バジルは蓮美の優しさや厳しさを全て受け入れなければならない。
 なぜならバジルは、自身の異能と精神と肉体をもって、新人類たちの味方をすると決めたのだから。

「……そっか。そうだよな」

「ジル、くん……その、今まで言い出せなくてごめんね……」

「いいよ。蓮美や、マイや、日和や、ヴォルカンに捨てられるのなら、それでいい」


「「――――」」


 蓮美の甲高い叫びと重なって、旅館内に謎の警告音が鳴り響いた。
 これは以前、エコービルから自在剣が盗み出された際に聞いたものと同じ、独特なニュアンスでこちらに緊急事態への対応を催促してくる。

「どうやら、何かが罠にかかったみたいだな」

「ジ、ル、くん……あ、ああ、あの……」

「蓮美、早急にHarderの用意をしてくれ。大丈夫、俺も一緒に戦うからさ」

「――――ジルくんっ」

「どうせ最後はクズ野郎になるんだ、今のうちにとことん俺を使ってくれ」

 少年の笑顔と、少女の泣き顔は、ついに交わることはなかった。
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