オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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派閥同盟篇

13.往来に巣食う異邦人たちⅣ

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 2022年1月1日土曜日。北海道札幌市某所。
 午前4時30分。

 新人類一行が宿泊していた旅館の一室、5人の男が神妙な面持ちで一人の話に聴き入っていた。

「……というわけで、結局萩谷派の技術者たちは見つからなかった。引き続き捜索はするけど、そもそも萩谷派の人間自体にはっきりとした特徴がない以上、目撃者たちがカーン派の人間と見間違えたっていう可能性のほうが高い。こっちは後に諜報部の方々に任せることにします」

 男たちの目線の先では、バジルが先ほどまでの出来事の詳細を説明している。また状況報告に伴って浮かんだ疑問とそれに対する推察、次なる行動の指示まで的確にこなしているその様は、マイと同じ任務への真剣さを思わせた。

「それで……あの連中は、一体なんなんだ?」

 一人の男が手を挙げ、バジルに質問を投げかける。

「……実は、連中に関する情報をニーデルから聞き出してきました。今からそれを述べます」

 バジルはあらかじめ要点をまとめておいたメモ用紙をポケットから取り出し、箇条書きにした内容を読み上げていく。

「まず連中の身元ですが、さすがにニーデルは喋りませんでした。でも、連中は萩谷派の人間を探す捜査員で、カーン派は彼らの任務を陰ながら補助する、という利害関係が成立していたそうです。次に連中の拠点についてですが、ニーデルは青森県にあるカーン派の小汚い根城の一部を譲渡したと言っていました。恐らく、逃亡したアルビノはそこへ向かったのでしょう」

「所々カーン派への嫌味が気になるが……理解した」

 多少ニーデルたちを皮肉った言葉を交えメモを読み上げたバジルは、徐に立ち上がり、

「それよりも、俺は……俺の血でつくった瓶を、連中が欲していることに驚きました」

「それは勿論、お前の万能な血液は戦闘において最高の盾となるからだろう」

「だから俺は、正直、萩谷派が発見されなかったことに危機感を覚えています……」

 バジルが何を言っているのか、男たちにはわからなかった。妙に沈鬱な表情で当たり前の不安を零す彼が、一体何を考えて心配を吐露しているのか、髭面の男性が訊ねる。

「つまりどういうことなんだよ、おい?」

「俺は……彼らによって、エコービルが襲撃されるのではと疑っています」

「いやいや、それはあり得ないって! 第一あいつらにビルの場所はわからんさ」

「彼らはカーン派と繋がっています。カーン派は以前に一度ビルを強襲し、自在剣を奪い去りました。もうすでに場所がバレている以上、襲撃される可能性は大いに考えられます……」

「…………」

 バジルの推察に対してぐうの音も出ない男たちは、その場で沈黙した。

 現在、戦闘に不向きな開発部所属の同志たちしかいない無防備そのものの拠点が、自分たちのいない間に制圧され、友人や恋人や家族もろとも蹂躙される。想像するだけで身の毛もよだつ、最悪の状況だ。
 しかしこの可能性は誰もが容易に思う至ることのできるものであり、それは男たちもわかっている。
 だからこそ、目前のうら若い少年が勇気を出してその可能性を提唱したことに対し、彼らはひどい慙愧の念に駆られた。

 だがそれと同時に、ひとつの決意を生んだ。

「……楠森。札幌での萩谷派捜索任務は撤回しよう」

「はい、俺もそれが最善だと思います!」

「明日にはここを出て……元気に、家に帰るぞ」

「――はいっ!!」

 バジルの返事に続くように、周囲の男たちも各々意気込みを口にした。中には卑猥なものも含まれていたのだが、18歳に満たないバジルには全く聞こえなかった。

「それでは本部に、地方にいる作戦部の方々に招集をかけて貰うよう連絡してください。あと万が一の時のために、各々兵器を携帯するようにも伝えておいてくださいね」

「わかった。……それで、お前はお前の仕事をするんだな?」

「勿論。そうしないと、帰ってからマイや日和に顔向けできませんから」

 バジルはにかっと腕白な笑みを浮かべると、足早に大部屋から退出する。

 ――真摯に任務と向き合ってください。
 唐突に思い出したのは、以前にバジルが「自分はこの任務に相応しくない」とヴォルカンに直談判した際、彼が初めて憤りを露にした言葉だ。普段は飄々としていて感情を読み取りにくいヴォルカンの衝撃的な一言は、今でもバジルの耳に色あせることなく残っている。

 彼の言葉を思い出す度、バジルは自分と向き合うことができた。これまでとは違い、自分にできる最善と自分にしかできない最善との区別がつくようになり、それが自信となった。

 だからバジルは――少女と向き合わなければならない。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 自らを必要とされてから、全てが変わった。今まで嫌悪していた人々が仲間となり、自分の戦う理由となり、そして自分に残された唯一無二の居場所になっていた。
 その大好きな居場所を護るためならば、たとえ人殺しでもこなした。自分の力で自分の存在意義を守護する方法と価値を学び、その糧となり得るものはなんでも使うようになっていた。
 それは技能、知識、情、そしていまだ未知の殺戮兵器とそれを操る少年。

 しかし段々と、何かを失うことに抵抗がなくなって行き、最後には大事なものまで喪失してしまった。
 その時の喪失感はとても耐え難いものだった、はず……だが、とても朧げだ。自分をとても慕ってくれていた存在、そして自分も彼を慕っていたはずなのに、いつの間にか彼も自分にとって手段となってしまっていた。
 本当、この空虚な自分はなんなのだろう……。

『蓮美……今、起きてるか……?』

 漆黒の闇の中、どこか懐かしさを覚える少年の声が聞こえた。それはちょうど、自分の失ってしまったものだった。

 ――なぜ彼は、いまだに自分に構ってくれるのだろう。

 ――なぜ彼は、いまだに自分を求めてくれるのだろう。

 少女が思考を巡らせても、結局答えは出ない。なんなら彼をマゾヒストと断定したほうが幾らか話が早い。早急に彼の印象を切り替えようと思ったが、無意識がそれを拒んだ。

「何、しに来たの……ボクはもう、放っといていぃから……」

『俺はそうは思ってないけど、蓮美は俺が嫌なんだろ? ……嫌なら、ちゃんと言ってくれ』

 少年はひどく切なげな声で、震えた音でそう伝えてくる。必死に、自分の立場を正確に理解したうえでさらに自身を貶めようとしている。なんて滑稽なのだろうとも思ったが、少女は彼を嘲笑うことができなかった。

『ほら、任務の時は正直に言ってくれただろ? あんな感じでいいからさ』

 嘘だ、彼は嘘をついている。誰よりも信頼というものを欲しているはずの彼が、本心からそんなことをのたまうはずがない。彼は無理をして、少女の意思に沿うよう自分自身を騙っているのだ。

『話してくれないと不安なんだよ。俺は蓮美の信用を失っているから、こんなことを言うのは贅沢なのかもしれないけど……『なんとか言えよ』って言ったのは、蓮美だろ……?』

 急に彼の声は熱を孕んで、ひどく拙いものへと変わった。
 感情的になって怒鳴り散らしたりしない分、少年は繊細で脆い。愚直で、人の機微やその場の空気を汲むことが苦手で、物事に対して真剣なくせにいつも気張って失敗ばかりする。
 彼は、少女が思っている以上に弱くて惨めで、どこにでもいるような少年なのだ。

 そんな純粋な彼に、少女はたとえ本音だとしても、少年を切り捨てていい存在だと言い切って、あまつさえ信用していないとも言った。こんなひどいことが許されて良いはずがない。

「ジ、ル、くん……ぼ、ボクは……っ!」

 こんな大事な時に限って、少女の声は確かな言葉へと変わらなかった。

 少女は対人恐怖症にも近いコミュニケーション障害を患っている、極度の緊張状態に陥ってしまっている現状でこのような事態になることも頷ける。……尤もそれは平常での場合である。今は自身の障害を言い訳にして良い場面ではない。
 
 ――その時、少女は思い出した。
 Harderは、こんな時のために創ったのだ。大事な人と、楽しい話をするために。

 少女はすぐに六角柱の中に入り、数多の機器を起動させ自身の肢体と接続すると、箱の傍で眠っていた全身真っ白い機巧少女は動き出した。首に甚大なダメージを被ったため一度修理をしたのだが、いまだメンテナンスのなされていない身体は傷と砂埃にまみれている。

 分身を動かすと、分身の負った傷がそのまま痛覚となって使用者に襲いかかる。その性能はすぐに製作者の少女に牙を剝き、彼女は全身にひどい痒みを覚えた。

「うぅぅぅっ――!?」

 爪を突き立て掻き毟らずにはいられない、激しい痛みと痒み。だが少女はそれらに屈することなく、両手を強く組んで必死に耐える。気が狂ったように身体を搔き毟るという醜態を少年の目前に晒さないため、彼女は勢いに任せて部屋の扉から飛び出した。

「Harder……もう怪我は大丈夫なのかっ!?」

「……ジルくん」

 小さく呟いたその直後、機巧少女は逡巡することなくバジルの胸元に飛び込んだ。
 バジルは少女に抱きつかれたまま後方へ倒れ込み、含羞の表情でうろたえている。

「ぇ、あの、えっ、いや、どう、したの……?」

 相手が機械とはいえ押し倒された態勢はまずいと思い、バジルは上体を起こして機巧少女と向き合う。砂で多少汚れてはいるものの澱みのない黒眼を覗き込むと、恥ずかしかったのか彼女は目を伏せてしまう。

「ジルくん、ジルくん、ジルくん、ジルくん――!!」

「そ、そんなに呼ばなくても、俺はここにいるから! ゆっくり、落ち着いて話してくれ?」

 意外に平静を保っているバジルは、なだめるように頭を撫でながら少女に発言を促す。

「……ボクはジルくんに、ひどいことを言った」

 その言葉にバジルは「そんなことはない」と返したかったのだが、言葉が喉の奥に引っかかってなかなか出てこなかった。尤もそれは、無意識下での少女に対する同情だったのかもしれない。

「そうだな。確かに本心を言えとは言ったけど、さすがに傷ついたかな」

「そんな軽口で済まされることじゃないでしょ……!」

 もはや涙声の機巧少女。華奢な小軀はリアルに震えて、まるで怯えた小動物のようだ。彼女を見つめるバジルの双眸には、心なしか喜悦の色が宿っている。

「でも、ごめんなさい……ボクは強情で頭でっかちだから、自分の意志を曲げることが、どうしてもできないんだ……だから、どうして謝ったらいいのか、わからなくて……」

「頑固を重ねるってことは、相当自覚があるんだな」

「……そうだよ。でも、ボクは君に嫌われたくない。大戦が終わっても、ちゃんと近くにいて欲しいんだよ、本当に……もうボクは、本音と信念とを挿げ替えたりしない」

 ついに、本心を語ることができた。
 バジルに、気持ちを理解して貰えた。
 それでもまだ、少女は自分の罪を全て償うことができていない。羞恥心を押し殺してバジルと向き合い、少女は己の中の全部を外へ吐き出す――、

「みんな、ジルくんを愛しているし、信頼している。その中でボクは誰よりも、ジルくんのことを信じているから。仲間として、愛しているからね」

「――――」

 胸に秘めた慈愛と勝利への執念には、人一倍の矜持がある。バジルと向き合って、ようやく自分が誰にでも誇ることのできる力を持っていることに気付くことができた。
 だからせめて彼に、感謝の気持ちを伝えたかった。「ありがとう」では到底語りきれない、深く力強い信頼と愛情の念を。

 バジルは泣いた。新人類に生まれて二度目、醜い色の涙を流した。

 自分は決して、仲間からの信頼を失っていなかった。いつも任務に対する真剣さと敗北感に打ちのめされても絶対折れない生と勝利への貪欲さは、はっきりと同志たちに伝わっていたのだ。

 二人は泣いた。お互い泣き顔を向け合うことはできなかったが、双方がその表情を暗い色に染めてはいなかった。ついに心が通ったことに対する安堵の表情を、互いに浮かべている。

 この虚しく残酷な全旧人類との戦いは、まだ終わらない。貴様は叛逆者だ、殺人鬼だと罵られ蔑まれる日々も続く。それでも彼らは、己の信じた矮小な正義だけを武器に、人間を殺す。

 都合のいい安寧を手にするための虐殺で、決して揺るぐことのない愛が芽生える。
 果たしてこれは、間違ったことなのだろうか――だがそれは皮肉なことに、人間とペットとの関係性にたいへん似通っている。

 どんな経路を辿ったとしても、生まれた愛情にレプリカは存在しない。

 そう実感した途端――バジルの涙は歓喜以外の別の感情を孕んで、とめどなく溢れて落ちていった。
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