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派閥同盟篇
14.姿なき来訪者
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2022年1月2日日曜日、神奈川県川崎市、『エコービル』1階ロビー。
午前9時。
バジルとマイから連絡を受け、エコービル内のほとんどの人員は外部へ出かけていた。幸いにも恵光派の当主代理を務める日和が残っているが、ヴォルカンや恵光派当主、ローレンス派当主さえも県外へと赴いている。
現状はあまりにも危険であり、そのため平常時の「ロビーを使用しない」というビル内の規則に反して、多くの同志たちが武装し出入口を囲んでいた。
現在、ビルに残っているのは双方の派閥の開発部員たちだけ。そして彼らの武装もまた非常に簡易なもので、実際に何者かによる襲撃を受ければ足止めしか程度の抵抗しかできそうにない。
しかし本日の午後13時過ぎにはバジルたちが帰ってくる。彼らがいれば、大仰な戦闘を繰り広げて周辺の住民たちに気付かれることもなく、事態を収拾することができる。
――始まりは、そんな慢心からだった。
「……おい、外から何か聞こえないか?」
突然、一人の男性が呟いた。周囲の同志たちは瞬間にして額に脂汗を浮かべ、武者震いする。
エコービルが襲撃される可能性をバジルが提唱した時点から、事態に向き合うべく様々な準備がなされた。それらは全て自分たちの住居、家族、願望を守るためのものだったのだが、いざ実際に敵が間近に迫っていることを実感すると、本当に自分たちがそれら大切なものを守ることができるのかという不安が募る。
今までに散々バジルは任務において失敗を重ねてきたのだが、それは理想に叶う結果を前提とした場合の敗北であって、彼が無力で不甲斐ない人物だという訳ではない。だから同志たちは必要以上に彼に期待と憧憬を寄せて、その実績に対して勝手に呆れているだけなのだ。
ようやくその事実を悟った同志たちは一斉に不安感に駆られ、ひどく動揺した。
使命感と焦燥感で混沌とした空間に、男女の怯えた声が満ち満ちてゆく。誰もがそれを止めようとはせず、むしろその汚染は加速していく。
――今さらになって出立した同志たちの姿を思い出し、彼らの熱を失った身体と気色の悪い笑顔に恐怖を覚え、もしかしたら自分たちも同じ様になってしまうのではないかと気持ちが鬱屈する。
杞憂であって欲しいと願えば願う程に胸が苦しくなり、死が怖くなるのだ。
同志たちの異変にようやく気付いた日和は目を剝いて驚いた。
「お、おい、どうしたんだよ……!?」
「恵光先輩……俺たち、ちゃんと戦えるんですかね?」
日和の元に近付いてきた少年はひどく憔悴した様子でそう訊ねる。
彼は日和と同年代の男性で、恐らく同じ開発部の歌咲と面識があるはずだ。彼女なら、この深海のごとく暗く沈んだ空間に光を灯すことができる、そう思った日和は少女への返答より先に歌咲の居場所を訊ねた。
「それより、歌咲はどこにいるんだい?」
「……ヴォルカンさんと昨日出かけました。鹿児島に」
「そ、そうだったな。忘れていた」
普段は多少鬱陶しく思う少女だが不在だとそれはそれで、とてつもない喪失感を覚える。
日和は一度目を伏せて、柔和な笑みを浮かべると少年の頭髪を穏やかに撫ぜた。
「心配するなよ。君だって普段は引きこもりだがれっきとした男だ、それだけで充分な戦力になっている。不安に思うことなんて何もないのさ」
「恵光先輩……あの、なんで頭撫でるんです?」
「ああ、すまない。ジルくんと接する時の癖でね。気に障ったのなら謝るよ」
「いえ、それはいいんですけれど……」
どことなく物足りない表情を浮かべる赤髪の少年は、踵を返してガラスドアの出入口のほうへ向かった。
しかし――その直後に半透明のそれらは一斉に砕け散り、重たい足音が静寂を蹂躙する。
あまりに突然の出来事だったせいでその場の人間は硬直してしまったが、すぐにガラスの割れたほうを確認した。
「……人は、どこだ……?」
そこには不審者どころか、ガラスを割るための道具すら見当たらない。
しかし、真相に辿り着くのは容易なことだった。鹿児島県で発見した無所属兵器使いの二人組――北海道に現れた謎のアルビノ集団――そして彼らの護衛をしていたカーン派。
最初に結論を見出したのは日和だった。すかさず声を上げた、
「あれは『コラージュ』だ、全員ロビー目がけて射撃しろ――!!」
「『コラージュ』だと……!?」
日和の大声と意外な言葉に尻込みし、開発部員たちの行動は大幅に遅れた。
その隙を突かんとばかりに、何もない場所から現出した黒ずくめの連中に瞬く間に包囲されてしまった。
自分たちにライフルや半透明の刀身を突き立て威嚇してくる、漆黒のゆったりとしたパーカーに身を包み血色の悪いグリズリーのマスクに顔面を隠した彼らに、数人の開発部員たちは見覚えがあったが、
「こいつら、本当にカーン派なんですかね……?」
「さあ。でも『コラージュ技術』を使えるってことは、米国の派閥であることに相違はないはずだ。案外、ニコラエル派の連中だったりして……」
隣で細かく震える赤髪の少年に、日和は苦笑を浮かべながらそう言った。
『コラージュ技術』とは風や土、水など自然界に存在するエネルギーをナイフの刀身や銃弾などに加工する技術であり、米国で最大と謳われるニコラエル派が開発したといわれている。
とはいえ今ではカーン派の技術者たちもこの技術に長けており、さらに研究を進めているといわれているため、兵器全般に詳しい日和でも連中の所属する派閥を正確に断定することはできなかった。
彼らは恐らく、風を纏った布で肢体を隠していたのだろう。
その仕組みから使用方法に至るまで今すぐにでも問い質したいのだが、現状は一刻の猶予を争う緊急事態だ。迸る欲求を必死に抑えて日和は輩との交渉を試みた。
「日本語が話せる者はいないか……?」
返事はなかった。連中のほとんどが日和の表情から何かを察してはいるようだが、幾人かは感情をおくびにも出さないで徒に佇んでいる。
「これでは埒が明かないな……ルージュ、君は英語を話せるだろう?」
疲弊した表情の日和は、天然パーマのかかった赤髪を撫でまわす少年に訊ねた。
「いえいえ、俺は勉強とかてんでダメでして」
「なぜ英国出身の帰国子女が英語を話せないんだ。別に米英語でなくてもいいんだぞ?」
「俺なんかより、恵光先輩のほうが英語できますよね!」
「読解力と記憶力については自負しているけど、さすがに英会話の技能はほぼないよ」
「そんなことって……」
結局、輩とのコミュニケーションはジェスチャー及びカンペで行うこととなった。
連中の中の一人が流暢な英語で何かを主張した直後、日和がそれを噛み砕いて同志たちに説明するという手順だ。
何せローレンス派の人間は運動神経に優れているためほとんどが作戦部と諜報部に所属しているため、今この場には赤髪の少年以外のローレンス派の人間はいない。高校生レベルの英語力で対処するほか意思疎通の手段がないのだ。
ひとまず今は、包囲されたロビーの中央に日和とルージュと2名の開発部のリーダーが集合し、どうにか連中とコミュニケーションをしている。
「えぇと……『シロガネと瓶と自在剣を渡せば命は保証する』、そう言っているようだ」
「その『シロガネ』とは?」
リーダーの一人が訊ねた。
「恐らく『空斬』のことだろう。何せ命名したのはわたしの父親だからね。その名前が海外の連中にまで浸透している可能性は低い」
「……とはいえ、自在剣と空斬を奴らに渡せば大戦に勝利できなくなるぞ」
「それは重々承知している。だから従うことはできないけど……ジルくんたちが帰るまでまだかなりの時間がある。あと4時間近く彼らを足止めしておく方法なんて、あると思うかい?」
日和の言葉に、3人は目を伏せて沈黙するしかなかった。
確かに日和たちは頭が回るものの、ひとつ判断を誤っただけで多くの人間が命を落とす可能性を十二分に孕んだ現状に対して、臨機応変な対応をとることは困難を極める。たとえ平静を保っていても、確実に安心できる打開策を見出すまでは安堵する余地など微塵もなかった。
明確なゲームオーバーがないからこそ恐ろしい、日和はそう思った。
連中が何者かに委託された任務において、その内容も人選も把握できていない現状で、判断を引き延ばすことも急ぐこともそう容易にはできないからだ。
ひとまず日和はA4のコピー用紙に『今は自在剣とシロガネはここにない。しかし瓶は2階の冷凍庫にあるから、今から案内する』と書き込んだ。少々拙い英語ではあったが、要点さえ伝われば良いのだと日和は嘯いた。
連中の先頭に立つ細身の熊がその内容を確認すると、日和に向かって再び英語を投げかけてきた。先ほどよりは簡単な単語が多かったのだが、普通の日本人には解読することができない。それでも頭の部分を聞いて、それが命令形であることだけは他の3人にも理解できた。
「…………」
「恵光先輩、一体なんと言われたんですか……?」
日和が苦々しい表情を浮かべたので、ルージュが不安げに訊ねる。
「いや……ちょっと訳すのに手間取っていてね。もう直訳でいいかな?」
「構いませんけど……?」
「じゃあ……『お前と、隣の赤い髪の女が案内をしろ』だとさ」
日和が返答をした直後、誰よりも早くルージュが3人を見回した。ひどく焦った様子で、血走った双眸で茶髪の可愛らしい少女と二人の男性をなめ回すように見つめる。
「おい、現実逃避も甚だしいぞ、少女よ」
「……あの、今ってエマージェンシーなんですよねぇ……?」
「そうだ。そしてそこの熊はわたしたちに抵抗されると困るからって、か弱い少女二人を案内役に起用したんだろう。全く、下種なことを考えるものだね……」
「いえあの、一人男が混ざってるんですけれど……」
ルージュがひどく心外そうな面持ちで訂正を申し出る。
すると日和は焦った様子でルージュが挙げた右手を捻じ曲げ、恐らく正解であろう方向に勢いよく折り畳んだ。
「ゔあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!?」
「君はバカなのかっ! 折角、都合よく勘違いされているというのに、自らチャンスを摘み取るような行為をするなんて。そういう自己主張の強いところは、礼儀正しいジルくんを見習って早く治しなさい」
「被害者なのに説教って……」
日和の言葉に愕然とするルージュは、しかし彼女の判断が正しいことを認めてほんとうに小さく嘆息した。
二人による一連の漫才に対して怪訝そうな熊は、自らの後ろから3名のより不健康そうな熊を呼び出して、日和たちを指さしながら早く連れていくよう催促する。彼らの横柄な態度もまた気の緩みから来ているものだろうが、計画性のある対応にはほとんど隙がなかった。
「それじゃあ行くよ、ルージュ。なるべく女性らしい振る舞いをするように、ね」
「わかっています。恵光先輩は参考にならないので、代表を意識して頑張りますよ」
「一丁前に皮肉を言うんじゃない」
日和が失笑を浮かべてルージュを言い咎める。
そして武装を解除するよう言われた二人は拳銃やナイフの柄をその場に捨て、立ち上がる。しかし変な姿勢で立ち上がったせいで日和はよろめき、ルージュの肩に凭れかかった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「……いいか? 君はわたしの後ろを歩きなさい。そしてわたしが倉庫を開く」
「え、あ、はい。了解しました……?」
日和の囁きを聞いたルージュは軽く頷いた。尤も、その意味はよくわからなかったのだが。
午前9時。
バジルとマイから連絡を受け、エコービル内のほとんどの人員は外部へ出かけていた。幸いにも恵光派の当主代理を務める日和が残っているが、ヴォルカンや恵光派当主、ローレンス派当主さえも県外へと赴いている。
現状はあまりにも危険であり、そのため平常時の「ロビーを使用しない」というビル内の規則に反して、多くの同志たちが武装し出入口を囲んでいた。
現在、ビルに残っているのは双方の派閥の開発部員たちだけ。そして彼らの武装もまた非常に簡易なもので、実際に何者かによる襲撃を受ければ足止めしか程度の抵抗しかできそうにない。
しかし本日の午後13時過ぎにはバジルたちが帰ってくる。彼らがいれば、大仰な戦闘を繰り広げて周辺の住民たちに気付かれることもなく、事態を収拾することができる。
――始まりは、そんな慢心からだった。
「……おい、外から何か聞こえないか?」
突然、一人の男性が呟いた。周囲の同志たちは瞬間にして額に脂汗を浮かべ、武者震いする。
エコービルが襲撃される可能性をバジルが提唱した時点から、事態に向き合うべく様々な準備がなされた。それらは全て自分たちの住居、家族、願望を守るためのものだったのだが、いざ実際に敵が間近に迫っていることを実感すると、本当に自分たちがそれら大切なものを守ることができるのかという不安が募る。
今までに散々バジルは任務において失敗を重ねてきたのだが、それは理想に叶う結果を前提とした場合の敗北であって、彼が無力で不甲斐ない人物だという訳ではない。だから同志たちは必要以上に彼に期待と憧憬を寄せて、その実績に対して勝手に呆れているだけなのだ。
ようやくその事実を悟った同志たちは一斉に不安感に駆られ、ひどく動揺した。
使命感と焦燥感で混沌とした空間に、男女の怯えた声が満ち満ちてゆく。誰もがそれを止めようとはせず、むしろその汚染は加速していく。
――今さらになって出立した同志たちの姿を思い出し、彼らの熱を失った身体と気色の悪い笑顔に恐怖を覚え、もしかしたら自分たちも同じ様になってしまうのではないかと気持ちが鬱屈する。
杞憂であって欲しいと願えば願う程に胸が苦しくなり、死が怖くなるのだ。
同志たちの異変にようやく気付いた日和は目を剝いて驚いた。
「お、おい、どうしたんだよ……!?」
「恵光先輩……俺たち、ちゃんと戦えるんですかね?」
日和の元に近付いてきた少年はひどく憔悴した様子でそう訊ねる。
彼は日和と同年代の男性で、恐らく同じ開発部の歌咲と面識があるはずだ。彼女なら、この深海のごとく暗く沈んだ空間に光を灯すことができる、そう思った日和は少女への返答より先に歌咲の居場所を訊ねた。
「それより、歌咲はどこにいるんだい?」
「……ヴォルカンさんと昨日出かけました。鹿児島に」
「そ、そうだったな。忘れていた」
普段は多少鬱陶しく思う少女だが不在だとそれはそれで、とてつもない喪失感を覚える。
日和は一度目を伏せて、柔和な笑みを浮かべると少年の頭髪を穏やかに撫ぜた。
「心配するなよ。君だって普段は引きこもりだがれっきとした男だ、それだけで充分な戦力になっている。不安に思うことなんて何もないのさ」
「恵光先輩……あの、なんで頭撫でるんです?」
「ああ、すまない。ジルくんと接する時の癖でね。気に障ったのなら謝るよ」
「いえ、それはいいんですけれど……」
どことなく物足りない表情を浮かべる赤髪の少年は、踵を返してガラスドアの出入口のほうへ向かった。
しかし――その直後に半透明のそれらは一斉に砕け散り、重たい足音が静寂を蹂躙する。
あまりに突然の出来事だったせいでその場の人間は硬直してしまったが、すぐにガラスの割れたほうを確認した。
「……人は、どこだ……?」
そこには不審者どころか、ガラスを割るための道具すら見当たらない。
しかし、真相に辿り着くのは容易なことだった。鹿児島県で発見した無所属兵器使いの二人組――北海道に現れた謎のアルビノ集団――そして彼らの護衛をしていたカーン派。
最初に結論を見出したのは日和だった。すかさず声を上げた、
「あれは『コラージュ』だ、全員ロビー目がけて射撃しろ――!!」
「『コラージュ』だと……!?」
日和の大声と意外な言葉に尻込みし、開発部員たちの行動は大幅に遅れた。
その隙を突かんとばかりに、何もない場所から現出した黒ずくめの連中に瞬く間に包囲されてしまった。
自分たちにライフルや半透明の刀身を突き立て威嚇してくる、漆黒のゆったりとしたパーカーに身を包み血色の悪いグリズリーのマスクに顔面を隠した彼らに、数人の開発部員たちは見覚えがあったが、
「こいつら、本当にカーン派なんですかね……?」
「さあ。でも『コラージュ技術』を使えるってことは、米国の派閥であることに相違はないはずだ。案外、ニコラエル派の連中だったりして……」
隣で細かく震える赤髪の少年に、日和は苦笑を浮かべながらそう言った。
『コラージュ技術』とは風や土、水など自然界に存在するエネルギーをナイフの刀身や銃弾などに加工する技術であり、米国で最大と謳われるニコラエル派が開発したといわれている。
とはいえ今ではカーン派の技術者たちもこの技術に長けており、さらに研究を進めているといわれているため、兵器全般に詳しい日和でも連中の所属する派閥を正確に断定することはできなかった。
彼らは恐らく、風を纏った布で肢体を隠していたのだろう。
その仕組みから使用方法に至るまで今すぐにでも問い質したいのだが、現状は一刻の猶予を争う緊急事態だ。迸る欲求を必死に抑えて日和は輩との交渉を試みた。
「日本語が話せる者はいないか……?」
返事はなかった。連中のほとんどが日和の表情から何かを察してはいるようだが、幾人かは感情をおくびにも出さないで徒に佇んでいる。
「これでは埒が明かないな……ルージュ、君は英語を話せるだろう?」
疲弊した表情の日和は、天然パーマのかかった赤髪を撫でまわす少年に訊ねた。
「いえいえ、俺は勉強とかてんでダメでして」
「なぜ英国出身の帰国子女が英語を話せないんだ。別に米英語でなくてもいいんだぞ?」
「俺なんかより、恵光先輩のほうが英語できますよね!」
「読解力と記憶力については自負しているけど、さすがに英会話の技能はほぼないよ」
「そんなことって……」
結局、輩とのコミュニケーションはジェスチャー及びカンペで行うこととなった。
連中の中の一人が流暢な英語で何かを主張した直後、日和がそれを噛み砕いて同志たちに説明するという手順だ。
何せローレンス派の人間は運動神経に優れているためほとんどが作戦部と諜報部に所属しているため、今この場には赤髪の少年以外のローレンス派の人間はいない。高校生レベルの英語力で対処するほか意思疎通の手段がないのだ。
ひとまず今は、包囲されたロビーの中央に日和とルージュと2名の開発部のリーダーが集合し、どうにか連中とコミュニケーションをしている。
「えぇと……『シロガネと瓶と自在剣を渡せば命は保証する』、そう言っているようだ」
「その『シロガネ』とは?」
リーダーの一人が訊ねた。
「恐らく『空斬』のことだろう。何せ命名したのはわたしの父親だからね。その名前が海外の連中にまで浸透している可能性は低い」
「……とはいえ、自在剣と空斬を奴らに渡せば大戦に勝利できなくなるぞ」
「それは重々承知している。だから従うことはできないけど……ジルくんたちが帰るまでまだかなりの時間がある。あと4時間近く彼らを足止めしておく方法なんて、あると思うかい?」
日和の言葉に、3人は目を伏せて沈黙するしかなかった。
確かに日和たちは頭が回るものの、ひとつ判断を誤っただけで多くの人間が命を落とす可能性を十二分に孕んだ現状に対して、臨機応変な対応をとることは困難を極める。たとえ平静を保っていても、確実に安心できる打開策を見出すまでは安堵する余地など微塵もなかった。
明確なゲームオーバーがないからこそ恐ろしい、日和はそう思った。
連中が何者かに委託された任務において、その内容も人選も把握できていない現状で、判断を引き延ばすことも急ぐこともそう容易にはできないからだ。
ひとまず日和はA4のコピー用紙に『今は自在剣とシロガネはここにない。しかし瓶は2階の冷凍庫にあるから、今から案内する』と書き込んだ。少々拙い英語ではあったが、要点さえ伝われば良いのだと日和は嘯いた。
連中の先頭に立つ細身の熊がその内容を確認すると、日和に向かって再び英語を投げかけてきた。先ほどよりは簡単な単語が多かったのだが、普通の日本人には解読することができない。それでも頭の部分を聞いて、それが命令形であることだけは他の3人にも理解できた。
「…………」
「恵光先輩、一体なんと言われたんですか……?」
日和が苦々しい表情を浮かべたので、ルージュが不安げに訊ねる。
「いや……ちょっと訳すのに手間取っていてね。もう直訳でいいかな?」
「構いませんけど……?」
「じゃあ……『お前と、隣の赤い髪の女が案内をしろ』だとさ」
日和が返答をした直後、誰よりも早くルージュが3人を見回した。ひどく焦った様子で、血走った双眸で茶髪の可愛らしい少女と二人の男性をなめ回すように見つめる。
「おい、現実逃避も甚だしいぞ、少女よ」
「……あの、今ってエマージェンシーなんですよねぇ……?」
「そうだ。そしてそこの熊はわたしたちに抵抗されると困るからって、か弱い少女二人を案内役に起用したんだろう。全く、下種なことを考えるものだね……」
「いえあの、一人男が混ざってるんですけれど……」
ルージュがひどく心外そうな面持ちで訂正を申し出る。
すると日和は焦った様子でルージュが挙げた右手を捻じ曲げ、恐らく正解であろう方向に勢いよく折り畳んだ。
「ゔあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!?」
「君はバカなのかっ! 折角、都合よく勘違いされているというのに、自らチャンスを摘み取るような行為をするなんて。そういう自己主張の強いところは、礼儀正しいジルくんを見習って早く治しなさい」
「被害者なのに説教って……」
日和の言葉に愕然とするルージュは、しかし彼女の判断が正しいことを認めてほんとうに小さく嘆息した。
二人による一連の漫才に対して怪訝そうな熊は、自らの後ろから3名のより不健康そうな熊を呼び出して、日和たちを指さしながら早く連れていくよう催促する。彼らの横柄な態度もまた気の緩みから来ているものだろうが、計画性のある対応にはほとんど隙がなかった。
「それじゃあ行くよ、ルージュ。なるべく女性らしい振る舞いをするように、ね」
「わかっています。恵光先輩は参考にならないので、代表を意識して頑張りますよ」
「一丁前に皮肉を言うんじゃない」
日和が失笑を浮かべてルージュを言い咎める。
そして武装を解除するよう言われた二人は拳銃やナイフの柄をその場に捨て、立ち上がる。しかし変な姿勢で立ち上がったせいで日和はよろめき、ルージュの肩に凭れかかった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「……いいか? 君はわたしの後ろを歩きなさい。そしてわたしが倉庫を開く」
「え、あ、はい。了解しました……?」
日和の囁きを聞いたルージュは軽く頷いた。尤も、その意味はよくわからなかったのだが。
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