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第一章(前)【朝焼けに包まれて】・【スキルって何?】
2.俺もスキル鑑定していいか?
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村外れの森に、この村で唯一の医者の住処がある。かなり傾いた建物。壁は部屋が見えるほどに崩れて、そこから人の気配を感じる。
俺が村を出た当時、こんな建物はたくさんあった。荒廃しきった村で、都市部からかなり離れていたこともあり辺境の地と呼ばれる始末。
しかし今では綺麗に整備されて、昔の影も形もない。二十年ほど前、村を上げて始めたパオプル栽培が成功したのだ。パオプルを熟成させた酒が一世を風靡して、村の売上も爆上がりした。
枝垂れ草をくぐった先に暗い空間。蝋燭ろうそくが灯るその部屋には儀式に使うための祭壇と器具がある。
「待っておったぞ。お主は……ちと厄介じゃの」
俺が今日行くと言ってないのに、老人のしゃがれた声はそう言った。
名前はエンリ。普段、ここに診察に来ない限り見ることはない。どんな生活をしているのかさえよく分かっていないが、村の祭りには必ず顔を出して、陽気に酒を飲んでいる。
「まぁキノよ、取り敢えずそこに座れ」
全てを見通したようなその千里眼は、視力を失った今なお光っている。
俺がエンリの向かい合う方の座布団に座ると、彼は震える人差し指を立てて言った。
「ことの顛末を話したまえ。その日、何を感じたのか。そして今、お主に何が起きているのかを」
やはりこの人、全てを見通しているらしい。彼の顔は見たことがないほどに真剣だ。地面に突き立てた剣を睨みつけるような形相。老人の皮を被った鬼とも見えるその姿。額の汗が床に染み込む。
俺はその日のことを話した。その日の全てを。
「なるほどのぉ。ハルが見えたとは俄かに信じ難いが……幻覚とかではないのじゃろ?」
「えぇ、そうです。なんでハルが見えたのかはまったく……」
ハルは俺が小さい時に飼っていた犬だ。異変を感じたあの日、なぜか目の前にハルが現れた。自分の目を疑ったが、聞き覚えのある鳴き声と動きに思わず抱きしめた。ハルは暖かくて、あの頃と同じ匂いがした。
「うむ……」
エンリが顎に指を当てて呟く。
「お主が、何者かに魔術をかけられた可能性も捨てきれん。どうだ、状態異常を鑑定してみるとしよう」
魔術。状態異常。その言葉に身構える。冒険者時代、その二つを操る魔物には常に苦戦した。
人によってはスキルによって無効化できるが、なにせ俺はスキルを持っていない。弱小の魔物でも何かしらのスキルを持っているこの世界で、俺が晩年F級冒険者であった所以はそれである。
それに、何者かに魔術をかけられた?そんなことをする者が、この村にいるのだろうか。俺はありえないと思いながらも、「あっ」と声が漏れた。いやまさか……そんなはずはない、といいが……
エンリは棚から銀の輪っかを四つ取り出すと、俺の手足に付けた。彼が指を鳴らすや否や、輪っかはブルブルと震え出して金色に光りだす。
都市部とは違う鑑定の仕方。これは古来から伝わる伝統的な方法らしい。
エンリは祭壇に腰を下ろすと、低い声で呪文を唱えた。たまにこちらを見て、輪っかの様子を確認する。
少しすると藁人形を取り出して四肢をちぎった後、上から塩をかけて火をつけた。そして突然立ち上がり、俺の頭から髪の毛を一本抜いた。
若干の痛みに耐えて、手と足を組む。本格的に鑑定が始まる。
エンリは燃える藁人形に俺の髪の毛を落として、再び塩を振りかけた。
一瞬で天井まで燃え上がる炎。これまでも多くの鑑定をしてきたのだろう。炎が揺れる天井は煤で黒くなっていた。
しばらくしてから、キーンという高い音が胸に響いた。どうやら鑑定が終わったらしい。
エンリは最後に藁人形の頭を細い棒で潰した。中からは鮮やかな緑色の粉が、液体のように滑り出てきた。それを見て彼は軽く頷く。俺に視線を移した後、皺ばかりの彼の口元がゆっくりと動いた。
「誰も、お主に魔術を使っておらん。そして……お主は状態異常ではなかった」
「え?」
「ハルが見えたのは幻覚。温もりを感じたのは、それによる錯覚じゃろう。……お主は冒険者に未練があるようじゃ。それが今回のことを引き起こしたのじゃろうな。……こんなことを言いたくはないが、その冒険者という夢を諦めんと、より酷いことが起きる予感がするわい」
衝撃的だった。しかし、エンリはこうも言った。
「じゃがな、可能性は低いが、お主の症状に心当たりがある。それは……」
彼は大きく体制を整えて、息を整えてから言った。
「……存在の進化じゃ。……この場合、お主はスキルを獲得した可能性がある」
体の奥で大きな波を打つ音が聞こえた。スキルを獲得。そんなことが起こり得るのか?
エンリは少しの間考えた後、紹介状を書くと言った。
「これをディエーム大学に持って行くといい。お主のことを面白がる者がおるじゃろう」
国内随一の魔法大学。誰しもが憧れるその大学に、エンリがどんな紹介状を書いたのかは分からない。しかし、行ってみる価値はあるかもしれない。
俺が村を出た当時、こんな建物はたくさんあった。荒廃しきった村で、都市部からかなり離れていたこともあり辺境の地と呼ばれる始末。
しかし今では綺麗に整備されて、昔の影も形もない。二十年ほど前、村を上げて始めたパオプル栽培が成功したのだ。パオプルを熟成させた酒が一世を風靡して、村の売上も爆上がりした。
枝垂れ草をくぐった先に暗い空間。蝋燭ろうそくが灯るその部屋には儀式に使うための祭壇と器具がある。
「待っておったぞ。お主は……ちと厄介じゃの」
俺が今日行くと言ってないのに、老人のしゃがれた声はそう言った。
名前はエンリ。普段、ここに診察に来ない限り見ることはない。どんな生活をしているのかさえよく分かっていないが、村の祭りには必ず顔を出して、陽気に酒を飲んでいる。
「まぁキノよ、取り敢えずそこに座れ」
全てを見通したようなその千里眼は、視力を失った今なお光っている。
俺がエンリの向かい合う方の座布団に座ると、彼は震える人差し指を立てて言った。
「ことの顛末を話したまえ。その日、何を感じたのか。そして今、お主に何が起きているのかを」
やはりこの人、全てを見通しているらしい。彼の顔は見たことがないほどに真剣だ。地面に突き立てた剣を睨みつけるような形相。老人の皮を被った鬼とも見えるその姿。額の汗が床に染み込む。
俺はその日のことを話した。その日の全てを。
「なるほどのぉ。ハルが見えたとは俄かに信じ難いが……幻覚とかではないのじゃろ?」
「えぇ、そうです。なんでハルが見えたのかはまったく……」
ハルは俺が小さい時に飼っていた犬だ。異変を感じたあの日、なぜか目の前にハルが現れた。自分の目を疑ったが、聞き覚えのある鳴き声と動きに思わず抱きしめた。ハルは暖かくて、あの頃と同じ匂いがした。
「うむ……」
エンリが顎に指を当てて呟く。
「お主が、何者かに魔術をかけられた可能性も捨てきれん。どうだ、状態異常を鑑定してみるとしよう」
魔術。状態異常。その言葉に身構える。冒険者時代、その二つを操る魔物には常に苦戦した。
人によってはスキルによって無効化できるが、なにせ俺はスキルを持っていない。弱小の魔物でも何かしらのスキルを持っているこの世界で、俺が晩年F級冒険者であった所以はそれである。
それに、何者かに魔術をかけられた?そんなことをする者が、この村にいるのだろうか。俺はありえないと思いながらも、「あっ」と声が漏れた。いやまさか……そんなはずはない、といいが……
エンリは棚から銀の輪っかを四つ取り出すと、俺の手足に付けた。彼が指を鳴らすや否や、輪っかはブルブルと震え出して金色に光りだす。
都市部とは違う鑑定の仕方。これは古来から伝わる伝統的な方法らしい。
エンリは祭壇に腰を下ろすと、低い声で呪文を唱えた。たまにこちらを見て、輪っかの様子を確認する。
少しすると藁人形を取り出して四肢をちぎった後、上から塩をかけて火をつけた。そして突然立ち上がり、俺の頭から髪の毛を一本抜いた。
若干の痛みに耐えて、手と足を組む。本格的に鑑定が始まる。
エンリは燃える藁人形に俺の髪の毛を落として、再び塩を振りかけた。
一瞬で天井まで燃え上がる炎。これまでも多くの鑑定をしてきたのだろう。炎が揺れる天井は煤で黒くなっていた。
しばらくしてから、キーンという高い音が胸に響いた。どうやら鑑定が終わったらしい。
エンリは最後に藁人形の頭を細い棒で潰した。中からは鮮やかな緑色の粉が、液体のように滑り出てきた。それを見て彼は軽く頷く。俺に視線を移した後、皺ばかりの彼の口元がゆっくりと動いた。
「誰も、お主に魔術を使っておらん。そして……お主は状態異常ではなかった」
「え?」
「ハルが見えたのは幻覚。温もりを感じたのは、それによる錯覚じゃろう。……お主は冒険者に未練があるようじゃ。それが今回のことを引き起こしたのじゃろうな。……こんなことを言いたくはないが、その冒険者という夢を諦めんと、より酷いことが起きる予感がするわい」
衝撃的だった。しかし、エンリはこうも言った。
「じゃがな、可能性は低いが、お主の症状に心当たりがある。それは……」
彼は大きく体制を整えて、息を整えてから言った。
「……存在の進化じゃ。……この場合、お主はスキルを獲得した可能性がある」
体の奥で大きな波を打つ音が聞こえた。スキルを獲得。そんなことが起こり得るのか?
エンリは少しの間考えた後、紹介状を書くと言った。
「これをディエーム大学に持って行くといい。お主のことを面白がる者がおるじゃろう」
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