花盗人も罪になる

櫻井音衣

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重ねた面影

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「同性でもわからないことって……」
「……同じ職場の部下の近田さんには話しづらいことですけどね……。ここだけの話ってことにしてもらえますか?」
「もちろんです」

それから逸樹は、大阪へ出張に行っている時に起こった出来事を少しためらいがちに話した。
既婚者の先輩たちにいかがわしい店に連れ込まれそうになったこと。
絶対にイヤだと入店を拒否して一足先にホテルへ戻ったこと。
しかし店先で客引きの若い女性に抱きつかれ、気付かないうちにワイシャツに化粧品がついていたこと。
そのせいで夕べから妻と気まずい状態になっていること。

「やましいことなんてひとつもないんだけど……既婚者の先輩たちがそんな店に出入りしてるって知ったらこの先また妻が不安になるかなって考えると、なんとなく言い出しにくくて」

逸樹の話を聞いている間、香織は大阪へ出張していた他の主任たちの顔を思い浮かべていた。
会社では本当にいい上司なのに、職場や家庭を離れるとそんなことを考えているとは。

「僕は妻以外の女性に触れたいとも触れられたいとも思わないので、わざわざ高いお金を払ってまでそんな店に行きたいって気持ちがわかりません」
「……むしろわからなくて良かったです。村岡主任に後ろめたいことがないのなら、本当のことを話して仲直りした方がいいですよ?」
「……ですよね」

他人に話したことで少し気が楽になったのか、逸樹はさっきより少し穏やかな顔をしている。

「今朝ひどいこと言って泣かせてしまったんですけど……妻は何も言わずそのまま同窓会にいくために出掛けてしまって」
「腹が立つ気持ちはわからなくもないけど……そこは村岡主任の方から謝ってください」
「そうします」

そう言って逸樹は照れくさそうに笑った。
香織はその照れ笑いを不思議な気持ちで見ていた。
奥さんを傷付けてまで逸樹を奪いたいとは思わない。
むしろ、逸樹が奥さんをとても愛していることにホッとした。
愛する人にこんなふうに愛されたら、お互いきっと幸せだ。
そんな気がした。


りぃと夢中で遊んでいた希望が、逸樹の方を向いてお腹を押さえた。

「いっくん、ののお腹すいた。グーって鳴ったよ」
「そうか、もうそんな時間なんだな」

逸樹は腕時計を見ながら、ベンチから立ち上がった。

「ののちゃん、今日はしーちゃんいないから、どこかにお昼御飯食べに行こう」
「ホント?のの、お子様ランチ食べたい!」

逸樹と希望の会話を聞いて、香織は軽く首をかしげた。

「しーちゃん?」

逸樹が、思わず呟いた香織の方を振り返った。

「ああ……僕の妻です。紫恵だからしーちゃん。近田さん、手芸教室で妻と会ってますよね?」

香織は手芸教室の紫恵先生を思い浮かべ、驚いて大きく目を見開いた。

「えっ?!紫恵先生が村岡主任の奥さんってことですか!」
「はい」
「じゃあののちゃんは……」
「ののちゃんは妻の姉の子供です。義姉あねはシングルマザーで仕事でいつも忙しい人なので、面倒を見られない時はうちで預かってるんです」
「そうなんですか?」
「毎日妻がののちゃんを保育所に迎えに行って、一緒に晩御飯を食べてお風呂に入って。それから義姉が迎えに来ます。土曜も夕方くらいまではうちにいますよ」

道理で逸樹がお父さんっぽいはずだ。
逸樹の口から希望は姪だと聞いてはいたが、半分くらいは逸樹と紫恵の子供みたいなものだと香織は思う。

「いっくーん、アイスも食べていい?」
「残さず御飯食べたらね。ニンジンもだよ」
「うん、のの、ぜーんぶ食べるよ!」

希望は嬉しそうに笑って逸樹に飛び付いた。
血の繋がりはなくても、希望は間違いなく逸樹を慕っているし、逸樹もまた希望を大切に可愛がっているのが香織にも伝わってくる。
それはとても微笑ましく、温かい光景だった。
香織は不意に大輔の笑顔を思い浮かべた。
いつかは自分も愛する人とこんな家庭を築きたい。
そしていつか家庭を築く相手は、大輔であって欲しい。
香織は改めてそう思って、逸樹に将来の理想の夫の姿を重ねていたことに気付いた。
やっぱりこのときめきは、逸樹への恋の始まりなんかじゃなかった。
だから職場では意識もしないしドキドキもしないのに、職場を離れた逸樹の優しさや希望を愛しそうに見つめる姿にときめいたのだと、香織は一人で納得した。

「村岡主任、ののちゃんがかわいくて仕方ないでしょう?」
「かわいいですよ。ののちゃんは僕と妻にとっては娘同然です」
「奥さんのこと、すごく愛してますよね」
「……ええ、誰よりも愛してますよ」

照れくさそうにそう言った逸樹の笑顔を見て、香織は大輔に会いたいと強く思った。



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