花盗人も罪になる

櫻井音衣

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待ち人来る

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希望はりぃのリードを手に元気よく遊歩道を歩きだした。

「ののちゃん、私も行く!」

紫恵と香織が希望の後ろをついて歩く。

「素敵なご夫婦ですね。憧れます」
「憧れなんて……普通の夫婦ですよ」

紫恵は『普通』だと言ったけれど、何年も連れ添った相手を好きだと自然に言えるのは、きっと幸せなことだと香織は思った。



その頃、ベンチでは初対面の男二人が、どことなく所在なさげに並んで座っていた。

「しばらく連絡が取れないって近田さんから聞いていたんですが……彼女に会うためにこちらに戻って来られたんですか?」
「はい、まぁ……そんなとこです」
「どうして連絡が取れないのかって、彼女はずいぶん心配していましたけど……」
「ええ……いろいろありまして……」

黙っていても間がもてないので、大輔は香織に連絡できなかった理由を逸樹に話した。

「大変でしたね」
「ええ……。もし村岡さんが同じ状況になったら、一番最初に連絡がいくのは誰だと思います?」
「妻ですね」

逸樹が当たり前のようにそう言い切ると、大輔はため息をついた。

「俺が病院で目覚めた時には、両親と上司がいました」
「病院側がご両親に連絡したんですね」
「今の俺と香織は他人同士なんだって、改めて思い知らされたというか……」

逸樹には大輔の言いたいことがなんとなくわかった。
大輔が事故にあった時、結婚していれば一番先に香織の元に連絡があっただろう。
でも今はまだ、二人は恋人同士ではあっても、家族ではない。
つらい時ほど愛する人にそばにいて欲しいと大輔は思ったのだと逸樹は思う。

「転勤が決まった時、結婚の話は出なかったんですか?」
「考えましたけどね。その頃は付き合い出してまだ半年ほどしか経ってなくて……まだ早すぎるかもとか、身内も知り合いもいない場所に突然連れて行くのはかわいそうかなって思うと、何も言えませんでした」
「なるほど……」
「それに急な転勤だったんで、ゆっくり話し合う時間もなくて。何も話せないでいる間に1年経ってしまいました」

逸樹は大輔の話を聞きながら、出張で紫恵と離れていたたったの5日間がいつもの何倍も長く感じたことを思い出した。

「1年か……。すごいですよね。そんなに長い間妻と離れて暮らすなんて、僕には無理です。大阪に出張した時なんか寂しくて、たったの5日が長くて長くて……」
「俺はたまにしか会えないから、いつも不安ですよ。他の男に口説かれてないかなとか……忘れられてたらどうしようとか」

大輔は少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。
大輔と香織はお互いを大切に想っているからこそ、今の形を変えることを躊躇しているのだと逸樹は思う。
だけど離れているのは寂しくて、相手の心から自分の存在が少しずつ薄れて行くのではと、いつも不安なのだろう。

「本当に大事なことは言葉にしないと。ただ思ってるだけじゃ伝わりませんよ」
「……村岡さんはどうでした?プロポーズのタイミングとか……迷いませんでしたか?」
「僕は付き合ってすぐから結婚したいと思ってたので、半年ちょっとでプロポーズしました。うかうかしてると誰かに横取りされそうで」

付き合って半年ほどで結婚話をすることをためらい、遠距離恋愛になることを選んだ自分とはずいぶん違うなと大輔は思う。

「半年で……。ちなみに結婚して何年くらいですか?」
「結婚したのがプロポーズから半年後で、僕が26で妻が23の時だったので、7年目ですね」
「そんなに若いうちに?ずいぶん思いきったんですね……」
「妻のことが好きで好きで、誰にも渡したくなかったんです。今もそれは変わりません」

てっきり新婚だと思っていたのに、思っていたより結婚してから長いんだなと、大輔は意外そうな顔をした。
大輔の職場には子煩悩なマイホームパパの人もいるにはいるが、ここまで妻が好きだと言い切る人は一人もいない。
既婚者のほとんどが未婚の者に対して『結婚は現実だ、甘い夢は見るな』と言う。
甘い結婚生活を夢見ていた人ほど延々と妻の愚痴を言ったり、妻に隠れてこっそり若い女の子のいる店に通ったり、なかには不倫している人もいる。
そんな人たちを見ていると、結婚に対して少し気後れしていた事は否めない。
だけど逸樹と話していると、幸せな結婚は間違いなくあるんだなと思えた。

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