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もう、待つのはいや
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シャワー室を出た愛美は、濡れた髪を適当に拭いて部屋着に着替え、冷蔵庫からビールを取り出した。
もう何も考えたくなくて、ベッドにもたれて早いペースでビールを煽る。
今頃きっと緒川支部長はデートの約束をした事も忘れて、愛美の大嫌いな『支部長』になって仕事しているのだろうと思うと、また腹が立った。
どんなに責めてもどうしようもない事も、大人なのだから子どもみたいなわがままは言うべきじゃないと言う事もわかっている。
ただ急な仕事でデートをドタキャンされただけなのに、しかも相手は大嫌いだったはずの緒川支部長なのに、思いがけない優しさに触れて気持ちがほんの少し傾きかけていた分、余計に胸が痛んだ。
(普段どんなに優しくても、仕事のためなら性格も変えられる人だもんな……。支部長はやっぱり支部長だ……)
愛美はまた、かつてのつらい恋愛を思い出す。
どんなに頑張って尽くしても、人として扱わないような暴言を吐き、暴力を振るった男。
誰にでも優しくして、愛美との約束も忘れて他の女に会いに行き、悪びれもせず浮気をくり返した男。
かわいく甘えて、いつの間にか部屋に転がり込んで、金の無心ばかりして、知らないうちにいなくなった男。
優しかった恋人が別人のように変わってしまったつらさや、悲しみや恐怖を味わった。
何がきっかけだったのか、自分の何がいけなかったのかもわからない。
(もしかしたら……支部長だってそのうち変わってしまうのかも知れない……)
もう緒川支部長を待つのはやめようと決めてから、ずいぶん時間が経ったように感じる。
実際は1時間なのかも知れないし、3時間なのかも知れない。
愛美は寒い部屋の中、相変わらずベッドにもたれて、何本目かの缶ビールを片手に、ぼんやりと虚ろな目で遠くを見ている。
もう何が悲しかったのか、何がつらかったのかもわからない。
ただ無性に寂しくて、訳もわからず涙だけが止めどなくこぼれ落ちる。
愛美は手の甲でグイッと涙を拭って、ビールを飲み干しため息をついた。
(あーあ……。結局ひとりか……。もうどうでもいいや……。このまま朝まで寝ちゃおう……)
愛美はバタンと床に倒れ込んだ。
冷たくて固い床の上に寝そべって目を閉じると、緒川支部長の優しい笑顔がまぶたの裏側に浮かんで、また涙が溢れてこぼれ落ちた。
(ごめんとか言い訳とか、そんなの聞きたくない……。これ以上優しくなんかしないで……。また傷付いて泣くくらいなら……もう誰も好きになんかならない……)
翌朝。
夕べ酔って床の上で眠ってしまった愛美は、あまりの寒さでまだ外が暗いうちに目覚めた。
やけに寒くて、体がだるい。
(寒っ……。こんなとこで寝ちゃったからな……)
腕をさすりながら、壁時計の文字盤の上で仄白く光る数字と針に目を凝らすと、まだ5時になったところだった。
とにかく寒くてたまらないし、時間も早いのでもう少し寝ていようとベッドに潜り込んだ愛美は、電源を切ったままのスマホがそこにある事に気付き、そのまま電源を入れずに遠ざけた。
緒川支部長の普段の姿にあんなにときめいていたはずなのに、頭の中は驚くほど冷えきっていた。
やっぱり気の迷いだったかなと思いながら寝返りを打つ。
スマホの電源を切って寝てしまったので、緒川支部長からの連絡が本当にあったかどうかもわからない。
(なんかもうどうでもいい……。見る気にもなれない……)
愛美はうずくまるようにして布団にくるまり、もう一度目を閉じた。
2時間後。
朝の7時にセットされたスマホのアラーム音で愛美は目覚めた。
さっきは寒くてしょうがなかったのに、今度は体がやけに熱い。
(ん……熱い……。熱あるのかな…。やっちゃったな……)
ベッドサイドの引き出しから取り出した体温計で熱を測ると、39度も熱があった。
こんな高熱では会社には行けない。
仕事に穴を空けて申し訳ないと思う気持ちと、今日は緒川支部長と顔を合わせなくて済むと言う気持ちが入り交じる。
契約に関しての仕事なら代わりに緒川支部長か峰岸主管がやってくれるだろうし、内勤業務がどうしても必要なら営業部の内勤職員が手伝いに来てくれるだろう。
(私がいなくたって仕事はなんとかなるし……。支部長に会わずに済んでせいせいする……)
愛美は朦朧としながら起き上がり、ふらつく足取りでキッチンに向かって、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを2本取り出しベッドに戻った。
水を飲んでもう一度横になろうとした時、アラームが作動してスマホの電源が入っていることに気付いた。
スマホの画面には、何十件もの着信やトークの未読メッセージの通知が表示されている。
愛美はそれを見る気にもなれず、着信もメッセージも確認せずにすべて消去して、またスマホの電源を切った。
8時半を過ぎた頃、愛美はスマホの電源を入れて営業部に電話をした。
応対した営業部長に、熱があるので休むと伝えて電話を切ると、またスマホの電源を切って布団に潜り込んだ。
とにかく今日は、緒川支部長の声も聞きたくないし、メッセージを見る気力もない。
『ごめん』も言い訳も聞きたくない。
熱のせいで朦朧とする頭では、何も考えられない。
ただ、そっとしておいて欲しかった。
もう何も考えたくなくて、ベッドにもたれて早いペースでビールを煽る。
今頃きっと緒川支部長はデートの約束をした事も忘れて、愛美の大嫌いな『支部長』になって仕事しているのだろうと思うと、また腹が立った。
どんなに責めてもどうしようもない事も、大人なのだから子どもみたいなわがままは言うべきじゃないと言う事もわかっている。
ただ急な仕事でデートをドタキャンされただけなのに、しかも相手は大嫌いだったはずの緒川支部長なのに、思いがけない優しさに触れて気持ちがほんの少し傾きかけていた分、余計に胸が痛んだ。
(普段どんなに優しくても、仕事のためなら性格も変えられる人だもんな……。支部長はやっぱり支部長だ……)
愛美はまた、かつてのつらい恋愛を思い出す。
どんなに頑張って尽くしても、人として扱わないような暴言を吐き、暴力を振るった男。
誰にでも優しくして、愛美との約束も忘れて他の女に会いに行き、悪びれもせず浮気をくり返した男。
かわいく甘えて、いつの間にか部屋に転がり込んで、金の無心ばかりして、知らないうちにいなくなった男。
優しかった恋人が別人のように変わってしまったつらさや、悲しみや恐怖を味わった。
何がきっかけだったのか、自分の何がいけなかったのかもわからない。
(もしかしたら……支部長だってそのうち変わってしまうのかも知れない……)
もう緒川支部長を待つのはやめようと決めてから、ずいぶん時間が経ったように感じる。
実際は1時間なのかも知れないし、3時間なのかも知れない。
愛美は寒い部屋の中、相変わらずベッドにもたれて、何本目かの缶ビールを片手に、ぼんやりと虚ろな目で遠くを見ている。
もう何が悲しかったのか、何がつらかったのかもわからない。
ただ無性に寂しくて、訳もわからず涙だけが止めどなくこぼれ落ちる。
愛美は手の甲でグイッと涙を拭って、ビールを飲み干しため息をついた。
(あーあ……。結局ひとりか……。もうどうでもいいや……。このまま朝まで寝ちゃおう……)
愛美はバタンと床に倒れ込んだ。
冷たくて固い床の上に寝そべって目を閉じると、緒川支部長の優しい笑顔がまぶたの裏側に浮かんで、また涙が溢れてこぼれ落ちた。
(ごめんとか言い訳とか、そんなの聞きたくない……。これ以上優しくなんかしないで……。また傷付いて泣くくらいなら……もう誰も好きになんかならない……)
翌朝。
夕べ酔って床の上で眠ってしまった愛美は、あまりの寒さでまだ外が暗いうちに目覚めた。
やけに寒くて、体がだるい。
(寒っ……。こんなとこで寝ちゃったからな……)
腕をさすりながら、壁時計の文字盤の上で仄白く光る数字と針に目を凝らすと、まだ5時になったところだった。
とにかく寒くてたまらないし、時間も早いのでもう少し寝ていようとベッドに潜り込んだ愛美は、電源を切ったままのスマホがそこにある事に気付き、そのまま電源を入れずに遠ざけた。
緒川支部長の普段の姿にあんなにときめいていたはずなのに、頭の中は驚くほど冷えきっていた。
やっぱり気の迷いだったかなと思いながら寝返りを打つ。
スマホの電源を切って寝てしまったので、緒川支部長からの連絡が本当にあったかどうかもわからない。
(なんかもうどうでもいい……。見る気にもなれない……)
愛美はうずくまるようにして布団にくるまり、もう一度目を閉じた。
2時間後。
朝の7時にセットされたスマホのアラーム音で愛美は目覚めた。
さっきは寒くてしょうがなかったのに、今度は体がやけに熱い。
(ん……熱い……。熱あるのかな…。やっちゃったな……)
ベッドサイドの引き出しから取り出した体温計で熱を測ると、39度も熱があった。
こんな高熱では会社には行けない。
仕事に穴を空けて申し訳ないと思う気持ちと、今日は緒川支部長と顔を合わせなくて済むと言う気持ちが入り交じる。
契約に関しての仕事なら代わりに緒川支部長か峰岸主管がやってくれるだろうし、内勤業務がどうしても必要なら営業部の内勤職員が手伝いに来てくれるだろう。
(私がいなくたって仕事はなんとかなるし……。支部長に会わずに済んでせいせいする……)
愛美は朦朧としながら起き上がり、ふらつく足取りでキッチンに向かって、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを2本取り出しベッドに戻った。
水を飲んでもう一度横になろうとした時、アラームが作動してスマホの電源が入っていることに気付いた。
スマホの画面には、何十件もの着信やトークの未読メッセージの通知が表示されている。
愛美はそれを見る気にもなれず、着信もメッセージも確認せずにすべて消去して、またスマホの電源を切った。
8時半を過ぎた頃、愛美はスマホの電源を入れて営業部に電話をした。
応対した営業部長に、熱があるので休むと伝えて電話を切ると、またスマホの電源を切って布団に潜り込んだ。
とにかく今日は、緒川支部長の声も聞きたくないし、メッセージを見る気力もない。
『ごめん』も言い訳も聞きたくない。
熱のせいで朦朧とする頭では、何も考えられない。
ただ、そっとしておいて欲しかった。
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