閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣

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不毛な関係

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昼休みが終わる直前、スマホのトークアプリの画面を開いた。
勲は自分の席でパソコンに向かっている。
周りに誰もいない事を確かめて、すばやく入力した短いメッセージを送った。

【金曜日は友達と約束があるから来ないで】

勲はトーク通知音に気付いてスマホをポケットから取り出した。
トーク画面を開いてメッセージを確認した勲は面白くなさそうに顔をしかめて、スマホの画面に指を滑らせている。
すぐに勲からの短いメッセージが届いた。

【男と会うのか?】

一体どのツラ下げてそんなことが言えるのか。
どうやら勲は勘違いしているようだ。
私はあなたのものじゃないの。
そしてあなたも、私のものじゃない。
一緒にいる時でさえ、あなたを私に縛り付ける事はできない。
だから私は少しだけ、あなたを惑わせたい。

【あなたには関係ない】

関係ない。
自分で言っておいて余計に虚しさが増した。
恋人でも夫婦でもないのに、嫉妬も独占欲もないよね。
小娘じゃあるまいし、こんな駆け引きみたいな事したって、なんの意味もないのに。
ホントに馬鹿げてる。



会議の後、会議室の片付けをしていると、誰もいなくなるのを見計らって勲が私の隣に立った。

「さっきのあれ……関係ないって何?」
「なんの事ですか、主任?」
「とぼけるなよ」

ここは会社だと目一杯牽制しているつもりなのに、どうしてそれがわからないんだろう?

「俺以外にも男がいるのか?」

──呆れた。
私以外に妻という女がいるあなたには言われたくないわ。

「用がないならどいて下さい」

勝手な言葉を無視して片付けを進めようとすると、勲は私の腕を掴み、強く握った。

「はぐらかすな」
「痛いです。離してください、主任」

ドアの向こうに会議室に入って来ようとする誰かの足音が聞こえて、勲は渋々手を離した。
人に言えない関係なんだから、会社でこんな事をするのはやめて欲しい。
誰かに知られて困るのは、私よりも勲だ。
勲は何事もなかったような顔をして、会議室を出て行った。
その背中に焦りと苛立ちをにじませて。
私が誰と何をしたって、勲には文句を言う資格なんてない。
3年前、私と付き合っていたはずなのに、七海と結婚したのは勲だ。



仕事を終えて、自宅に帰ってお風呂に入り、適当に夕食を済ませた。
一人の夕食なんて味気ないものだ。
何を食べてもたいして美味しくはない。
だから一人の時は出来合いの物を買ったり、冷蔵庫にあるもので簡単な物を作ったりして済ませる。
毎日手料理を作ってあげたいと思える人がいれば、また違うのかな。
私は勲のために料理を作ったりはしない。
だって私は彼女でも妻でもないから。
勲に喜んでもらいたくて一生懸命料理を作っていた頃が、私にもあった。
それはまだ勲が七海と結婚する前。
私たちが恋人同士だった頃の事だ。

入社して1年半が経った頃、同じ部署の先輩だった勲と付き合い始めた。
付き合い始めてから1年が経った頃、私は子会社の工場の事務員として半年間出向する事になった。
その工場が本社から車で3時間ほどもかかる場所だったので、住まいを工場の寮に移して生活した。
最初のうちこそ、たまに電話やメールで連絡を取ったりもしていたけれど、次第にその頻度は減り、メールをしても返事がない事も珍しくなかった。
その頃勲は新商品の開発チームに入ったと言っていたので、仕事が忙しいのかもと思った私は、あまり返事を催促したりはしなかった。

なんの疑いもなく、元の部署に戻ればまた前のように毎日会えると思っていた。
だけど、半年後に元の部署に戻った時には、勲は七海と結婚していた。
一体なんの冗談かと思ったけれど、知らなかったのは私だけだった。

社内恋愛が禁止されているわけではないけれど、同じ部署の者同士が付き合っていると暗黙の了解でどちらかが異動になるので、他の人たちには私たちが付き合っている事は知らせていなかった。
だからって、彼女の出向中に専務の娘と結婚するなんて、いくらなんでもひどすぎる。
それがわかった時点で別れようと思った。
けれど、3年経った今も私は勲の嘘に溺れている。
『本当に好きなのは芙佳だ』という、愛のない見え透いた嘘に。

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