閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣

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温かい手とまっすぐな想い

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適当に小綺麗な格好をして、あまりヒールの高過ぎない靴を履いて自宅を出た。
待ち合わせ場所のコンビニでコーヒーを2本とガムを買った。
勲と恋人同士だった頃も、こんなふうにコンビニでコーヒーとガムを買って、ドライブに行ったっけ。
今更そんな事を思い出してもしょうがないのに、夕べからやたらと昔の事ばかり思い出してしまう。
往生際が悪いな、私も。
もうあの頃には戻れないのに。


会計を済ませて外に出ると、一台の車がコンビニの駐車場に入って来た。
その車の運転席には應汰の姿がある。
当たり前だけど、こうして待ち合わせている相手が勲じゃない事が不思議だ。
應汰は車を停めて、運転席の窓を開けた。

「お待たせ。乗れよ」
「うん」

助手席のドアを開けてシートに座り、シートベルトを締めた。

「はい、これ」
「お、サンキュー」

コーヒーとガムを差し出すと、應汰は嬉しそうにそれを受け取り、しげしげと私を眺めた。

「……何?どっかおかしい?」
「いや、かわいいじゃん。今すぐ残さず食っちまいたい」
「……殴っていい?」
「バカ、なんもしねぇよ。約束したもんな」

應汰は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
こういうことがさりげなくできるところも、應汰がモテる要素のひとつなんだろう。

「いつもの髪型もいいけど、俺はこっちのが好き。めっちゃかわいい」
「……それはどうも」

今まで應汰にかわいいなんて言われた事がなかったから、無性に照れくさい。
勲がつけた首筋のキスマークを隠すためよ、なんて口が裂けても言えないから、應汰には絶対にバレないように気を付けなくちゃ。
そんなことは露知らず、應汰は上機嫌で鼻歌混じりにハンドルを握っている。
車を走らせながら、とりあえずどこかで昼食を取ろうという事になった。

「芙佳、何食いたい?昨日はファミレスで済ませちゃったからな。今日はもうちょいオシャレなとこ行くか?」
「私はなんでも。ファミレスもファーストフードも全然イヤじゃないし、むしろ好き。堅苦しいところの方が居心地悪くて食べた気がしないんだよね」
「お、奇遇だな。俺もだ」

應汰といると高校時代のノリが抜けきらないのか、どうやらこの辺の気は合うらしい。
仕事の後に一緒に食事をしたりお酒を飲んだりする時もあまり気取った店には行かない。
だいたいは居酒屋で笑いながら食事をしてお酒を飲むから、無駄な気を遣わなくて済むし、とてもラクだ。
最近はもうほとんどないけれど、たまに勲と食事に行くと、ちょっと高そうなレストランや上品な店が多かった。
そんな高級な店は自分には不釣り合いなんじゃないかと息が詰まる。
私は好きな人と一緒なら何を食べても美味しいし、気取らずに入れる店の方が気楽に食事を楽しめるのに。
私の部屋にいるとただ抱き合うばかりで会話はほとんどないから、食事をしているときくらいは普通の恋人同士のように会話を楽しみたいといつも思っていた。

「じゃあ……ハンバーガーでも食う?」
「うん、久しぶりに食べたい」
「よし、決まり」

應汰は楽しげにそう言ってハンドルを切る。
運転席でハンドルを握る應汰の姿は、ちょっと新鮮だ。
普段から営業の仕事で社用車に乗っている事もあってか、意外なことに應汰は運転が上手い。

「こういうの、初めてだね」
「ん?こういうのって?」
「休みの日に應汰の運転で出掛けるとか」
「普段とは一味違う俺に惚れた?」

應汰は私の方をチラッと見てニヤリと笑った。
それくらいのことで簡単に惚れるわけないでしょ。

「バカなこと言ってないで、前向け、前」
「バカはないだろ。運転が上手い男に惚れる女の子もいるって言うじゃん?」
「ふーん。でも私は違うから」

そんなに簡単に人を好きになれたら苦労しない。
新しい人を好きになるには、前の人との思い出を心から追い出さなくちゃいけないのに、そんな簡単なわけがない。
勲との思い出が色褪せるくらいに誰かを好きになれたら、こんな思いもしなくて済むのに。


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