閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣

文字の大きさ
24 / 52
嫉妬する資格なんかない

しおりを挟む
うろたえてじたばたすると余計に変に思われてしまうと思い、私はただ黙ってその手が離れるのを待つ。
エレベーターが1階に着くまで誰にも見つかりませんようにと気が気でない。
ようやくエレベーターが1階に着くと、ドアが開く直前にやっと勲が私の手を離した。
誰にもバレなくて良かった。
息をするのも忘れそうなほど緊張していたせいで、私の手はイヤな汗でジットリと湿っている。
勲の手の感触ごと消し去りたくて、ポケットの中でハンカチを握りしめた。

「河合、降りないのか?」

ホッとしたのもつかの間、少し足がすくんで動けずにいた私に、勲が声をかけた。
私は勲のせいでこんなに焦っているのに、そう仕向けた本人は涼しい顔をしている。
まだ勲への気持ちが断ち切れていないことを見透かされたような気がして、背筋にまたイヤな汗がにじんだ。

「あ……いえ、降ります」

私は先にエレベーターから降りていた應汰に慌てて駆け寄った。
何も知らない應汰は挙動不審な私を不思議そうな顔で見ている。

「どうかしたのか?」
「いや……なんにもないよ。ちょっとぼんやりしてた」
「そうか?ならいいけど……ところで今日は何食う?」

親しげに話している私と應汰に、勲がまとわりつくような険しい視線を送る。
お願い、もう私に関わらないで。
やっと少しずつ前に進めそうな気がしていたのに、その手で私を引き留めないで。


思っていた通り、金曜の夜の街は浮き足だった人たちで賑わって、どのお店もとても混雑している。
いくつかの店をまわってみたけれど、店先に行列ができていたり、店内のテーブル席だけでなくウェイティング席まで満員だったりで、長時間待つ覚悟がなければ入れそうになかった。

「どこもいっぱいだな。どうする?」

私はぼんやりとさっきのエレベーターでの事を考えていて、應汰の声が耳をすり抜けた。

「芙佳?」
「ん?ああ……ごめん、ぼんやりしてた」
「さっきからなんかおかしいぞ。体調悪いなら無理しないで帰るか?」
「ううん、ホントに大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」

應汰に変な心配はかけたくないし、應汰と一緒にいる時に勲のことを考えて上の空なんて、あまりにも失礼過ぎる。
さっきの事はなかった事にして、早く忘れてしまおう。

「どの店もいっぱいだな。どうする?もうちょっと足伸ばしてみるか?」
「この辺りの店はかなり行き尽くしたもんね」
「それだけ俺らが一緒にいるってことだな」

毎日のように一緒にいても、私たちは恋人同士じゃない。
だけどただの友達とか、同僚という一言では足りない。
そんな微妙な関係だと思う。

「あ、そうか。世間では給料日明けの金曜だから、どこ行っても混んでるんだな」

うちの会社は世間でいうところの給料日より遅れて給料が振り込まれる。
世間が給料日だとはしゃいでいても、私たちにとっては給料前だ。

「ほとんど毎日だけど大丈夫?給料日までに生活費使い果たしたりしない?」
「ちゃんと成績上げてそれなりに稼いでるからな。その辺は心配すんな」
「だけど毎日だと出費がかさむでしょ?無理しなくていいんだよ」
「いや、俺が芙佳と飯食いたいんだ。毎日芙佳の作った飯食えたら最高なんだけどな」

さらっと照れくさい事を言うな……應汰は……。
さすがに手料理を毎日とはいかないけど、たまには應汰の期待に応えるのも悪くないかな。

「簡単な物でも良ければ作ろうか?」
「え?」
「しょっちゅうごちそうになってるし、そのお礼に……って言えるほどのたいした料理はできないな。やっぱりどこかで食べようか」

應汰は私の手を掴んで、目をキラキラさせた。

「食べたい!作って!!」
「え?うん……いいけど、あんまり期待はしないでよ……?」
「やったぁ!!」

應汰は子供みたいに嬉しそうに笑った。
こういうところは素直でかわいい。
これだけ喜んでくれるなら作り甲斐がある。
しかし料理を作るのはいいとして、どこで作るのかが問題だ。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣
恋愛
容姿端麗、頭脳明晰。 6か国語を巧みに操る帰国子女で 所作の美しさから育ちの良さが窺える、 若くして出世した超エリート。 仕事に関しては細かく厳しい、デキる上司。 それなのに 社内でその人はこう呼ばれている。 『この上なく残念な上司』と。

ヘンタイ好きシリーズ・女子高校生ミコ

hosimure
恋愛
わたしには友達にも親にも言えない秘密があります…。 それは彼氏のこと。 3年前から付き合っている彼氏は実は、ヘンタイなんです!

突然婚〜凄腕ドクターに献上されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
突然婚〜凄腕ドクターに献上されちゃいました

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

サイコパス社長の執着溺愛は異常です

鳴宮鶉子
恋愛
サイコパス社長の執着溺愛は異常です

体育館倉庫での秘密の恋

狭山雪菜
恋愛
真城香苗は、23歳の新入の国語教諭。 赴任した高校で、生活指導もやっている体育教師の坂下夏樹先生と、恋仲になって… こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。

処理中です...