血に濡れた約束は廃墟に眠る

まちにゃ

文字の大きさ
4 / 91
出会い

極限訓練

しおりを挟む
【地下街・訓練場/極限訓練】

部屋の壁は血と汗を吸い、暗褐色に染まっていた。
石床の表面には無数の傷があり、無音の中に鉄と薬品の匂いがこもっている。

「始めるよ、マチルダ」

カルトの声は冷たく、機械のようだった。
手には細く研がれたナイフ。反対の手には時計。
床には、マチルダが裸足のまま、立っていた。

マチルダは頷いた。
それ以外の動きは一切ない。

「まず、“音”をなくす。無呼吸、無足音。制限時間は五分。さっきより遅かったら指を一本折る」

その言葉に対する反応はなかった。

部屋の奥。
並んだ糸をくぐり、床の仕掛けを避け、壁に埋められた鈴を鳴らさずに、出口までたどり着く。

マチルダは、動いた。

小さな体が、音もなく宙を跳び、床に指先で着地する。
まるで生き物であることを否定するかのように、足裏さえ地を滑るようだった。

0分47秒──通過。

「合格。……次」

カルトは静かに何かを床に投げる。

――刃付きの鉄球。

瞬間、カランと乾いた音を立てて床に転がると、そこから複数の罠が同時に作動した。

「反応の速さ。1秒以内に反応できなければ“殺される”と仮定しよう」

マチルダの目が瞬時に変わる。

殺意のない、ただ“無”に近い精度で動く体。
跳躍、回避、転がり、壁を蹴る──

全てが命を守るための本能ではなく、訓練によって叩き込まれた“制御”だった。

「……0.86秒。まあまあ。……次は、“痛み”だ」

言うと同時に、カルトは細い金属棒を取り出した。

先端に火がともる。
熱したそれを、マチルダの肩口に押し当てる。

じゅっという音が、部屋に響いた。

マチルダは、動かない。

まぶたも、唇も、眉間も、一切動かさない。

「……10秒間耐えられるようになったね。以前は4秒で泣いた」

カルトは冷たく笑う。
けれどマチルダは反応しない。
その笑顔が“ほめ言葉”だと知っているから。

「次は、“疑似殺傷訓練”。俺が本気で殺しに行く。……死ぬなよ」

部屋の奥でカルトがナイフを抜いた。
マチルダは、ただ静かに構える。

両手をだらりと下ろし、わずかに膝を曲げる“待ちの姿勢”。

その目に宿っているのは──“生き残る”という一点のみ。

カルトが疾走する。
ナイフが閃き、マチルダの腹部を狙う。

直前で回避。
反撃なし。逃走もなし。

あくまで“攻撃を受けない”訓練。

間合いの読み、呼吸の変化、靴音の反響。

全ての“気配”を読むことで、マチルダは兄の刃をすれすれで避け続ける。

5分が経過。

カルトが足を止めた。

「合格。……お前、もうちょっとで完成するな」

マチルダは荒れた息を一つだけ吐いた。
それが“限界”を意味する唯一のサイン。

カルトは、その額の汗をぬぐうマチルダに近づき、ぽんと頭を撫でた。

その掌には、まださっきの“焼き跡”が赤黒く残っている。

「がんばったね、マチルダ。……俺だけのお前だ」

マチルダは、何も答えなかった。

ただ、まぶたを閉じた。

何も考えないように。
何も感じないように。

そうして、夜は静かに更けていく。

――そして、次の夜。
まだその名を知らぬ“あの男”が、ゆっくりと地下街の一角に足を踏み入れる。

それが、マチルダの“地獄”の中に差し込む、一筋の予兆となる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...