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出会い
極限訓練
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【地下街・訓練場/極限訓練】
部屋の壁は血と汗を吸い、暗褐色に染まっていた。
石床の表面には無数の傷があり、無音の中に鉄と薬品の匂いがこもっている。
「始めるよ、マチルダ」
カルトの声は冷たく、機械のようだった。
手には細く研がれたナイフ。反対の手には時計。
床には、マチルダが裸足のまま、立っていた。
マチルダは頷いた。
それ以外の動きは一切ない。
「まず、“音”をなくす。無呼吸、無足音。制限時間は五分。さっきより遅かったら指を一本折る」
その言葉に対する反応はなかった。
部屋の奥。
並んだ糸をくぐり、床の仕掛けを避け、壁に埋められた鈴を鳴らさずに、出口までたどり着く。
マチルダは、動いた。
小さな体が、音もなく宙を跳び、床に指先で着地する。
まるで生き物であることを否定するかのように、足裏さえ地を滑るようだった。
0分47秒──通過。
「合格。……次」
カルトは静かに何かを床に投げる。
――刃付きの鉄球。
瞬間、カランと乾いた音を立てて床に転がると、そこから複数の罠が同時に作動した。
「反応の速さ。1秒以内に反応できなければ“殺される”と仮定しよう」
マチルダの目が瞬時に変わる。
殺意のない、ただ“無”に近い精度で動く体。
跳躍、回避、転がり、壁を蹴る──
全てが命を守るための本能ではなく、訓練によって叩き込まれた“制御”だった。
「……0.86秒。まあまあ。……次は、“痛み”だ」
言うと同時に、カルトは細い金属棒を取り出した。
先端に火がともる。
熱したそれを、マチルダの肩口に押し当てる。
じゅっという音が、部屋に響いた。
マチルダは、動かない。
まぶたも、唇も、眉間も、一切動かさない。
「……10秒間耐えられるようになったね。以前は4秒で泣いた」
カルトは冷たく笑う。
けれどマチルダは反応しない。
その笑顔が“ほめ言葉”だと知っているから。
「次は、“疑似殺傷訓練”。俺が本気で殺しに行く。……死ぬなよ」
部屋の奥でカルトがナイフを抜いた。
マチルダは、ただ静かに構える。
両手をだらりと下ろし、わずかに膝を曲げる“待ちの姿勢”。
その目に宿っているのは──“生き残る”という一点のみ。
カルトが疾走する。
ナイフが閃き、マチルダの腹部を狙う。
直前で回避。
反撃なし。逃走もなし。
あくまで“攻撃を受けない”訓練。
間合いの読み、呼吸の変化、靴音の反響。
全ての“気配”を読むことで、マチルダは兄の刃をすれすれで避け続ける。
5分が経過。
カルトが足を止めた。
「合格。……お前、もうちょっとで完成するな」
マチルダは荒れた息を一つだけ吐いた。
それが“限界”を意味する唯一のサイン。
カルトは、その額の汗をぬぐうマチルダに近づき、ぽんと頭を撫でた。
その掌には、まださっきの“焼き跡”が赤黒く残っている。
「がんばったね、マチルダ。……俺だけのお前だ」
マチルダは、何も答えなかった。
ただ、まぶたを閉じた。
何も考えないように。
何も感じないように。
そうして、夜は静かに更けていく。
――そして、次の夜。
まだその名を知らぬ“あの男”が、ゆっくりと地下街の一角に足を踏み入れる。
それが、マチルダの“地獄”の中に差し込む、一筋の予兆となる。
部屋の壁は血と汗を吸い、暗褐色に染まっていた。
石床の表面には無数の傷があり、無音の中に鉄と薬品の匂いがこもっている。
「始めるよ、マチルダ」
カルトの声は冷たく、機械のようだった。
手には細く研がれたナイフ。反対の手には時計。
床には、マチルダが裸足のまま、立っていた。
マチルダは頷いた。
それ以外の動きは一切ない。
「まず、“音”をなくす。無呼吸、無足音。制限時間は五分。さっきより遅かったら指を一本折る」
その言葉に対する反応はなかった。
部屋の奥。
並んだ糸をくぐり、床の仕掛けを避け、壁に埋められた鈴を鳴らさずに、出口までたどり着く。
マチルダは、動いた。
小さな体が、音もなく宙を跳び、床に指先で着地する。
まるで生き物であることを否定するかのように、足裏さえ地を滑るようだった。
0分47秒──通過。
「合格。……次」
カルトは静かに何かを床に投げる。
――刃付きの鉄球。
瞬間、カランと乾いた音を立てて床に転がると、そこから複数の罠が同時に作動した。
「反応の速さ。1秒以内に反応できなければ“殺される”と仮定しよう」
マチルダの目が瞬時に変わる。
殺意のない、ただ“無”に近い精度で動く体。
跳躍、回避、転がり、壁を蹴る──
全てが命を守るための本能ではなく、訓練によって叩き込まれた“制御”だった。
「……0.86秒。まあまあ。……次は、“痛み”だ」
言うと同時に、カルトは細い金属棒を取り出した。
先端に火がともる。
熱したそれを、マチルダの肩口に押し当てる。
じゅっという音が、部屋に響いた。
マチルダは、動かない。
まぶたも、唇も、眉間も、一切動かさない。
「……10秒間耐えられるようになったね。以前は4秒で泣いた」
カルトは冷たく笑う。
けれどマチルダは反応しない。
その笑顔が“ほめ言葉”だと知っているから。
「次は、“疑似殺傷訓練”。俺が本気で殺しに行く。……死ぬなよ」
部屋の奥でカルトがナイフを抜いた。
マチルダは、ただ静かに構える。
両手をだらりと下ろし、わずかに膝を曲げる“待ちの姿勢”。
その目に宿っているのは──“生き残る”という一点のみ。
カルトが疾走する。
ナイフが閃き、マチルダの腹部を狙う。
直前で回避。
反撃なし。逃走もなし。
あくまで“攻撃を受けない”訓練。
間合いの読み、呼吸の変化、靴音の反響。
全ての“気配”を読むことで、マチルダは兄の刃をすれすれで避け続ける。
5分が経過。
カルトが足を止めた。
「合格。……お前、もうちょっとで完成するな」
マチルダは荒れた息を一つだけ吐いた。
それが“限界”を意味する唯一のサイン。
カルトは、その額の汗をぬぐうマチルダに近づき、ぽんと頭を撫でた。
その掌には、まださっきの“焼き跡”が赤黒く残っている。
「がんばったね、マチルダ。……俺だけのお前だ」
マチルダは、何も答えなかった。
ただ、まぶたを閉じた。
何も考えないように。
何も感じないように。
そうして、夜は静かに更けていく。
――そして、次の夜。
まだその名を知らぬ“あの男”が、ゆっくりと地下街の一角に足を踏み入れる。
それが、マチルダの“地獄”の中に差し込む、一筋の予兆となる。
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