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出会い
生きること
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【地下街・夜/レヴィア宅】
古びた扉が軋みを立てて閉じる。
冷たい石床の上、壁にもたれかかるようにマチルダは再び腰を下ろした。
いつもと同じ場所。だが、何かが、少しだけ変わっていた。
しばらく、重たい沈黙が流れる。
そして──
「……1週間も食ってねぇだろ」
レヴィアが低く言った。
「腹、減らねぇのか?」
マチルダは、ちらりとも動かずに言う。
「……分かんない」
その声に嘘はなかった。
ただ、あまりにも空っぽだった。飾り気のない、削ぎ落とされた本音。
レヴィアは黙り込んだ。
(分からない……だと?)
(“腹が減る感覚”が分からないって──どんな育てられ方してたんだよ)
「……チッ」
悪態をつくように息を吐き、レヴィアは小さな包みを持って近づく。
「いいから、餓死する前に食え。毒は入ってねぇ」
くしゃり、と布を解きながら、水の入ったコップと、やや固くなったパンを差し出す。
マチルダは視線だけを動かして、それを見つめた。
「……別に、入っててもいい」
その言葉には、投げやりでも皮肉でもない、ただの“事実”のような静けさがあった。
「は……?」
レヴィアの眉がピクリと動いた。
「殺されてもいいってのか?」
「……違う」
マチルダはそっと、水を手に取る。
コップの縁に触れながら、ぽつりとつぶやいた。
「毒なんて──効かないから」
レヴィアはその場に立ったまま、言葉を失った。
(効かない……?)
(どういうことだ……)
マチルダの目は澄んでいた。
嘘でも虚勢でもない。
ただ、殺し屋として「訓練された肉体」として、それが“真実”であるかのように語られていた。
──毒にも強い。
──飢えにも鈍感。
──水も食も、生き延びる手段としてのみ存在する。
「……ったく」
マチルダは肩をすくめ、向かいに腰を下ろした。
自分のパンを一口齧る。
マチルダはしばらく迷っていたが、ようやくパンを手に取り、静かに口に運んだ。
無感情に咀嚼する様子に、子どもらしさはなかった。
「……お前、いくつだ?」
唐突にレヴィアが尋ねた。
「俺は……20だ」
マチルダは、パンを飲み込みながら言う。
「……10」
「……」
レヴィアの目が、ほんのわずかに細まる。
(10歳……たった10歳で……)
(この無感情、徹底した警戒、殺気……全部“訓練”されたものだってのか)
「……なに?」
マチルダが、わずかに視線を向けた。
「何でもねぇよ。お前に関すること、何も知らねぇから……聞いただけだ」
それ以上のことは言わなかった。
名前を教えた時点で、今のガキにとっては“最大限の譲歩”だった。
過去は話さない。
今も話したがらない。
それでも今、目の前でパンをかじってるこの姿が──レヴィアにとっては十分だった。
沈黙。
だが、不思議と居心地の悪さはなかった。
レヴィアは、火の明かりを弱めながら、ホノカのいる壁際に目を向ける。
そこには、背中を壁につけたまま、半分パンを握りしめたまま、眠る気配もなく座っている少女の姿があった。
(……ガキがここまで心閉ざすには、それ相応の“理由”がある)
(だったら、こっちは急がねぇ。ゆっくりでいい)
(そのうち、俺が“害のない人間”だってことを──自分で判断すりゃいい)
レヴィアは、再びパンにかじりついた。
どこかで、少女の胃が小さく鳴った音がした。
この夜から、マチルダは少しずつ、わずかずつ──“生きること”に対して反応し始める。
古びた扉が軋みを立てて閉じる。
冷たい石床の上、壁にもたれかかるようにマチルダは再び腰を下ろした。
いつもと同じ場所。だが、何かが、少しだけ変わっていた。
しばらく、重たい沈黙が流れる。
そして──
「……1週間も食ってねぇだろ」
レヴィアが低く言った。
「腹、減らねぇのか?」
マチルダは、ちらりとも動かずに言う。
「……分かんない」
その声に嘘はなかった。
ただ、あまりにも空っぽだった。飾り気のない、削ぎ落とされた本音。
レヴィアは黙り込んだ。
(分からない……だと?)
(“腹が減る感覚”が分からないって──どんな育てられ方してたんだよ)
「……チッ」
悪態をつくように息を吐き、レヴィアは小さな包みを持って近づく。
「いいから、餓死する前に食え。毒は入ってねぇ」
くしゃり、と布を解きながら、水の入ったコップと、やや固くなったパンを差し出す。
マチルダは視線だけを動かして、それを見つめた。
「……別に、入っててもいい」
その言葉には、投げやりでも皮肉でもない、ただの“事実”のような静けさがあった。
「は……?」
レヴィアの眉がピクリと動いた。
「殺されてもいいってのか?」
「……違う」
マチルダはそっと、水を手に取る。
コップの縁に触れながら、ぽつりとつぶやいた。
「毒なんて──効かないから」
レヴィアはその場に立ったまま、言葉を失った。
(効かない……?)
(どういうことだ……)
マチルダの目は澄んでいた。
嘘でも虚勢でもない。
ただ、殺し屋として「訓練された肉体」として、それが“真実”であるかのように語られていた。
──毒にも強い。
──飢えにも鈍感。
──水も食も、生き延びる手段としてのみ存在する。
「……ったく」
マチルダは肩をすくめ、向かいに腰を下ろした。
自分のパンを一口齧る。
マチルダはしばらく迷っていたが、ようやくパンを手に取り、静かに口に運んだ。
無感情に咀嚼する様子に、子どもらしさはなかった。
「……お前、いくつだ?」
唐突にレヴィアが尋ねた。
「俺は……20だ」
マチルダは、パンを飲み込みながら言う。
「……10」
「……」
レヴィアの目が、ほんのわずかに細まる。
(10歳……たった10歳で……)
(この無感情、徹底した警戒、殺気……全部“訓練”されたものだってのか)
「……なに?」
マチルダが、わずかに視線を向けた。
「何でもねぇよ。お前に関すること、何も知らねぇから……聞いただけだ」
それ以上のことは言わなかった。
名前を教えた時点で、今のガキにとっては“最大限の譲歩”だった。
過去は話さない。
今も話したがらない。
それでも今、目の前でパンをかじってるこの姿が──レヴィアにとっては十分だった。
沈黙。
だが、不思議と居心地の悪さはなかった。
レヴィアは、火の明かりを弱めながら、ホノカのいる壁際に目を向ける。
そこには、背中を壁につけたまま、半分パンを握りしめたまま、眠る気配もなく座っている少女の姿があった。
(……ガキがここまで心閉ざすには、それ相応の“理由”がある)
(だったら、こっちは急がねぇ。ゆっくりでいい)
(そのうち、俺が“害のない人間”だってことを──自分で判断すりゃいい)
レヴィアは、再びパンにかじりついた。
どこかで、少女の胃が小さく鳴った音がした。
この夜から、マチルダは少しずつ、わずかずつ──“生きること”に対して反応し始める。
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