血に濡れた約束は廃墟に眠る

まちにゃ

文字の大きさ
28 / 91
出会い

ありがとう

しおりを挟む
薄く射す陽の光の下で、マチルダは静かに笑っていた。

たった数秒──けれど、半年以上一緒にいて一度も見たことのない表情だった。

(……笑った、のか)

信じられなかった。
あのガキが、泣きもせず、笑いもせず、感情のすべてを切り捨てたように生きてきたマチルダが──

今、目の前で。
まるで何でもないことのように、自然に笑みをこぼしていた。

(……気づいてねぇな、本人)

それがかえって、胸に刺さった。

口角がふっと緩んでいた。
頬がほんの少しだけ柔らかくなっていた。
目元の冷たさも、わずかに和らいでいた。

それは、地下街では到底見られない人間らしさだった。

(……こいつ、本当にガキだったんだな)

ようやく、ほんの少しだけ。
そう思えた。

 * * *

「ここでね、アルカにレヴィアのこと話してたの」

マチルダがふいに語り出した。
墓の前、膝を抱えて、膝に頬を乗せながら。

「俺のこと?」

思わず聞き返すと、マチルダはこくんと頷いた。

「アルカはね、病弱だったから……ほとんど外に出たことがなかったの。地上のことも、外の人も、何も知らなかった」

(だから、お前が“外の世界”になってやってたのか)

「外にはちゃんと優しい人がいたって伝えてた。……私のこと助けてくれたのはレヴィアで、今はレヴィアのそばでちゃんと生きてるって──そんな話」

「……」

レヴィアは黙って、墓の前の土を見つめる。

(“ちゃんと生きてる”──)

その言葉がやけに重たく、静かに沁みてきた。

「アルカが死んだ直後はね、私も一緒に死にたかった。……でも、たぶん私が死んだら、アルカは悲しむ。だからもう、死ぬのはやめたの」

「……」

レヴィアは何も言えなかった。
何も言葉が思い浮かばなかった。

マチルダの声は淡々としていて、涙もなく、感情の抑揚すらなかった。
それでも、はっきりと感じた。
言葉の奥にある決意と、脆くて強い心を。

「ありがとう」

小さな声だった。けれど、確かに聞こえた。

「レヴィアのおかげで、ちゃんと生きてる」

「……」

言葉が喉に詰まる。
何か言いたかったが、何も出てこなかった。

「……アルカの所、レヴィアじゃなきゃ連れて来なかったよ」

「……!」

胸が、少しだけ痛んだ。
目の奥が、少しだけ熱くなった。

(──こいつ、ようやく……)

この半年、何度も背中を見せなかったマチルダが。
今日、自分の背中を見せて靴紐を結び、
今、こんなにも静かに、心を見せてくれている。

ほんの少し。
でも、確かに。

このガキは、心を開こうとしている。

(……あぁ、やっぱり……手放せねぇ)

レヴィアは、そっと小さく、こう呟いた。

「……そうか。ありがとな」

マチルダは少し不思議そうにこちらを見た。

レヴィアはそれに気づかないふりをして、
空を見上げた。

──地下に差し込む光が、墓の上を静かに照らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...